第三話「新カードパック発売直前! カードゲーマーあるある炸裂!?」
ゴールデンウィークの遠征を終え、梅雨を目前とする五月の中旬――放課後のカード同好会部室では皆が「ある話題」で盛り上がり、ワクワクに胸を躍らせていた。
「一気にゲーム環境を変えにきたよね。新能力もそうだけど、カードパワーが今までと非にならない。これはデッキを握り替えないと駄目かもね」
「新能力は確かに魅力的だよねー。今、発表されてるカードだけでも色んなコンボが思いついてさー、早くやってみたくて仕方ないよー」
お互いプレイスタイルが違うので話題を共有できているとは言い難いが……しかし、根本は同じテーマで盛り上がっている葉月としずく。
そう、新しいカードパックの発売――!
カードゲームのタイトルによってそれぞれだが、年に四つ五つほどのカードパックが発売され、新しいカードによってゲーム環境が一気に変わる。
今まで完成度の低かったデッキタイプがカードの補充を受けて一気にゲーム環境の頂点へと踊り出ることもあるし、これまでとは全く動きの違うデッキが組めることも。
そんなカードパックリリースはプレイヤーにとって待ち遠しいイベントの一つであり、そして――初めての新弾発売を迎えるもえは四人よりもさらにテンションが高かった。
「新しいカードが出るってなんか凄くないですか!? 既存のカードだけでもすでに沢山あるのに、まだ増えるんだぁ! 使えるカードが更新されていくって凄いゲームだなぁ」
「確かにテレビゲームとかだとダウンロードコンテンツでプラスアルファがあるけど、基本的にはクリアして終わりだからねー。カードゲームはその点、カードパックがリリースされる度、永久に新しくなるんだよー」
触れてきたこれまでの趣味にはない「更新される」ということがあまりに刺激的なのか、キラキラと輝く目でそわそわとしながらスマートフォンで新カードをまとめた記事を見つめるもえ。
新カードの発表は公式のSNSや、カードゲームの専門誌などで行われる。そこから有志が立ち上げたカードゲームの「wiki」に情報がまとめられるので、カードゲーマーはこの時期になると毎日のようにサイトへ入り浸る。
もえは新カードパックの発売を控えたこのタイミングでウィキの存在を同好会メンバーから教えられたのだった。
「それにしてもこのウィキ便利だなぁ。カード毎に使い方とか、詳細なルールまで載ってるんだぁ」
「もっと早く教えてあげるべきだったかもしれませんね。そこにはデッキのレシピや扱い方もまとまってますし、能力別に検索なんかもできるんですよ」
「……あと、イラストレーターでカード……検索できるのも重要だし、欲しいカードの……収録パックを調べることも……できる、よ」
皆が会話をしつつ、視線はスマートフォンに落とされている奇妙な光景。テーブルを囲んで座ってはいるけれど、カードゲームはプレイしていない……とはいえ、カード同好会らしい活動はしている気もする不思議な状況だった。
さて、そんな新カードパック発売前の状況において――カードゲーマー間でのあるあるとも言うべき光景が繰り広げられる。
「やっぱり今回の弾で一番強いのはパッケージにもなってるコイツなのかなー。新能力を体現してるし、大会で見ることも多そうだよー」
葉月はウィキにて「コイツ」と呼ぶ、今回のパックのパッケージを飾るドラゴンのイラストをしたカードを解説したページをスマホで開き、皆に見せながら語った。
もえはその画面を覗き込み、記載されたカードテキストに「ほぉー」と感嘆の声を上げる。
「確かに強そう……。しかし葉月さん、どのカードが強いとかって観点でもチェックしてたりするんですね」
「まぁ、この手のカードって基本的に私が被害者だからねー。自分がこれからどんな目に遭うのかチェックしてる……って、なんか言ってて悲しくなってきたよー」
