第十五話「しずくの従姉妹、氷ノ山つらら登場! 彼女のプレイスタイルとは……!?」
「しずく姉ちゃん、参考までに聞きたいんやけど……高校生活ってどんな感じなん?」
元旦、青山家のしずく私室にて――中学三年生の氷ノ山つららは久しぶりに会った従姉妹に、進学を控える身であるからか問いかけた。
氷ノ山つらら――しずくよりも少し薄い水色のショートカットが活発そうな印象を与える少女。癖っ毛なのか髪がボリューミーになっており、もしもこれがストレートだったらしずくに似た感じとなるだろう。
そして、活発そうな外見に違わず本人の性格は明るく、幼い頃を過ごした土地で染みついた語り口調も軽妙。
そんなつららに対し、私室に設置した炬燵へ足を入れながらベタにみかんの皮を剥いていたしずくは「そうだなぁ」と少し宙を見上げる。
「中学の頃と違うのはまず、帰りにハンバーガーショップに寄っていいことかな……?」
「高校生活を聞かれてまず浮かぶのがそれなんや……。ウチ、もうちょい青春味溢れる回答を期待しとったわ」
「まぁ、でも中学校の頃は帰りにそういうお店入るのって禁止だったじゃない? そう考えると一旦、家に帰らなくてもハンバーガー食べられるのはいいよね」
「結局、ハンバーガー食うんは変わらへんのかい!」
これまたベタに「なんでやねん」のポーズでツッコミを入れるつらら、そしてそんな相方の挙動にどこ吹く風なボケ担当……というか天然ボケ担当。
そんなしずくからみかんを手渡されたつらら。その皮を剥きながら、どこか消化不良といった感じの表情を浮かべる。
とはいえ、長い付き合いなので、しずくの残念なキャラクターには慣れきっており、気にした風ではない。
氷ノ山つららは従姉妹のあれやこれやを、よく知っている。青山しずく、そして青山みなみの姉妹が――トップレベルのカードゲーマーであることも。
何となくしずくとの会話も途切れたからか、つららは炬燵の上に置いていたスマホからアプリを起動し、そのゲームをプレイし始める。
すると、そのゲームに見覚えがあったのか横目で覗いたしずくが反応。
「あ、それってちょっと前にリリースされたDCGのやつ?」
「うん、そうやで。手軽に遊べるから、ウチみたいなリタイア組のカードゲーマーとしてはありがたいんよね」
「家でカードゲームできるってことか。確かにいいかも」
つららが起動したアプリの画面を横から覗き込み、いつもの真剣なカードゲーマーの表情を浮かべるしずく。
……まぁ、常にボーっとしたようなポーカーフェイスであるため、真剣モードと普段の差はよく分からないが。
さて、DCG――DTCGとも表記されるそれは、デジタルトレーディングカードゲームの略称。
ネット対戦によって全国のプレイヤーとランダムマッチングして遊べるカードゲームの総称であり、ぶっちゃけ言うとシャド○バースやハース○トーンのことだ。
カードゲーマーであるため、一応存在を知っていたしずくは興味津々に画面を覗き込む。
「ショップに行かなくても持ってないカードがすぐに手に入るっていうのもいいなぁ。夜中だって対戦相手が見つかるわけだもんね」
「そうそう、魅力はそこなんよね。まぁ、アナログのカードゲームをやってた身としては、あの実物のカードを手にしてプレイする感じがないのはちょっと寂しいんやけどね」
いつもどおりの軽妙な語りをしながらも、そこに少し物悲しさを交えたつららの表情はその口調と同じものだった。
……そう、つららはしずくやみなみとも過去に対戦したことがあるカードゲーマー。
だが、とある理由によって今は引退している状態なのだ。
まぁ、カード自体は今も持っているし、気が向くと新しいカードを買い足してデッキを組みかえたりはしているのだが――ここ数年は一度も、カードゲームをプレイすることはしていない。
彼女の引退はプレイスタイルが起因した過去によるものなのだが……それはまた別のお話ということになるだろう。
「ちょっと対戦してみてよ。戦ってるところも見てみたいな」
「ん? ええけど、あんまし見てオモロいもんやないと思うで? ウチ、相変わらずなデッキ組んで戦っとるし」
「やっぱりつらら、いつもどおりのスタイルで戦ってるんだ。いいね、余計に見たくなった」
