第六話「文化祭! 豹変した姉に初芽の反応は……?」
姉の動画配信者デビューからさらに時は過ぎ、秋の文化祭――葉月率いるカード同好会がオリジナルカードゲームの体験会を開催する当日。
受験する学校の下見も兼ねて姉の通う高校を訪れた初芽。
共働きの両親の内、週末が休みの父親が家にいたので留守番をお願いして外出することができた。
週七で家に拘束されているわけではないので、初芽にも外出する時間はそれなり存在するのだが、外で遊ぶタイプでもないので今日は彼女にとって珍しかったりする。
そんな初芽の服装は姉のお下がり一式。少しサイズが小さく、姉よりも胸が豊かなため胸部が突っ張っていた。
しかし、姉が袖を通した衣服ということで大層気に入っており、本人がこれでいいと言うのだから問題ないのかも知れない。
そんな初芽、文化祭の人の流れに身を投じてカード同好会の部室を目指す――のだが、ちょっと躊躇もあって足取りは軽くない。
(カードゲームに興味もない人間が妹だからって理由でお邪魔していいものなのかな……。普通、中学三年生って姉の文化祭には恥ずかしがって来ないんじゃない? いや、でも最近は親と買い物に行ったりも普通だっていうけど……あぁ! お姉ちゃん好き好きでやってきたからその辺の塩梅が分からないよ!)
何か明確な理由を与えられれば立ち寄れるのだが……と軒を連ねる食べ物の売店を眺めながら、賑やかな雰囲気を歩いている時のことだった。
「ハ~イ! カード同好会デス! オリジナルのカードゲーム体験会やってますヨ! 未来の天才イラストレーター黒井幽子のイラストも必見デス! 良かったら来てくださいネ~!」
不意に片言の日本語を話す外国人からビラを手渡され、反射的に受け取って通り過ぎた初芽。
カード同好会というワードに引っかかりを感じて足を止め、振り返ってビラ配りの集団を注視する。
「……メアリーさん。……部活、関係ないのに……なんでビラ配り……してくれてるんです、か?」
「それだけ幽子ちゃんの絵に感動したってことじゃない? まぁ、外国人がビラ配りしてるってだけでインパクトあるし、面白いからオッケーだよ」
上機嫌にビラ配りをしている外国人の後ろ、一年生を示すリボンが胸元を飾る生徒が二人。
(僅かだけど記憶に残ってる……確か、あのワカメが意思を持って丘に上がってきたみたいな髪型してる方が黒井幽子だ。中学にまだあの人がいた時、表彰されてたのを見かけたことがある。じゃあ、あの髪が赤い一年生が赤澤もえなのかな?)
さらりと幽子をディスりつつ、初芽は姉から聞かされていたカード同好会メンバーの内の二人を確認し、真剣な表情で見つめる。
初芽にとって姉の近くにいる女は遍く恋敵になり得るのだ。
(あの赤澤もえって人は情報が少ない……SNSのアカウントも見つからないし。ただ、お姉ちゃんに毎晩、シュールな画像を送りつけてくる変わったセンスの持ち主だということは分かってる)
もえを半ば睨むような視線で見つめつつ、今度は貰ったチラシに視線を落とす。
(とはいえ、これを貰ったのは幸運だったかな。学校見学がてらやってきた文化祭で貰ったビラがお姉ちゃんの部活だった。これは偶然だし、チラシに書かれてるこの『バトルマスター』とかいう変なキャラクターを見に来たんだと言えば、どうとでも理由付けはできるもんね)
○
カード同好会のオリジナルカードゲーム体験会はなかなかに盛況であり、列ができていた。
その最後尾に並んで順番が回ってくるのを待つ間、白銀の髪をしたえらくスタイルの良い生徒――この時点では初芽は認識していないが、ヒカリから手渡されたオリジナルカード一覧表を見つめ、初芽はそのクオリティにまずは驚愕する。
(……凄い。これ、お姉ちゃんが普段から家で広げてるカードと遜色ない。しかしもさっき小耳に挟んだ話から察するに、これが黒井幽子の描いたイラストだというのが尚更凄い。言われなきゃネットから拾ってきたプロのイラストを使ったのかと思うくらい……これが高校生の画力なの!?)
