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私たちカード同好会ですっ!  作者: あさままさA
⬛特別編その二「緑川初芽の病的姉愛な日々」
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第八話「団体戦、決勝大会! 試合を見守り決意する初芽!」

「カードゲーム、団体戦の全国大会ねぇ……」


 初芽は居間にてテレビを見ることなく、スマホ片手に姉が参加している決勝大会の生配信が始まるのを待っていた。


 あれから――地区予選大会を突破し、決勝大会へと駒を進めたカード同好会。


 受験勉強もそこそこにカードゲームへ打ち込む葉月に対して、割と放任な両親も流石に娘を咎めた。


 しかし、葉月は両親の静止を聞かずカードゲームへと多分に時間を割く。それは今まで端々から感じ取っていた姉のカードゲームに対する熱意。


 ただ、今回はそれらと比べものにならないほど迷いない気迫を初芽は感じていた。


 地区予選大会の決勝戦も生配信されてはいたが、まさかそこまで到達するとは思っていなかったので見なかった初芽だが、姉の本気を感じ取って「もしかするのかもしれない」と思い、今回は生配信を待っているのだ。


 決勝戦のみが生配信されるため、最後の戦いへと駒を進める二チームが確定するまで初芽には一切の情報が入らない。今、姉を擁するカード同好会が勝っているのかどうかも分からず、配信が始まった瞬間にその答えは明かされる。


(もう、お姉ちゃんの実力は疑う余地がないのかも知れない。数多の実力者が集う地区予選を突破してるんだもんね)


 今回のチーム戦はルール上、もえとヒカリが勝てば葉月は全敗でも決勝大会まで駒を進めることが可能だったりする。先鋒、中堅、大将を決めて互いのチームの同じポジション同士が戦って勝利数の多いチームが勝つ仕組みだからだ。


 だが、地区予選大会でのチームメンバーの勝率はそれぞれ同じくらいでありながら、少し葉月が頭抜けて高かったことを初芽は姉から自慢されたので知っている。


 地区予選を突破した時点で全国でもトップレベルのプレイヤーの証になり、もしも全国優勝となれば当然――葉月は日本一に輝いたチームのメンバーだ。


(私が知らない間にお姉ちゃんは遠くへ行ってた。私の知らない景色へと到達してて、その高みに手を伸ばしかけてる。もし優勝したら……本当にどうなるんだろう?)


 本心が何を願っているのか分からないまま、待機画面が解除されて生配信が始まる。


 決勝戦に駒を進めたチーム二組が決定したのだ。


 今回の団体戦には特に年齢制限もなく、一組目は社会人三人で構成されたチーム。


 そして、二組目としてアナウンスされたのが――カード同好会。


 先鋒に緑川葉月、中堅を白鷺ヒカリ、大将を赤澤もえで構成した初芽のよく知る面々。


(本当に……本当に決勝まで上がってきた! この試合で三人の内、二人でも勝てばお姉ちゃんのチームは……日本一になるんだ!)


 まるでプレイする本人であるかのように真剣な表情で画面を覗き込む初芽。


 すぐさま試合の運びとなり、画面は盤上を映した大きな枠を中心とし、左右に対戦するプレイヤーの表情を映したワイプが設けられる。


 そこには先鋒である葉月と対戦相手が映し出され、対照的とさえ言える光景に初芽は目を根限りに開いて画面を注視する。


(対戦相手が表情を硬くして緊張してるのに、お姉ちゃんってばいつもみたいにニコニコしてる……。そういえばお姉ちゃんって昔から学校の発表会とかでも緊張ってしないタイプだったかも……)


 対戦相手のデッキをシャッフルし、お互いに握手をして対戦の準備を進める。


 そんなどの瞬間でも葉月は緊張を表情には浮かべておらず、動画越しで内容は分からないが対戦相手にも砕けた感じで話しているように思えた。


 あまりにも自然体過ぎて決勝戦であることを忘れそうになる。


 だが、試合開始と同時にその自然さがある意味で――余裕の裏返しであると悟らされる。


 カードゲームをプレイしない初芽には細かい部分が伝わらないが、姉がまるで「機械のように的確なプレイ」をして生配信のチャット欄を沸かせているのは分かった。


 相手が思わず苦悶の表情を浮かべるような一手を、葉月は活き活きとした表情で――そう、決勝の舞台でありながらこの一戦をも楽しんでやろうとする気概でカードを切っているのだ。


