第四話「デッキ交換戦! 気まぐれな企画が後々の伏線に!?」
「ちょっと提案なんですけど……デッキを交換して戦ってみませんか?」
夏休みを目前とした七月のある日――放課後のショップにてプレイスペースで同好会メンバーがいつものように対戦しようとする直前、もえが言い放った一言に皆が手を止めた。
「つまり、みんなが持ってるデッキを誰かに貸し合って対戦するってことー?」
「葉月、もえちゃんが言ったことほぼまんまですよ……それ」
「面白いこと考えるね。いいんじゃない? やってみる?」
カードゲーマー間では割と行われているであろうデッキ交換戦。
だが、個性の強いカード同好会メンバーにそんな発想はなかったのか、好奇心を掻き立てられる提案に皆が乗り気となった。
そして、そんなもえのアイデアを聞きつけたのかバイト中の幽子がやってくる。
「……面白そうなアイデア……だね、もえちゃん。……非プレイヤー、じゃなければ……参加してた」
「だよね、面白そうでしょ? でも幽子ちゃん、デッキ持っててもバイト中はマズイんじゃないの?」
「……仕事している……フリをすれば、何とかなると……思うけど、ね」
「対戦してる姿はどうやったって仕事中には見えないと思うけどなぁ……」
普段からカード同好会の面々がプレイしているのを仕事しているフリという体で観戦している幽子。
社長の娘であるヒカリが存在するため黙認されているが、あまりにも怠けていると店長の咳払いが聞こえてくるため、流石にプレイは不可能だろう。
「幽子ちゃんもたまにはプレイしたらいいのになぁ。楽しいと思うけど」
「……いや、私は……集めてるだけで、十分だよ」
「そう? まぁ、楽しみ方が人それぞれなのがカードゲームの良い所だもんね!」
「……うん、そうだよね。……でも、気が向いたら? ……ううん、何でもない」
もえの何気ない言葉で少しハッとさせられた幽子、歯切れ悪く独り言気味に語った言葉の中には僅かな迷いと、そして影響が見て取れた。
葉月が負けても笑ってコンボを楽しむこと、そしてヒカリが自分のスタイルを貫くことなど、しずくのように競技的にプレイするだけがカードゲームではなないと知ったもえから出た言葉。
それはただカードを集めることへ意味を見出す幽子に衝撃的な言葉として響く。
そんな彼女がカードを束ね、自発的にプレイするのはもう少し先の話だ。
さて、デッキ交換戦の話へと戻り、各々は交換先を相談する。
「私はもえちゃんに自分のデッキを使って欲しいと思ってまして……」
「いつも勝つことばかりに集中してるから、しずくには私のデッキを使ってもらおうかなー」
「じゃあ逆に私は葉月さんにデッキを貸そうかな。いつも大会で初戦敗退してるし、たまには勝つ喜びを知ってもいいと思うんだよね」
「なんか腹が立つ言い回しだなぁー……だけど、言い返せないよー」
しずくの淡々とした言葉に、葉月は口をへの字に曲げる。
「じゃあ私はヒカリさんにデッキを貸したらいいですかね。速攻デッキってコントロールと真逆っぽいし丁度いいですよね」
「まぁ、もえちゃんのデッキを!? 生まれてきてよかったです」
「どんな感想なのさ、ヒカリさん」
ヒカリには少々、デッキ交換戦の本来の目的以上の悦びがあるように見えるが……とりあえず各々が握るデッキは決定した。
さて、まずはコンボデッキを握るしずくと、ゲーム環境における最強のデッキを動かす葉月の対戦となる。
○
「序盤からこれだけ戦うことを放棄するって……私にはない感覚だな」
ショップ大会においてエスカレーターという不名誉な呼び名を拝借する葉月によって追い詰められ、与えられた手札を握りしめながら長考するしずく。
事前にコンボの手順を教えられ、その洗練されたアイデアと連鎖する面白さは何となく理解したしずくだったが……しかし、圧倒的なデッキパワーの低さに愕然としていた。
(正直、これを使ってたら確かに大会で初戦敗退も仕方ないと思う。だけど待って……葉月さん、結構私のデッキを使えてるのも驚きなんだけど)
後にしずくが葉月の実力の高さを見抜き、団体戦への挑戦を促すきっかけ――それはこんな瞬間にあったりする。
コンボデッキを使ってきた経歴からか、柔軟な状況判断とゲームプランの構築、そして「最低限負けないライン」を見極める感覚が養われている葉月。
彼女の培ってきたものは「勝つために必要なプレイング」と重なる要素が多分に存在しており、葉月の実力の高さを暗に物語っていた。
しかし、しずくのデッキのパワーが高いことも事実で、本人を含めて周囲の人間に「葉月が実はプレイヤーとして優秀」とはなかなか映らなかったりする。
傍から見つめる三人の感想もこのとおり、
「やっぱり握るデッキが強いと葉月も善戦するものですね……」
「……正直、しずくさんがこれだけ……追い詰められるほどの、デッキって……どれだけ弱いんでしょう、か」
「幽子ちゃん、仕事に戻らなくて大丈夫なの……?」
――と、葉月の実力を認めるものにはなっていなかったりする。
ちなみに最早、遊んでいるとしか思えないほどプレイスペースで繰り広げられる試合にかじりついている幽子。もえの懸念も当然で、店長から咳払いを鳴らされて仕事へ戻ることに。
さて、苦戦しながらも相手の実力を見抜くしずくに対し、葉月もまた別の思考をしていた。
(ほんと勝つための最適解を打ち出したような構築だなぁー。でも、私の趣味や領分じゃないのかなー。…………うん、そう思うんだけど不思議だなー。ちょっと、普段と違うことをするのに楽しさは感じてるかもー?)
