第二話「友情崩壊!? 一枚の紙切れに狂う同好会! 後編」
「青山しずくとその他大勢じゃない。一体どうしたのよ?」
テーブルの上に置かれた宝くじを争って各々が視線を電撃のように飛ばし合う中、ショップへやってきたひでりは懐疑的な表情で問いかけた。
この頃、ひでりとしずくは地区予選の一件を経て友人関係へと発展していた。そのため、しずくがいる場合に限ってカード同好会の輪へとひねくれて喚き散らすことなく入っていける。
「やぁ、ひでり。今、ちょっと友情が壊れかねない大事な話をしててね」
「なんでそんな争いになってんのよ」
「お互い、ゆずれない夢があるんだよ。ちなみに私はポテトとドリンクのLサイズ化」
「そんな夢、ゆずりなさいよ……。――って、あれ? それ私が昨日落としたやつじゃない!? 何だっけ……宝くじ、とかいうやつ」
五人が囲む争いの発端となった宝くじを指差し、軽く驚きを表情に浮かべるひでり。
「あ、ひでりちゃん、そういうのはよくないなぁ。五億円の宝くじがここにあるからって、突然落とし主を主張するとか」
「もえはさっき私の過去を改ざんしようとしたよねー。あれも良くないと思わないー?」
「……突然、持ち主……主張されても、すでにこれは……五人の問題。……申し訳ないけど、ひでりちゃんは……部外者」
争う人数が増えると面倒なので、ひでりの介入を防ごうと口々に意見を述べる――も、ひでりは呆れたように嘆息して宝くじを指差す。
「それは数日前、お父様から貰ったものなのよ。確か『庶民がこぞって金を払う、買える夢』だとか。よく分からないけど財布に入れてたのよ」
「会ったことないけどもうすでに私、ひでりちゃんのお父さん嫌いかも」
「あ、赤澤もえっ! お父様の悪口は許さないわよっ!」
「まぁ、ひでりのお父さんが庶民を見下してる嫌な人だってのは分かったけどさー。そこまで持ち主であることを主張するなら、証拠とかあるのー?」
「さりげなく私のお父様を侮辱したわね! ……まぁ、あんたみたいな名前も分からないやつの言うことは気にしないわ。……で、証拠ならあるわ! 裏面を見なさい!」
腕組みをしてしたり顔で語ったひでりに促されるまま、もえが代表して宝くじの裏面を見てみることに。すると、先ほどまで気付かなかったが達筆な文字で「新井山ひでり」と名前が記載してあった。
「……うわぁ。確かに持ち主であることは証明されたけど、普通こういうのに名前とか書く?」
「何を言ってるの? 学校で使う持ち物からデッキケースやプレイマット、所持品の全てに名前を記入するのは当然のことでしょう?」
「え、じゃあ服とか下着にも名前書いてあるの? ちょっと引くんだけど……」
「名前書いてることの何がいけないのよ、赤澤もえ! あんたなんか名前を書かなかったせいで上から下まで服一式失くせばいいんだわ!」
服一式を失くすというシチュエーションがどういうものかは分からないが、宝くじの持ち主だと主張しただけでいじり倒されたひでり。
もえから持ち主であることを認められて宝くじを返却されるも、何だか複雑な表情。
「ずっとこれを持ってると今日のことを思い出しそうだわ……」
「ひでり、それはずっと持ってるものじゃなくて五億円と引き換えるんだよ」
「そうだよ。当たってるから五億円はひでりちゃんのものだよ!」
「五億円……?」
しずくともえに言われて腕組みをし、首を傾げるひでり。
「ってことは、私のお小遣いが月に十万円だから……その千倍が一億円ってことよね? 確かに多いけど、社会人になればお小遣い以上のお金を給料でもらうようになるんだから、そこまで取り合いの争いになることはないんじゃないの?」
「はぁ!? ひでりってばどんな金銭感覚してるのー!? 億単位のお金を大したことなさそうに……っていうかお小遣い十万円ってふざけてるよー!」
「ふざけてるって何よ! いや、それよりあんた一体誰なの!?」
分からないなら聞けばいいのだが、いつもショップ大会でエスカレーターをやっている葉月などに興味はないのか、疑問を解決させようとしないひでり。
一方、ずっと黙ったままのヒカリは内心でこんなことを考えている。
(あ、五億円ってもの凄い大金なんですね……。それにひでりちゃんの家もかなり裕福だと聞いていましたが、お小遣いが十万円!? え、もしかして私のお小遣い高すぎ……?)
