第八話「カードゲームの意識高い系!? シークレット仕様のお話!」
「前から思ってたんですけど、私とヒカリさんって同じコントロールデッキを使ってるはずなのに……なんかカードが違いません?」
夏休みが明け、二学期となった九月のある日曜日――しずくとひでりが個人戦の決勝大会へ行っているため、今日は大会でヒカリが優勝。
そんな今日の主役ともいうべき人物ともえが対戦していた時のこと。
コントロールデッキ同士でヒカリと試合を行っていたのだが、お互いが同じ内容のデッキを使っているはずなのにもえは度々違和感を抱くのだ。
「いえ……いつぞやレシピの写真を送ってから中身は変わってないと思いますが」
「そうですか? その写真を幽子ちゃんにレシピを見てもらってカードを揃えたんですけど、思えばあの時から違和感があったんですよね」
「違和感、ですか……何でしょうね?」
そのようにもえの疑問の根本を考えつつヒカリが盤面へ提示したカード。それはもえの盤面にも存在していて、しかし――全く絵柄が違うのである!
「あ、それですよ! 違うカードかと思ったけど、カード名は一致してる……ほら、私の使ってるのと絵柄が違うんです」
「そういうことでしたか! 失礼、ようやくもえちゃんの疑問が理解できましたよ」
驚きに声高な指摘を行ったもえに対し、両手をパチンと鳴らして納得したような口調で語った。
……ちなみにヒカリは相手のターンになると裏向きにして手札をテーブルに置いてしまうタイプであり、もえはオーソドックスに扇形で握っているタイプだったりする。
「私のカードはもえちゃんが持っている物のシークレット仕様になるんですよ」
「し、シークレット仕様!? 何ですかそれ」
「どのカードゲームタイトルでも割とあることなんですが、イラストや加工の違う別バージョンがごく稀にパックから出てくるんですよ。それをこのカードゲームではシークレットと呼びます。他の言い方だとパラレルとも言いますかね」
「つ、つまり……ヒカリさんの持ってるカードが私のと全く違う理由は!」
「そうです。私はデッキに使用しているカードでシークレットに替えられるものは全てそちらを採用してまして……。なので、確かに別のカードを使っているように見えるでしょうね」
ヒカリはさらりと口に、引き続きカードプレイを続行する……のだが、どこか様子を伺うようにチラチラともえへと視線を配る。
その間、もえは過去に抱いた疑問も踏まえて思案顔を浮かべる。
(そうだ……ショーケースに並んでいるカードの名前とイラスト、そして値段がなんか合致しないと思ったことがあって、記憶違いで片付けてた。あれ、もの凄く高かったけど、シークレットっていうのはごく稀にしか出ないって話からも分かるように高いものなんだ!)
そう結論付けるともえはジト目で、
「うわ……。全部シークレットにしてるって……流石はカップ麺四百円、違いますね。札束の暴力じゃないですか」
と、金持ちに対する僻みを、これでもかと口調に込めて放つ。
対するヒカリは当然――、
「やんっ、辛辣……♥ このためにデッキのカードをシークレット仕様にしたんですっ! 狙い通りで本望……です♥」
芸風を守って小刻みにゾクゾクと震える身をギュッと抱き頬を赤らめ息を荒くしながら、もえの吐き捨てるような言葉を深いコクのある料理でも堪能するかのような表情で受け止めるヒカリ。
ちなみにヒカリはこれでも実家が裕福なことを基本的には他人にいじられたくないと考えている。
だが、もえに対しては「いいぞ、もっとやれ」状態なので彼女から辛辣な言葉を引き出すべく、最近は避けてきたシークレット仕様のカードを使うようにしているのだった。
「……ヒカリさん、最近は……デッキの意識、高くて……他のプレイヤーからも……羨望の眼差し、向けられてますよね」
話題を小耳に挟んでいたのか、大会に参加していたプレイヤーに参加賞を配っていた幽子がもえとヒカリにもカードを渡しながら会話に混じってくる。
「あ、幽子ちゃん、ありがとー。でさ、その意識高いっていうのは?」
「……ヒカリみたいに……レアリティ、より高いもの……集めて、札束みたいなデッキに、なってること……カードゲーマーの間では……意識が高い、って言うの」
「札束って……やめて下さいな。……まぁ、他にもデッキがフルレートになってるなんて表現をすることもあります。カードの能力は同じなので趣味の域ですけどね」
「同じ能力なんでしょうけど、威力は五割増しって感じがする迫力ですよね。欲しくなる気持ちは分かるなぁ」
突如として自分の持っているカードが色褪せて見えてくるもえ。
カードゲーマーには同じ能力でありながら大枚を投じてレアリティの高いカードを揃えデッキを組みたがる人は多い。
それは自慢したいからという欲求もあるのだろうが、良い物を使いたいというゲームに対する愛とリスペクトも存在しているのだと思われる。
そして、そんな人が投資したカード資産の束を見せられると自分のシークレット仕様じゃないカードが何だか劣って見えるのもまた、カードゲーマーあるあると言えるかも知れない。
「……ちなみに、葉月さんが……錬金術をする時、当ててるカードの中には……シークレット仕様の物も……あるんだよ」
「稀にしか出ないんだからやっぱり買い取り価格は高いんだね! ……っていうか、あの人は金欠になるとそんなカードをポンポンと当ててるんだ。手にした経験だけは一人前なんだなぁ」
「こらこら、もえー。そういうことは陰口にしといてくれないかなー」
他の卓にて対戦に興じていた葉月はプレイヤー達の賑やかな会話の中から過敏に自分の悪口を聞き分け、声を大にして物申す。
……正直、陰口を言われるのは葉月的にオーケーなのかとは思うが。
「他にもカードのイラスト替えバージョンというのは種類があって、カードパックから出てくる他にも書籍や構築済みデッキなどに封入されることもあるんです」
「へぇ、そうなんですか……。結構、同じカードでもバリエーションってあるんですね」
「……もう一度、同じカードを……販売する時に、変更点……なかったら、つまらないって理由も……あるのかもね」
幽子の言葉に「なるほど」と相槌を打ちながら、もえは頭の中で別のことを考えていた。
(書籍や構築済みデッキにもイラスト替えのカードが封入されるって、そもそも本にカードがおまけされてるのが私としてはカルチャーショック……って、あれ? あれれ!? そういえばウチにあるアニメのDVD-BOXに、カードが付属してるやつなかったっけ!?)
