143話 届かない声 —花音Side※
前話の花音視点ですので、人を煽るシーン、刺傷、流血シーンあります。
少しの流血シーンが大丈夫な方は144話へ、苦手な方は146話まで無理に読まずに飛んでください。
144話、146話に簡単なあらすじ入れさせていただきます。
「うははは! いいぜ~、俺たちと遊んでくれるのか~?」
「どんな遊びがいいんだ~?」
完全に葉月に標的を変えた男たち。
このままじゃ、葉月があの人たちに何かされる。
「だ、ダメ……葉月っ!」
「やめろ……!」
会長と一緒に後ろ姿の葉月に声を掛けるけど、こっちに振り向く様子はなかった。1歩1歩彼らに近づいていく。私たちの声を無視して、彼らに向き直っている。
「ん~? どんな遊びかな~? 後ろの人とはどんな遊びしてたの~?」
「な~に、現実を知らないお坊ちゃんに教えてあげてただけさ~」
「へ~現実ね~。どんな現実~?」
「うはは! 金だけ持ってるお坊ちゃんはよえ~ってことだよ!」
「あはは~。なるほどね~。だからみんなで殴ってあげたんだね~?」
「そういうこった! お嬢ちゃん、結構話がわかるな~!! ぎゃはは!」
ひょうきんな様子で葉月は彼らと会話している。ポンポンと言葉を交わしている。
けど、そんな様子の葉月に言い知れない不安を感じてしまう。
どうして、そんな普通に話しているの?
表情は分からない。
だけど、今の葉月は笑っている気がする。
楽しそうに、笑っている気がする。
ドクンドクンと、さっきから嫌な胸騒ぎが止まらない。
「つまり、お兄さんたち1人1人はめちゃくちゃ弱いってことだね~?」
いつもの葉月のように。
舞やレイラちゃんをからかうように。
葉月は平然と彼らにその一言をぶつけた。
当然のように彼らも笑いを止める。
それもそうだ。今の葉月の発言は、明らかに彼らを馬鹿にしている。
「おい、嬢ちゃん。今なんつった?」
「だから~一人ではできないから、みんなで殴ったんでしょ~? よっわい人間がすることじゃ~ん!! ね~!?」
「ああっ!?」
「誰が弱いって!?」
煽ってる。
さっきの会長が自分に目を向けさせるために煽っていたのが陰るぐらい、今の葉月は明らかに彼らを煽っているのがわかった。
でもなんで……そんなことしたら、彼らが逆上するよ。
逆上して葉月に何かしてくるよ。
「葉月っ……やめ……やめてっ!」
「小鳥遊っ……! うっぐぅっ!」
止めるために葉月に声を掛けるけど、葉月は笑っていた。
会長も何とか立ち上がろうとするけど、傷が痛むのか立ち上がれないでいる。
このままじゃいけない。
葉月を、葉月を止めないと。
「あはは~! なんで怒るの~? 図星なの~?」
「――んだとっ!?」
「調子に乗るなよ、クソガキが!?」
だけど葉月は止める気配がない。彼らも煽られているのがわかったのか、怒り始めている。
「お兄さんたち~? 今のお兄さんたちさ~、負け犬の遠吠えみたいに聞こえるよ~? あっは! たかだか女一人に何そんな大きな声だしてんの~?!」
「おいおいおい! お嬢ちゃん! なめすぎだろうが!?」
「キャンキャン吠えてるね~! みんなで私を襲う~? あはは! そうだよね~!! 一人じゃなんにもできないもんね~!!」
楽しそうに葉月は笑っている。
おかしそうに彼らを煽っている。
どこか様子がおかしい。
葉月がこんな笑い方するの見たことない。
こんなに人を馬鹿にする姿見たことがない。
いつもはからかうぐらいだったのに。
ここまで人を馬鹿にする言い方なんてしなかったのに。
からかっても、ちゃんと反省していたのに。
「小鳥遊っ! やめろ!」
「葉月っ! お願いっ! やめて!?」
動けない会長を抱きかかえながら、いつもと違う笑い方をする葉月に声をかける。
止めないと。
だってここに一花ちゃんはいない。
葉月を止める一花ちゃんは、今ここにいない。
それに、今の葉月はどこか様子がおかしい。
止めないといけない気がする。
「葉月、お願い!」
後ろ姿の葉月に声を出す。
だけど一向にこっちを振り向かない。
それどころか、楽しそうに笑っている声が聞こえる。
聞こえて、ないの?