ヒカリはニコニコしながら、額に冷や汗を流しながら眼前の光景を見守る。
さて、皆が五億円を欲しがっていることが何となく分かってきたひでり。彼女としては最も親しいしずくにあげてしまっても構わないところなのだが、せっかくの機会――ひでりは普段、遊びに誘えないカード同好会を巻き込んでの企画を提案する。
「皆、これが欲しいみたいね……分かったわ。じゃあ、こうしましょう。私とカードゲームで対戦して勝った人にあげる。それでどうかしら?」
「えぇ!? そんなんであげちゃっていいの!?」
「なによ赤澤もえ。そんなんで、と言われるほど私に勝つのは楽じゃないわよ」
微妙に噛み合っていないもえとひでりの会話。
とはいえ拒む理由はないため、三人は素早い手つきでカバンからデッキケースを取り出し、ヒカリも悩んだ末に戦う意思が何故かあるようで同じくカードを準備。
そして、幽子はどうやってひでりと対戦しようか思案顔を浮かべる。
――さて。確かに対戦をして勝つだけで五億円が手に入るというのはとんでもない提案である。普通なら明らかに裏がある話だが、今回は夢だけがあるウマい話。
だが、ひでりにも打算がある。
(カード同好会の面々に私の力を誇示しつつ、おそらく唯一私に勝てる青山しずくに宝くじとやらを渡せる。完璧な作戦だわ!)
○
まず、ひでりに対戦を挑むことになったのはもえだった。
最早、トレードマークとなりつつある速攻デッキを持ち出してひでりへと挑む。それは以前に大会で彼女に打ち勝った成功体験のせいなのだが……、
「甘いわ、赤澤もえ。お金に目が眩んでプレイが乱雑。攻めることばかり考えてるようじゃ私には勝てないわよ!」
「くぅ……お金のことばかり考えてたせいで負けた!」
ただでさえしずくと肉薄するほどの実力を持つひでり相手に、頭が欲望で埋め尽くされた人間の生半可なプレイで太刀打ちできるはずがないのだった。
苦悶の表情で次なるプレイヤー、葉月にバトンタッチするもえ。
(……まぁ、葉月さんが五億円を手に入れたら適当におだてて三億くらい貰えばいいか)
そのように失礼極まりないことを考える後輩を他所に、葉月とひでりの戦いが始まった。
だが……、
「あと三ターンは何もせず待ってあげるからちょっとは食らいついてきなさいよ」
「そ、それは情けないながらもありがたいんだけどー……た、た、たたたた、大金を手に入れられるかも知れないプレッシャーで、こ、こ、こここ、コンボの手順が分からなくてなってるー!」
最早、手加減が必要なほど相手にならない貧弱な相手へ悲しそうな表情を浮かべるひでりと、実家が裕福とは言い難いために大金へのプレッシャーを強く感じる葉月。
葉月は基本的に緊張しない。だが、錬金術を始めとするお金が絡む場面において話は別なのだ。
結果としてあっさり葉月は敗北し、続いて対戦するのは宝くじ獲得候補の筆頭となるしずくである。
ひでりとしても自分を打ち破る唯一の相手として見ていたのだが……、
「駄目だ、勝てなかった……」
「ちょ、ちょっと、青山しずく! 明らかに手を抜いている感じだったわよ!? まさか、ナメたプレイを…………ちゃんと私を見なさいよ!」
「ごめん、ひでり。今は五億円しか見えてないんだ」
「お金ってこうも人を狂わせるのね……」
まさかのしずくも五億円という途方もない額へのプレッシャーで敗れる結果に。
勝利者候補筆頭のしずくを含めた三人が敗れるという展開。
このままでは誰にも宝くじを渡すことなくひでりが持ち帰ることになる。ひでりとしては特別お金が欲しいこともなく、寧ろ名前の件でもえにいじられた記憶を想起させるアイテム。なるべくなら手放したい。
さて、続いて幽子……なのだが、非プレイヤーである彼女は対戦方法の変更を要求する。
「……私、対戦は専門外だから……何か、他のことで……勝負、したいんだけど」
「別に構わないけど、何で勝負すればいいのよ? 例えばスポーツ?」
「……スポーツは、全般的に苦手。……何か、他でお願い」
「というか、あんたは何が得意なのよ?」
「……まぁ、強いて言えば……絵を、描くこと?」
幽子が控えめなトーンで語った言葉でひでりは以前、美麗から聞かされたことを思い出す。
