第十四話「夏の個人戦終了後! 同好会メンバーはカラオケへ! 前編」
「ありがと~☆ 来月には私達のNEWシングル『勘違い!? ときめきハート!』が発売っ! 初回特典には総選挙の投票権も入ってるから、是非買って応募して下さいね~☆ 光峰キラリでした~☆」
おそらくライブの最後でアイドルが行ったのであろう告知まで完コピし、肩で息をしながら幽子の熱唱……いや、一曲だけのライブが終了した。
呆気に取られる四人、少しの間をもって慌てて拍手をして沈黙を埋める。
「……緊張した。……人前で、歌うとか……初めて、だから」
「いやいや、初めてとは思えない堂々としたステージだったよ、幽子ちゃん」
「だよね。私、投票権持ってたら幽子に入れるよ」
「しかし、驚きましたね……幽子ちゃんにあんな一面があるとは」
「驚いたのは確かだけど、カラオケに来たならあれくらいはっちゃけた方が楽しいかもねー」
意外性満載だった幽子のパフォーマンスへの感想を口にする四人。
……それにしても幽子の好きなアイドルグループの新曲タイトル、どこぞの誰かが置かれている状況そのものであるような気はする。
さて、幽子の熱いライブの興奮も冷めやらぬという感じだが、次はしずくの番である。
本日の主役といっても過言ではなく、そんなしずくの選曲はモヤモヤとした気持ちを叫んで払拭して欲しいという葉月の願いを汲んだもの……ではなく、本人の音楽の趣味全開のヒップホップが流れ始める。
歌い出しを待ってマイクを握り、テレビ画面を見つめるしずくへ聞きづらそうに声をかける葉月。
「……あれ、しずくー? こういう音楽が趣味なのー?」
「結構好きかな。歌詞がダジャレみたいで面白いよね。聞く度、笑いそうになるんだよ」
「しずくさん、韻踏んだ歌詞をダジャレみたいっていうのは百歩譲って分からなくはないですけど、笑う要素ってありますかね……」
「しかも熱唱するタイプの曲じゃないじゃんー! こんなんでスカッとするのー!?」
ヒップホップを一種のコミックソングのように捉えているしずくに呆れた表情を浮かべる四人。
だが、実際に歌われた曲の歌詞は、
『お前よりマシ、同じ釜飯』
『お前ノックアウト、からのテイクアウト』
『生きてるだけで気持ちいい』
などとセンスの欠片もなく、相手をディスっているようで同じ釜の飯を食ったりお持ち帰りしたりと仲の良さも目立つボーイズラブな内容。
どうやらしずくは純粋に音楽のセンスが悪いらしく、これならば確かにコミックソング扱いされても仕方がないだろう。
ただ、それをノリノリのラップ調ではなくいつもの平坦なトーンで歌うため、悪趣味な朗読のようになっていた。
「うわぁ……とうとうベッドまで連れ込みましたよ。私達、一体何を聞かされてるんですかね。しずくさん、趣味変わってるなぁ……」
「……いくらなんでも……『ただの友達、からのネコタチ』は……歌詞、最悪」
「しずくちゃん、歌詞の意味とか分かってるんでしょうか……?」
「よりによってカラオケの一曲目にこれ選ぶかなー? 私、無料で配信されててもこれは聞かないなー」
皆が要所要所でボーイズラブなフレーバーを醸し出す歌詞にイマジネーションを刺激され、苦笑いを浮かべる状況。
そんなどこから見つけてきたのか分からないコミックソングは最後「めっちゃゴーカイ!、発射オーライ!」というオチをつけて終了した。
何食わぬ顔でテーブルの上にマイクを置き、いつもどおりの表情でその場に座るしずく。
「何というか、独特な歌詞でしたね。色んな意味で深い歌詞というか……」
「もえ、独特で片付けていいのかなー……あれってー」
「……正直、人前であれだけの曲……歌えるなんて、驚きです。……寧ろ、尊敬します」
「まぁ、ベクトルは違いますが幽子ちゃんもなかなかでしたけどね……」
「なんかスカッとしたよ。カラオケもたまにはいいね」
今晩の夢にまで引きずりそうな内容の歌詞ではあったが、しずく的には内に抱えるモヤモヤを発散できたようで当初の目的どおりと言えた。
さて、続いてはヒカリが歌う番となりこれで五人が一周することとなる。
テーブルに置かれたマイクを手に取り、真剣な表情で画面を見つめるヒカリは、
「この曲を私の大切な人に捧げます……!」
と、何やら仰々しく語り、誰もピンとこないため皆が頭上に疑問符を浮かべることに。
(ヒカリの大切な人……? 両親? もしくは親友であるこの私かなー?)