楽しみにしている番組一分前のようなソワソワした気持ちを抱くしずくに促されるまま、ネット対戦を行っていつもどおりのプレイをするつらら。
彼女自身を引退に追い込んだプレイスタイルは相変わらずで、それが懐かしかったのかしずくは少し頬を緩めて画面を見つめていた。
そして、つららの方も時折、DCGのプレイ経験がないというのに的確なアドバイスを送るしずくの言葉を受け、彼女のカードゲーマーとしてのポテンシャルの高さを改めて再認識。
――昔、一緒にカードゲームをしていた時のことを思い返すのだった。
○
「つらら、もうアナログのカードゲームはやらないの? 私みたいに環境における最強デッキを使ってるわけじゃないけど、でもつららって大会向けのプレイスタイルで結構強かったから勿体ないと思うんだけど」
あっさりとルールを覚え、自由にデッキを組ませてもらったしずくはつららのスマートフォンを独占してネット対戦を行いながら言った。
一方、手持ち無沙汰となってしまったつららはしずくの言葉で表情を曇らせる。
「でも、ウチがカードゲームをやったら圧倒的に勝ち過ぎちゃうんよね。それが原因でカードゲームやっとる友達から反感買うて続けられんくなったんやからな。大会に出ても白い目で見られるし」
「確か、それは前に聞いたね。正直、ルール違反をしてるわけじゃないから、つららは何も悪くないはず」
「ただし、相手が反感を持つ理由も分からんくはない――って感じの会話をしたんやったよね?」
二人が思い返すのはつららがカードゲームを辞めてから初めて会話をした時のこと。
いつものように明るく振る舞いながらも、友人から爪弾きにされてカードゲームを辞めることになったつららの内心が読めてしまい、しずくは感情を揺さぶられていた。
つららはネガティブな空気を嫌い、常に明るく振る舞おうとする。
だが、高い洞察力を持つしずくは――いや、誰であろうと分かるはずだろう。その傷跡に何かできないかと考えてきたのだ。
カードゲームを愛する者として、プレイしたくてもできない状況を何とかしたい、と――。
……さて、そういったつららとの会話はしずくがまだもえと出会う前。つまりはカード同好会が発足していない頃であり――当時と今の「青山しずく」における差はそこにある。
だからこそ、この話題を今一度持ち出してきたのだ。
「そこでなんだけど、つららって高校は私と同じ所に来るつもりなんでしょ?」
「そうやで。ウチ、あんま勉強できる方やないからね。楽に入れる学校にしとこかなって」
さらりと無自覚にしずくの通う高校をディスるつらら。
「まぁ、願書さえ書けば試験中寝ててもいいって言われてるからね」
「えぇ……!? 白紙提出でも合格するって!? 流石に大袈裟やろ。誰がそんなことゆーてるん……」
「ヒカリさん」
「むむ。誰やっけ……前にしずく姉ちゃんから聞いたことある名前やな」
試験を白紙で提出するスリルを楽しんだと思われるヒカリのエピソード。
実際に白紙で合格できるのか、または白鷺グループのゴリ押しがあったのか……答えは永久に解かれない謎のままである。
ちなみにプレイスタイルからかショップにもあまり行かないつららはヒカリや葉月との面識はない。
「で、本題なんだけど……実は今、部活に入ってるんだよね」
「そうなん? ちょっと意外やわ」
「カード同好会っていうんだけどね。まぁ、聞いただけじゃ何する部活か分からないと思うから説明すると――」
「いや、どう考えてもカードゲームする部活やん」
「話が早くて助かるね」
「そのセリフ、そんなカッコ悪く使えるのはしずく姉ちゃんだけやろな……」
呆れた表情を浮かべるつらら。対してしずくは気にした風ではない表情で話を進める。
「で、そのカード同好会に入ってみるってのはどうかな? つららのプレイスタイルを受け入れるだけの環境は整っていると思うんだけど」
しずくの提案、それはつららにとって思ってもみないもので、軽く目を見開き、そこからは思案顔で色々と浮上した疑問に取り合ってみる。
(まず、しずく姉ちゃんが部活しとったってのがビックリやな。まぁ、それはカードゲームの部やから納得って感じやけど……ウチを受け入れられるほどの環境が整っとる? ホンマに? また――昔みたいになるんちゃうの?)
