112話 自覚した —花音Side※
ただのルームメイトだったのに。
優しいルームメイト。
少し変わったルームメイト。
私を助けてくれるルームメイト。
そうだと思っていたのに。
目の前の葉月を見る。
おいしそうに私のご飯を食べている。
視線に気づいたのか、ニコッと笑ってきた。
「これおいし~!」
ガンっと思わずテーブルに突っ伏してしまった。そ、その笑顔……反則すぎる。可愛い。それに口の横にご飯粒つけてる――余計可愛い。
「か、花音? どしたの~? 大丈夫?」
「……ごめん、平気……大丈夫だよ」
落ち着かない。心臓大変。全然大丈夫じゃない。
早く顔上げないと葉月が心配する。でも今顔上げたら絶対顔真っ赤。余計心配させてしまう。
ハアと何度も深呼吸して顔を上げると、やっぱり心配そうに見ていた。ご、ごめんね、葉月。驚かせたよね。
「本当に平気だよ、葉月」
「そう? でもまた顔赤いよ? 風邪じゃないの?」
「……大丈夫だよ、風邪とは違うから」
ええ、違います。あなたにただドキドキしているだけですから。
それでも心配そうに見てくる。
ああ、私の顔、早く収まって。
この数日、これの繰り返し。
葉月のことが好きだと気づいてから、もう大変。
だって、前より綺麗に見えるんだもの。
前より可愛く見えるんだもの。
確実に前より葉月のこと考えているんだもの。
しかも無邪気に笑ってくるし。
今は夏休みだから、四六時中葉月が一緒だし。
もう心臓やばい。ずっとうるさい。
かといって離れるのも、無理。
図書館に避難したけど、でも無理。すぐ会いたくなって部屋に逆戻り。あまりに早い帰りで、葉月と一花ちゃんがきょとんとしていた。デザート作って誤魔化したけど、でもやっぱり葉月のそばにいると嬉しいんだもの。
食事が終わって、ゆっくりお風呂に浸かる。
まさか女の子好きになるとは思わなかった。
しかも初恋。
全然違う。
友達を思うのと全然違う。
自覚したら違いがハッキリ分かる。
戸惑ってしまう。
「どう……しよう」
自然と言葉が零れる。その言葉がお湯に落ちていった気がした。
女の子好きになるとか思ってなかった。
全く思っていなかった。
私、女の子好きになるタイプだったの?
え、女の子に欲情するとか?
あれ、でも舞たちにそんなこと思わないけど。
葉月が――特別?
特別……は特別。好きだってハッキリ分かるもの。
あの無邪気な笑顔も、
それにあの時の優しい瞳も、
葉月の香りも、
温もりも、
声も、
全てが胸をギュッと締め付けてくる。
ドキドキが止まらない。
嬉しくて、どこかくすぐったい。
あったかくなる。
中学の男の子たちもこんな気持ちだったのかな?
私に告白してくれた男の子たち。そんな多くはないけど。2、3人だけど。
「告白……」
葉月に? 私が?
もし告白したら、葉月どうするんだろう?
きっと困るよね。
ルームメイトにそんな気持ち抱かれてるなんて知ったら、逆に気持ち悪いとか思われたりしちゃう? 嫌われる?
……想像したら、ショック受けちゃった。もしそんな風に嫌われたら、立ち直れる気がしない。
じゃあ、気づかれないようにする? そもそも葉月、そういうのに鈍感そう。それに私のこと、絶対ただのルームメイトにしか思ってないと思う。……自覚する前の私がそうだし。
そう、だよね。もし葉月が私の事好きだっていきなり言って来たら、私だって戸惑うよ。恋愛対象で見てたの? って驚くよ。葉月は優しいから、告白してもやんわり断ってきそうだけど。
「花音~? 大丈夫~?」
コンコンっとバスルームのドアがノックされて、ビクッて体が震えた。え、ええ? 葉月、なんで?
「だ、大丈夫だよ。どうしたの?」
「だって~、もう1時間以上も入ってるから~」
――考えてたらそんなに時間経ってた? た、確かに少し体熱いかも。のぼせたかな?
