第十二話「卒業式のその後! もえとヒカリの真実! 後編」
お風呂から上がると、ダイニングのテーブルを使ってカードゲームの対戦を何度も繰り返したもえとヒカリ。眠くなるまで遊び、日付もとっくに変わった深夜になってから二人は眠ることに。
家屋全体がヒカリのものなので私室と寝室も別個。一部屋をまるまる眠るために使う空間には天蓋付きの強大なベッドが置かれていた。
これをもえは――、
「えぇ……何でここだけ金持ち仕様なんですか。っていうか、この天蓋付きのベッドって屋内なのに屋根ついててなんか笑えますよね。家の中でテント張ってるみたい」
などと、ツボに入ったようだった。
ちなみにこの部屋へ通された理由はただ一つ――ヒカリはもえと同じベッドで眠りたいということ。
(三階建てで部屋も沢山ありそうなのに客間とかないのかな? ……いや、ヒカリさんのことだから一緒に寝たいだけで、さては客間の一つや二つは全然あるなー? まぁ、無理にヒカリさんと別の部屋じゃなきゃダメなこともないけど)
ヒカリが聞いたら悶絶しそうなツンデレを内に秘めるもえ。
一方でヒカリは家に誘った時点でこういったシチュエーションを覚悟していた――というか計画していたのだが、いざもえと同じベッドで眠るとなると緊張と興奮で落ち着かない心境となる。
(うわわわ、こんなに幸せなことが他にあるでしょうか! こんな風に好きな人を自宅に誘ってお泊り会。一緒にお風呂に入り、やりたいだけカードゲームをして同じベッドで眠る……こんなの周りでも私だけでしょうね。優越感すごいなぁー)
ヒカリは他のカード同好会メンバーと比べてリア充街道をひた走っている事実に上機嫌でいるが、クリスマスの時点で「一緒にお風呂やベッド」はひでりがしずくとすでに行っている。
まぁ、しずくのことをひでりが恋愛対象として好きかどうかは分からないところだが……。
――さて、部屋の電気を消してしまえばカーテンの隙間、窓から差し込む青白い月明かりが部屋の内装に薄っすらと白い輪郭を与えるのが見えるだけ。そんな暗闇の中で同じベッドへと入る二人。
いつもならど真ん中に横たわるところを少し横にずれ、掛け布団を持ち上げて手招きするヒカリ。
月明かりで薄っすらと見えた彼女の表情が妙にいやらしかったのでもえは引き気味な表情を浮かべる――も、結局は恥ずかしそうに顔を赤くして視線を逸らしながら隣で横になった。
他人の体温を感じる距離。布団の中でヒカリは探るようにもえの手を探し、指と指を絡める。触れた手と手を意識してもえはどこか不機嫌そうに、しかし顔を赤くしたままでヒカリの行動を受け入れた。
そこからは天蓋に視線を預けてしばらくを無言で過ごす。
何を話題としていいのか分からず――しかし、無言で相手の存在を感じているのも何だか良くて、ヒカリは高鳴る鼓動を育てるようにして無の時間を楽しんでいた。
(こ、ここから……どうなるんでしょうか? というか、どうするものなんでしょうか……。抱き合ったり、キスとか色々あるんじゃあ……? きゃー、私そんなのフルコースで味わったら、生きることへの未練がなくなりそうですよ!)
だらしない笑みを浮かべ、小さく「えへへ、えへへ」と声を漏らしながらこの先を想像するヒカリ。
そんな時である。不意に――もえが自分の方へ身を寄せてくるので、ヒカリは「はひっ!」と驚きに声を漏らす。
抱き枕にしがみつくようにしてもえはヒカリにくっついていた。
(あ、あ、あ、あっちからのアプローチきたー! もえちゃんも何だかんだでこの瞬間を待ってましたね……なるほど、暗闇に紛れると大胆になるタイプでしたかっ!)
