第五話「初芽も動画出演デビュー!? しかし本人は乗り気じゃなく……」
「対戦ゲーム、ねぇ……」
夏休み――留守番があるため、長期休暇といっても特別外に出ることはない初芽だが、今日はテレビを下の子達にゲームで占領されているため再放送のドラマを惰性で見るということもできない。
なので、何となくゲームの画面を眺めていた初芽。
ちなみに大家族であるため金銭的に裕福とは言い難い緑川家だが、だからこそ一本ゲームソフトを与えてしまえば子供達全員を大人しくさせることができる。なのでテレビゲームの数はそれなりに豊富なのだ。
この夏に発売した対戦型のゲームに下の子達は夢中。どこかへ連れて行けと言われることがないため、両親としては目的どおりだろう。
しかし、対戦ゲームというものに興味がない初芽は「何が楽しいのやら」と肩を竦めながら、スティックアイスを口に含みながらテレビ画面を見つめる。
(私、こういう誰かと戦うゲームってほとんどしたことないんだよね……。トランプとかもあんまやらないし。……ゲームといえばいつだったか、お姉ちゃんが合宿するって言った時に持ち出してたっけ?)
カードゲームも対戦形式であることを踏まえ、初芽は姉のことをぼんやりと考える。
(お姉ちゃん、案外そういう対戦ゲームとか好きだったりするのかな? でも、そんなに強くなさそうなイメージ。……そういえば私、お姉ちゃんがカードゲームやってるとことか見たことないもんね)
見る機会も訪れないのだろう、と初芽は思考を締めくくってスマートフォンに接続されたイヤホンで両耳を塞ぐ。
そしてボイスレコーダーのアプリを起動し、今まで録音したものを順に再生していく。
それは葉月が「初芽」と妹の名を呼ぶ音声の数々。
体に電流でも走ったかのように体を震わせ、うっとりとした表情で耳元で姉に名前を呼ばれる快感を堪能。
ちなみにそんな変態的な次女を一瞥し、下の子達は瞬間的に真顔を浮かべる――も、ゲームがよっぽど楽しいのかすぐにテレビへと視線を戻し、コントローラーを本能の向くまま操作する。
初芽はこれらの音声を姉に内緒で勝手に録音した。
盗み録りではあるが、彼女は姉に秘密でやっていることが沢山あるので罪悪感などあろうはずもない。
ちなみに名前を呼ぶ音声以外に「好きだよ」も録音できている。
夕飯が姉の好物であるハンバーグだった時に言わせたものを録音したので、初芽が言われたものではないが……。
(あとは『愛してる』とかも欲しいんだけどなぁ。カードゲームの話題で引き出せないかな? 他にも『初芽しか頼れる人はいない』とか手に入れば……)
怪しまれても困るのであまり露骨な誘導はできない。
作戦はまた考えることにして、初芽は当たり前のようにGPSで姉の所在地を確認。
すると、姉の現在地が普段とは違う位置を示していた。
(あれ、金欠のはずなのに普段行かないような方向へ電車で向かってる……。ちょっと前にはカードショップにいたはずだから……あぁ、またギャンブルでお金を作ったんだ。ほんと、馬鹿だなぁ♥)
口元にケチャップでもつけた子供を見つめる母のような表情で、姉の行動を見守る初芽。
しかし、そんな穏やかな表情は徐々に崩れていくことになる。
何故なら、葉月がやがて辿り着いた先は「黒井幽子」の自宅だったからだ。
――黒井幽子。
父母娘の三人でお洒落な一軒家に暮らす高校一年生であり、初芽にとっては面識がないながらも美術方面で有名な中学時代の先輩。その才能は半端ではなく、コンクール荒らしの異名があるとかないとか。
そこまでを思い出し、初芽はどこか苛立った表情で親指の爪を噛みながら考える。
(自宅に招かれたんだとしたら、用件は絵のモデルとか? だとしたら流石は天才。やはり美しいもの、愛らしいものを見抜くセンスがある。……ただ、ヌードだったら?)
思考が連なるにつれて握った拳が震え、そしてヌードという予感に怒りは爆発。
――破裂音。
それはテーブルを両手で強く叩く初芽の感情の具現。
奥歯をギュッと噛みしめて睨むような眼で天を仰ぐ初芽。そして――、一方で姉の奇行に慣れ切っていることに加え、ゲームに夢中で相手にもしない下の子達。
「はぁ!? そんなの許せるわけねーだろ! お姉ちゃんの裸とか生涯に渡って私以外が見ていいわけねーんだから。黒井幽子、あんま過ぎた真似するようなら……えーっと、アレだぞ? アレだからな!?」
怒りに任せて口汚く言葉を連ねる初芽。
……まぁ、姉の友人ということで少し手加減をしたようだったが。
毎度のごとく唐突にキレては深呼吸して冷静さを取り戻す、感情の振れ幅が激しい初芽。
落ち着きを取り戻しても初芽の疑問は頭の中を駆け巡る。
(ヌードはないにしても黒井幽子の家で何をやってるんだろう? 誰かの家へ遊びに行くなんて今日までなかったのに、どうして?)