葉月は照れたように後ろ頭を掻く――も、画面に表示された曲名を見て瞬時に自分相手に歌われるわけではないと悟る。
無論、ヒカリはその曲をもえに捧げるつもり。
――だが、当のもえはこの上なく楽しい遊びを思い付いたかのようにキラキラとした目でデンモクを手にしていた。
○
「会いたくて、会いた……震え、ちょっ、もえちゃん。突然キーを上げないで下さいよ……♥」
「もえー、流石にそれはイタズラにしてもやり過ぎじゃないー? やめてあげなよー」
「うわっ、葉月さんが私からデンモクを奪おうと!」
「君想うほ――葉月! やめるのはあなたの方です! もえちゃんの邪魔をしないで下さい!」
「えぇ!? 私が怒られるのー!?」
「もう一度聞かせ……もえちゃん、今度は曲の速度を!? 早すぎて舌がついていかないです……♥」
ヒカリが曲を歌い始めた瞬間からもえのドS心はくすぐられ、デンモクによってリアルタイムでキーや曲速度の設定をいじり倒していた。
目をキラキラと輝かせてヒカリの歌唱を邪魔するもえと、それを受けて興奮気味に顔を赤らめながら、マイクを握って思いの丈をメロディに乗せるヒカリ。
さて、ヒカリが歌っている曲はあらゆる意味で有名なアレである。
(……前半だけ、見たら……好きな人に会いたい歌詞……っぽいけど。……これって、失恋ソングだったような……? ……ヒカリさん、何かあったの?)
前半のフレーズが有名過ぎて何となくの選曲だったと思われる。
……ちなみにどんなフレーズなのか詳細に記載したい所ではあるが、諸事情もあって自粛しておく。どんなところにだってJA○RACは来るらしい。
「今日は記念……って今度は一時停止!?」
「何だかもえ、活き活きしてるね」
「二人過ご……マイクの音量をゼロにしましたね!? くぅ~、やめないで下さいっ♥」
「……何で、やめて欲しくないのか……分からない」
「きっと君は……今度はエコーが凄い! 耳がおかしくなりそうですっ♥」
「何でだろうなー。私がやったらヒカリは本気で怒る気がするー」
「あの子と笑……速度が今度は下がってますっ! 意外とこれが一番キツイ!」
――という感じで周囲の理解を置き去りに、もえとヒカリは両者が望む形で曲を演出して興奮気味に一曲を楽しんだ。
荒く息をしながら満足気に歌唱を終えたヒカリ、そして結局デンモクを手に終始、目をキラキラさせていたもえ。
(……今日まで一緒に、過ごしてきたけど……もえちゃん、ヒカリさんに対してだけ……変な絡み方、する。……特別仲がいいの、かな?)
(前にヒカリからもえのことが好きかも知れないって言われたけど、それは関係ないよねー? どういう遊び方なのか……ついていけないよー)
(ヒカリさん、この曲を大切な人に捧げるって言ってたけど、それって多分もえのことだよね? 普段からヒカリさん、もえと話す時だけちょっと明るくなるし。もえのこと好きなのかな?)
しずくだけが過敏にヒカリの意中の人物に気付きつつ、各々のカラオケは二周目へと突入する。
○
「……お題縛り、カラオケ……テーマ『自分の半生をドラマにした時の主題歌』、終了……ですっ!」
「いやぁ、流石にお題も尽きてきたというか……なんか、おかしな方向に行き出したねー」
「最初は『元気が出る曲』から始めたのに……もう途中からネタ切れだったんでしょうね。さっきのお題は急遽覚えたもえちゃんの今日の一曲目を歌いましたけど」
「なんであれが主題歌なんですか……。っていうか、しずくさん。曲のレパートリー自体がネタ切れなのか知りませんけど、あのホモラップ三回も放り込んできましたよね」
「ホモラップ……? よく分からないけど、『禁断の愛を歌った曲』ってテーマの時はこれしかないと思って」
「分かってるじゃないですか」
フリータイムであるため時間が許す限界まで歌おうということになるも、そこまで曲のレパートリーがない五人。途中からはお題を設けなければなかなか選曲が進まず――結果、このようによく分からないテーマで喉をガラガラにして歌い続けたのだ。
あれから四時間、皆の喉は限界を迎え、時間的にもそろそろマンションへと帰宅しようかという空気になっていた。
歌いたい曲が尽きたのかテレビ画面にはアーティストの宣伝VTRが流れる。
皆、息が上がっておりソファーにもたれてぐったりとしている状況……そんな中、しずくは体を起こして口を開く。
「……みんな、ありがとね。なんか元気出たよ。スッキリした。……いやまぁ、帰ったらひでりには謝らなきゃいけないし、綺麗サッパリじゃないけど」
表情はポーカーフェイスでありながら、素直にお礼を口にするのが少し気恥ずかしいのか頬をポリポリと掻きながら語ったしずく。
そんな言葉に皆が笑みを浮かべ、安堵。
そして葉月は立ち上がり、
「さぁて、それじゃあお開き――といく前に、みんなで一曲歌おうかー!」
――と、締めの一曲を提案する。
大賛成の四人ではあったが、それぞれが共通して知っている曲というのはなかなかなかったりする。フルコーラスで皆が歌える曲……それを考えた結果、四人が先ほどから何度も聞かされて覚えたあの曲が今日という日を締めくくることに。
「「「「「めっちゃゴーカイ!、発射オーライ!」」」」」