葉月側としてもこの経験は後に活きてくる。しずくからプロキシのデッキを貸し出され、団体戦への出場を打診される際に「勝つためのデッキも扱える」という僅かな自信となる布石だからだ。
そんな二人の試合は意外にも高い技術を持った葉月が操る環境デッキが優勢――かと思いきや、プレイヤーとして超がつくほど一流なしずくがコンボデッキに少しずつ慣れを見せていく。
コンボデッキは特定のカードを引き込み、パズルのピースを揃えるまで必死で試合を引き延ばして耐えなければならない。
この点で言えばもしかするとコントロールデッキの使用者であるヒカリにも適性があるのかも知れないが――無論、ミスをしないプレイングロボットとも言うべきしずくにだって使いこなせる。
知り尽くした自分のデッキからの猛攻を必死に耐え抜き、揃えたコンボパーツを解き放つように盤面へと提示していく。そして、役満級の低確率コンボを卓越したプレイによる遅延と、的確なパーツ集めによって完成させ、葉月へとお見舞いする。
カード同好会のエース、青山しずくの実力を知らしめる驚異的な光景。
まるで一流の剣士ならば棒切れでも鉄を切れると言わんばかりに、コンボデッキで環境における最強を打ち破ってみせたのだった。
「……ま、負けたー! いやぁ、すごいなぁー。しずく、そのデッキで環境における最高を倒しちゃうなんて……私にはできないよー」
持っていた手札を相手に公開し、両手を挙げて降参する葉月。
しずくの圧倒的な実力を認めているからか、その下剋上に驚きながらもどこか納得したように笑顔を浮かべている。
「しずくさんが使うとこんな結果になるんですね! 驚いたなぁ」
「葉月のデッキって複雑なのにここまで扱えるなんて、流石はカード同好会のエースですね」
「こらこらー、慣れないデッキで戦った私へのねぎらいはないのー?」
しずくの実力を褒めちぎる二人と、茶化すように文句を言う葉月。
しかし一方で、しずくは探偵が悩むようなポーズで思案顔を浮かべていた。
(正直、いくらデッキパワーが高いとはいえカードを切る手順や、攻防のバランス……あれだけ的確にできるものなのかな? こっちのデッキがたまたま回ったから勝てたけど、同等のパワーでぶつかっても葉月さんは戦えてたんじゃないかな?)
そして、しずくは去年、一昨年と諦めた団体戦について思う。
(葉月さんは握るデッキを整えれば一級品のプレイヤーになる。……でも、きっと本人にその気がないんだろうな。惜しい……でも、もしかしたら打診してみる意味はあるかも知れないし、今回のことがきっかけにだってなるかも?)
