114話 妹と弟
「レイラ~何これ~? 穴だらけだよ~?」
「見てわかりませんの? Tシャツですわ!」
「レイラちゃん……これって……」
「庶民には分かり辛いかもしれませんね。これはツボマッサージ器ですわ! 現地限定の品ですの!」
「レイラ、お前……」
「何ですの一花。それは現地でしか手に入らないワニ革サングラスですのよ」
「レイラってさ、すこぶるセンスないよね!」
「なんですって、舞! あなたの持ってるのなんて一番高かったんですのよ! ピクちゃん人形の現地限定版ですわ!!」
夏休みもあと2日、というところでレイラが旅行から帰ってきた。変なお土産付きで。
あれから花音はちょっと落ち着いたみたい。たまに机に突っ伏してるけど。会長のこと思い出してるんじゃないかな? まあ、玉ねぎの回数減ったからいいんだけど。
「花音~アイス食べたい~」
「ちょっと葉月! せっかくお土産買ってきてあげたのに、何か言う事ありませんの!?」
「いらないよ~。誰が着るのさ、こんなの」
「んなっ!?」
ペイって放り投げるとレイラがショック受けてる。でもこんなの本当に誰が着るのさ? いっちゃんも舞も、あの花音だってちょっと呆れてるんだよ~?
「葉月、だめだよ、そんな言い方しちゃ。折角買ってきてくれたんだから」
「じゃあ、花音~。そのどこのツボを押すか分からないようなマッサージ機嬉しいの~?」
「……う……嬉しいよ……?」
「ふんっ! 花音は庶民の割には分かっていますわね! 葉月、あなたがおかしいんですのよ? ああ、元々おかしかったですわね」
「はあ……花音、無理するな。悪いがレイラ、あたしもこれいらないぞ?」
「あっはっはっ! ごめん、レイラ! あたしもいらないや!」
「んなあっ!!?」
滅茶苦茶ショックを受けてるレイラを、花音が申し訳なさそうに慰めてる。花音~慰めなくていいんだよ~?
コンコン
と、奥のドアからノックが届いた。んん? だ~れ~?
「花音~誰かきた~」
「うん? 誰だろ?」
皆がドアの向こうに顔を振り向かせて、花音が立ちあがった時に、カチャっと奥のドアが開く音がした。ありゃ? さっきレイラが来た時に鍵掛けるの忘れてた?
それからバタバタとした足音がしたと思ったら、部屋のドアが勢いよく開け放たれる。
「ねえちゃん!!」
「ちょっと礼音! 勝手に入っちゃ駄目だってば!」
現れたのは、5歳ぐらいの男の子と小学生ぐらいの女の子。皆がポカンとしてしまった。
えっと~……どこの子?
「えっ、詩音?! 礼音!? なんでここに!?」
「ねえちゃんだ!」
「あっお姉ちゃん!」
その2人が花音に抱きついて、ものすごく花音が困惑してる。あっれ~もしかして――。
「あなたに会いにきたそうよ。寮の入り口にいたところを、私が通りがかってね」
寮長が2人に続いて部屋に入ってくる。花音がハアっと溜め息をついて、膝をついて目線を合わせていた。
「2人とも、どうして来たの? お母さん知ってるの?」
おや? 珍しく花音がお説教モードになってるけど。でも待って、花音。皆が訳分からない顔してるからさ。
「花音~その子たちは~?」
私の声で、「あっ」と声をあげて、皆に振り向く。
「ごめん、驚かせちゃって。妹と弟なの」
「花音の弟妹か」
「うっわ~! かっわい~!」
「ふん! いきなり部屋に入ってくるなんて、礼儀知らずですわね!」
「ほら、2人とも挨拶して? 皆、私のお友達なの」
きょとんとしてくる2人。うん、確かに花音にちょっと似てるかもね、その顔。
「ねえちゃんのともだち? れおんだよ! ごさいにこのまえなった」
「詩音です。小学4年生です。お騒がせしてごめんなさい」
礼音はなんかやんちゃそうな感じ。詩音は礼儀正しいね。あと、レイラ。この変なお土産買ってくる方が礼儀知らずだから、覚えておいてね?