つららの脳裏に過ぎるのは、退屈そうに対戦相手を務める友達の表情。カードをプレイし、優勢を盤石のものにして胸をトキメかせるつららとは真逆にその友人の戦意は喪失していき、そして勝利した後――「もう一戦」という声は相手から響かない。
中にはカードゲームを辞めてしまった子もいるほど、つららのプレイスタイルは他者に与える印象が悪いのである。
友達を――失くすほどに。
そんな過去を思い返したからか、つららは片肘をついて部屋の片隅に視線を預ける。
「どうやろなぁ……。しずく姉ちゃんや、みなみ姉ちゃんは正直強すぎてウチのプレイスタイルなんか全然意味あらへん。逆に言えば、そういう相手やないとウチって受け入れられへんと思うんよ。そのカード同好会……ホンマに強いん?」
溜め息混じりに語ったつららの言葉は自身の実力に驕っているのではなく、彼女の戦術が「勝つこと」と「嫌がられること」において、どんなのデッキよりも優れているからなのである。
だからこそ、自分を叩きのめしてくれる相手でなければまた去っていかれる。
そんな風につららは思う――も、しずくは表情を変えず答える。
「なら、この一月に行われる団体戦の地区予選。その生配信を見て欲しい。きっとカード同好会は決勝戦に進むから配信されるはずだよ」
「え、そんなに強いん!? ……って、そりゃあしずく姉ちゃんがおったら決勝は固いか」
「いや、私は今回チームに含まれてない。他の同好会メンバーで結成されたチームだよ。でも、私は決勝まで上がるって確信してる」
「しずく姉ちゃん無しでも勝てる確信があるんか……」
いつもの表情と差はなくポーカーフェイスのしずく。
だが、長い付き合いのつららは従姉妹がカードゲームのことになるとその相変わらずな表情に真剣さを帯びることを知っていて。
そして、同好会メンバーを信じると語った今も、同じ面持ちなのであることを目の当たりにした。
だからこそ、奇妙な説得力が少しだけつららを突き動かす。
「ほーん……なら、団体戦の中継はとりあえず見てみるわ。それに、そこまで自信があるんやったら当然、決勝大会まで駒を進める確信があるんやろ?」
「もちろんだよ。私はあの三人なら全国優勝だってできると信じてるからね」
「しずく姉ちゃんにそこまで言わせるんや……。ならまぁ、まずは地区予選がどうなるか。それを見届けてみよか」
つららは半信半疑といった感じの口調と表情ながら、内心では自分の望んでいたものが手に入るのではないかと期待していた。それは本人の中で自覚的ではないが、きっとカード同好会が劣勢になれば逆転を祈ってしまうほどに。
そんな仄かな期待が人知れず芽を出したつららに、しずくは古典的にポンと手を叩いて語る。
「そういえば、高校生活どうなのって質問。もう一つ答えるとしたら――やっぱりカードゲームと共にあるから楽しいよね。一人じゃできないカードゲームが遊べるのは、同じ趣味の仲間がいるからこそなんだし」
淡々と口にしながらしずくは慣れてきたDCGでの対戦、試合を決定づける最後の一手を打ち込んで勝利をもぎ取った。
○
――時は流れて団体戦、決勝大会。
その優勝者を決める最後の戦いまでやってきたカード同好会が先鋒勝利、中堅敗退――そして大将の勝利で全国優勝を決めた瞬間。
それをつららは自宅のパソコンにて配信で見ていた。
エナジードリンクとカードの束が並ぶお世辞にも綺麗とは言い難い机の上に置かれたモニターを見つめながら、つららは瞳にキラキラと希望の光を宿す。
そして、高級ゲーミングチェアにゆったりと背中を預けて満足そうな笑みを浮かべてつららは一人呟く。
「ええやん、ええやん! ええやんけ! ウチを倒してくれるだけの力はしずく姉ちゃんがゆーとったとおりありそうやんか! これならウチはカードゲームをまた始められる! カード同好会、か……どうかウチの性格悪い戦術に抗い突破してや!」
上機嫌に語り、しかしその続きはどこか不安げな表情へと変わり、呟くように望みをこぼす。
「そして、ウチを……その仲間に入れて欲しいな」




