第九話「高校生になった初芽! 姉と別れ、新しいスタート!」
無事に大学を合格し、高校を卒業することができた葉月。
いつどこで勉強をしていたのか、行動を逐一確認できる初芽にも分からないが、とりあえず姉が大学進学を機に一人暮らしをするべく実家を出ていくことに。
片想いをし続けてかなりの年月が経ったが、結局は家族の壁を簡単に越えることはできず、初芽は気持ちに決着をつけることなく姉と別れた。
そのため、別に恋人同士でもない二人の別れにロマンチックな要素などない。
一人暮らしをしてしばらくすると打ち切られることが予告されている仕送りを思って「働けよ」と口々に語る両親に、葉月は苦い表情を浮かべていたり。下の子達は初芽と違って同じ目線で遊んでくれる姉がいなくなることに少し寂しさを感じていたり。
和気藹々としていても内心では泣きじゃくって引き留めてしまいたい気持ちを抑え、初芽もその場の空気に準じた。
ただ葉月が冗談めかして、
「一人でホラー映画見るんじゃないよー?」
などと言うものだから明かせない気持ちを遠回しに、
「そんなの見たこと、一度もないよ」
と語り、自分の気持ちを知らない姉に疑問を植え付けてやった初芽。
瞬間、意味が分からないという顔をしたが、そこは葉月らしいというべきかすぐに考えることをやめて朗らかな表情に戻った。
カッコよく、憧れられる姉。
しかし、今でもやっぱりそういう知性を欠いたような仕草、言動にも愛おしいと思うのか初芽は慈しむような表情で旅立つ姉を見送った。
――さて、そこから時は流れて初芽は高校生となり、姉と同じ高校へと進学。
年齢差のせいで中学、高校と同じ校舎で過ごすことはなかった初芽と葉月。
もはや姉の気配などどこにもないであろう校舎を見つめると、全国優勝したカード同好会の功績を讃える垂れ幕が下がっており、初芽は自分の中で決めた心が熱くなるのを感じた。
そして、新入生が部活動を決める時期がやってきた。
校内は放課後になると新入生を獲得しようと勧誘で賑やかになり、一年生の側も自分の三年間を決めるといって過言ではない部活選びを活き活きとした表情で行っている。
そんな賑やかさの中にあって、初芽は声をかけてくる上級生の誘い全てを丁重にお断りし、見知った部活棟内――カード部の部室へ。
辿り着いた部室、ドアを前にしてノック――しかけて初芽は思う。
(お姉ちゃんは一年間をここで過ごしたんだよね。でも、三年に近い期間、この部活動を立ち上げることを考えていた。それは存在するだけでカードゲームを始める入り口になるからって意味で。……だとしたら、確かに意味はあった。こうして新しい扉を開くのはお姉ちゃんのおかげだもんね!)
