第九話「しずくの放課後! 無自覚なしずくの言葉が皆を傷付ける!?」
「いや、なんでヒカリさんがいるんですか。……ついでに葉月さんも」
文化祭も終わり、三年生が引退となって初めの部活。それは十一月下旬のことだった。
三年生の二人が部室からいなくなる寂しさを感じつつ、残されたメンバーで前に進む決意を胸に抱いてたもえ。幽子がバイトであるためしずくを待ってショップへ移動することになるため、本格的に待合所の様相を呈してきた部室へと入る。
そして、目に飛び込んできた光景にもえは思わずツッコんでしまったのだ。
「ついでって酷いなぁー! 私はカード同好会の部長なんだから、そりゃ部室にいるよー」
「で、できればついで扱いを葉月と逆にして欲しかった感はありますが……とりあえず、もえちゃんの疑問は当然ですよね」
「だってそうですよ。三年生はもう引退したはずじゃないですか」
この頃、もえはヒカリに対する罵倒や毒舌をセーブしている時期なので葉月がぞんざいに扱われたが、本来ならば両者共へ乱雑な言葉を投げかけていたはずだろう。
「引退はしたけど、放課後にこうして部室に来ることは自由じゃないー?」
「自由でしょうけど、その自由気ままにしてて受験は大丈夫なんですか?」
「まぁ、どうせ家に至って勉強はしませんし、受験の間際になって泣き顔で慌てふためくのは覚悟してます。なので、これでいいんです」
「悟った表情してますけど、言ってること滅茶苦茶カッコ悪いですね」
ジト目のもえは呆れ返った口調で言った。
物言いはどこか罵倒気味でありヒカリに餌を与えた感じもするが、事実言ったまでなのでセーフ。ヒカリも鞭をもらったような表情はしていなかった。
「でも引退はしてるんですよね。じゃあ、今のカード同好会における部長って誰になってるんですか?」
「年齢的にしずくだよー。まぁ、私がこうして部室に来てるから名ばかり部長になってるとは思うけどー」
「葉月さんも現役の時は、ほぼほぼ名ばかり部長だったじゃないですか」
「何をー!? 私が勧誘しなかったらもえはここにいないんだから、十分に部長としての仕事はしてるじゃないかー! ヒカリもそう思うでしょー!?」
「葉月ばかりもえちゃんに馬鹿にされて……うらやま許せないです」
「何、その日本語ー!?」
もえには淡々と小馬鹿にされ、ヒカリからは釣り上がった目と低い声で迫られる。両者の顔を交互に見つめ、肩を落として嘆息する葉月。
「ま、まぁ、何で二人から責められてるのかは分からないけど……ただこれだけは言っておくよー。とりあえず部長はしずくに引き継がれたけど、来年度はどうなってるか分からないよー?」
「勝手にしずくさんを殺さないで下さい」
「殺してないからー! 寧ろ、勝手に殺してるのもえの方じゃないー!?」
「いない所で勝手に殺されてるしずくちゃんが羨ましいっ!」
もえから罵倒されなさ過ぎて欲求不満なのか、とうとう勝手に死んだことにされたしずくにまで嫉妬し始めたヒカリ。
困惑の表情を浮かべる葉月だったが、咳払いをして閑話休題。
「まぁ、私はまだまだカード同好会部長のつもりでいるからねー。しずくが部長として活動することはとりあえずないんじゃないかなー?」
「いいんですか? 留年してまで部長を続けてもらって」
「いいわけないでしょー! 卒業するまでだからー!」
喚く葉月と、その反応を見て「あっはっは」と声を上げて笑うもえ。
そんな光景の中、ヒカリは体をもじもじさせながら躊躇いがちに小さく挙手して語る。
「……わ、私はもえちゃんが望むなら留年したってかまいませんよ?」
「いえ、ちゃんと卒業して大学に行ってください」
「やっ、辛辣…………じゃない!? 普通のことでした!」