「ただやっぱりドラゴンの見た目をしてるだけあって重量級のカードですね。私の速攻デッキには入らなさそう……」
「……ドラゴンはやっぱり……空想上の生物でも、特に……高位の存在として、扱われるからね。……どうしたって、コストは重くなるよ」
幽子独自の観点も交え、「やっぱりかー」と少し残念そうな声を漏らすもえ。
カードゲームが上手くなるコツは「相手が嫌がることをする」だと見出したもえは、葉月が恐れるカードを使いたいと思ったのだ。
なかなか性格の悪い動機だが、カードゲームにおいてはやはり皆が嫌がるカードを使った方が有効。間違ってはいない。
だが――、
「本当に強いかな……これ。正直、私は他に注目してるカードがあるんだけど。例えばコレとか? パッケージのソイツは正直、重すぎて使ってられないんじゃないかな」
「えぇ、しずくちゃんが強いって言うそれもなんか私的には微妙な感じですけど……どちらかと言えばこっちの方がいいかと」
葉月の選んだカードに対しては否定的な二人、だがそれぞれに推すカードも違うため最強議論は三者三様という結果に。
ならば「みんな違ってみんな良い」で済ませればいいのだが……三人の間にピリッとした空気が流れ始める。
「重い重いっていうけどさぁー、そういう後半にしか使えないカードを運用するのがヒカリのコントロールデッキじゃなかったけー? 何のために試合引き延ばしてるのさー」
「あ、言いましたね! それを言えばそんなドラゴン一枚で悲鳴を上げるような一発ギャグ的なデッキを使ってる葉月に問題があるだけで、パッケージのコイツはそんなに強くないですから」
「いやいや二人共、カードを見る目はもう少し養った方がいいよ。言っておくけど、二人が推してる両方ともそこまでカードパワーないから」
「それを言えばしずくちゃんの推しカードだって考え得る限り、私のデッキで対応しきれますから、その程度だと思いますけど?」
最強議論はヒートアップし、それぞれがスマホで自分の推しカードの能力を確認しながらも語気はどんどんと強くなっていく。
そんな光景に引き気味な表情を浮かべるもえと、肩を落として嘆息する幽子。
「幽子ちゃん、なんか三人が喧嘩しだしたけど……」
「……新しいカードパック……出ると、この三人は必ずこうなる。……いつものことだし、憎くてやってる……わけじゃないから、放っておいたら、いい」
「そ、そうなんだ……」
まるで季節における風物詩のように幽子がしみじみ語るため、少し不安感を抱いていたもえは楽になる。
ちなみに三人の最強議論は皆、「自分のデッキがされたら嫌だ」とか「自分のデッキからしてみれば大したことはない」のような主観的視点のぶつかりで行われている。
個性的な三人であるため、このように意見は激突するのだろう。
さて、こんなことを三人は新カードパックが出る度に行っており、この議論の行き着く先もまた決まっていたりする。
「じゃあ、恒例のアレやろうかー。自分の推しに自信があるんだから、逃げたりしないでしょー?」
「アレ、ですか……いいでしょう。やってやろうじゃないですかっ!」
「知らないよ? 新カードパックの発売日に泣きを見ることになっても」
三人それぞれが不敵な笑みを浮かべ、恒例となっている「アレ」の開催を了承する。
となれば、もえは当然疑問に思う。
「幽子ちゃん、アレって何?」
「……毎回こうして、議論をして……パックの発売後、結局……何が強かったか、答え合わせをするの」
「ふんふん、それで?」
「……で、負けた人は……誰も買わない、ハズレパックと言われる……第十三弾を、一箱買う。……新カードパックが、出てるのに」
「うわぁ……何でわざわざ損する人を作るの」
バカとして言いようがない賭けを行おうとしている三人に対して、心底呆れかえるもえ。
……そう、勝った人間には何もないのである!
