第十八話「カードショップ店長の苦悩!? そして白鷺グループの闇!?」
「えぇ!? ゴールデンウィークに休ませるんですか!? もうシフト確定させてるんで純粋に人手を一人抜いて回すってことになるんですけど……」
お馴染みのカードショップ、閉店後であるため最低限の照明しかつけられていない店内にて、スポットライトを浴びるようにカウンターで電話の子機を握りしめる一人の女性は驚きを隠さず口にした。
彼女はこのショップの店長――名を、無桐奈々子。
まぁ、ショップにやってくる客からは「店長」としか呼ばれないため名を知らない者も多いだろうし、本人としても自分の名前を忘れそうになるほど定着した愛称となっていた。
そんな彼女、仕事の都合でなかなか美容院に行けていないのか後ろで一つにまとめられた黒髪を揺らし、いつもの愛想良い表情を歪めてうろうろと照明が照らす範囲を困ったように歩き回っている。
さて、そんな店長の苦労や焦りは知る由もないとばかりに、電話の相手は話を進めていく。
『そこは何とか頑張って補って欲しい。ウチの娘がどうしてもカード同好会……だったかな? そのグループ全員でゴールデンウィークに遊びたいと言うものでね。何とかその……えーっと、そう。黒井幽子君を休みにして欲しいのだよ』
重く腹の底に響くような低音、そして渋い声質が語った内容は端的に言って娘が可愛くて仕方ないゆえのワガママだった。
電話の相手はヒカリの父親。白鷺グループのトップであり、店長からみればまさに雲の上の存在である。
そもそも普段、白鷺グループ本部からの電話は店舗経営を統括する部署からかかってくる。だが、今日はあろうことかダイレクトにトップから電話がかかってくるものだから、店長は「自分は何をしたのだろうか」と緊張で体は硬直し、だらだらと顔中に汗をかいて生きた心地がしなかった。
まぁ結局、電話の内容――「幽子を休ませろ」は死刑宣告に等しかったのだが。
「ゴールデンウィークってことでカードゲームの大会とか色々と企画してますし、忙しくなると思うんですよね。大会の進行は幽子ちゃんに全部任せてますから、そんな子が引き抜かれるのも……」
カウンター奥の事務所へと移動し、壁に貼りだされたシフト表から幽子の予定を指でなぞりながら苦しそうに語った店長。
幽子のシフトはゴールデンウィークのほとんどを出勤する予定で組まれていたのだ。
そしてこの日カード同好会で非公認出場のため遠征を計画され、幽子は仕事都合で行けない可能性を口にしていた。
同行するには超がつくほど忙しいであろうゴールデンウィークに幽子が休めるという、万に一つも考えられない奇跡がなければ不可能だろう。
しかし、その奇跡を起こせる人物がいた。
それが白鷺グループトップの愛娘――白鷺ヒカリ。
おそらく彼女は幽子を休ませるべくワガママを言い、娘を溺愛する父親の方も気を良くして店長に無理を依頼したのだろう。
『何とかならないのかね? ヒカリを悲しませるわけにはいかんのだ。例えば……そう、代打で誰かを店へ派遣すれば問題は解決するのではないかね?』
「うーん……。まぁ、大会進行ができて接客も可能な都合のいい人でもいればいいですけど……ゴールデンウィークに他のチェーン店から引っ張るのは難しいんじゃないですか?」
『まぁ、それはそうだ。……ちなみにカードゲームの世界で有名な人物といえば誰になるんだね?』
「有名な人……ですか? そうですね……今だと青山みなみちゃんでしょうか。ウチのショップにも昔はよく来てましたけど、今はプロプレイヤーをやってますんで」
『なるほど。ならばその人物に仕事を依頼してみることにしよう。それで問題ないね? それではそういうことでよろしく頼む――』
「――ちょ、ちょっと待って下さいって!」
話がまとまったとばかりに電話を切ろうとするヒカリパパを店長は慌てて静止する。
『どうしたんだね? その青山みなみという人物なら申し分はないだろう。金に糸目はつけん。億だろうと、兆だろうと娘のためならば惜しくない』
「寧ろ、それだけ頂けたら私一人だったとしてもゴールデンウィークを回しきってもいいんですが…………それはさておき。みなみちゃんは試合とかできっと忙しいですよ。彼女の試合を楽しみにしている人もいますから、引っこ抜いちゃダメです」
『そうなのかね……? まぁ、なら仕方ないな』
語った全てがおそらく冗談ではないことを予感していただけに、どうにか思い留まらせて深く息を吐き出す店長。
ちなみに皮肉な話――みなみは非公認の前日、そして当日はオフである。もしも地元のショップがピンチだという事情を知れば駆けつけた可能性がある。
なので、彼女は自分の知らないところで億や兆といった莫大なお金を逃していたことになるのだろう。
『まぁ、とりあえずだ。空いた穴はきちんと埋められるようにこちらで人間を手配する。だから、黒井幽子くんに関しては休みを与えるようお願いしたい』
そもそもヒカリパパの要求を断ることはできないと考えていた店長。白鷺グループのトップに「お願いしたい」とまで言わせてしまい、ここまでグダグタと文句を並べたこと申し訳ない気持ちとなる。
ちなみにこの時店長からヒカリパパへの緊張は消えていた。娘のために無茶やる父親にしか見えず、親しみを感じていたのだろう。
「……うーん、分かりました。とりあえず、人手をもらえるなら何とかします」
『すまないね。とりあえず、娘が遊ぶと言っていた日程は誰か人間をそちらに向かわせてフォローするので頼むよ。では』
ヒカリパパが話をまとめて電話を切ると、握りしめていた子機を見つめて嘆息する店長。
(……まぁ、カードゲーム好きな自分にこのショップを任せてくれたり、白鷺グループには随分とよくしてもらってるから、これくらいで文句は言えないよねぇ。でも、誰が応援に来るんだろう……?)