「のぼせてるんじゃないかと思って~」
「だだ大丈夫。今出るから」
「そう?」
「うん。だから、葉月戻ってて? あ、そうだ。冷蔵庫にプリンあるからね。それ食べていいよ」
「おお! 食べる~!」
パタパタと足音が遠ざかってホッとする。し、心臓に悪い。でも確かに入りすぎた。上がって水分補給しなきゃ。
……好きな人がルームメイトって、日常生活大変。
でもそばにいれるし、なんならこうやって心配もしてくれるの嬉しいけど。
バスルームから出て、バスタオルを体に巻いた。ふうと息をついて洗面台の鏡を見る。……入りすぎた。血色良くなりすぎて肩真っ赤。
「ねえねえ花音~! これどっちも食べたい~! 食べていい~?」
ガラッと遠慮なしにプリンを持った葉月が顔を出す。
ははは葉月? まだ着替えてないから!!
鏡越しに目が合うと、キラキラした目をしている。これ、どっちも食べたいって目。
「……食べていいよ」
「んっふ~! やった~!」
全く全然そんな気がない様子で、気分良さそうに鼻歌交じりで去っていく葉月。
気が抜けて、思わずそこに座り込んでしまう。
全く、そう全く意識してない。
当たり前だけど、当たり前だけど!!
こっちは恥ずかしくて死にそうなのに! 半裸見られて、好きな人に半裸見られて心臓バクバクなのに!
葉月が悪いんじゃないんだけど……たまに今までもこういうのあったし。
これ、告白絶対無理。
今の葉月に告白絶対無理。
密かに固く決意した。
もう少し、もう少しせめて葉月がそういうのに興味持ってから。というか、少しでも私にそういう興味を持ってくれてほしい。
無理かな……そもそも葉月自身が恋愛に興味なさそう。今までそういうの聞いたことないし、舞が恋人作りたいって言ってるのも、興味なさそうに流しているものね。……一花ちゃんもだけど。
……告白は無理そう。
でも少しは意識してもらいたい。
そもそもまず私が葉月を好きになったのがイレギュラーというか……そりゃ葉月が私を好きになってくれたら嬉しいけど……。
葉月が私を好きになったら……?
少し想像しただけで、ああ、もう心臓おかしくなる。
今はまだ自分の気持ちだけで精一杯。振り回されて、おかしくなりそう。
ハアとため息ついて、着替えて部屋に戻ると、それはもう幸せそうに2個目のプリンを食べている葉月がいて、しゃがみこんで悶えてしまった。
可愛いすぎる。ギュって抱きしめたい。
そんな私をまた心配してきたから、また嬉しくなってしまった。
□ □ □
トントントンと玉ねぎを切っていく。
これは一花ちゃんのジュースに葉月が生卵を入れた時のお仕置き用。一花ちゃんが気づかずに飲んでしまって、勢いよく噴き出してた。さすがに可哀そうだからね。しかもブドウのジュースだから味の相性も悪いかな。
「あれ、葉月?」
部屋に行くと葉月の姿が見当たらない。
あ、これ逃げた。でも行き先は決まっている。
というわけで、一花ちゃんと舞の部屋へ。コンコンとノックして部屋の中の一花ちゃんに声を掛ける。しばらくしてガチャッと鍵が開くと同時に、一花ちゃんがドアの向こうから出てきてくれた。
「一花ちゃん、葉月いるかな?」
「いるぞ。ちょっと待ってろ」
やっぱりここかぁ。玉ねぎから逃げる時は大体一花ちゃんのところなんだよね。あ、一花ちゃんが戻ってきた。何でそんなに怒っているの?