「おい、嬢ちゃん。痛い目みたいようだなぁ!?」
葉月の向こうで、さっき最後に会長を殴ったリーダー格の男が何かを手に持っていた。その手に持っているものが視界に入って、血の気が引いていく。
うそ。
うそでしょ?
ナイフ。いつの間に。持ってたの?
「お兄さ~ん。な~に? それで刺すの~? お兄さんに刺せるの~? 刺すと死ぬけど~!?」
「おいおい! いい加減にしろよ!?」
だけど葉月は煽るのをやめない。男も手のナイフを持ち直して、切っ先を葉月に向けていた。
「やめて、葉月! 逃げて!」
声を出すけど、葉月は一向にそこから動かない。
どうすればいいの、どうすれば。
抱きかかえていた会長が力を振り絞ってか、私の腕から抜け出した。だけど、すぐに膝をついてしまう。
「会長!?」
「く……そが……」
さっき蹴られたお腹の辺りを手で掴んで苦しそう。
だけど会長も葉月が彼らを煽るのを止めたいんだろう。
「刺せば~?! 出来るならやってみなよ~~!? 殺してみなよ~!?」
最悪の煽りを葉月が彼に放った。
会長から慌てて葉月の方を見ると、両手を広げて男を見ている。
だめ。
だめだよ、葉月。
そんなこと言ったら。
「死ねっクソガキがっ!」
案の定、逆上した男が葉月にナイフを向けて走ってくる。
「だめ、葉月逃げて!」
だけど葉月は動かない。
ここからじゃ葉月を突き飛ばすことも出来ない。
「いやっ!」
「小鳥遊っ!!」
嫌な想像が頭を過って、一瞬目を瞑ってしまう。
「やめてぇぇぇぇ!!」
刹那、静寂が空間を包み込んだ。
どう、なったの?
ゆっくり眼を開けると、葉月はその場所から動いていなかった。
男の顔が葉月の近くにある。
会長は茫然とその様子を見ていた。
何故か、彼の仲間の男たちの顔が青褪めているような気がする。
「へ……へへ……あんまりなめてるからだ……」
男が何故か勝ち誇ったかのような、でも引き攣っているかのような表情をしていた。
「はづ……葉月……葉月っ!」
「た、小鳥遊っ!」
葉月はそのまま動かない。
男は頬を引き攣らせている。
ナイフ……は?
どこにいったの?
なんで葉月は動かないの?
「はづ――」
どうなったのか分からなくて、立ち上がって葉月に近づこうとした。
その時、気づいた。
葉月の左手の下の地面。
何かが落ちている。
違う。葉月の左手から、何かがまだポタリポタリと落ちていた。
液体……?
何の……?
辺りは近くに弱い光があるだけだ。今にも切れそうな電灯がある。
だけど、かすかにその液体の色が見えた。
それは赤い色だった。
「それじゃ死なないけど?」
静寂の中、葉月の冷えた声が響く。
その声に、背筋が震える。
この声……この冷たい感じ……。
前に聞いたことがある気がする。
次の瞬間、男が何故か震えながら葉月から1歩2歩と離れて、その場に座り込んでしまった。怯えているような表情で葉月を見ている。周りの男たちもどこか怯んでいるように見えた。
どうして……。
それに、あの赤い液体。
後ろからじゃ、葉月が今どんな表情をしているのかは分からない。地面の赤い何かも分からない。それが葉月の左手から何故流れているのも、どうしてか分からない。
思考がまったく働かなくて、けどそんな私の様子も分からないまま葉月が右手を動かした。
茫然とその様子を見ていると、何かを右手で引っ張ったみたい。その直後、葉月の左手からボタボタボタッと勢いよく赤い液体が地面に流れ落ちてくる。
液体……なんかじゃない。
あれは、葉月の、
血だ。
わかった瞬間、ガタガタと震えが体を襲ってきた。今起きた事実が理解されて、恐怖が体を支配する。
血。
血だ。
葉月が右手に持っているのは、今、座り込んで恐怖の目で葉月を見ているあの男のナイフ。
「ね~……」
平気そうな葉月の声が響き渡る。
だけどその声が冷たくて、葉月以外の私たちみんなが固まっていた。
今は何も考えられない。