そう納得し、こちらもそれ以上で返さなければならないともえの方へ視線を送る。
すると――完寝入ったもえが寝返りを打ってヒカリの体に抱き着いただけだった。
複雑そうな表情と共に、胸の高鳴りが平常値へと戻っていくのを感じるヒカリ。
(まぁ、そりゃそうですか。もっとお話ししたかった気もしますけど……今日は疲れましたよね。それに、今日恋人になったばかりなのに私ってば、焦り過ぎ。……いや、それはもうすぐもえちゃんと離れなくちゃいけないからですけど)
大学進学のため、両親も住む大きな都市へ移住することを思って少し寂しくなるヒカリ。
幼い頃を過ごした土地へ戻ること……それを思ったからか、ヒカリは少しだけ自分の過去を思い返す。
○
そもそもここよりもっと発展した大都市に住んでいたヒカリ。父親が仕事の拠点としているため家族でそこに住んでいたのだが、実家がお金持ちという環境のせいでヒカリは随分と人間環境に苦労した。その結果としてヒカリだけが今の家で暮らすことなっていたりする。
ヒカリには非凡な家庭環境のせいで苦労してきた過去がある。
常に他人はお金で彼女を見るし、一緒にいることで得する人間として捉えてくることをヒカリは幼い頃から感じていた。
それは友達だと思っていた子が、親から「白鷺さんトコの子とは仲良くしておきなさい」と言われて自分と付き合っていたことだとか、逆に庶民的な遊びの約束には誘われず、誕生日会のような催し事にのみ呼ばれたりすること。
――悪い意味での、特別扱い。
そんな全てが見え透いてしまったヒカリの心は幼い頃から傷付けられ、人間不信になりつつあった。なので、一度人間関係をリセットするため、この土地へと流れてきたのだ。
とはいえ、それも本末転倒とも感じられる方法。金持ちの家に生まれた娘に普通の生活をさせるための一切を金で解決させた。
それがこの普通サイズの家(といってもそこそこ大きいが)であり、ここを住所とすれば周りに溶け込めるかも知れないと両親は考えたらしい。なので仕事で都市圏を離れられない両親から離れ、ヒカリは使用人達とこの街で暮らすことになった。
ちなみに天蓋付きのベッドだけが不自然に存在しているのは当時、寝具が変わると眠れないヒカリの神経質な部分のせいだったりする。
さて、そこから新しい生活が始まると思った。
学校には電車で通うし、自宅の鍵だって持っている。
しかし――常識外れに裕福な日常を送ってきた彼女の中で形成された価値観は結局、ヒカリを同じ道へと引き戻す。
普通ではない育ちがどうしたって見え隠れする。
そして、世間知らずなヒカリはボロを自ら出していく。
他人の悪意というのはまるで群れを成した蟻。角砂糖でも見つけたようにヒカリという財産に恵まれた人間へとたかるのだ。
出逢いに運がなかったとも言える。彼女の家庭環境、常識知らずだけが悪かったとは言い難いだろう。
さて。そのような過去を持つヒカリを思えば、正直今のズレにズレまくった彼女に、本気で一般人に価値観を合わせる気があるのかという疑問が浮上する。
しかし、それは逆に言えば――自分のイメージを気にしなくてよくなる友達を得られた、ということなのだ。
そう――人間関係に関する悩みを新しい土地でも抱えてしまった頃、ショップ(父親が娘の趣味に合わせて採算度外視でオープン)にて出会ったしずく、幽子、葉月の人間性に救われた。
裕福な家庭環境など関係なく付き合ってくれる彼女らと出会ったことにより、ヒカリは性格を歪ませることなく(性癖は歪んでいるが)今までの不運を帳消しとし、群がる蟻を思いきって手で払い、優しく明るい少女のままでいられたのだ。
――そして、三年生となった春。
コンプレックスを笑い飛ばすかのようにいじり倒し、良くも悪くも大事に大事にされてきた自分をまるで「人権などない」と言わんばかりのぞんざいさで扱ってくる、赤澤もえとの出会いがあまりにも衝撃的で、あっさりと――恋に落ちた。
それは一陣の風としてヒカリに吹き付け、過去から抱えた何もかもを吹き飛ばしてしまうくらいに清々しくて。
だからこそ、彼女はもえと結ばれたことにより、過去を完全に乗り越えるための支えを手にした気持ちになるのだ。
ちょっとした回想を終え、隣で眠るもえの髪を愛しそうな表情を浮かべて触るヒカリ。
(もえちゃん……私ね、今なら素直な一人の女の子に戻れる気がするんだ。誰かの視線に怯えて敬う言葉を使い慣れた私を捨てて……。もえちゃんの前なら、戻れる気がするんだ。そんな日が来るなんて私、思わなかったんだよ?)