あくまでヒカリに鞭が入らないよう立ち回るもえ。普段ならしないまともな物言いで先輩の真っ当な将来を願う。
(おかしいです……どうしてもえちゃんは私をいつもみたく乱雑に扱ってくれないのでしょうか。あんまり大事にされると私、寂しくなるのですが……)
なかなか酷い理由で寂しさを感じているヒカリ。
とはいえ、もえにも思惑があるので仕方ないのだ。
「まぁ、しずくは毎度部室にまっすぐ来ない不真面目さというか、行動の読めないところもあるからねー。部長には不適切だよー」
「しずくちゃん、昔からそういうリーダー的な立場は向いてないイメージですね」
「だよねー。基本的には私やヒカリが中心になって予定とかも立ててたし、来年がちょっと心配かもー」
二人はしずくの過去を思い起こし、心底楽しそうな表情で語り合う。
そんな光景を見つめ、この頃のもえは普段とちょっと違った感想を抱く。
(……そっか。私以外の四人はずっと前から知り合いなんだもんね。私が知らない思い出があるんだ。……正直、羨ましいな)
いつの間にか同好会メンバー四人から疎外感を感じるようになっていたもえ。
あまりそういったネガティブな考えを心の中に常駐させたくないため、振り払うようにして違うことを考える。
(それにしても頻繁に遅れるけど、しずくさんって放課後何してるんだろう……? 道に迷ってるとかじゃないよね?)
○
「ずっと……ずっと前から好きでしたっ!」
放課後の体育館裏、恥ずかしさの向こう側へ手を伸ばして温めていた気持ちを告げる青春の一ページ。
そんな光景の中に同好会メンバーから何をしているのかと思われている青山しずくの姿があった。
もちろん、告白のセリフはしずくの口から出たものではない。
もえがしずくと初めて会った時に感じた「同性にモテそう」という印象。それは間違いではなく、割と頻繁に彼女は体育館裏へ呼び出されて告白されるのだ。
思いの丈をぶつけたのはしずくとはクラスが違う同級生で、特に話したことはなく、顔もぼんやり見たことがある程度。
そんな彼女に対し、しずくはいつものポーカーフェイスで問う。
「好きって何が? 何が好きなの?」
「……へ?」
鼓動の音がうるさいくらい高鳴り、今にも緊張で気絶しそうな心境の少女が待っていたしずくからの第一声、それは瞬時に理解できるものではなかった。
シチュエーションと少女の態度からも明らかな愛の告白。だが、しずくは「もっと具体的に」のスタンスを崩していない。
……そう、あろうことか彼女の「好き」に全くピンときていないのだ!
さて、しずくはヒカリのもえに対する気持ちに気付いていた過去がある。他人の気持ちが一切分からない人間ではない。
だが、それは観察できるだけの時間と関係性があったからこそ読み取れたことで、知らない人間からいきなり「好きです」と言われたらしずくはこうなる。
しずくは「状況から考えて普通は」など、通用しない世界の生まれなのだ。
……というわけで、告白が伝わっていないため少女はまるで、ボケを説明させられるような恥ずかしさを伴いながら、自分の気持ちをより詳しく語らなければならなくなった。
「いや……だから、その……好きっていうのは」
「好きな食べ物かな? だったら私はハンバーガー。あと焼き鮭のほぐし瓶を最近もらったんだけど、これが美味しくてね」
「そ、そうなんですか……。私は、その……クリームシチューが好きです」
何故か流れに飲まれて答えてしまう少女。
「そうなんだ? 私はあんまりかな。どっちかというとカレーがいいよ」
全く盛り上がらず、そしてどうでもいい会話のラリー。告白した少女は顔中に汗をかいて自問自答を繰り返す。
自分は何を間違えたのか、自分の何が悪かったのか?
答えは一つ――何も間違えてないし、悪くない!
強いて言えば、しずくの察しが悪いのだ!
