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私たちカード同好会ですっ!  作者: あさままさA
⬛特別編その二「緑川初芽の病的姉愛な日々」
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第七話「初芽が知らない葉月の一面! 気持ちに揺らぎが……?」

 十二月――葉月とヒカリ、三年生が部活引退の時期となるも結局カード同好会には顔を出し、受験を鼻で笑っている頃。


 初芽は葉月が引退してもカード同好会に顔を出していることについて「まさか予想した通りになるとは」と頭を抱えつつ、姉が受験を疎かにして浪人するかも知れないことを思って止めるとはできないのだった。


 さて、吐く息が大気を白く染め、歩けば頬を詰めたい風が撫でるこの季節に初芽は商店街を歩んでいた。


 日曜日ということで父親が家におり、しかし葉月はいないために退屈を感じて何となくの外出。


 とはいえ、お下がりで満たされるため服を買ったりすることはなく、放課後は家に直帰であるため、特別仲の良い友達がいない初芽としては外に出たとしても暇に変わりはなかった。


 そんな彼女、一軒のお店の前でふと足を止める。


(普段、お姉ちゃんってここでカードゲームしてるんだよね……? 難しいこと考えてなさそうなお姉ちゃんが勝てるものなのかなぁ?)


 カードショップを前にして、さらりと姉の知性を馬鹿にする初芽。


 いつぞや姉の動画収録のために協力し、用意された台本通りにカードを動かすことはした初芽。あとは更新されていく葉月の動画を視聴――言ってしまえば初芽にとって姉のカードゲーム事情をこれ以上は知らないのである。


 家で弟妹とテレビゲームをしていた時には年下に勝ってえらく上機嫌になっているのを見たことがあるが、同じ対戦といってもカードゲームは思考を用いる遊び。反射神経を用いるアクションゲームとはわけが違うはず。


 そのように考えれば、姉がカードゲームをしていることが今更になって不思議になってくるのである。


 それは裏を返せば「姉がやっているカードゲーム」もしくは「カードゲームをやっている姉」に興味を持ち始めたということだったりするのだが……初芽にその自覚はない。


 考えても答えが出ることではなく、適当に思考を切り上げて再び歩き始める。


 ちなみにこの日、葉月はしずくの助言を受けて組み上げた「勝つためのデッキ」で初めて大会にて準優勝することになる。


 そんな日であるため、初芽はこういった光景も目撃することになる。


 カードショップから少し歩いた場所、特定のどこというわけでもなく路上なのであるが、そこに二人の人影。


(――うわっ! 赤澤もえと白鷺ヒカリ!? こんなところで抱き合って、まぁ! ふーん、へぇ、ほぉ……そういう関係だったんだぁ)


 目が飛び出しそうなほど驚いた初芽、速やかに電柱の裏に隠れて二人を覗くにつれて上機嫌になっていく。


 まぁ、当然だろう。


 姉の周辺にいる人間の内、二人がそういう関係であるというのだ。姉に手を出される心配が減ってとりあえずは一安心という感じ。


(そういえば白鷺ヒカリのSNS、いつだったかえらく上機嫌な時があったなぁ。そういうことだったのかな? ……あれ、でも失恋ソングの歌詞ばかりリツイートしてた時もあったような)


 細かい事情は分からないけれど、意外な秘密を知ってしまった初芽。


 ……まぁ、この段階でヒカリともえの関係は告白の返事を保留にしている複雑な状態。


 抱き合っているのも、落ち込んでいるもえを励ますという名目でヒカリが一方的に行っているに過ぎないのだが。


 そんなこと知る由もない初芽、もえを見つめて少し怪訝そうな表情。


(あの赤澤もえって人、お姉ちゃんに手を出すことのない人物認定はできたけど、他の情報は全然集まらないなぁ。黒井幽子や青山しずく、白鷺ヒカリのように特徴のある人物じゃないからかな……? お姉ちゃん、あの赤澤もえの話題を割と頻繁に出してくるけど……どんな人なんだろう?)


        ○


 そんな赤澤もえという人間を間近で目の当たりにする機会があっさりと訪れた。


 路上でもえとヒカリが何やら怪しい関係性を露わにしていた日から数日、帰宅した姉をいつものように出迎えた初芽は隣にもえがいることに驚愕する。


 表情を崩さないようにしながらも姉が友人を自宅へ招いたことは初めてで、それなりに衝撃的だった。


(同級生の白鷺ヒカリでもなく、一度家を訪問した黒井幽子を逆に招くのでもなく、どうして赤澤もえを連れてきたんだろう……?)


 その理由はご存知のとおり部長引き継ぎの件であるのだが、葉月は家でその日あった楽しいことは話すが、カードゲームや部活における細かい同行は全く語らないので初芽には理解が及ばない客人だった。


 二階へと上がっていくもえと姉を見送り、深刻そうな表情を浮かべる初芽。


(自宅に呼んでまでお姉ちゃん、赤澤もえと一体何を……まさか、白鷺ヒカリとそういう仲だから安心だと思ってたけど、二股!? だとしたら気が多い奴だなぁ!)