○
ゴールデンウィーク、白鷺グループから助っ人として確かに人間が送り込まれてきた。
しかし、その人物はカードゲームに関係があるわけではなく、そして接客に関してのプロフェッショナルでもない見知らぬ中年男性。
分かっていることはこの街に住んでいること。
白鷺グループが持っている会社で勤めている人間だということ。
どうやらその中年男性も突然、雲の上の存在と言えるヒカリパパから直接連絡をもらってカードショップのヘルプを依頼されたようで、状況が飲み込めていない感じだった。
そんなわけでとりあえず人手を得たカードショップは久しぶりに店長が大会の進行を担当し、接客やレジ打ちを謎のおじさんにやってもらうことでゴールデンウィークを何とか乗り切れたのだった。
そして時は流れ、八月――期間限定のおじさんが結局何者だったのかという疑問さえ忘れたある日。最早、常連と呼んでいいほど顔を出すようになったもえが夏休みであるため、午前中から顔を出していた。
もえはこの日、ヒカリからレシピをもらったコントロールデッキをコピーするためカードを購入しにきたようで、幽子が接客を担当してショーケースから必要なカードを探す。
そんな光景をレジにて片肘をつきながらボーっと見つめていた店長。
「……もえちゃん。……このデッキ、完成させるには……生きたヒカリさん、必要」
「え? ……って、あぁ! ごめん、ごめん。ヒカリさんが自撮りを送ってきてて。本当はこっちだよ」
レシピを幽子に見せたつもりがヒカリから送りつけられていた自撮り写真を見せてしまい、慌てて本来の画像を開くもえ。
一方で幽子は訝し気な表情。
「……そうなんだ。……それにしても、ヒカリさん……テンション高い。……深夜だったの、かな」
先輩の奇行に理由付けしつつ、さりげなく送られてきたヒカリの自撮り画像がきちんとスマホ本体に保存されているのを見てしまった幽子。
(……なんで、ヒカリさんの自撮り……保存してるん、だろ。……多分、わざわざ保存、しなくても……ライン開いたら、見られるよね?)
触れてはいけない闇を感じ、幽子は指摘しないことに。
さて、そんな光景をレジから見つめている店長。
時間が早いため客ももえ以外におらず、退屈そうにしながら若い二人を観察している。
(あのもえちゃんって子、カードゲーム楽しんでるみたいでよかったなぁ。……それにしても相変わらず綺麗な髪の色してる子。薄紅色っていうのかな? なんか女の子っぽくていいなぁ)
決してうら若き乙女を見て妙な欲望を滾らせる人間ではない店長だが、最近は何故か――その髪色に着目してしまうのだ。
そのような視線を受けているとは知らず、もえと幽子はコントロールデッキを組み上げるための会話を続ける。
「……ヒカリさんの、コントロールデッキ……結構高いけど、お小遣い……大丈夫なの?」
「そこはきちんと資金調達をしてあってね。前にパックから当てたエラーカードをフリマアプリで売ったからお金はあるんだよ」
「……そうなんだ? ……だったら、十分に足りる……のかな?」
「だと思うよ。あと、何故かちょっと前からお小遣いが大幅アップされてさ。金銭面は結構余裕があるんだよね」
ショーケースのカードを眺めながらお小遣い事情の話をする二人。
一方で店長は、
(なんだか羨ましいねぇ。昔はお小遣いが少なくて物足りなかったのに、今はプライベートな時間が取れないから使い切れず、どんどん貯まる一方なんだよね。どうにかこの貯金を持って高校時代に戻れないものかな)
と、何故か若い二人の会話で悲しい気持ちになっていた。
しかし、そんな会話の最中――不意に店長はずっと見つめていたもえの綺麗な薄紅色の髪を見てピンとくるのである。
(……あ! そういえばゴールデンウィークにやってきた白鷺グループ系列の社員さん、もえちゃんと同じ髪の色だったなぁ。見覚えがあったから最近、ずっと注目してたのかぁ……。確か、赤澤さんだっけ……あの人。案外、もえちゃんのお父さんだったりして?)
そんな奇妙なことが現実なら面白い、とくすくす笑う店長だったが――そんな発想は色々と当てはまる条件によって新しい推測を弾き出し思案顔となる。
(まぁ、本当にお父さんだったらそりゃ、この近くに住んでるよね。そういえばさっきもえちゃん、お小遣いが上がったって言ってたけど……普通はお父さんの給料でも上がらないとお小遣いって増えないんじゃない? 白鷺グループが娘の友達のお父さんだからって急に昇給してたり?)
瞬間、社会の闇に触れた気がして表情が消える店長。
しかし――、
(…………いやいや、ないでしょ。だって、ヒカリちゃんにとって、もえちゃんって友達の一人で……それ以上でも以下でもないじゃない)
またもやくすくすと笑い、無駄に膨らんだ空想を店長は煙でも払うようにして脳内から片付けた。
※今日で短編集の更新は終了となります。次回更新は年内予定。第七章(第二部一章とも言う)の投稿で連載再開となります。とりあえずここまでありがとうございました!