○
続いてコントロールデッキを握るもえと、速攻デッキを借りたヒカリの試合。
このマッチングは速攻デッキ側が仕掛ける序盤の猛攻をコントロール側が捌ききれるかが勝負の分かれ目となり、後半戦にもつれ込むことができれば勝敗は決定的となる。
そんな二人の試合――まずヒカリが順調に序盤からカードをプレイしてガンガンともえへ攻め込んでいく。
圧倒的な財力を持ちながらもこだわりを貫いてコントロールデッキしか使わないヒカリ。他のデッキを握ったことなどない。
だが、受けの姿勢を取るコントロールデッキは相手の戦術を知ってこそ力を発揮するため、実際に使ったことがなくてもヒカリは速攻の知識が豊富なのである。
そのため、カードテキストを読み込む時間を省いてサクサクとプレイしていく。
一方、もえはヒカリがセレクトした後半まで時間を稼ぐための除去カード、妨害カードの複雑なテキストに追われて柔軟なプレイができずにいた。
ヒカリは誰かのデッキレシピに左右されず、自分の強いと思ったカードを採用するので、引いてくるカードがどれも他のプレイヤーのデッキからはなかなか出てこないもの。
なのでもえはゆっくりとカードテキストを読みながらプレイする。
(へぇ……こんなカードがあるんだ。入ってる理由が分かるカードがあれば、そうじゃないのもある。ヒカリさん専用のデッキって感じがしてカッコいいなぁ。コントロール職人の生み出した研究の成果だなぁ)
普段はキツイ言葉に喜ぶドMにしか見えないヒカリだが、こういった自分のこだわりを貫き、一直線な感じは素直にもえの心を掴んでいた。
さて、この勝負――結果的に言えばもえが猛攻を捌ききって勝利することとなる。
相変わらず引きは強烈なようで、状況に対して必要なカードをドローすることで相手の猛攻を捌ききったのだ。ヒカリのデッキは様々な相手に対応するためあらゆるカードを入れており、それらを都合よく引いてこられるもえの強運は相性がよかったらしい。
そんなわけでヒカリはひたすらに並べたカードを破壊しつくされ、盤面は崩壊、手札も全て使いきってしまったので手の平は膝の上である。
一方でもえは後半戦の支配者たる重量級のカードを盤面にズラリと並べ、勝利は確定的。
このまま総攻撃をしかければもえの勝ち――なのだが、
「じゃあこのまま何もせずにターンをエンドします。ほら、ヒカリさんの番ですよ」
「あー、もえ! いけないんだよー? そういう舐めプをするのはー!」
葉月が指差し、小学生が先生にチクる時のテンションで叫ぶ。
舐めプというのは無論、舐めたプレイのこと。
もえは勝ちが確定している状況であることを分かった上で相手にターンを回し、待ってあげる選択肢を選んだのだ。
要するに「三分間待ってやる」みたいなことである。
ちなみに当然ながら、マナー違反。
これをされたプレイヤーはせっかくもらったターンを使って逆転し、
『舐めプして負けるのカッコ悪いwww』
と嫌味を言うのもいいし、さっさと降参して試合を終わらせたっていい。
「まぁまぁ、葉月さん。身内以外の相手にはこんなことしませんし、こういった珍しい機会なんですからいいじゃないですか」
「ヒカリが構わないならいいんだろうけど……どうなのー?」
「はぁはぁ、私……遊ばれてますぅ♥ ――へ? 葉月、何か言いましたか?」
手札が無い状態からドローを行い、全く逆転の一手にならないカードを握って熱っぽい吐息と赤らめた表情で葉月の言葉に反応するヒカリ。
「いやさー、もえの舐めプを許していいのかって話だよー」
「はぁ……はぁ♥ まぁ、いいんじゃないですか? ……というか、やめないでって感じです」
「やめないでって何でさー。速攻デッキでそれだけ後半戦になったら、もう逆転って理論的に不可能だよねー?」
速攻デッキには一撃で相手を葬るような特大火力がなく、あくまで序盤の勢いと物量作戦によって勝負を決めにいくデッキ。
つまり、後半戦を迎えたコントロールデッキには手も足も出ないため、葉月は試合続行の意味を感じないのだが、ヒカリはもえの舐めプを受け入れ続ける。
そんな理由を無論、いじめているもえは理解しているが……もう一人、真理に到達したものがいる。
(前々から思ってたけど、ヒカリさんってMなのかな? なんか負けそうになったり、劣勢で喜んでいるようなイメージ。違うのかな?)
あくまで疑惑だが、しずくは真相を暴きかけていた。
そして、一方――試合を引き延ばして舐めプを繰り返すもえの方にもちょっとした目覚めのようなものが生まれていた。
ヒカリが出す手をことごとく潰し、逆転不可能な盤面を構築しながらも試合を終えようとしないもえは端的に言って――自分の性癖を自覚し、その悦びに浸っていたのだ。
(私、こういう相手を痛めつけるデッキ、好きかも知れない……。圧倒的な状況を作って、苦しみもがく相手を見下している感じ……堪らないんだけどっ! いいなぁ……私もこのコントロールデッキっていうの、組んでみようかな!)
これがもえのコントロールデッキデビューの始まりであり、夏休み――自分のサディスティックな一面を自覚した彼女が企画したスパルタデートによってヒカリと告白の勘違いが生まれる、そのきっかけだったと言えるだろう。