「ね~。さっき死ねって言ってたでしょ~?」
「ひっ……な、なんだ……お前……どうして……」
「ね~お兄さん、もしかして本気じゃなかったの~?」
「く、くるな……」
葉月の様子はさっきと全く変わらない。
刺されたはずなのに、痛そうな動作も声もしていない。
その声は冷たさの他に、どこかガッカリしたような雰囲気を感じた。
1歩1歩葉月が男に近づいて、男の方は刺されたのに平然としている葉月が恐ろしいのか、逆に後退っていく。
けれど、葉月の方が近づくのが早くて、近寄りしゃがみこんだかと思えば、男の顔を覗き込んでいるようだった。
左腕の服は真っ赤に染め上がっている。
血が流れているのに、葉月は平気そうにしている。
「ななな……何なんだよ……お前……何でそんな平然としてるんだよ……」
男が言うとおり、あまりに葉月が平然としているから、私も会長も茫然としていた。
そんなわけないのに。
あんなに血が出てるのに。
そう、そうだよ。
震えている場合じゃない。
し、止血。止血しなくちゃ。
だけど体はまだ震えていて。
動けなくて。
葉月に近づいて血を止めなくちゃいけないのに、体は全く言う事を聞いてくれない。声を出したいのに、さっきから喉がひりついている。
葉月を止めなくちゃいけないのに。
その葉月は、自分を刺したナイフを何故か男の手に握らせているようだった。
何を……。
「お兄さ~ん。だめだよ~? ナイフ持つってさ~。こういう事なんだよ~。刺す覚悟も刺される覚悟も必要なんだよ~? だからさ~」
「ひっ……!!」
楽しそうな声が聞こえてくる。
だけど嫌な予感は止まらない。
それって、葉月……それってどういう……まさか、その人を刺す? でもじゃあ、何でナイフを持たせ――。
「………………刺す覚悟、持たせてあげるね~?」
――――自分を刺させる気だ。
どうして。
なんで。
疑問が頭を駆け巡った。
「だ、め……だめっ! 葉月、やめてっ!!」
そんなことだめ!
そんなことしたら葉月が死んじゃうよ!
やっと出た声で葉月に呼び掛けた。
だけどやっぱり葉月は聞こえてないのか、こっちを振り向かない。
声は出たけど、体はやっぱりまだ震えていた。
届かない。
葉月に声が届かない。
止めさせたいのに、届かない。
「やめろぉっ!!」
男の方が葉月の腕を払ってナイフを投げ飛ばしていた。それを茫然と見送る葉月の横顔が視界に入ってきた。
腕の怪我のことなんて頭にはなさそう。痛くもなさそう。
だけど、失望しているような目をしていた。
どうして……。
「な……なんなんだ!? お前!? 頭おかしいんじゃねえか!?」
男はもう明らかに葉月に怯えていた。平然としている葉月が怖いんだろう。周りの男たちも、どこか引いているような目で葉月を見ている。
「普通だよ?」
普通?
葉月にとってはこれが普通?
ナイフを自分に向けさせるのも、煽るのも、刺されて平気なのも、それが普通なの?
ただ、葉月のその声に、ギュッと胸の奥が締め付けられる。
悲しさを含んでいて、どこか諦めている。そんな感じがしたから。
そんな葉月から逃げようとして背中を向けた男は、その葉月に背中を踏みつけられていた。「ひぃ」と悲鳴じみた声をあげている。その男を踏みつけたまま、葉月が周りをグルリと見渡していた。周りの男たちを見ている。
その様子が、より一層不安を掻き立てた。
まだ何か危ないことをしようとしている気がする。
葉月の腕からはまだ血が流れている。
早く血を止めなきゃ。
体、体動いて。
葉月を止めなくちゃ。
「お兄さんたち~あ~そぼっ!」
葉月が彼らに襲い掛かろうとして、私が震える体を無理やり動かそうとした時、一つの影が彼らの奥から出てきた。
これはあくまで物語です。
葉月のような行為を推奨する作品ではありません。
決して、真似をしないようお願い申し上げます。
葉月の行為に関しましては7章後半に説明させていただきます。