 結果――完全にゲームを支配しきった葉月のプレイによって相手は成す術なく敗れ、カード同好会は先鋒戦を勝利。


 まだこの勝利で全国優勝が確定したわけではない。しかし、初芽の中にある姉のイメージは完全に崩れていた。


 自分の好きなことに夢中になり、努力と時間を惜しまず、本番の舞台で十全な力を発揮して勝利を自分のものにする姿。


 だからこそ――、


(格好いい! いつもの愛らしく朗らかな姿はどこへやら、本当に格好いい! お姉ちゃんにこんな一面があったって知れたことが今は素直に嬉しい! ……そっか、私の中でずっとお姉ちゃんに抱いてきた違和感。変わっていくお姉ちゃんを見つめて、胸の中でざわつく感覚って……そういうことだったんだ!)


 自分達、家族のために時間を捨てて尽くしてくれた愛情深さや、少し抜けた部分に対して抱いてきた愛おしさ。それらとは違って、でも同じく姉を好きな気持ちに帰結する初芽の中で生まれた新しい感情。


 それは、姉に対して抱いた――初めての「憧れ」だった。


        ○


 そこから決勝大会はヒカリの敗北によってチーム戦績一勝一敗となるが、大将であるもえが劣勢を引っくり返す豪運を見せて逆転。カード同好会は全国大会を制し、優勝で幕を閉じることに。


 本番に強い葉月もコメント欄を沸かせたが、土壇場で凄まじい引きを見せたもえの試合を観戦して初芽は何となく彼女がどうして大将というチームリーダーを任されているのか分かった気がした。


 そして、その日――日付が変わるか否かという時間になって葉月は帰宅。


 大学受験を捨てたような全国大会への挑戦も、日本一という結果を持って帰ってくれば両親も認めざるを得なかったようで素直に祝福。


 初芽も姉に対する複雑な感情の一切を憧れの名の下に払拭したので、素直に「おめでとう」を言うことができた。


 さて、長旅を終えクタクタになって帰ってきた葉月はお風呂へ入ることに。


 普段なら遠慮なく一緒に入浴したがる初芽ではあるが、今日は疲れているであろう姉を思って自粛することに。


 しかし、そんな初芽の内心を察したのか葉月が「一緒に入ろっかー」と言ったため、結局は二人でお風呂へ向かうこととなった。


 並んで湯船に浸かり、ホッとした表情を浮かべる姉を横目で見つめて微笑ましくなる初芽。


 遠い場所にいってしまったと感じていた姉がこんなにも近くにいて、変わってしまったと感じていた意中の人物はより魅力的になって帰ってきたようで。


 憧れられる姉が隣にいることが初芽は誇らしいのだった。


「今日ね、初めてお姉ちゃんを凄いと思ったんだよね」

「は、初めてー!?」


 葉月の方には常に頼れ憧れられている姉としての自覚があったため、心底驚いた表情を浮かべる。


 そんな姉をくすくすと笑いながら、初芽は続ける。


「正直、カードゲームは軽い趣味でやってるんだって思っててさ。全国大会に出るって言われた時はびっくりしたし、優勝までしちゃうんだもん」

「なるほどねー。まぁ、軽い趣味でやってるって思うよねー。実際にちょっと前まではそうだったしー」

「あれ、そうなの?」


 きょとんとした表情を浮かべる初芽に、葉月は湯気が立ち込める天井を見上げ、どこか遠い場所――或いは今日までを思うようにしてゆっくり語り始める。


「ヒカリやしずくに幽子、そしてもえ……カード同好会メンバーの影響も受けて少しずつ私も変わったからねー。昔は勝つためにカードゲームなんてしてなかったんだよー?」

「そうなの? カードゲームやるからには勝つことを目指すんじゃないんだ?」

「カードゲームってのはそれだけじゃなくてねー。でも、ヒカリやしずくから勝つことにも向き合うよう勧められて、そしてもえに出会ってきっかけをもらった。だから、私も自分の領域を出てみようじゃないかって思ったんだよー」


