第十一話「卒業式のその後! もえとヒカリの真実! 前編」
※このエピソードは本編にて明確にしなかった部分をはっきりさせる内容を含んでいます。読み飛ばしても問題はありませんので、覚悟の上で読み進めていただきますようお願いいたします。尚、「だったらなんで書いたんだよ」という文句は受け付けません。ええ、受け付けませんとも!
葉月とヒカリが卒業した日――飽きるまで遊んで、遊んで、納得がいくまでカード同行会としての活動を行い、二人の高校生活は幕を下ろした。
ヒカリのワガママで普段より長くショップを開けてもらい、高校生が外をうろついてはいけない時間のギリギリまで悔いが残らないよう、ひたすら遊んだ。
そんなショップからの帰り道。時間も遅いためしずくは自転車で自宅へと一足先に走って行き、残った四人が電車に乗るべく駅へと向かっていた時のこと。
「もえちゃん、よかったら……今からウチに来ませんか? 泊まっていって欲しいんですけど」
幽子と葉月に気付かれないよう、こっそりと耳打ちをするヒカリ。
対するもえは訝し気な表情を浮かべる。
「構いませんけど……変なことしませんよね?」
「約束はできません。……というか変なことしましょうよ!」
「えぇ!? そんな正直に欲望晒して私をお持ち帰りできる気なんですか!?」
「寧ろ、これだけ正直に言っても駄目なんですか!?」
何故かヒカリに驚き返され、もえは軽く頭を抱えて嘆息する。
「構いませんけど、ご両親とか大丈夫なんですか? そんな唐突に決めて」
「そもそも私は一人暮らしで、両親と一緒に暮らしていません。料理人やハウスキーパーが家にはいますけど、就業時間を過ぎたら帰っていませんので」
「一人暮らしだったんですか……まぁ、私の家は外泊とか結構寛容なので、別にいいですよ」
返事を受けて嬉しそうにヒカリは笑みを浮かべ、そんな彼女に釣られてもえも気恥ずかしさを含ませながらも口角を緩ませる。
さて、時間を考えればもえに自宅へ戻って着替えなどを用意する時間はない。電車がなくなってしまうからだ。なので、必要な一切はヒカリから借りることにし、家へと泊まる連絡をしていつもと違う方角の電車に乗り込む。
というわけで、卒業したこの日にして初の幽子、ヒカリ、もえのスリーショットで電車に乗り込む。
「……もえちゃん、どうして……こっちの方向、に? ……帰りの電車……無くなっちゃうん、じゃない?」
当然ながら幽子は懐疑的な表情で問いかけてくるが、もえは回答を用意しているため臆することなく口を開く。
「あれ? この前私の家、爆発四散したって話してないんだっけ? 実はそういう事情があってね、住所が変わってるんだー」
さも真実であるように語るもえだが、幽子は眉を顰める。
「……そんなので、騙されるの……しずくさんと、ギリギリ……葉月さんくらい。……同じように、思われても……困る!」
「あぁー、やっぱり? しずくさんなら『そうなんだ? 大変だね』とか言いそうだけど、幽子ちゃんは無理だったかぁー」
「葉月なら『えぇー!? 家爆発してるのに、何でそんなに冷静なのさー!?』とかそもそも無理ある話なことに気付かず驚きそうですね」
この空間にいない二人を小馬鹿にして笑う声が他に乗る者のいない車内に響き渡る。
走る電車は闇夜に包まれた星屑のような街の光が描く流星を追い越していく。
やがて途切れた会話。視線を預けた窓に三人の姿が映り、皆が「もうこんな光景は二度と訪れないのだ」と悟った。
そして、電車はヒカリがいつも降りる駅にて停まる。
