第十六話「葉月とヒカリの動画撮影!(動画撮影のシーンはありません!)」
いつぞや、カード同好会メンバー皆に動画出演のオファーをすると公言しており、実際これまでにしずく、そしてもえのコンボデッキを紹介する動画がネット上にアップされた。
そして一月末――地区予選を突破し、センター試験もメアリーの助力で何とか無事終えられたため、葉月はヒカリに動画の出演要請を出すことに。
ちなみに葉月、今から再生数が跳ね上がることを想像して涎が止まらなかったりする。
公式サイト上で地区予選突破チームを紹介したページで三人の写真とデッキレシピが公開されており、認知度はここに来て急上昇。以前のしずくが出演した動画の効果も相俟って、葉月はカードゲーム動画においてかなりの有名人となっていた。
そのため大会もない休日である土曜日、ヒカリを自宅から最寄りの駅へ来てもらい、到着の連絡を受けて迎えに行く。
何だかんだでヒカリは今日まで一度も葉月の家に来たことはないのだ。
さて、そのようにしてヒカリは緑川家へやってきた――のだが、初芽から出すお茶菓子がないことを告げられ、慌てて葉月は走って買いに行くことに。
あまり裕福ではない緑川家だが、だからこそおもてなしを怠って「やはり貧乏人か」と思われる。そして、それを姉妹両名共に看過できないのだ。
特に、あの白鷺グループの一人娘であるヒカリが来ているとなれば……。
ちなみに、葉月の自宅からならば近所で有名な「夜乃島洋菓子店」でケーキを買うのが一番早いだろう。
さて、そんなわけで玄関先にて妹から顎で使われて買い出しに走った葉月はヒカリを置き去りにしているため、初芽は取り敢えず居間へと通すことに。
テーブルを挟んで二人、正座をして向き合う形。
いつもは居間のテレビにて下の子達がゲームをしているのだが、今日は違う遊びに興じているのか子供部屋にて大人しくしていた。
(……葉月の妹、そういえば文化祭の時に一度会いましたね。相変わらず葉月がきちんと発育していればこのような姿になったであろう、と思わされる容姿ですが……よりによって、そんなことを考えてしまう相手が妹とは)
ちょっと悲しくなるヒカリだが、そんな疑問より優先すべき事態。
ヒカリは単純に――初芽と二人きりになってちょっと気まずいのだ!
クラスメイト全員と挨拶や雑談ができる葉月と違い、ヒカリは誰かとコミュニケーションを取ることに奥手な部分がある。
初めて会う相手なら「初めまして」でいいのだが、二度目はどうすればいいのか?
前回、深く会話したわけでもない相手に立ち回りが分からないヒカリ。
だが、年上として自分から話すべきという予感もあって焦っており――実はその心理、初芽も同じだったりする。初芽もコミュニケーション能力には少し難がある。
なので、互いに「緑川葉月だったなら」と思い、コミュ力の至らなさを痛感していた。
――とはいえ、初芽の方は一方的にヒカリのことをよく知っている。なので、牽制によって生まれた沈黙は初芽によって破られることに。
「なんというか……お久しぶりです、ヒカリさん。そして、おめでとうございます……でいいんですかね?」
「……え? おめでとう、ですか?」
形式的な挨拶に始まりながら、いきなりピンとこないことを言われたヒカリ。
(センター試験が無事に終わったことでしょうか? ……でも、勉強がピンチだったなんて初芽ちゃんは知りませんよね。葉月が話したとか?)
頭上に疑問符を浮かべながら首を傾げるが、初芽は少しだけ表情をニヤつかせる。
「ちょっと前にお見かけしたんですけど……赤澤もえさん? あの人とヒカリさんは付き合っているんですよね?」
「――えぇ!? み、み、見かけたって、どういうことでしょう? わ、わわ、私ともえちゃんが一緒にいることは……お、同じ同好会メンバーですから普通のことでは」
初芽からまさかもえとの関係を話題に出されるとは思っておらず、あからさまな狼狽を見せるヒカリ。
推理ドラマにおける「証拠はあるのか」に通ずるものがある苦しい反論。だが、そういう場合の刑事は「証拠があるから」問い詰めるのである。
「カード同好会って部員同士、路上で抱き合うのも普通だったりするんですか?」
「そんな所を見られてたんですかっ!」
「十二月でしたかね? たまたま買い物の帰りに見かけたものですから、そういう関係なのかなと」
もえに恋愛感情を抱いていることは最早、カード同好会内でも周知の事実であるため、常日頃から持ちネタのように自分の好意を曝け出しているヒカリ。
しかし、普段から関わりがない初芽に知られていることは恥ずかしいようで身を萎縮させて俯くヒカリ。
……とはいえ、訂正しておかなければならない部分もある。
「一応、言っておきますが……私は確かにもえちゃんのことが好きです。でも、付き合っているわけじゃないんです」
「じゃないのに抱き合うことになったりするものなんですか?」
「それは色々ありまして……とりあえず告白はしましたが、返事は私が卒業するまで待って欲しいと言われてますので」
「告白したんですか! しかし、返事は保留……」
初芽は探偵が悩むようなポーズをとって思案顔。
(え? 好きだって言われて、その返事を卒業式まで保留? 生殺しだなぁ。なのに抱き合ったりして餌は与えるって……あの赤澤もえってもしかして、超がつくほどのドSだったりするの?)