「じゃあ、あとは任せていいかしら」って言って、寮長はさっさと行ってしまった。これから用事があったんだって。
寮長を見送ってから、花音が改めて2人に目を合わせてる。
「それで? 2人ともどうやってここにきたの?」
「あのね! でんしゃにのったんだ! はやかったよ!」
「勝手に家飛び出してきちゃったの? 詩音?」
「ご、ごめんなさい……でも、お姉ちゃんに会いたかったの! この前だってあまり遊べなかったし……お姉ちゃん、すぐここに戻っちゃうし……それなら会いにいけばいいかなって……」
「だからって……お母さんが心配するでしょ? 知らないんだよね?」
「ねえちゃん……なんでおこってるの?」
「怒るよ、それは。何かあったらどうするの?」
おやおや~? 泣きそうになってるね~。まあ、怒られるのは当然だけどさ~。でもちょっと落ち着こうか?
「花音~? まあまあ、落ち着いて~。来ちゃったものは仕方がないよ~。ね~?」
花音に肩をポンって置いて、2人を見る。また、きょとんとした顔で見てきた。この顔、花音にそっくり。
「礼音はともかく~、詩音は駄目だってことわかってるみたいだしね。2人とも、もうこんなことはしないでしょ~? ほら、ごめんなさいしよ~?」
「……ねえちゃん、ごめんなさい」
「ごめんなさい……お姉ちゃん」
「はぁ……仕方ないなぁ……」
花音が苦笑して、2人の頭を撫でてあげてた。ふふっ。素直だね~。
「おい、葉月。ちょっとこの2人を見習え?」
「そうだね、葉月っち」
「そうですわ。とりあえず、お土産を放り投げたこと謝りなさい?」
「なんで?」
「謝って反省することを、お前はちょっと理解した方がいいぞ?」
「素直に謝ること覚えた方がいいよ、葉月っち。昨日、あたしのコロッケ取ったの、まず謝ろっか?」
え、何言ってるの、皆して?
「いっちゃん、舞。それにレイラも何言ってるの~? 私が~? 謝る~?」
「そうだ」
「そうだよ」
「そうですわ」
「謝るのはね、反省してる人がすることだよ~?」
「「「……つまり?」」」
「私、謝るようなことしてないから謝らないけど~?」
「「「全然反省する気ない!?」」」
あったりまえじゃ~ん。何を今更そんなこと言ってるのかな、皆して。私が? 反省? そんなことしていたら、出来るものも出来なくなるんだよ?
「葉月……ちょっとお前に言いたいんだが……昨日、寮内を泥の手形をつけて回って、周りを恐怖に陥らせたことは謝ることじゃないのか……?」
「あれは仕方ないよね~? 外で泥をいっぱい作っちゃったからね~。しかもそれにネズミさんを入れて遊ぼうとしたら、逃げ回っちゃったから捕まえようとしただけだよ~?」
「葉月っち? 食べようとした時に、横からそれをヒョイッて取るのは謝ることじゃないのかな~?」
「早く食べない方が悪いよね~?」
「葉月……人が買ってきた物を放り投げるのは謝ることじゃないんですの……?」
「だって、いらないもん」
「「「ちょっと……そこに正座しろ」」」
え~やだ~。
正座させようとしてくる3人から部屋の中を逃げ回っていたら、礼音の声が聞こえてきた。
「ねえちゃん。あのひと、おこられてるのになんでにげてるの?」
「えっとぉ……」
「お姉ちゃん、なんであの人、ごめんなさいしないの?」
「えーーーーっとぉ……」
花音が困り果ててた。
※※※
とりあえず、ロープでグルグル巻きにされて3人からの意味のない説教が終わってから、花音が全員にアイスを出してくれたよ。
「ねえ、いっちゃん」
「なんだ?」
「これじゃ食べれないから外して?」
「だめだ。反省するまでそのままだ」
「じゃあ、あ~んするから食べさせて~?」
「仕方ないなぁ、葉月っちは。ほら、あ~んして?」
あ、舞が折れた。あ~ん。ん~、んまし~。
「ねえちゃん。あのひと、おとななのにあ~んしてるよ?」
「あー、礼音――だったか? こいつの真似はしないようにな」
いっちゃんがちゃんと注意してる。そだね~。真似しない方がいいよ~。花音がかなり困った感じで笑ってるね。んん? 詩音の方が、キョロキョロしてる。どしたの?
「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんのルームメイトってこの中にいるの?」
いますよ~。ロープでグルグル巻きにされてるんですよ~。ねえ、花音以外の3人さん? どうしてそんな“紹介していいんだろうか”っていう目で見てくるの?