「それじゃあね、幽子ちゃん。また学校で」
「私もお先に失礼しますね。また学校で……とは言えないですけど、必ずまた会いましょうね」
手を振りながら降車口へと進んでいく二人を見送り、穏やかな笑みを浮かべる幽子。
「……うん、じゃあね、もえちゃん。……それと、ヒカリさん。大学行っても……頑張って下さいね………………――って、だからもえちゃん、どうしてこの駅で降りるの!?」
疑問は結局、解消されることはなく――笑顔で手を振る二人を見送る幽子一人を乗せて、電車は再び動き出した。
○
「は~い、もえちゃん捕まえました~♥ もうこれでずっと一緒ですよ~! 一歩も外には出してあげませんから覚悟して下さいね~♥」
白鷺宅へと到着したもえは促されるまま先に玄関へと足を踏み入れ、その瞬間――続いて屋内へと入ってきたヒカリがうっとりとした表情で扉を閉め、カシャンと施錠する音を響かせる。
そんなヒカリの行動に対し、冷静にもえは制服のポケットからスマホを取り出し、助けを呼ぶ。
「あ、もしもし? 警察ですか?」
「通報しないで下さい! 冗談ですからっ!」
「あ、もしもし? 救急車を一台お願いします」
「今すぐ病院が必要なヤバいやつ扱いもしないで下さい!」
「あ、もしもし? ピザの配達お願いしたいんですけど」
「腹膨れさせれば大人しくなると思ってますね!? ……合ってますけど」
玄関先で息の合った掛け合いを繰り広げる二人。
お互いに顔を見合わせもえは声を上げて笑うも、ヒカリの方は愛想笑いが限度で内心では「本気で通報されるかと思った……」と自分のイタズラをちょっぴり後悔しつつ、胸を撫で下ろす。
さて、ヒカリの自宅はひでりが住んでいるような「ザ・金持ち」といった感じの大豪邸ではなく、ちょっと裕福な一家族が暮らしていそうな三階建ての一軒家だった。
そのため、家の前までやってきてその外観を見上げた時には、
(へぇ、意外と大人しい感じなんだなぁ……。無駄に大きくても仕方ないってことなのかな? バカデカい家に案内されたらまたいじろうと思ってたのに)
と、ちょっと残念な気持ちになるもえだったが、本人からこの家が「彼女個人の自宅である」と教えられたため、結局はヒカリを喜ばせる辛辣な言葉を吐く結果となった。
廊下、そしてリビングへと電気を点けながら奥へと通されるもえ。中に人の気配はなく、どうやら料理人やハウスキーパーはすでに帰宅しているようだった。
規模はもえの自宅とあまり変わらない大きさのリビング。テレビの前に設置されたソファーにとりあえず腰掛けると、ヒカリは後ろからもえの肩に両手を乗せながら何やら嬉しそうに耳元で囁く。
「さてさて、もえちゃん。お風呂にします? ベッドにします? それとも」
「なんで食事がないんですか。しかも全部デンジャラスだし……。どれ選んでも私の身に危険があるような気がするんですけど……」
「まぁそうですね……確かに私はもえちゃんを危険な目に遭わせるフルコースを提示した気はしますけど――別によくないですか?」
上機嫌な笑みを向けられ、もえは気まずそうな表情を浮かべてヒカリから目線を逸らす。
そんな挙動さえ愛しいのか、緩んで表情を深めてヒカリは語る。
「何たって私たち……晴れて恋人同士なんですから!」
「……ま、まぁ。そうですね」
頬をポリポリと掻きつつ、渋々といった感じで同意するもえ。
――そう。卒業式の後、体育館裏にてもえは約束していた返事として「好き」を口にしたため、今度はヒカリの妄想ではなく正式に二人は恋人となったのだった!
