濡れ手に粟だった時には。:解答編
「今の私にお勧め出来るのは、ですか……」
ぽつりとつぶやいたミントの言葉に、カルタの片眉が上がる。
ほんのわずかばかり、口の端も上がっただろうか。
そんなカルタの反応に、しかし若干顔を俯かせて考えに没頭しているミントは気が付かない。
カルタにとってはその方が都合がいいから、何も言わずただ見守るだけ。
それからしばらくして、ミントが顔を上げる。
「あの、エイジさん。もしかして『オーラ・スラスト』って、ゴーストに当てられたりします?」
思わぬ問いに、一瞬だけエイジは驚き。
それから、いつもの快活で豪快な笑みを見せた。
「おう、よく気が付いたな! その通り、実はゴーストを斬ったりも出来るんだ!」
「やっぱり、そうなんですね……。以前リームさんが、オーラは魔力に似た力って言ってらしたから、もしかしてって」
エイジの答えに、ミントはほっとした顔になる。
だが、そこで安堵も納得も出来ない人間もいるわけで。
「まてまて、なんだその『オーラ・スラスト』というのは!? 魔力に似た力というのはなんなんだ!?」
最初に声を上げたのは、ノイズだった。
魔術師である彼からすれば、魔力に似た、彼が聞いたことのない『オーラ』という力が存在するなど聞き捨てならないところだろう。
ましてそれが、駆け出し冒険者であるミントが使えるらしいなどと。
「あ~、なんっつーかな、むんって力入れたら出てくるんだよ」
「まったくもって意味がわからん!」
「で、ですよね~……」
要領を得ない説明をエイジがすれば、ノイズがそれに食ってかかる。
ノイズに同意したのは、冷や汗を垂らしているミントだ。
まあ、使えるようになってしまった彼女からすれば、対応に困るのも仕方ないところではあるが。
「でもほんとに、私もよくわかってなくて……エイジさんに言われた通りにやったら、こう……」
そう言いながらミントは、酒場にあるナイフを手にすると、力を籠める。
慣れた槍程スムーズにはいかなかったが、それでもナイフの刀身が光を帯びていった。
「……ミント、君は魔力付与をする『エンチャント・ウェポン』の魔術は使えないな?」
「は、はい、というか魔術自体、全然使えないです」
「そうか……それなのにこれは……いや、『エンチャント・ウェポン』に似て非なる何か、というのが正確なところではあるのだが」
突然怪奇現象を見せられて、しかしノイズは驚きよりも好奇心や探求心の方が勝ってしまったようだ。
様々な角度からナイフを眺めつつ、なにやらぶつぶつと独り言を言っている。
「エイジだったら何があっても驚かないけど、まさかミントがねぇ」
「俺だったらってなんだそれ!? いやでもな、俺はミントが使えるんじゃねぇかとは思ってたんだ」
と、カルタにからかわれて憤慨しかけたエイジが、以前した説明を改めてカルタ達にする。
するとノイズの眉間の皺が深まり、カルタはますます楽しげな顔になっていた。
「いやぁ、エイジ以外はミントくらいしか使えない力なんてもんがあるとはねぇ。まさかそんなもんで想定が覆されるとは思いもしなかったよ」
笑いながらの言葉に。
しかし、ミントははっとした顔になった。
「カルタさん、もしかしてこれって、私を試しました?」
「うん? なんのことだい?」
ミントに問われて、しかしカルタの表情は変わらない。
だが、ミントはその返しにこそ、確信を得た。
多分カルタならば、素直に話すはずがない、と。
「今の私にお勧めなもの。今の、という言葉が、もしかしたらずっと大きな意味を持っていたんじゃないかなって」
「ふぅん……どうしてそう思ったんだい?」
カルタの顔は、相変わらず笑っているが。
その瞳の奥には、何か真剣な光が宿っていた。
そのことを、ミントは察していた。
「ここで何を選ぶかで、私という冒険者が次にどう進むかが測れる。そう考えたんじゃないかって思ったんです。
……もしかして、リブラさんも抱き込みました?」
「おいおい、人聞きの悪いことを言ってくれるねぇ」
冗談めかしてはいるが。
しかし、カルタの瞳の奥はますます真剣にミントを見ている。
まさしく、値踏みするかのごとく。
「今この場で、ポーションと答えるのは一番ダメな答えだったんじゃないでしょうか。
今の私では、二本しか買えない私では、いざという時に使えない。少なくとも、使おうとしても使うのを躊躇しちゃうと思います。
でもそれって、多分致命的なことですよね?」
「そうだねぇ、ポーションなんて使わなきゃいけない場面で、迷ってたらそれが死因になっちまう。
気兼ねなく、かつ遠慮容赦なく使えるような人間じゃなきゃ持たない方がマシまである代物さ」
質問、というよりは確認の響きで向けられたミントの言葉に、カルタの笑みが深まった。
返ってきた言葉からしても、彼女の真意を捉えていたのは間違いないだろう。
「そもそも、今の私だったら、ポーションが必要になるようなところに行くならリブラさんと一緒に行くべきでしょうし。
『プロテクション』の使えるアイテムもそうでしょうか」