初芽は絵の良し悪しが分かるような教養のある人間ではないが、しかしそういった者にすら直感的に伝わるからこそ幽子の絵は凄いと言えた。
確かにあの外国人が言うとおり、未来の天才イラストレーターだと思うほどに。
しかし、そうなると気になることも出てくる。
(このカードゲーム体験会において、お姉ちゃんは何の役割を担っているの? 絵は壊滅的に酷いの知ってるし、家でも文化祭の準備とかしてる様子はなかったよね)
そのような思案をしている初芽だが、疑問は列が進んで彼女に体験の順番が回ってくると同時に明らかとなる。
「次の人! ……って初芽じゃないか! 来てくれたんだね!」
ハキハキと体育会系の話し口調で部室内へと初芽を誘う人物――全身を真緑のコスチュームに身を包んだ、安いご当地ヒーローのような怪しい風貌。
直感的に広告の『バトルマスター』というキャラクターが眼前の真緑だということは理解した初芽だが、その溌剌とした話し口調が彼女の不快なツボを的確に押したらしく、ムッとした表情に引き攣ったものを交えて変態マスクを凝視。
(……私の名前知ってた、この人。正直怖いんだけど……)
表情が読めず、視線の先も分からないグリーンマスクマンに恐怖心すら抱き始めた初芽。
そんな謎人物の向こう、教室内にいるであろう姉に助けを求めようと中を覗き込む。
幸い、目の前の奇抜な恰好をした人物は丁度、葉月と同じくらいの背丈であったため向こう側の景色を見渡す障害にはならなかった。
しかし、内部には客を困惑の表情にして淡々としている青髪の人物と、先ほどカードの一覧表を手渡してくれた白銀の髪の女性しかいない。
(……ん!? お姉ちゃんがいない……? ……いや、何となく私、オチが読めてきてはいるんだよね。目の前のこの逮捕秒読みみたいな怪しさの人、妙に落ち着く背丈してるし)
恐る恐る眼前の怪人レタス野郎、そのマスクに開けられた覗き穴の向こうの瞳と視線を交わす初芽。
「どうしたんだい、初芽! 順番が回ってきたんだから、中に入るといいよ!」
そう、ご存知のとおりバトルマスター、その正体は初芽の姉でありカード同好会の部長――緑川葉月なのである!
○
「葉月の妹さんだったんですね! 始めまして、葉月と同級生の白鷺ヒカリです」
「ど、どうも初めまして……緑川、初芽です」
部室の入り口にてバトルマスターと女の子が固まっているため事案発生かと駆けつけたヒカリ。そこから事情を話した後、初顔合わせということに。
余裕たっぷり微笑を湛えて優雅に挨拶をしたヒカリに対して、ガチガチに緊張している初芽はボソボソとした物言いで頭を軽く下げた。
内心に闇を抱え情緒不安定な部分もある初芽だが、知らない人と直接会った際にはそういった部分は鳴りを潜める。
平然と闇や毒を吐き出すもえとは似ているようで違うのである。
「というわけでウチのバトルシスターハツメもよろしく頼むよ、ヒカリ君」
「変な設定に巻き込まないでよ。あとなんか戦う修道女っぽい感じだよ、それじゃ」
「すみません、初芽ちゃん。私達は止めたんですが、どうしても葉月がこんな奇抜な恰好をしたいと言い出しまして」
「おや、止められた覚えはないんだけどね!」
「本人曰く、泥を被ってでも文化祭に爪痕を残したいというもんですから」
バカ息子の母親であるかのように悩ましく語ったヒカリ、そしてマスクには隠れているが好き勝手言われて不満げな葉月。
姉と冗談を言い合うような友人を目の前で見て、初芽は軽く衝撃を受けていた。
(友人にも恵まれて、本当に高校生活を楽しんでるんだなぁ……。まぁ、正直奇抜な恰好をしていることにはがっかりしたけど)
基本的に姉を全肯定のスタンスだと自分でも思っていた初芽だったが、愛らしい姿を醜い緑色で隠すバトルマスターハズキは許せないようで視界に入る度に冷ややかな視線を送っていた。
さて、部室の入り口にて三人で話し込む、体験会運営中にあるまじき状態。そこへ興味を持ったのか、客へのルール説明を終えて好き勝手にプレイしてもらえる状態となったしずくが対応を終えて歩み寄ってくる。
