第五話「葉月が真っ当な道を!? カード同好会と夏祭り!」
しずくが個人戦を控えていた夏休みのある昼下がり――もえにヒカリから電話があった。
自宅のリビング、ソファーに行儀悪くドカっと座り、着古したシャツはだらしなくはだけてお腹が見えた状態のもえは、スティックアイス片手に応答する。
「はいはい、ヒカリさん。どうしました?」
『あ、あの……もえちゃん。突然電話してすみません』
「いや、別に構いませんけど……用件はそれですか?」
『どこに突然電話したことを謝っておしまいの要件があるんですか……』
いきなり通話を終えようとするもえにヒカリとしても悶えているわけにはいかないのか、呆れたように否定する。
『何といいますか……もし今日、暇なようでしたらどこかへ遊びにいきたいなと思いまして』
「あー、今日はもう一度外出したんで家にいたい気分なんですよね。ほら、今年って異常気象なくらいに暑いって話じゃないですか?」
『そ、そうですか……確かに暑いですもんね』
残念そうに語る言葉から徐々に元気を失くしていくヒカリ。
ちなみにこの時期、ヒカリはもえに告白しており大絶賛、認識がすれ違い中なのである。
こういった場面でひでりなら冷房の効いた車でドライブしようと誘えるのかも知れないが、ヒカリは極力自分の金持ちパワーを使いたがらない。
いや、この段階で実はもう全自動ホワイトボードの開発は進めているのだが……とはいえ、引かれるかも知れないほどの金持ちパワーは見せたくないヒカリ。あくまでもえがいじってくれる範疇にしたいのだ。
さて、急な誘いは断られて当然と自覚したヒカリ。ならばともえの予定を予め押さえておくことに。
『それでは日を改めて、今週末にある夏祭りはどうですか?』
「あぁ、いいですね! カード同好会のみんなも誘って夏の思い出って感じで……賛成です」
『え!? ……あ、そうですよね。みんなも誘いますよね』
もえと恋人の関係だと思い込んでいるヒカリ。当然ながら二人っきりで夏祭りに行きたかったが、付き合っている認識はないもえによってあっさりと砕かれてまたもやテンションダウン。
そんな彼女の落胆などもえは知らず、詳細はまた連絡を取り合ってということで通話は終了。
夏休みの代表的なイベント――夏祭りというキーワードにもえが思い浮かべるのは中学時代、かなでと美麗の二人が一緒だった時のことである。
(あの二人、私を裏切ってひでりちゃんの学校に行って……今頃、どうしてるんだろ。案外、ひでりちゃんと知り合いになってたりして?)
妙に鋭い勘を働かせるもえ。
そんな思考をしつつ、ソファー前に置かれたテーブルの上、午前中に行ってきたショップにて完成させた新デッキ――ヒカリの「コントロールデッキ」を手に取って眺める。
(そういえば昨日、ヒカリさんからレシピを貰って完成させたことをお礼と共に報告した方がよかったかな……。いやまぁ、サプライズ的に使うのもアリ?)
そのように納得しながら、ヒカリのように相手の動きを捌いて後半戦に繋ぐ戦い方を想像し、大会で早く使ってみたいワクワク感が湧いてくるのを感じる。
……そう、この日ショップでもえはコントロールデッキのカードを購入し、完成させた。
ということは、ヒカリが思い込み型リア充と化してスキップをしながらショップに現れ、幽子に恐怖心を植え付けるあの日ということである。
○
「葉月さん! 何だか私は嬉しいですよ! ついに真っ当な道を歩み始めたのかと一安心です。いやぁ、これぞ正しい人間の姿ですよね!」
もえはホッと胸を撫で下ろしながら、眼前の葉月を見ながら言った。
夏祭り当日の夕暮れ――祭りの会場から最寄りの駅前にして集合したカード同好会メンバー四人。
……そう、四人なのである。
葉月だけは合流することができなかったのだ。本人は「行けない」と理由を語っていないが、時期的に彼女が錬金術をするタイミングであるため、金銭面を思えば確かに祭りは楽しめない。
とはいえ他人から驕られること、金を借りることは絶対にしない葉月なので無理に誘うことはできず、同好会メンバーは「行けない」という言葉を額面通り受け取るしかなかったのだ。
結果――浴衣を着て気合を入れまくったヒカリと、彼女が服装的に浮く原因となった私服姿の三人で祭りの屋台を見て回ることに。
商店街を歩行者天国にして車道を自由に歩き回れる非日常感を楽しみつつ、人混みを縫うように歩く。四人は賑やかな雰囲気の中にあって、それぞれの食欲に見合う食べ物を吟味していたのだが……。
そんな屋台の一つ、くじ引きの店主がなんと――法被を着た我らがカード同好会部長、緑川葉月だったのである!