 初芽は表情を歪ませ、階段の向こう姉の部屋にいるであろうもえを睨む。


 当然もえにそのようなつもりはないが、気が多いという部分は彼女の性格を思えば割と間違ってはいない。


 とりあえず敵察調査をしなければならないので、初芽はお茶とお菓子を用意して姉の部屋と向かう。


 瞬間的に部屋の中を覗くことができたが、姉がテーブルの上に積まれたカードを片付けているだけで、特に今から何が行われるのかは分からなかった。


 お茶とお菓子を提供してしまえば長居をする理由はなくなり、しぶしぶといった感じで姉の部屋の戸を閉める。


 自分の与り知らないところで姉が何をするのか……それが分からなくて苛立つ初芽、親指を噛みながら戸を睨む。


(素性が分からないだけに赤澤もえ……あの人がお姉ちゃんと何をするのか気になる。……気になるっ!)


 意を決した表情で初芽は自室へと速やかに移動し、部屋の電気を点けないまま壁に飾られた姉の写真満載なコルクボードを外す。


 すると、コルクボードが隠していた壁には数ミリの穴が開いており、隣の部屋の光が漏れ出す。


 これは姉が私室で何をしているのか確認するために開けた覗き穴なのだが、バレるリスクを考えて頻繁には使っていない奥の手。


 姉が部屋で何をしているのか気になれば適当に理由をつけてお邪魔すればいいだけなので、今日のような状況でこそ輝く手段と言えた。


 というわけで覗き穴から姉の部屋を伺い、話し声に耳を澄ませる。


「さて、それじゃあ動画撮ろっか」

「今回は私のデッキを動画のネタにするんですよね?」

「うん、そうだよー」


 二人の会話であっさりと今日の要件が動画撮影であることが分かり、安堵で溜め息を吐き出す初芽。


「もえのコンボデッキ、なかなかに斬新なアイデアだったからねー、紹介させて欲しいんだよー」

「それは別に構いませんけど、どうしたんですか? ネタ切れとか?」

「まぁ、そんな感じー。流石にアイデアも限りがあるから思いつくまでの時間稼ぎってことで、今日はもえにお願いしようかとー」

「いざとなったらパック開封動画とか撮影したらいいじゃないですか。いつもみたいにトロ顔でパック開封してネットに爪痕残しましょうよ」

「そんなことしたら私に深々と傷跡が刻まれるだけだよー!」


 いつものように慣れた感じで先輩をいじるもえと、喚くようにツッコミを入れる葉月。


(な、何だこの人……先輩であるお姉ちゃんをいじってる。っていうか、お姉ちゃんがツッコミに回ってる!? ……いやいや、それよりトロ顔って何!?)


 あまりの情報量に、本来は姉を小馬鹿にしたような態度に怒ってもおかしくない場面だが、顔を赤くして訳も分からず興奮気味に二人の会話を聞く初芽。


「それにしてもしずくさんの出演回はかなり再生数伸びてましたよね」

「まぁ、しずくはやっぱり全国クラスの有名人だからねしょうがないんじゃないなー。トッププレイヤーのプレイに皆、興味があったんだろうねー」

「どちらかというとしずくさんのふざけたキャラクターに興味があったんじゃないかと思いますけど……。でも、まぁ団体戦で全国優勝したら葉月さんも有名になるでしょうね!」

「そうなるとありがたいねー。動画の再生数も伸びるだろうしー。下世話な話、再生数も何百、何千万回とかいくとかなりの額のお金になるらしいからねー」

「そうなんですか! ずっと仲良くしましょうね、葉月さん」

「このタイミングで言うことなのかなー、それー!?」


 さらりともえが語った言葉に葉月が語気を強めてツッコむ。しかし、そんなやりとりの最中、ずっと葉月の表情は屈託のない笑顔で。


 初芽にとってそれは文化祭の時に見たヒカリ、しずくと一緒にいる光景と同じく姉のずっと欲しかった光景……だからこそ、満たされた日々を送る姉を見つめて満たされた気持ちになるのだ。


 ――ただ。


(全国優勝……? ってことはお姉ちゃん、全国大会に出るってこと? それだけの実力と熱意があるってことなのかな……)


 初芽にとっての緑川葉月――それはどこか抜けていて知性を感じさせない温和な雰囲気、しかし誰かのためには自分を犠牲にしてまで尽くす愛情深さ。そして、感謝を忘れない意外と丁寧な部分、そして愛らしい見た目が魅力的で。


 ――そんな姉が、知らぬ内にカードゲームで全国大会?


(前から少しずつ感じてた……お姉ちゃんがカードゲームに真剣に向き合ってること。カードゲームのことになるとアクティブに行動すること。将来の目標にさえ掲げるほど夢中になっていること……それを私は何だか複雑に感じている)


 それは姉に抱いていたイメージから逸脱しているからなのかも知れなくて。


 だとしたら例えば姉が本当に全国優勝したら――抱いていたイメージに恋していた心は一体、どうなるのだろうか?


 そんな危惧が、変わっていく姉への「違和感」をもたらしているとしたら、どういった感情で姉の挑戦を見つめるのが正しいのか?


(お姉ちゃんは知らない世界へとどんどん進んでいく。今までの殻を破って、変わっていく。私はずっと抱いていたイメージに固執して、変わっていくお姉ちゃんを受け入れられないのかな? もしも――もしも、お姉ちゃんが全国優勝して私の気持ちが終わってしまったとしたら、それは正しいことなのかも知れないけど。でも……)


 初芽は己の気持ちが揺らがないために姉の失敗を願うような……そんな気持ちが内にあることに罪悪感を感じ、しかし損なわれたくない恋心のために自分を捨てられない袋小路へと至る。


 姉の大学進学、そして団体戦決勝大会の数カ月前――変わらずにはいられない日々の中で、変わらず持ち続けた初芽の恋心に一つの転機が訪れた。


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