「二人共サボってどうしたのさ。噂に聞くアレ? ワンオペってやつ?」
「あぁ! しずくちゃん、すみません! ついつい話し込んでしまって」
「すまないね、しずく君! ウチの妹が来たものだからヒカリ君に紹介してたんだよ!」
「葉月さんの妹……つまりバトルシスター?」
「お姉ちゃんと同じこと言ってますね……」
初芽は呆れ交じりの口調で語りつつ、消去法で彼女が「青山しずく」であることを何となく察した。
そこからヒカリに紹介されてしずくと初芽は互いに自己紹介。初芽が話し込んでカードゲームをプレイしないため、葉月が次に並んでいる客を誘導してルール説明を行うことに。
結果、初芽にヒカリとしずくが絡むという奇妙な光景となった。
友人二人を残して客の対応に向かってしまった姉の背中を見つめながら、初芽は抱いていた疑問を口にする。
「お姉ちゃんどうしてあんな恰好を……」
「オイシイ役回りだよね」
「……そ、そうですか? 正直、毎秒人間として大事なものを摩耗させているような気がしますけど」
さらりと姉に対する毒を吐き出す初芽。
前言撤回。初芽ももえと同じく内に秘めた毒を吐き出すことがある人間だった。
「あの格好に関して説明しますと、カードゲームには企業の広告塔として、ああいうキャラクター……カリスマと呼ばれるものがいるんですよ。葉月はこの文化祭でそれを真似したいと言い出しまして」
「そうなんですか? ……なんで真似したいのか私には理解できませんけど」
はきはきとした体育会系口調で接客し、快活に高笑いまでする姉をジト目で見つめる初芽。
そんな彼女にヒカリはクスクスと笑い、葉月の本心を少し明かす。
「恩返し、だそうですよ。カードゲームを広めることをやりたいというのが葉月の夢というかやりたいことらしくて。なので、このカード同好会を設立したこともそうですが、広告塔であるカリスマにも挑戦してみたかったそうです」
「恩返し、ですか……」
ヒカリの言葉に初芽はピンとくるものがあり、探偵が悩むようなポーズで思案する。
(カード同好会を設立した理由は前にお姉ちゃんから聞かされた。でも、それでさえ夢の一つってこと? 恩返しというのはカードゲームに対して? だとしたら、お姉ちゃんがカードゲームから得た恩恵って……?)
そこまでを考えて初芽は眼前のヒカリとしずく、そしてビラ配りをしていたもえと幽子を思い出す。
(そっか、お姉ちゃんはカードゲームを通じてずっと欲しかった友達と出会えたんだ。私達の面倒を見ながら、内心ではずっと友達が欲しいって願ってたのかな? それが叶ったからあの時、私にお礼を言ったし……カードゲームに対しても、恩を感じてるんだ)
それは初芽が望んだ姉の幸福、自分の献身が実を結んだような気さえして嬉しい気持ちが溢れんばかりに心を満たしていく。
だからこそ、初芽は二人に対して言わなければならないと感じた。
彼女は緑川葉月の妹――緑川初芽だから。
「あの……白鷺さん、青山さん!」
「ん、何でしょう? ……というか、名前で呼んでいただいて構いませんよ」
「ではヒカリさん、しずくさん……何というか、改まってこういうことを言うのも変ですが、お姉ちゃんと仲良くしていただいて――ありがとうございます!」
初芽は緊張と萎縮を破って、ハキハキとした口調でそのように語り深々と頭を下げた。
その行動にヒカリ、そしてしずくさえも軽く目を見開いて驚く――も、二人としては思うところがあったのか表情を微笑ましいものに変える。
「いえいえ、こちらこそ。頭を上げてください。……それよりも、本当に葉月の妹なんだなって思わされましたよ」
「……そうですか?」
「うん、たった今私もそれ思った。よく似てるよね」
ヒカリとしずくの言葉に初芽は照れたように後ろ頭を掻き、頬を赤らめる。それは彼女が気付かぬ内に育んだ姉に対する「違和感」――その片鱗のようなものだった。