四人と目が合った瞬間、祭りに誘われた時点でバレることを予想していたらしく、後ろ頭を掻いて恥ずかしそうにする葉月。
そんな彼女に対して語ったのが、あのもえのセリフ――そう、錬金術に頼らず真っ当に働いてお金を得ようとする姿を見て、もえは感動したのである。
しかし――、
「いやいや、私がそんな真っ当な人間になるわけないじゃないー? 今回だってそりゃあ、錬金術に挑戦するつもりだったさー。でもね、ちょっと事情が変わってねー……」
胸を張って堂々と語った葉月だったが、言葉の最後にはどんよりとした雰囲気を引き連れ、呟くような声となっていた。
「どうしたんですか? 今更になってトロ顔晒してパック開封するのが恥ずかしくなったとか? 正直、もう遅いと思いますけど……」
「う、うるさいなぁー、もえ! あとになってからいつも恥ずかしく思ってるから言葉にしなくていいんだよ!」
「……じゃあ、どうして働いて……るんですか? ……って、こんなこと……言うのも、変ですけど」
幽子の問いかけに肩を竦めて葉月は嘆息し「聞いてくれるー?」と話し始める。
「私も最初は錬金術で何とかお金を獲得するつもりだったよ? でもね」
「ヒカリさん、あそこのベビーカステラって得じゃない? 育てたらきっとカステラになるはず。ザラメ付きに育ったら最高だよね」
「しずくちゃん……それはわざと言ってるんですよね。そうだと言って下さい……」
「こらこら、二人共ー! 私の話を聞けーっ!」
拳を振り上げてしずくとヒカリに文句を言う葉月。
気を取り直して咳払いをしてから事情説明を再開する。
「単純に言うと錬金術の元手をうっかり全部使っちゃったんだよねー」
「葉月、それは純粋にバカとしか……」
「それは分かってるよー! ……で、お金がないとしずくの個人戦にもついていけないじゃない? だから、お父さんに頼んで知り合いからバイトを紹介してもらったんだよねー。それがこのくじ引き屋の店主ってことー」
手を広げ、自分が切り盛りする空間を主張する葉月。
「そうですか。頑張ってくださいね! ……それじゃあ行きましょうか」
「えぇー!? 引いていかないのー!? っていうか、引きなよー!」
バイトしている理由も納得したところで去って行こうとするもえの服を掴み、屋台から身を乗り出して静止する葉月。
もえはうっととおしそうな表情を浮かべ、懇願する同好会部長……ではなく、くじ引き屋台の店主に取り合う。
「……正直、こういうのってロクなの当たらないですよね?」
「そんなことはないよー。ほら、一等なんて最新ゲーム機だよー? 新品で買ったら何万もするものが数百円で手に入るなんてお得じゃないー? やるしかないでしょ!」
「流石は錬金術師、言うことが違いますね」
「そ、そうかなー?」
「何で褒められた感じの反応なんですか……」
照れたように後ろ頭を掻く葉月と、ジト目で辛辣に言葉を吐くもえ。
ちなみに葉月が任された屋台は確かに最新ゲーム機を一等に掲げている。しかし、その他並べられた景品は子供でも鼻で笑うようなつまらない玩具ばかりだった。
「一等なんて簡単には当たらないよ。そんなあっさり当たったらお店が得しないもんね」
「あれ? しずくちゃん、当たりを引く確率は『出る出ないの二択』だから五分五分だって前に言ってませんでしたっけ?」
「流石に五分ってことはないけど、安心してよしずくー。このくじ引き屋を任せてくれたおじさんも、この屋台は損しないようになってるって言ってたしー?」
「……それ、当たらないって……ことなん、じゃあ?」
幽子は警戒心を胸に抱いて屋台の中央、置かれた箱の中に用意された大量のくじを見て呟く。
しかし、ただ任されただけの葉月はそこの所、よく分かっていないのかいつもの朗らかな表情で「当たるってばー」と無責任に否定。
とはいえ、祭りのくじ引きというのは子供の頃に皆が痛い目を見ていて、当たらないというイメージはあるもの。
無理に引いてお金を捨てるような真似を誰もしたがらないものだが、もえは嘆息して財布を取り出す。
「まぁ、誰も引いてくれないんじゃあ、バイトしてる葉月さんの顔も立たないだろうし、温情で一回だけ……」
「おぉ! 感謝するよー、毎度ありー! 五百円だよー!」