「あんの野郎。窓から逃げやがった!」
「え、窓から?」
「多分この前の道具使ったんだろ! また作ったんだ! 花音、悪いが部屋に入るぞ!」
いつも入ってるよね? というツッコミは入れないでおこう。
一花ちゃんはいつものように葉月のクローゼットを開けて、ゴソゴソ探し出す。さすがに見慣れた光景。一花ちゃんと葉月ってプライバシーないよね。
それにしてもこの前の道具? そういえば一花ちゃんと東海林先輩に没収されていなかった? あれも危ないよね。壁を蜘蛛みたいに這っていくんだもの。
「見つけた! やっぱり予備を持っていたか」
「どうするの?」
「あたしは壁伝いに追いかける。花音は部屋の方から頼む。どうせ寮長の部屋だろ。あの窓からだったら行きやすいからな」
逃げられたことがショックだったんだね、一花ちゃん。随分悪い顔になってるよ。
というわけで、一花ちゃんにも頼まれたので、今度は東海林先輩の部屋へ。4階だから、壁伝いに行くのは危ないんだよ、葉月。これは戻ったら玉ねぎ追加しようかな。
東海林先輩の部屋のドアをコンコンとノックする。さっきの一花ちゃんと同じように出てきてくれた。あ、これは疲れてる。きっといきなり葉月が窓から出てきて驚いたんですね。
中に入れてもらうと、一花ちゃんが葉月を押さえつけていた。
「いっちゃん! 私はとても重要な用事があるんだよ! どいて!」
「どんな用事だ、言ってみろ」
「花音から逃げるという用事だよ! あの玉ねぎの量見たら、いっちゃんだってきっと逃げるよ!」
「だそうだが、どうする?」
うんうん、そんなの決まっているよ。そんな顔を青褪めさせないの、葉月。
「ちゃんと食べようね、葉月?」
にっこり笑って葉月を見下ろす。危ない事はダメって反省しないとね。一花ちゃんにも謝ろうね。
「か………………かかかか花音……?」
「一花ちゃん、部屋に連れてきてもらっていいかな?」
「ああ。ほら、いくぞ。観念して食べろ」
「いいいいいっちゃん……わかった……今度からはカエル取ってきても食べないから」
「そうかそうか。それは良かったな。さっさと行くぞ」
さーて、葉月を連れてきてもらうのは一花ちゃんに任せて、追加の玉ねぎ切らなきゃね。
部屋に戻って、キッチンでトントントンと玉ねぎを切る。部屋の至る所についている鍵は、今一花ちゃんが閉めているから、葉月はもう逃げれないと思うよ。鍵を一花ちゃんに貰って、彼女は自分の部屋に戻っていった。
葉月の目の前には顔より大きい量の生玉ねぎのサラダ。ニッコニコと笑いながら、頬杖ついて葉月を見つめる。
「……かか花音……これ、何……?」
「いっぱい食べてほしくて、頑張ったよ?」
サアっと顔が青褪めていく葉月。オロオロして、少し目尻に涙を溜めている。
……か、可愛い。でもだめだよ、うん。ちゃんと反省しないとね。
チラチラっと私の方を見てくる。
か……可愛い……。
私、これ持つかな。
葉月の可愛さに心臓が大変なことになってるんだけど。
「……花音?」
「ん?」
「花音は恋してるの?」
「えっ!?」
ばばばバレたの!? 気づいたの、葉月!? ささささすがにこれは……早すぎる!
自然と顔が熱くなっていく。
「上手くいくといいね~花音」
「…………えっ?」
ふふって何故か嬉しそうに笑ってるけど、あ、あれ? 上手くいくといい? これ、気づいてない? 自分だって気づいてないの?
「花音~、さすがにこれ無理~。半分で勘弁して~?」
甘えたような声で葉月がおねだりしてくる。
あ、これ気づいてない。
私が好きなの葉月だって気づいてない。
よかったような。
淋しいような。
思わず苦く笑ってしまう。
「……仕方ないなぁ」
じゃあ半分で許してあげる。
誰かと勘違いしているみたいだけど、少しでも葉月が興味持ってくれるといいなと期待してしまった。
あのね、葉月。
私が好きなのは、
あなただよ。
ポロリポロリと涙を零しながら玉ねぎを食べる葉月を見て、心の中でそう囁く。
いつか、
いつかちゃんと伝えられたらいいな。
ちゃんと、知ってほしいな。
葉月が私の特別だよって、
知ってほしいよ。
お読み下さり、ありがとうございます。