○
リビングから地続きに設けられたダイニングにて、まずは遅めの夕食。専属の料理人が作り置いてくれたものがカレーだったため、もえの分も用意することができた。
一流の料理人の腕前に舌鼓を打ち、少しの食休みを経てヒカリは提案する。
「もえちゃん。そろそろお風呂、どうですか?」
「そうですね……それじゃあ、入らせてもらいます。着替えとか貸してもらえるんでしたっけ?」
「えぇ、もちろんです。持っていきますから、お風呂場へ案内しますね」
促されるままもえはお風呂場へと移動する。
脱衣所から通ずる扉を開くと、そこはやはり家の大きさに見合った一般的な湯船が存在する浴室。若干、湯船が大きい気はするがゆったりと入れるスペースという程度で、間違ってもどこぞの家みたく背泳ぎができるような広さではない。
ハウスキーパーがヒカリの帰宅に備えていたのか、お風呂はすでに沸いていて視界が霞む湯気が立ち上る。
さて、脱衣所にヒカリはもえの分の着替えを持ち込んでくれたため、入浴の準備は整った。
脱衣所の扉が閉まる音を聞いたため、ヒカリが出ていったのだろうと認識し、もえは着ている衣服を一つ一つ脱ぎ捨てる。
――のだが、何故か同じように隣で家主が服を脱いでいた。
「……何をしてるんですか、ヒカリさん」
「いえ、ですからそろそろお風呂はどうですかと言ったじゃないですか?」
「ヒカリさん同伴って意味なんですか?」
「もちろん! ウチのお風呂、初心者が触ると爆発するので私が監督していませんと!」
「そんなので納得するのはしずくさんと、ギリギリ葉月さんですよ」
嘆息交じりにヒカリと受け答えするも、決して出ていけとは言わないもえ。
……まぁ、これでも相思相愛なのだから当然かも知れない。
というわけで、何だかんだで一緒にお風呂へ入ることになった二人。ヒカリは最早、卒業に流した涙はどこへやら……ニヤニヤとしながらもえの背中を流せることに人生で一番といっていい感動を覚えていた。
時々、もえの敏感な部分をわざとらしく触ったりして、思わず漏れる声を引き出したヒカリ。完全に主導権を握ったままヒカリは自分の恋人を丸洗いするという一つの夢を完遂した。
そのように好き勝手されたものだから、もえは拗ねたように口元まで湯に沈めてぶくぶくと言わせる。そして、そんな表情も愛しいのか両頬に手を添え、ニコニコと満足そうにもえを見つめるヒカリ。
「なんか今日一日で無垢だった自分と卒業した気がしますよ……」
「いいじゃないですか、お互いに卒業式ってことで。お揃いですね?」
「じゃあ二人揃って恋人関係も卒業しますか」
「ひ、酷い……! 私、今日もえちゃんから『私もヒカリさんのこと好きです』って言われた時、本当に幸せだなって思ったのに……」
顔を手で覆い、すすり泣くヒカリ。
一方でもえは「流石にさっきの嘘はなかったな」と思い、湯船に浸かるため一つに纏められた白銀の綺麗な髪を撫でる。
「すみません……私だって、卒業する気はないですよ。一応……好きだからあんな返事をしたんですから」
お風呂に浸かっているという理由だけではなさそうな顔の紅潮。もえはボソボソとした口調ながら、本心を伝えてヒカリの機嫌を直そうとする。
ちなみに、ヒカリへ告白の返事をした時もそんな感じではっきりと喋ることはできていなかった。
さて、改めて好きだと明言してもらえたヒカリは嘘泣きをやめ、覆っていた手を少しだけ横にずらしてニヤリと笑う表情をもえへと見せる。
「ですよね~、相思相愛ですもんね~♥ 嬉しいなぁ……好きな人と同じ気持ちってこんなに幸せなんですね。ね、もえちゃん?」
「あー、あー、うるさいなぁ。素直になって損したかも……」
鬱陶しそうな表情で両耳へ指を入れるもえ。
「いいじゃないですかー、素直になれば。あ、でも私、素直じゃないもえちゃんも好きですけど」
「……なんか、付き合うってなってからヒカリさん無敵感あるなぁ。マウント取られまくってる」
もえの中にある複雑な感情。少しずつ関係性が恋人らしいものへと変わりつつあるということなのか、お互いの慣れてなさや新鮮さによるものなのか……。
それは分からないけれどただ一つ言えるのは、何だかんだでもえも幸せそうな表情で頬が緩んでいるということだった。