「あらあら、そんなに信頼してもらえているのは嬉しいですけれども」
謙遜しながらも、リブラとて悪い気はしていない。
実際のところ、彼女が一緒であれば、ミントが行ける場所で危うくなる場面などそうはないだろう。
そしてミントとて、リブラには全幅の信頼を置いている。
この問いには、ミントが信頼のおける仲間を得ているか、そして仲間を信頼しているかという意味も込められていたのだろう。
「後は、魔術付与された武器か、便利なマジックアイテムか。
ここで私が何を選ぶかを見たかったんじゃないかと思うんです。
例えば、ピュリファイ・ウォーターはとても便利ですけど……多分これ、湧き水とかが豊富な、森や山での探索に特に力を発揮しますよね?」
「そうだねぇ、湧き水の場所を覚えていれば、大量の水を持っていかなくてもよくなる。
なんなら泊りで数日過ごすことも可能になるだろうさ」
カルタの反応に、ミントは確信する。
正解への道筋に乗った、と。
いや、元々絶対の正解などない問いなのだろう。
だからこそ、この問いの答えには彼女の意思が示されることになる。
「でもそれは、今まで通りに薬草採取をして暮らすのに便利ってことじゃないですか?」
「あんたがそう思うなら、そうかもね?」
はぐらかされている。
しかし、だからこそ核心に近づいている。
何故かミントには、そのことがわかった。
「そうなると、私みたいに魔術が使えない駆け出し冒険者が手にするべきは、魔術付与された武器なんでしょう。普通は。
普通の選択だから、普通じゃない場所には連れていけない。……そんなことを考えませんでしたか?」
「ありゃ、ミントから見たあたしは、そんなに性格が悪いのかい?」
傷ついたような顔を作るカルタ。これっぽっちも傷ついていないのに。
むしろ、喜びすら感じているというのに。
「いいえ、優しいと思います。優しいから、たくさんの選択肢を出して、それを埋もれさせようとした。
でも、優しいから、その選択肢を残してくれた。公平に示してくれた」
カルタの表情が、くしゃりと変わる。
破顔一笑を絵に描いたような顔に。
きっと、正解まで……ミントの望む正解まで、もうすぐそこ。
「『今の私』が選ぶなら。選ぶべきなのは。選びたいのは。『ライト』が使えるマジックアイテム。これ以外はありえません。
だって、私が。魔術が使えない私が、奇妙な出現の仕方をした、何があるかわからないダンジョンに挑むなら、これしかないじゃないですか?」
それは、明確な決意表明。そして、カルタへの確認。
新たに出現したダンジョンへと、ミントは挑む。挑みたい。その資格が欲しい。
その思いの先で彼女が選んだのが、それだった。
その答えを受けて、カルタは数秒ほど沈黙して。
「あ~~っはっはっは! いやほんと、大したもんだよ! こりゃヴィオラも入れ込むはずだ!」
「おい待てカルタ、私は別にミントに入れ込んだりはしてないぞ?」
心からの笑いを弾けさせた。
ぼやくようなヴィオラの抗議は、当然無視である。
というか、酒場にいる誰一人として聞き流している。
そんな空気の中、ある意味で空気を読まない面の皮の厚さを誇るカルタは言葉を続ける。
「そうさ、その通りさ。突如現れた、わけありとしか思えないダンジョン。何が待ち受けてるかだなんてわかりゃしない。
先輩としちゃお勧め出来ない。だが、止めるわけにもいかない。そんな権利はないし、ミント、あんたは誰にも奪えない権利を一つ持ってる」
「権利、ですか……?」
「ああ、権利さ。誰がなんと言おうと、あたしはこれを権利と言ってやる。
あたしら冒険者には、行きたいと思ったところに行く権利があるんだ」
言い切ったカルタの姿に、ミントの心が震えた。
行きたいところに行く権利。
そんなことを考えたことはなかった。
考えることすら出来なかった。
ミントの力で行けるところなど、限られているのだから。
だがカルタは、行きたいところに行く権利があるのだと言う。
「無茶をすれば死ぬ。考えなしに進めば死ぬ。力が足りなければ死ぬ。
だけど、それも全部権利さ。
好きなように動いて、好きなように死ぬ。それもまた、冒険者の生き様ってものだからねぇ」
「僕としては肯定しかねるが。しかし、否定もしきれないのが冒険者のサガというものかも知れないな」
なんとも乱暴なカルタの言葉に、理性的だと思われたノイズまで理解を示す。
つまりは冒険を志す者など、根っこの部分など大した違いはないのだろう。
そして、その根っこは、ミントにもあったのだ。
「だったら……私は、その権利を行使したいです。あの、洞窟の向こうに現れたダンジョンに、行ってみたいです!」
「あはは! いいともさ、今のあんたには、その資格がある! 他の誰でもない、このカルタさんが認めてやるさ!」
決意を込めたミントの言葉に、明るく応じるカルタ。
そして、そんなカルタを窘める者も、ミントを止める者もいなかった。
冒険者という者達は、そういう人種なのだ。
こうして、新たに表れた謎のダンジョンに、ミントも挑むこととなったのだった。