 姉の言葉は非カードゲーマーである初芽には少し分かりにくいもので……しかし、今までの少ないながらも触れた姉のカードゲーム事情を思えば分かる気もした。


(確かにお姉ちゃんの動画、コメント欄に『強い』みたいな書き込みはなくて……あるのは『凄い』とか『カッコいい』だった)


 つまり、姉はエンターテイナーのようなプレイヤーから勝つための競技者としての側面を持つようになった……そういうことなのだと初芽は理解した。


 白鷺ヒカリ、青山しずく、黒井幽子に赤澤もえ……友人に恵まれたことで価値観を変え、自分の知らない領域へと自然に導かれていった。


 だとしたら――、


「今のお姉ちゃんはカード同好会のみんなが作ったって感じなんだね。そして、受けた影響が結果として今日の結果を作ったんだぁ」

「まさにそういうことだねー。カードゲームって一人じゃできないからさ、必ず二人で競ったり支え合ったりするんだよー。刺激されないわけがないよねー」


 言葉の締めくくりとして快活な笑みを初芽に向けた葉月。


 そんな表情に見惚れながら初芽は、


(なら、お姉ちゃんを支えた一つとして、私の献身が多少なりとも今日までの輝かしい高校生活を彩ったのならこんなに嬉しく、光栄なことはないかな)


 と達成感に似たものを得る。


 だが、そんな初芽の不意を突くように葉月は「だからさー」と言って語り始める。


「今度は初芽の番かもねー」

「え、えぇ!? わ、私!?」


 突如として話を振られたことに初芽は狼狽する。


「来年からは初芽は高校生だし、自由な時間を持てるじゃないー? ……というか、中学三年に上がったあたりから無理に留守番する必要はないって言われてなかったっけー?」

「そ、それは……念のためだよ! 下の子達も心配だったし!」


 姉の素朴な疑問に今度は違った理由で慌てふためく初芽。


 確かに両親からは、下の子達だけで留守番ができる年齢になったため、無理に家で過ごす必要はなくなったと言われたことがある。


 だが、初芽は心のどこかで「留守番をすることで姉の時間を作る自己犠牲的な献身」の終わりを拒み、無理に留守番をしていた感じがある。


 無論、今更自由な時間を与えられて遊びにいく友人がいないというのもあったが――しかし、初芽が高校生になれば葉月は大学に進み(おそらく)留守番の意味もなくなる。


 そして――、


「だからさー、今までが結構不自由だったぶん、初芽も何か高校生になってから初めていけるんじゃないかなー、って思うんだけどー?」


 そうなった時の話を姉に振られ、遠ざけていた未来に少し向かい合ってみる初芽。


(お姉ちゃんがいなくなってからなんて考えられなかった。自分がどうしたいとか、明確なものはなくて……中心となる核がなくなり、ぽっかり心に穴が開いた感じになるんだと思ってた。でも今、私は全然そんな風に感じてない!)


 変わらないことを願って、未来の話を遠ざける傾向にあった初芽だが――晴れやかな表情で姉に自分の素直な胸中を口にする。


「そうだね! 私もお姉ちゃんみたいに高校から何か始めてみようかな! そうしたらお姉ちゃんみたいな凄いこと、できるかも知れないもんね!」


 初芽の言葉で妹と同じように表情を明るくする葉月。


 さて、初芽は「何かを始める」と口にしたが、彼女の心はすでに固まっていた。


 姉が好きで、そんな人が夢中になったカードゲームを通して至った景色、それを見たいと思うようになった初芽。


 姉を追いかけ、同じ道を行く――それはまさしく「憧れ」というものだろう。


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