ヒカリが誰に対しても敬語で話すのは、過去に植え付けられた他人への不信感がクセになったもの。今更直すのもおかしいかと思ってしずくや幽子、葉月にはずっと貫いている。
だが――今までに三回、ヒカリはもえに素の自分を見せたことがある。
それは夏休みのデートにおいてもえに「楽しいか?」と聞かれた時。
文化祭の告白に対して真剣に返事を考えるともえが言ってくれた時。
そして今日。顔を真っ赤にして「好きです」ともえが返事をしてくれたことに対して、ヒカリが見せた反応。
閉じ込めた本当の自分というのはもえがくれる幸せによって少しずつ、その鍵を外しつつある。不幸な過去を中和するようにして、幸福で満たされていく感覚を受けてヒカリは、本当の自分をもえだけには見せたと思っているのだ。
(だけど、私の過去は黙っていたい。躊躇なく罵って欲しいし。だから、段々と柔らかくなっていく口調は恋人になって距離が縮まった証……そう思ってくれればいいから)
シリアスな過去を紐解いている場面でもブレず、自分の性癖は捻じ込んでくるヒカリ。
ただし――残り僅かでもえとずっと一緒にはいられなくなる。大学へ進み、しばらくは離れて暮らすのだから、せっかく手にした今の幸せがお預けとなるのが少し寂しい。
でも、だからといってヒカリは自分の夢のために大学で勉強することも大事に思っている。少しの別れは寂しいけれど、何も今の関係がなくなるわけじゃない。
ずっと続くと信じ――そして、ずっと続けと願うから。
「もえちゃん、どうかずっと――ずっと、私を好きでいて下さいね。私もずっと、もえちゃんのことを好きでいますから」
そう呟いて頭をもえの方へと傾け、寄り添うようにしてヒカリは少しずつ、少しずつまどろみへと落ちていくのだった。
○
翌朝――もえが目を覚ますとヒカリは先に起床していたようで、一人ではあまりにも大きすぎるベッドの上で大の字になって寝ている自分に少し恥ずかしい思いがした。
ベッドから起き上がるとカーテンを開き、差し込む朝日に目を細める。
スマホで確認すると時間は朝の八時になったばかり。昨晩、眠ったのが真夜中だったことを考えると、もう少し眠っていてもいいような気がしたが、家主が起きているのでもえも眠気眼を擦りながら階段を降りてリビングへ。
すると――、
「あぁ、おはようございます、もえちゃん。よく眠れましたか……って、眠ってましたよね。私より先に」
どこか不満そうに――しかし、それこそが愛しいとばかりに弾んだ口調で語るヒカリに、もえは何故か照れた表情を浮かべて後ろ頭を掻く。
ヒカリはリビングからダイニング、そして地続きとなっているキッチンにてお湯を沸かしており、どうやら珈琲の準備をしているようだった。
「何だかもの凄くベタなことしてますよね」
「あ、分かります? 恋人同士泊まった朝は珈琲って相場じゃないですか。今日は使用人の皆さんにお休みするよう言ってありますので、誰も来ませんしゆっくりして下さい」
「そうですか。ただ、ずっと家にいるっていうのもアレですし、午後からはどこかへ出かけませんか?」
「いいですね! こっちにいられるのも長くはないので、思い出を作りましょう」
ヒカリが笑みを浮かべ、呼応するようにもえも薄っすらと同じ表情。
しかし、もえとしては改めてヒカリの言葉で今のように一緒にいられる時間が減る……というか、大きな休みでもなければ会えなくなってしまうことを自覚する。
そして、昨晩のことを思い返し――もえは片肘をついて関係ない壁へと視線を預けながら、震える唇を律し口を開く。
「あの、ヒカリさん」
「なんでしょう?」
「何というか……。私だって……その、えーっと、ずっとヒカリさんのこと好きでいます。……だから、大学に行ったってヒカリさんも……その、アレですからね!」
たどたどしく語ったもえの言葉。顔を真っ赤にし、脳内で横たわる羞恥心と違和感に苛まれる彼女の一言で、マグカップへとお湯を注ぐヒカリの手が止まる。
もえがわざわざそのように気持ちを伝えてきたこと――それを思えば昨晩のアレは?
そんな風に思い、ヒカリはどうしようもなく溢れる気持ちが抑えられなくなり、目頭が熱くなってギュッと目を閉じる。
心を満たす幸せな感情そのままにヒカリは無邪気な笑みを浮かべ、
「じゃあ、約束だよ、もえちゃん。ずっと、ずっと――私たちはお互いのことを好きでいる。約束だからねっ!」
子供のような口調で語り、ヒカリはもえを指差し笑うのだった。
○
「そういえばヒカリさん、時々どうして敬語じゃなくなるんですか?」
「えぇ!? わざわざそこツッコミます!? 色々と察して下さい!」
「あ。でも、私たち付き合ってるわけですから、そっちの方が自然ですかね?」
「そ、そうですよ! あ、もえちゃんもいっそこれからはタメ口ってどうですか? 私は構いませんので!」
「うーん……皆の前では厳しいですけど、二人っきりの時ならいいかも知れないですね。あと、電話の時とか」