正解である。
「なるほど……なら、もうすぐで返事が聞けるんですね」
「まぁ、私が卒業できれば……の話ですけどね。条件が卒業なので、もしも留年するようなことがあれば返事は一年後ですよね」
「留年の可能性があるんですか!? 大学の合否以前の話とか、お姉ちゃんと同レベルじゃないですかっ!」
如何にも勉強ができそうな優等生タイプに見えるヒカリなので、まさかそれほど学業が壊滅的とは思わず初芽はついつい姉と同レベルという強烈な罵倒を行ってしまう。
思わずハッと息を飲み、失礼を働いた自分のミスに焦燥感を得る。
……姉と同レベルが失礼と感じていることがそもそも、葉月に対して失礼だが。
一方でヒカリは少し驚いた表情――それも言われたことに衝撃を受けたという感じではなく、物珍しそうな感じで初芽を見つめる。
「何だか今、もえちゃんと話している感じになりましたよ。不思議ですね」
「普段の赤澤さんってそんな失礼な物言いをする感じなんですか!?」
「えぇ。葉月と同レベルどころか『葉月以下』とさえ言ってくるかも知れません……」
「そ、それは酷い……! っていうか、何で嬉しそうなんですか?」
もえに罵倒されている自分を思い浮かべたのかヒカリはニヤニヤと表情を歪ませ、初芽はちょっと引き気味に眼前の変な奴を見つめる。
(……え? 何なの、この人? もしかして赤澤もえがドSってことは、そんな人間を好きなこの人はドMだったりするんじゃあ……?)
またまた大正解。
ちなみに先ほど、さらりとヒカリは「葉月と同レベル」を初芽と同じく蔑称のように扱った。初芽的には自分だけが馬鹿にしていい姉をぞんざいに扱ったということで苛立っていい場面だが、ヒカリの正体を看破した驚きで頭が一杯だった。
さて、もえがSでヒカリがM……この至極どうでもいい事実によって二人の関係性を何となく理解し、「返事は卒業まで保留」でさえも一種のプレイであろうことに思考を巡らせる初芽。
そんな不意を突くように今度はヒカリが表情をニヤつかせる。
「私の話はさておき……そういう初芽ちゃんは誰か、好きな人はいないんですかぁ?」
「むぐっ……! な、な、何がですか!?」
好意を抱く相手が身内であるため、自分の恋バナは最重要秘密事項な初芽。だからこそ――疑うような問いかけへ、過敏に反応しボロを出してしまう!
こうなってしまってはもう言い訳の余地もなく、あっさりと好きな人が存在することはヒカリに看破される。
事実、ヒカリはニマニマとして表情を更に深め、初芽を見つめている。
まるで喉元に刃物の切っ先を突きつけられたような表情を浮かべる初芽だった――が、逆にこうも考えるのである。
(私、学校でもその……恋バナ? 的なことする友達はいないし。言ってみれば告白までは実行した先輩として、相談できることがあるんじゃない? 正体だけ伏せれば多分……大丈夫!)
そのように考えを改め、初芽は適当か少々怪しいヒカリという恋愛の先輩に相談することを決めた!