ただ、罰ゲームを受ける人間を選定するだけの賭け事。そして、敗者にはメーカーがカードパワーのインフレを恐れてロクなカードを収録していないことで有名な第十三弾を買うことが義務付けられ、これは金銭的な苦痛というだけではない。
欲しいものがないものをわざわざ買うというのは、ヒカリ的にも嫌なことなのである。
「ちなみに今までの戦績ってどうだったの? なんか先入観かも知れないけど、葉月さんがこういう時って決まって負けそうなイメージだけど……」
かも知れない、というか普通に先入観である。
「……そんなことは、なくて……戦績はみんな……同じだと思うよ。……まぁ、当日になったら……分かるんじゃない、かな?」
「そうなんだぁ……。っていうか、同じ!?」
普通、誰かが勝ち越しているとかそういうことがあるものではないかともえは思ったが、それだけ皆の眼力が拮抗しているということだと納得した。
さて――、
「じゃあカードパックの発売日は土曜日だし、日曜日に大会で集まった時――SNSにアップされれた前日の大会結果で一番採用されてた新弾のカードを当てた人が勝ちってことでー」
葉月の言葉によって最強議論は不毛なギャンブルへと発展することに。
しかし、ここで重要なのは「一番正解に近かった人が勝利」ではなく「正解を当てた人が勝利」というルール設定である。これは各々のカードゲーマーとしてのプライドがさせた厳しい設定なのかも知れないが……そう、このルールだとある問題が起きるのだ。
○
新カードパックの発売日……の翌日、日曜日。
大会のためカードショップへやってきたもえは、とりあえずお小遣いに余裕があるので新カードパックのボックスを一つ購入してからプレイスペースにて開封を行うことに。
何故か、幽子が発売日ではなく一日待った今日ボックスを購入した方が良いというのでもえはそのとおりにしたのだ。
幽子からレジで手渡された時、「しずく、葉月、ヒカリ」がすでに来ていることを聞かされ、例の最強議論の結論が出たのだろうかと思いつつボックス片手にプレイスペースへ。
すると、三人ももえと同じようにボックスを購入したようでパックをひたすら開封している……のだが、どうも浮かない表情でありとても新カードパックが出た時の反応とは思えない。
「あの……どうしたんですか、三人とも。新カードパックを開けているテンションとは思えないんですけど……ってあれ!? なんか私の持ってるボックスとパッケージが違うっ!」
自分の抱えるボックス、そしてパッケージに描かれるアイツと見比べて三人が開封しているものが違うことを何度も確認するもえ。
大きい溜め息を吐き出し、葉月は重苦しく語る。
「私達三人が予想もしていないようなカードが今、ゲーム環境で大流行してるみたいなんだよー。ネット上でも予想外って言われてるから仕方ないのかも知れないけどー」
「全然読めなかったよね。まさか私達の推してたカードが一枚も使われてないゲーム環境になるなんて。やっぱり実際に使わないと分からないってことかな」
「私達三人共、どうして新カードパックが出る度にこんなロクでもない内容のカードパックを開けているんでしょうね……」
三人それぞれが憂鬱さを含んだ物言いで語り、それらでもえは全てを察する。
(つまり、この三人は毎回こんな議論をやっては三人仲良く予想を外して第十三弾を開けてるんだ。だから戦績は同じってことかぁ。……あれ、じゃあ今日新しいカードパックを開けたほうがいいっていうのはもしかして?)
カードゲーマーの新弾前あるある――「カード評価を行って最強を論じるも発売後、予想外の一枚に覆されがち」を繰り広げる三人を何度も見てきた幽子はもえになかなか意地悪な知恵を授けていたのだ。
レジでの接客を他の店員と代わったのか、プレイスペースへとやってきた幽子。もえへと耳打ちで意地悪な笑みを浮かべて告げる。
「……こうして、不毛な戦いで……ハズレパック、開けてる人を前にして……新弾開封するって、最高だよね」
幽子の意図を理解し、ドS赤澤もえは同じように嫌みったらしい笑みを浮かべる。
「確かに! やっぱ、新しいカードパックを開けなきゃだよね!」