(そういえば美麗、中学の頃に嫉妬する気すら起きない画力を持つ同級生の話をしてた。で、結局それが誰なのかといえばこの黒井幽子だったはずだよね? 正直、美麗の時点でかなりのものなのにそれ以上って……勝てるわけないわね。そもそも絵で勝敗を決めるってルールも曖昧だし)
カードゲームは本気で臨んでいるため負けると分かっていてもしずくに挑むが、美術に関してはそこまでこだわらない。
なので――、
「流石に勝ち目がなさすぎるわ。うーん……もう、じゃんけんでいいんじゃない?」
「……じゃあ、それでいいから……じゃんけん、しよっか」
「えぇー!? じゃんけんでオーケーなら私もそれがよかったんだけどー!」
「あんた、それがカードゲーマーの言うこと……? っていうか、だからあんた誰なのよ」
勝つことに向いていないカードゲーマーである葉月としては理解できなくもない文句だが、このようなことを言っているからひでりに名前を聞かれないのかも知れない。
さて、幽子との決着方法はじゃんけんとなったのだが――実際にやってみると一発でひでりが勝利。運の勝負であるためひでりの実力などは関係ないのだが、まさかの展開――ひでりはカード同好会のメンバー四人(特にしずく)に勝ってしまった。
そして最後、ひでりと同じく金銭感覚が狂っているヒカリが戦う番となった。
大会でよく戦う相手である上に、毎度コントロールしか使わないため読みやすいプレイヤー……なのだが、ひでりは白鷺ヒカリという人間自体を苦手としている。
なので先ほどのもえや葉月、しずくみたく緊張に心を掌握されてプレイすることに。
「あ、あの……白鷺、ヒカリさん?」
「はぁ……はぁ♥ な、何でしょう……ひでりちゃん?」
勝負は早くも終盤戦。ヒカリは劣勢であるため興奮しており、艶っぽい声と表情で受け答えをする。
(うわっ……何なの、この人!? 劣勢にも関わらずニヤニヤとして……覆す手段があるから余裕ってわけ? やっぱり不気味で怖いわ!)
表情を引きつらせるも、自分から話を振ってしまったので会話を続けるしかないひでり。
「白鷺ヒカリさんは実家が私なんかと比べものにならないくらい裕福だったと思いますけど……宝くじが必要なんですか?」
ひでりの角ばった口調で投げかけた問いに、ヒカリは薄っすらと笑みを浮かべて答える。
「いえ、五億円なんて私は要りません。……ただ、みんながお金に狂って自分のことしか考えていないのが嫌なので――勝って宝くじは処分しますっ!」
「な、何だってーっ! ヒカリさん、そんなのあんまりですよ!」
「そうでしょうか? もえちゃんと私の関係を考えれば五億円なんて必要のないものだと思いますけど……」
「へ? えーっと……そうなんですか?」
ヒカリの語った言葉がピンときていないのか、口をへの字に曲げて懐疑的な表情となるもえ。
この頃はもえを自分の恋人だと思い込んでいる時期なので、将来的に結婚すれば財産は彼女にも行き渡るとヒカリは言いたかったのだろう。
――さて、ひでりはヒカリがニヤニヤしている理由を「覆すだけの余裕があるから」だと考えていたが、彼女は持ち前のドMによって気持ちよくなっていただけで敗色は濃厚だった。
しかし、後半戦になれば圧倒的な火力で相手を粉砕するヒカリのデッキはとにかく土壇場での巻き返し性能が高い。
そう、本当に覆すだけのカードをデッキから引き込んで逆転――ひでりに勝ってしまったのだ!
だからこそ――、
「私の永久名誉ニートプランが白紙にっ! あばばばばばばば!」
「や、やめてくれよぉー! それがあればクルーザーを買って海で優雅にレジャーと洒落こめるんだよぉー!」
「私のポテトとドリンクのLサイズ化、そして禁断のハンバーガー倍プッシュ計画が……」
「……ペンタブ新調……プレミア画集。……全部、夢で……終わる、の?」
「私、どうして青山しずくには勝ったのに白鷺ヒカリさんに……」
頭を抱えて膝から崩れ落ちるもえ。床に寝転んで悶えるように左右へのたうち回る葉月。顔面蒼白となり、硬直するしずく。顎をガクガクとさせて自分の夢の終わりを信じられない幽子。ついでにまさかの相手に敗北して複雑そうな表情を浮かべるひでりへ、最高の笑顔を向けて――、
「それでは皆さん、夢から覚めましょうね。はい、おはようございまーすっ!」
軽快に語り、ヒカリは宝くじを真っ二つに引き裂く。
――こうして一枚の紙切れから始まった「ちょっとした争い」と「夢」は終わったのだった。




