141話 一番安心する笑顔 —花音Side※
「げほっ!」
「会長!」
「おいおい、さっきまでの威勢のよさはどこいったんだぁ!?」
路地裏の袋小路の方に連れられて行った私と会長。
そこに着くなり、リーダー格の男が会長を一方的に殴りつけた。そこから数人がかりで会長を殴ったり蹴ったりしている。
会長は私に彼らを近づけさせないためか、袋小路の壁際に私を背にして、そこから動かなかった。
「全……ぜん、効かねえな……こんな弱い威力で……強いとか、おかしすぎるだろ……」
「どの口が言ってんだぁ? もうヘロヘロじゃねえか」
「金持ちの坊ちゃんは口だけは達者なんじゃね?」
「ぎゃはは」と彼らは笑い始める。さっきからこの繰り返し。会長は彼らを煽っている。そして殴られたり蹴られたりしてるのだ。
きっと私のところに彼らがこないように、矛先を自分に向けている。だけど、もうフラフラなのが後ろからでもわかった。見てられない。しかも数人がかりでなんて。
「ほーらよっと!」
「うぐっ!」
「会長!」
ガンッとまた一発会長を殴ってくるリーダー格の人。その一発が強かったのか、会長が私のところまで転がってきた。たまらず膝をついて倒れた会長を抱き上げる。
さっきからずっと後ろ姿しか見ていなかったから、顔を見て驚いた。もう目の周りも腫れていたし、口の周りも切れて血だらけだったから。
「会長、しっかりしてください!」
「く……そが」
荒い呼吸で会長は息をしていた。痛いのか悔しいのか分からないけど、表情を歪ませている。立ち上がろうとしているのがわかったけど、これ以上は私の盾にならせるわけにいかない。
抱きかかえたままにして彼らを見上げると、やっぱりニヤニヤしながら私たちを見ていた。
許せない。
「やめてください! なんでこんなことっ!」
「おっほ~気が強いね~」
ニヤニヤしながら見てくる男たちを見て、悔しくなった。
何でこんな人たちに会長が殴られなきゃいけないの? どうしてこんなことになってしまったの? 私にこの人たちをどうにかする実力があればいいのに。
恐怖と苛立ちと心の中はグチャグチャで、だけど私には何も出来なくて。
ただ震えるしかできない自分に、一番腹が立ってくる。
「さーて、坊ちゃんの相手はもう飽きたしなぁ。金だけ持ってたところで弱いってことが、これでわかっただろ? そこのお嬢ちゃんに今度は相手してもらおうか」
「おいおい、かっくん。一人で楽しもうってか? この子、上玉じゃん。金持ちのお嬢様がどう乱れるのか、俺らも味わいたいんだけどなぁ?」
男たちの会話を聞いて、やっぱり体が震える。何かされる。私に矛先を向けてきた。お金持ちなんかじゃないのに。
「う……ぐっ! お前ら……の相手は俺……だろうが……」
「坊ちゃんはもういいんだって。そこで彼女が乱れるところを指咥えて見てるんだな」
動き出そうとする会長を無理やり止めた。どうしよう。本当にどうしよう。
だけど、と思う。
ここで私が彼らの言う通りにすれば、会長はこれ以上殴られなくて済むかもしれない。私が彼らの相手をしている間に、会長が逃げることが出来れば、助けを呼んでこれるかもしれない。
怖い。怖いよ。何をされるかも予想がつく。
けど、これ以上会長が傷つくのを黙って見ているわけにはいかない。
「おーい、彼女。さっさとそいつを離して、俺らと一緒に楽しもうや」
悩んでいる間にも、気分が悪くなる笑みを浮かべながら、リーダー格の男が近づいてきた。
「だ――めだ!」
会長がまた私の腕を掴んで立ち上がろうとしていた。そんな会長を見た――
「みーつけた」
――――瞬間。
聞き覚えのある声が耳に届いた。
ありえない。
だって、ここにいるはずないもの。
だけど、その声は私が一番聞きたい声で。
一番安心する声で。
声のした方向を見ると、
いるはずのない葉月が、笑顔でゆっくりこっちに向かってきている。
「は、葉月!?」
「たかな……し……!?」
なんで、なんでここにいるの?
会長も予想外なのか、驚いているようだった。
「なんだ~? もしかして、坊ちゃんたちのお友達か~?」
「意外と可愛いんじゃね?」
男たちも突然現れた葉月に驚きつつも、ニヤつきながら見ていた。だけど葉月はそんなのお構いなしに、私たちの方に歩み寄ってくる。
あまりに自然と近づいてきたから、男たちも葉月を止めるわけでもなく、普通に通してしまったみたい。
傍にきた葉月が膝をついて会長の方に視線を向け、手を伸ばして、あちこちと触り始めた。あっという間の出来事で、私も会長も茫然としてしまったけど。
本物。本物の葉月だ。幻でも何でもない。
会長の顔や口の中を見ている葉月を見て、どんどん実感してくる。今までの恐怖と不安が、一気にほぐされていくのが分かる。
「……葉月」
怖かった。
どうしようと思ってた。
どうしたら会長をこれ以上傷つけられないようにとか。
この人たちにどんな酷い事されるとか。
私には何も出来ないとか。
怖かった。
そんな私の震える声を聴いて、葉月はいつもの安心する笑顔を向けてくれた。
この笑顔が、安心する。
大丈夫だよって、言ってくれている気がする。
そっと葉月の手が上がって、私の頬に触れてくれた。
まるで安心させるかのように撫でてくれる。
すぐ離れてしまったけど、その温もりがさらに安堵をもたらしてくれた。
「おいおいお~い」
「俺たちを無視しないでくれる~?」
「ねえ、君も星ノ天なのかな~?」
そうだった。安心している場合じゃない。
男たちの声で一気に現実に引き戻される。
よく見ると葉月は部屋着のまま。寮で寛いでたからだと思うけど。葉月が来たからと言って、この人たちに囲まれているのは事実。
さっきより冷静に、どうすればこの場から逃げられるのか考えようとしたところで、葉月がゆっくりと立ち上がった。
ザワッと、嫌な予感がした。
何、する気?
一瞬、生徒会の勧誘の時に暴れた葉月を思い出す。
もしかして、葉月、この人たちを相手にする気?
心配になって、立ち上がった葉月を見上げると、ニコニコとした顔で私と会長を見下ろしていた。これは、きっとそう。この人たち相手に喧嘩をする気だ。
そんな危ないこと、だめだよ。
葉月、女の子なんだよ?
会長だってこんなにボロボロにされたのに。
「ねえ~……お兄さんたち~?」
止める間もなく、葉月は彼らに振り返る。
「私と一緒にあ~そ~ぼ~?」
後ろ姿の葉月しか見えなくなった。
だけど、さっきとは違う恐怖が、一気に体を駆け巡った。
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