○
「わ、私の好きな人は……その、まず何というか自分を犠牲にしてまで『誰かのため』をやるような素敵な人で。普段は何も考えてなさそうな知性を感じない表情してますけど、とっても魅力的なんです」
「そうなんだー。いやぁ、初芽に好きな人がいるなんて全く知らなかったよー」
ヒカリと初芽に、帰宅した葉月を加えた三人でテーブルを囲む状況。
葉月が買ってきた夜乃島洋菓子店の特製ショートケーキを食べながら、まさかの本人を前にして自分の片想いを語る状況となってしまった初芽。
そう、ヒカリが初芽の好きな人について深堀りしているタイミングで葉月が帰宅してしまったのだ。
顔を真っ赤にして俯くも、疑似的に葉月へと告白しているような感覚が意外と良いのか初芽は相談を中断することはせず敢行。
「なるほど……。しかし、その人と初芽ちゃんは現状どんな関係なんですか? 自分を犠牲にしてまで誰かのために何かをできる人、とは言いますけど……つまりは、そういう献身的とでも言うんでしょうか? そんな姿を見たことがあるということになりますよね?」
「そ、そうですね……私とその人の関係? どう言ったらいいんですかね。ちょっと当てはまる言葉が見当たらないです」
「当てはまらない関係……ますます気になりますね!」
答えづらい部分を的確に突きながら興味を表情に踊らせるヒカリ。一方で初芽は下唇を噛んで劣勢に置かれた勝負師のように悩む。
当然、正直に「目の前のお姉ちゃんです」と言うわけにはいかない。
「関係性も大事だけどさー、まず年齢はどうなのー? 学校の同級生とかそういう感じー?」
「同級生じゃないよ。年上だから」
「年上なんですか! どんな方なんでしょう? 中学生の初芽ちゃんが関係できる年上ってそれほど多くない気もしますけど……」
目の前でそれぞれ首を傾げて思案顔をするヒカリと葉月。
対して初芽は言葉を重ねる度にヒントは与えており、いずれ正解に辿り着かれるのではないかとヒヤヒヤする。
(ヒカリさんオンリーなら正直に好きな人はお姉ちゃんだって言って、相談してもいいかなと思ったけど……本人が同席っていうのはマズい! 思ったより帰ってくるのが早いんだから、お姉ちゃん!)
顔中にだらだらと冷や汗をかきながら、しかし愛想笑いで表向きは平然とした様相をキープする初芽。
一方で葉月は自分のことと露知らず、テーブルに片肘をついて楽観的に口を開く。
「しかし、その人は羨ましいもんだねー。初芽はしっかりしてるし、優しいから自慢の妹だもんー。そんな子に好かれてるなんて、宇宙一の幸せ者だと思うねー」
「それは言えてますね。それにしてもお相手の方……自己犠牲を厭わないというのは何ともカッコいい感じがして素敵ですね」
「確かにー。普段は知性を感じさせないっていうのはよく分からないけど、それもギャップって感じでいいのかもねー」
ここにいる人間のこととは知らず、持ち上げまくる葉月とヒカリ。
ちなみに、ヒカリから恋愛相談(聞かされる一方)を今日までされ続けたため、恋愛幼稚園児だった葉月もこの頃には小学生へステップアップ。
興味が溢れるのか、どこか活き活きした表情で続ける。
「初芽はほんとオススメ物件だよー。高校に上がってからは私に代わって留守番もしてくれてて、本当に優しいからー。ほんと、感謝で頭が上がらないよー」
「そ、そんな……! 高校に上がるまではお姉ちゃんがずっと家にいてくれたじゃない!」
感謝で殴り合うようにお互いを褒め殺し合う葉月と初芽。そんな光景を見つめてヒカリは微笑ましいと感じていた。
――のだが、初芽から聞かされた「好きな人の特徴」に、ついさっき聞いた留守番のエピソードが交わることで不意に気付きが生まれる。
(そういえば高校に上がるまで葉月は家の留守を守るためにプライベートな時間を放棄していたと前に本人から聞きました。おやおや……それも一つの自己犠牲だとしたら、もしかして?)
その予感を携え、二人が言葉を交わす様を懐疑的に見つめるヒカリ。
見た目には姉妹が仲良さそうに会話している光景だが……。
(中学三年生で自分より年上の人間と知り合う機会というのはそれほど多くないのでは。一瞬、学校の先生が好きなのかと思いましたが、どうやらこれは……。分かりましたよ? 普段は知性を感じさせない――これが決め手でしたね!)
真相に辿り着き、今日一番のニヤニヤを表情に浮かべるヒカリ。
「さてさて、初芽ちゃんの恋愛事情を詮索するのはこの辺にして、そろそろ動画撮影といきましょうか」
「ん、もう始めちゃうー? 私としてはもう少し初芽の恋愛事情をだねぇ……」
「恋愛幼稚園児の葉月がどれだけ根掘り葉掘り聞いたって初芽ちゃんの参考にはなりませんよ」
「幼稚園って酷くないー? まぁ、あんまし恋愛方面に明るい人間ではないけどさー」
ヒカリに促され、ぶつぶつと文句を言いながら重い腰を上げ、二階の私室にて動画撮影をすべく移動する葉月。
そんな後を歩みながらヒカリは葉月に気付かれないよう振り返り、いつもの柔和な笑みを浮かべ、初芽に手を振る。
そんな挙動と、唐突に姉を二階へと誘導したことで初芽はすぐに気付く。
(……あ、どうも気付いたみたいだなぁ。でもまぁ、お姉ちゃんにバラしたりする人じゃあなさそう。それにしても秘密を探る一方だった私が、自分の秘めたものを知られる、かぁ……。スッキリしたし、何だか悪い気分じゃないかも!)