気付けば緊張で強張っていた初芽の表情が少し緩やかなものになり、そしてノックする。
内部から聞こえた返事を受け、扉を開いて中へ。
見えた景色は何の変哲もない文化部の部室という感じで、カードゲームをする場所という印象を与える何かがあるわけでもない。
ただ、文化祭の時とは違ってこれが普段なのだと感じさせる光景の中に、一つの写真立てと全国優勝のトロフィー。
そして、姉と共にチームを組んで戦った二年生――赤澤もえ。
「お、一年生ってことは見学かな? 大歓迎だよ……って葉月さんの妹さん!?」
驚いた表情と口調で語ったもえ、そして覚えられていることに同じく驚愕して体をビクつかせる初芽。
顔を知っているとはいえ、会話をしたこともない上級生相手ということで再び取り戻した緊張を帯びながら、初芽は少し震える唇をギュッと噛んでから少し息を飲んで口を開く。
「お、覚えててくれたんですね。……はい。葉月の妹、緑川初芽です。カード部に入りたくてきました。その……どうぞ、よろしくお願いします!」
姉という憧れを追い、自分のやりたいを求めてカード部を訪れた初芽――高校一年生。
その姿は髪を後ろで一つにまとめており、この部屋で部長として一年を過ごした葉月によく似ていた。
○
――そして、時はもえに入部の理由を聞かれたあの日へと帰結する。
もえには入部理由を「姉が入ってた部活だからなんとなく」などと語っていたが、実際は純粋な姉への憧れからだった。
そんな事実と経緯は葉月すら知らず、ただひっそりと初芽の内の中にある。
だけどいつかは――などと、ベッドの上で仰向けになり、カード部に入った経緯を今一度思い返し、考えていた初芽。
姉の背を追いかけるのだから、いつかは同じ場所へ。そして、そんな高みへと至った時には、と考えるのである。
――と、そんな時、初芽のスマホに着信。
偶然にも姉からの電話であり、初芽は狙いすましたようなタイミングに心臓が跳ねるような思いを感じながら応答する。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
『もえから聞いたよー! カード部に入ったんだってー!? どうして!?』
進学先の住居へ無事に着いたという連絡をもらって以来姉の声を聞くからか、嬉しいやら泣き出しそうになるやら混沌とした感情に満たされる初芽。
一方の葉月は妹がまさかのカード部所属となったことに、驚きと興奮が混じっているようだった。
「あぁ、やっぱりもえ先輩から伝わるよね。……うん、そう。カード部に入ったんだよ」
『もえ先輩だってー、ぷふふ。なんか凄い違和感あるなー。……いや、そこじゃなくて……どうしてさ入ったのさー? 家では微塵も興味を示さなかったのにー!』
目の前に初芽本人がいれば体を揺すって問い詰めていると思わせる、不満のこもった物言い。
実際、葉月は初芽にカードゲームを勧めようと思ったことはあるが、自由に時間を使える自分だからこそ十全に楽しめてるものを妹に布教するのはどうなのか、と考えて躊躇した過去がある。
だが、初芽に意欲があると知っていたら勧誘していただろう。
カードゲームが家でプレイできるというのは、それだけでプレイヤーとしては嬉しいものなのだから。
とはいえ、初芽には初芽の事情がある。
「お姉ちゃんもいなくなったことだしカードゲームでも始めようかなって、ふと思っただけだよ」
『私がいたらできなかったってことー!?』
「まぁ、お姉ちゃんがいた頃にはやろうなんて全く思わなかったんだけどね」
『酷くないー!?』
「だけど、お姉ちゃんが全国優勝したのを見せられて私もやってみようかなって思えたんだよ?」
『私程度でも簡単に全国優勝できるから、チョロいゲームだろうとか思ってるなー?』
「あはは、あはははは」
『わ、笑うなー!』
何一つ嘘は言っていないが姉の妙なネガティブ解釈によって歪んで伝わってしまい、しかしそれを訂正することなく笑い飛ばす初芽。
本心は言えないからこそ、笑って誤魔化すしかないのである。
『何だかもえにいじられてる時を思い出したよー。なんか似てきてるんじゃないー?』
「まだ会って数日なんだからそんなわけないでしょ。……でも、私はあの人と結構気が合うんじゃないかなって思うよ?」
『だ、だろうねー。なんかもえと初芽は上手く言葉に出来ないけど、どこか奥底で似てる感じがするんだよねー』