「いるよ。ほら、今アイス食べさせてもらってる人」
「えっ!? この人が葉月さん!?」
花音と私を交互に見てくる詩音。そんな驚くこと?
「お姉ちゃん、優しい人だって言ってたけど、変な人じゃないの? 他の人からもあんなに怒られてるし……今もロープで縛られてるし……お姉ちゃん、騙されてるの?」
「あはは……大丈夫だよ、詩音。葉月はちょっと不思議なとこあるけど、ちゃんと優しい人だよ」
「ほんと?」
「本当」
そう言って、花音が詩音の頭を撫でてあげてる。う~ん。相変わらず花音の私に対する評価が高いね。ちょっといっちゃん。ジト目でこっち見ないで?
「それにしてもどうしようか……2人だけで帰らせることできないし、お母さんも今は仕事中だしね……うーん……」
「ん~花音? 大丈夫だよ~?」
「え?」
「いっちゃん」
「ああ、分かってる。安心しろ、花音。車を用意してやる」
「ええっ!? いや、悪いよ! 私が送っていって、明日帰ってくればいいだけだから!」
「でも花音~、明日朝から生徒会の用事あるって言ってなかった~?」
「いや、そうだけど……」
「大丈夫だ、それぐらい。遠慮するな。花音は母親にそう連絡してあげろ」
そうだよ~。それぐらい甘えてくれて大丈夫なのに~。
「やだ!」
花音とそんな話してたら、礼音が大きな声出して、花音にしがみついた。う~ん? どしたのかな~、いきなり?
「ねえちゃんといっしょにいる!!!」
「礼音。我儘言わないで、ね? お母さんも心配するから」
「やだ!!」
ありゃー……いじけちゃったよ。お姉ちゃんと離れるのが寂しいんだね~。花音の胸にぐりぐり頭を押し付けてるよ。あ、詩音もモジモジして寂しそう。
「私も……少しはお姉ちゃんと遊びたい。せっかくの夏休みなのに……」
「詩音までそんなこと言わないで? またすぐ帰るから、その時に遊ぼ、ね?」
「だって……お姉ちゃんが高校入ってから、全然会えなくなって寂しいんだもん……」
2人はものすごく花音が好きだね~。すっごくビシビシ伝わってくるよ、うん。その光景を皆で見てたら、舞が元気な声を出した。
「よっし! 2人とも! じゃあ、今日はお姉ちゃんにいっぱい遊んでもらえばいいよ!」
「そうだな。このまま帰すのも忍びない。まあ、帰りはちゃんと送り届けてやるから安心しろ」
「ちょ……舞に一花ちゃんまで……」
「その代わりさ! 今日目一杯甘えて、次に花音が帰ってくるまで我慢すること! 今日みたいに勝手に家を飛び出しちゃだめだからね! わかった?」
2人が顔を見合わせて、コクンと頷いた。
「ねえちゃんとあそびたい!」
「お姉ちゃんと今日遊べるなら、あとは我慢する!」
「ええ……はぁ……仕方ないなぁ……」
「じゃあ、あたしらも目一杯楽しまなきゃね! いくよ! 皆!」
「え? わたくしたちも行くんですの!?」
「別にレイラは来なくていいよ~?」
「んなっ!? 何でここで仲間外れですの!? 行きます! 行きますわよ!」
「ところで舞? どこに行くつもりだ?」
「近くに大きな公園あったじゃん! そこでなんかやろうよ! 礼音たちは何したい?」
「さっかーがいい!!」
「よっし、決定! じゃあ、ボールは確か持ってる子いたから借りてくる!」
「えー! 私、バドミントンがいい! ちょっとは上手くなったんだもん!」
「あっはっは! じゃあ、それも借りてくるよ! どっちもやろ!」
「花音~お菓子持ってこ~」
「ふふ、そうだね。でもごめんね、皆付き合わせちゃって」
「気にするな。でも遅くなることは母親に伝えておけよ?」
「うん、ありがとう一花ちゃん」
「ふん! しょうがありませんわね!」
「だから、レイラは来なくていいよ~?」
「だから仲間外れにしないでくださいな!?」
「ふふ。ありがとう、レイラちゃんも」
舞が元気に寮生の子に道具を借りにいって、花音はお茶とお菓子を持って、私たちは公園に繰り出すことになった。
お読み下さり、ありがとうございます。