「机の中に呼び出しの手紙が入ってるから何かと思ったけど、私の好きな食べ物が聞きたかったんだ。もしかして……アレ? こっそりプレゼントしてくれるとか?」
「いや……焼き鮭のほぐし瓶を誰かにプレゼントする女子高生はいないと思いますけど」
「そう? ……まぁ、いいや。とりあえず用件は終わったよね? 私、部室行かなきゃいけないから」
そう言い、告白を捻じ曲げて好きな食べ物を教え合う場にし、去って行こうとするしずく。
当然――、
「あ、待って下さい! 青山さんっ!」
焦って呼び止める少女。
その声に振り返ったしずくのクールな視線に少女は改めて胸を打たれる。心の中に「好き」が溢れ、トキメキに心拍数は再び上がっていく。
少女は何とか真面目モードを取り戻し、もう一度告白する決心を固める。
……正直、二回告白させられるというのはどんな拷問なのだろうか。
「ん? まだ何か聞きたいことがあるの?」
「聞きこと……じゃあ、教えて下さい。青山さん――好きな人っているんですか?」
しずくの問いかけがよくなかったのか、少女は告白から少し道を逸れて相手側の事情を聞く形になってしまった。
素直に「聞きたいことは返事。私はあなたが恋愛対象として好きです。あなたはどうですか?」と単純明快、懇切丁寧に話を勧めればよかったのだが、少女はそうしなかった。
そして、これが最悪の結果を生む――。
「好きな人……そうだな、姉さんは好きかな。ずっと憧れてて、いつかはって思い続けてるよ? 本人にはとても言えないけど」
しずくの言葉に少女は軽く目を見開き――そして、悟ったようにゆっくりと瞼を閉じ、小さく「そっかぁ」と呟いた。
無論――しずくの姉に対する好きはプレイヤーとしてのリスぺクトである。そして憧れも、思い続けていることも、プロとしての姉に対してだし、本人に言えないのはみなみがそういうしずくの思いを知ると茶化すからだ。
だが、そのようなことは伝わるはずもなく――、
「時間作ってもらって、ありがとうございました。そうですか……お姉さんのことが。なら私、応援してますから……頑張って下さいね!」
今にも泣き崩れそうな表情を必死に繕い笑顔を浮かべ、自分の恋に終止符を打つ少女。
気まずい状況――なのだが当然、しずく的には尊敬している姉の話をし、それを応援していると言われた状況。
なので、特に気にした風もなく、
「ありがとう、頑張るよ。じゃあ、今度こそ部室行くね」
――と、バッサリ少女の想いを置き去りにし、体育館裏から去っていった。
そんな後ろ姿を見つめ、膝から崩れ落ち両手で顔を覆って啜り泣く少女。
まさに失恋した瞬間であり、しかも好きになった相手は冷酷に振った女を置き去りにそそくさと部活へ行ってしまうような奴だった。
さぞかしショックだろうと思う……が、
(青山さん、ほんとにサバサバしててクールで格好いい。駄目だ……私、諦められないよ。好き……まだ私、青山さんのこと好きだ)
と、未練たらたらに不思議ちゃんを想っていた。
青山しずく放課後遅刻の真実――それはクールなルックスから告白する生徒が絶えず、そして円滑に進まないやり取りを経て、寄ってくる女を次々と無自覚に振っているからなのだった!
○
さて、体育館の陰から顔だけをひょっこり出し、先ほどの光景をこっそり見ていた者が一人。
(……校門出た、あたりで……急遽バイト休みの連絡が来て……学校に戻ってきたら……しずくさんを見かけた。……そこまではよかったけど……まさか、告白されてるなんて。……しかも、意味分からないやり取り……の末に振った!?)
顎をガクガクと震わせながら、膝から崩れ落ちてすすり泣く先輩と去りゆくしずくを交互に見つめ、幽子はどうしたらいいのかも分からずひたすらに困惑していた。