無慈悲に他人へ毒を吐き、親友をM堕ちさせた(開眼させたとも言う)もえに妹が似ているとは認めたくないのか、少し引き攣った口調の葉月。
とはいえ、放課後になると直帰して家にて過ごしていた妹が部の先輩と仲良くやれそうだという事実はそれなりに安堵させられるものがあり、葉月は初芽に気取られぬようにホッと胸を撫で下ろした。
きっと、自分が高校一年生だった時のことを重ねて考えていたのだろう。
さて、妹がカード部へ所属したということで、先輩カードプレイヤーとなる葉月としては聞きたいことがある。
『そういえばさ、初芽。デッキはもう決めたのー?』
「デッキ? それに関しては丁度、今日話をしたんだけど……とりあえずしずく先輩の使ってるのを真似させてもらうことにした」
『しずく先輩!? もえと幽子が先輩呼びしないからなんか新鮮だなぁ……っていうか、しずくのデッキ!? アレ、結構お金かかると思うんだけど大丈夫なのー?』
葉月は「一年前、もえがしずくのデッキを真似しようとして金銭的に断念したこと」や「持っているカードを泣く泣く大量に売ってしずくと同じデッキを組み、団体戦に望んだ自分」を思い出しながら不安げに語った。
しかし、それに対して初芽は嘆息で返す。
「お姉ちゃんと一緒にしてもらったら困るよ。私はお小遣いちゃーんと貯めてるからっ!」
『そ、そうー? ……でも、もしお金に困ったら一つ良い手であって』
「錬金術ならやらないよ?」
『――っ! さてはもえが話したんだなぁー! ……というか変な説明してないよねぇー? 私の姉としての威厳に傷がつくんだけどー』
もえに対する怒りを口にしたかと思えば、自身の錬金術中の豹変ぶりを知られたくないと不安感に苛まれる葉月。
おおよそ全てを知っている初芽はその言動を笑いながらも、デッキの話になったことで姉に対して触り程度ではあるが――自身の決心を聞かせることに。
「それでさ、お姉ちゃん」
『んー? 何ー?』
「私、やるからにはお姉ちゃんと同じく全国優勝を目指すよ。それが目的でカード部に入ったっていうところもあるし」
『あ、やっぱり私が優勝できるくらいだから自分もって感じてるなー!?』
「違うよ。そんなに軽く考えてないって。……ただね、もしも全国優勝できたら、その時は私も自分の気持ちに素直になって……………………ううん、何でもない」
初芽はかなり踏み込んだ部分まで伝えかけて、でもやめた。
続きは目的を果たし、姉と同じ景色を見たその瞬間でいいと思ったからだ。
『言いかけてやめるなんて気になるなぁ……でも全国優勝狙うって最初から大きく出たねー。なるほど、それでしずくのデッキを真似するのかー。姉としてはちょっぴり残念かもー』
「お姉ちゃんのデッキってコンボとかいうやつでしょ? それもゆくゆくは真似してみたいなって思ってるんだよ。全国優勝と同じくカード部に入る時から考えてたことだから。そういう研究みたいなのもやってみたいかな」
初芽の中で姉が憧れとなってからカードゲームに対する意識は様変わりしていた。
全国優勝を目指し、本気で勝つことを極めたいと思うと同時に――少しずつカードゲームについて調べたり、もえ達から姉のことを聞く上で自分の憧れが「負けても笑ってカードを楽しむエンターテイナー」であることを知った。
だからこそ――、
『何だか欲張りな目的だねー。全国優勝とコンボデッキ、その両方を目的とするって……うーん、謎かけみたいだなぁー。その心はー?』
「さて、何でしょうか?」
『え、教えてくれないのー!?』
おどけて回答をスルーした初芽と、答えが与えられないことにもの足りなさそうな口調となる葉月。
まぁ答えは至ってシンプル――恋心、である。
『……まぁ、いいやー。初芽がカードゲームに触れてくれたのも嬉しいし、同じように全国を目指すっていうなら尚更だよー。とにかく楽しんでね! それが一番大事だからー』
「それはもちろんだよ。これから頑張るから、応援しててね!」
『応援するよー! まぁ、私の方も頑張らなきゃー。あ、そういえば今日、サークルに勧誘されて――』
「――はぁ!? サークル勧誘!?」
折角、いい感じにお互いを応援し合って電話を終える流れだったはずだが、葉月の不用意な一言でうっかり素の自分を見せてしまった初芽。
遠くに行ってしまった分、彼女の病的な姉愛はさらに加速していくのかも知れない。
一、二週間後にまた新しいエピソードを更新します!