○
意識が高いカードの話をした翌日――放課後になり、同じクラスであるもえと幽子は一緒にカード同好会の部室へと向かう。
その際に今日は幽子のバイトが休みであるため、部室で活動をすることになるだろうと会話していたのだが……いざ部室に入ると部屋の隅で真っ白に燃え尽きた葉月が体育座りをして「へへ、へへへ」と笑っていた。
「あ、今日は錬金術みたいだね。結局、ショップ行くんだ」
「……あれ? ……でも最近、葉月さん……お小遣い、もらったような? ……気のせい、かな?」
「いくら貰おうと使えばなくなるよ」
「……まぁ、確かに」
もえも慣れたもので葉月が部屋の隅で震えていても驚くことはなくなり、そして錬金術を行うことに大しても何の感情も湧かなくなっていた。
……ちなみに葉月はつい最近、お小遣いを手に入れたのだが、すでに金欠となっている今は九月中旬。
とはいえ、この理由はまた別のお話ということになる。
幽子ともえはテーブルを挟んで向かい合うようにパイプ椅子へと腰を下ろす。
しずくとヒカリがやってきたらショップへ移動して錬金術ということになるのだろうが前者は何故か真っ直ぐ部室には来ず、忘れかけているかも知れないが後者は小さな悪事(宿題しなかったり、プリント白紙提出など)を行うため職員室にて教師に怒られており、すぐに全員集合とはならない。
なので、もえはスマホ片手に時間を潰そうと思ったが、幽子がテーブル上で開き始めたカードファイルが目に入り興味はそちらへ。
「凄いなぁ……幽子ちゃん、今まで出たカードは基本的に一枚ずつ手に入れるようにしてるんだっけ?」
「……完全じゃないけど……ほとんど、持ってるよ。……シークレットは、お給料貰ってても……厳しいけど、書籍とかの付録は……完全に抑えてるんじゃない、かな?」
「そうなんだぁ! どれが何の付録だったとか覚えてるの?」
「……このファイルが、そもそも……雑誌や漫画の単行本とかに……付録でついてたカードだけ……集めたもの。……そして、発行された順に……並んでる」
「なんか図鑑みたいでいいね!」
カード自体が光にかざすと輝く加工をされているので、ずらりとファイルの中で並ぶ様は色彩豊かな宝石のようで、まさしく宝物。そして、全てに幽子の思い出が絡みついているため、アルバムのようだとも言えた。
そんなカードのラインナップをもえは幽子と共に一ページずつ見ていくのだが……ここで引っかかりを感じる。
(あれ? 昨日、DVD-BOXの中にカードが付録になってたことを確認したんだけど、アレはこのファイルの中にはないみたい……? 幽子ちゃんほどのコレクターが手に入れてないってことはないよね)
そのように納得しかけたもえだが「シークレットのカードには給料を貰っている現在でも手が出ない」という幽子の言葉を思い出す。
(決して安くないDVD-BOXに入ってるカードだもん、もしかしたら持ってないんじゃあ……? だとしたらプレゼントしてあげたいけど……それだけ高い品物だっていうなら、何か理由がないと遠慮して受け取ってもらえなさそう。何かそういう機会でもあればいいんだけど……)
この時点で幽子の誕生日は終わっており、もえは何か良い方法はないものかと考える。
とはいえ答えは出ず、結果としてDVD-BOXと付録のカードが幽子の手に渡るのはクリスマス会でのプレゼント交換の時になる。
ランダム性の高いあのような場所で幽子への贈り物を流すもえは一体何を考えているのかと思うが、カード同好会のメンバーのことを思ってのことである。
珍しいカードを手に入れれば結局、コレクターに流す。その結果が分かっていたからこそ、もえは幽子に遠慮されない形としてそのような方法を選んだのだろう。