「うわっ、地味に高っ!」
○
葉月のために温情でくじを引いたが、その結果は案の定――ハズレ。
何ももらえないということはなかったが、百円均一で売ってそうなヨーヨーを渡されたもえ。恨めしそうに葉月へ眼光を飛ばしながら去って行き、その視線は人混みに埋もれて見えなくなるまでずっと屋台に向けられていた。
……さりげなくヨーヨーにおける「犬の散歩的」な技を繰り出しながら。
正直、悪いことをしたという自覚がなくはない葉月だったが、その後ももえと同じような犠牲者が現れては屋台を睨んでいくので慣れ始めていた。
(順調にくじが引かれていく……お給料がどんなシステムで支払われるのかは聞いてなかったけど、歩合制だったとしたら結構いい感じなんじゃないー? 商売って案外ちょろいなぁー)
そう思うとニヤニヤが止まらない葉月、欲に突き動かされて道行く人に三流玩具を掴ませようと声をかけ始める。
「お、そこのお嬢ちゃんー! よかったらくじ引きやっていきなよー! 一等は豪華、最新ゲーム機だよー!」
バイト台がたんまりと入ればしずくの応援に行く交通費の他にも、欲しかったカードを色々と購入できるかも知れない。
そんな風に妄想を膨らませながら目の前を歩くカモ……ではなく、大人ほどの判断力はなさそうな子供に声をかける。
だが、その人物は葉月の見知った顔で――、
「お嬢ちゃんとは失礼ね、私は――って、あら? あんた、誰だったか記憶にないけど……確か、カード同好会の一人よね?」
自分で声をかけておきながら、返された言葉に体をビクつかせる葉月。
葉月の勧誘に立ち止まったのは――新井山ひでりだった。
「あれ、ひでりじゃないー? どうしてここにー?」
「可愛い後輩達と祭りを見に来たのだけれど、はぐれてしまってね。探している最中にあんたから声をかけられたわけ」
「そうなんだねー。さっきまでカード同好会のみんなもいたんだけど、見かけなかったー?」
「あ、青山しずくも来てるっていうの!?」
衝撃の事実とばかりに目を見開き、声を大にして問いかけるひでり。
「そうだよー。本当なら私も一緒に祭りを回りたかったんだけど、今日はこの屋台の店番だからさ」
「あんたも大変ね。それにしても店番って、そもそもこの屋台は……?」
葉月に誘われたために寄ってきたひでり。改めて店の外観や、置かれているものを確認して「くじ引き」であることを認識する。
「よかったら一回、引いていかないー? まだ一等も出てないんだよー?」
「ん、そうなの? だからって私は引かな――」
ひでりはそこまでを言いかけ、腕組みをして思案顔――の後、ニヤリと不適な笑みを浮かべて前言を撤回する。
「……じゃあ、このくじを全部購入すれば私が一等を手にすることができる。そうすればこれもまた一つの一位よね?」
「……へ? 全部ー?」
突如としてスケールの大きな話を吹っかけられて目を丸くする葉月。
「決めたわ! 家の者にお金を用意させるから待ってなさい! このくじは全て、この新井山ひでり様が購入するわ!」
「え、えぇー!? 全部をー!?」
あまりの驚きに叫ぶような声を上げる葉月。しかし、そんな驚愕とは裏腹に完売するかも知れない状況にニヤニヤと笑みがこぼれる。
(ぜ、全部購入って……これ、私のお給料どうなるんだろー? 歩合制じゃなかったとしても、ボーナスあるかもー!?)
○
ひでりは家から使用人を呼びつけ、ジェラルミンケースに入った大金を用意させた。その額、一千万――全てのくじを購入することが可能であることが証明された。
そして、くじの枚数を数えて代金の算出後――途方もない数のくじを開封していくことに。
その数は少し考えてみれば分かることだが、明らか屋台に並んでいる賞品の数を越えているのだが……そんなことは誰も気にもせず、くじの開封は葉月と使用人にやらせ、ひでりは腕組みをして上機嫌にその光景を見ていた。
そして開封が終わり、衝撃の事実が発覚する――!
「ちょっとあんた、一等の当たりくじが入ってないじゃないの! 何これ……もしかしてあんた、高校生にしてもうこんな悪徳商売やってんの!?」
「い、いや、ちが……ちょっと待って! 違うよー! ほんと……どうして真っ当に働いたのにこんな目に遭うんだよ~!」