○
姉が黒井邸でやっていたことは帰宅した本人の口から語られた。
この日は葉月の錬金術に見かねた幽子が彼女に相応しい活動として、「動画配信者」を勧めた日であり、同時にデビュー記念日でもあった。
幽子にはその動画編集をやってもらったということで、とりあえず初芽の不安感は払拭されたものの、姉がそういったカードゲームを用いた活動に挑戦したことには複雑な心境を抱えていた。
それはいつぞやに感じた「違和感」に似ており、初芽は見て見ないフリ。
さて、葉月の動画配信者デビューから数日――初芽としては姉が出演している動画を見ないはずがない。再生回数のほとんどを妹が上げていたと知ったら葉月は複雑に思うかも知れないが、そもそもSNSでの投稿を拡散しているのも初芽なので今更だろう。
そんなある日、初芽は居間にて子供達がゲームをプレイする空間にあってスマホで姉の動画を視聴していた。
ちなみに夏休みであり、平日でカードゲームの大会もないため葉月は自宅にいる。
初芽とテーブルを挟んで向かい側には葉月が夏の暑さでとろけそうな顔をしてアイスを口に咥え、けだるそうな声を漏らしている。
緑川家にはクーラーがなく、居間には扇風機が一台設置されているのみ。
時折、葉月が扇風機の首の動きを固定し自分だけに風がくるよう設定するため、下の子達から文句を言われたり、腹部を殴打されたり。
そのようなことを二、三度繰り返していた。
賑やかな空間の中にあってイヤホンをし、姉の動画を何度も繰り返し視聴する初芽。
複数のアカウントを用いて動画へ「天才の発想だ!」などと褒めちぎるコメントを送って姉を喜ばせるのはいつもどおり。
しかし、そんなことをわざわざするまでもなく姉の動画には数多のカードゲーマーからコンボに対する称賛の声が届けられていた。
初めて見た姉のカードプレイ、そして只者ではないとすら表現されるネットの声。
……初芽は単純に面白くなかった。
優しいけれど、どこかポンコツな姉が誰かに評価されていることが気に入らなかったのか。自分だけのものにしたい姉が皆にシェアされている感覚が気に入らなかったのか。それとも――自分の中の姉像が崩れることが、怖かったのか?
理由を確かめるために、何度も見ていたのかも知れない。
……とはいえ、答えは出ない。
モヤモヤとした感情を掻き消すようにイヤホンを外し、スマホのカメラを起動すると目の前でぐったりと夏の暑さにやられている初芽は姉を撮影する。
聞こえたシャッター音に反応し、過敏に初芽の方へ視線を向ける葉月。
「こらこらー! 何撮ってるんだよー。見せ物じゃないんだけどー?」
「動画で世界中の見せ物になってるからいいじゃない」
「別に見せ物にはなってないよ、魅せてるんだからー。私の華麗なカードプレイをねー!」
ドヤ顔を浮かべ、食べかけのアイスキャンディーを片手に腕組みをする葉月。
(確かにお姉ちゃんのカードしてる姿はちょっとかっこよかった……かも? ……うーん、お姉ちゃんをカッコよかったって感じるの、なんか変な感じだなぁ)
ルールは分からないなりに凄いことをしているのは初芽にも伝わっていた。
「お姉ちゃんの動画、結構人気出てるみたいじゃない?」
「あれ、初芽も見てるのー?」
「一回だけ覗いたよ。私はルールとか分からないからさっぱりだけど」
暇さえあれば視聴しているので無論、一回どころではないが何食わぬ顔で初芽は嘘を吐いた。
何となく話の流れで動画のことに触れる結果となった二人の会話。
しかし、ここから葉月は初芽が予想していないであろう提案を繰り出す。
「ルールは分からなくても見てくれてるんだったら丁度いいやー。初芽、ちょっと頼みたいことがあるんだけどー?」
「ん、何?」
姉の遠慮がちな言葉に用件も聞かずイエスを言ってあげたい初芽。
しかし――、
「新しい動画撮影に相手役が欲しいんだけど……初芽、やってくれないかなー?」
「えっ! 私が!? 無理だよぉ!」
姉の提案に手と首を振って必死に否定を示す初芽。
姉に対しては少々手段を選ばない行動に出るアクティブさがあるため忘れがちではあるが、勿論本人は中学三年生。派手好きでもなければ、クラスの陽キャグループに属するようなキャラでもない初芽は単純に動画出演が恥ずかしいのだ。
緊張を知らない葉月とは真逆である。
「そんな返す刀で断らなくてもいいじゃないー。予めこっちでやりやすいように段取りするから、初芽は台本通りにカードを動かす感じでいいんだけどー……」
「いやぁ……でもなぁ。カード同好会の人には頼めないの?」
「いずれは頼むつもりだけど、今は夏休みだからねー。呼び出すのは悪いじゃないー? お願いできないかなぁー、初芽しか頼れる人はいないんだよねー」
手を合わせ、頭を下げて頼み込んでくる姉に対して素直に「ノー」を言えなくなってしまった初芽。
(うーん……協力してあげたいけど、動画に出るっていうのは恥ずかしいなぁ。声だけで顔は出ないみたいだけど……………………っていうか今、お姉ちゃん何て言った!?)
気付くや否や、初芽は俊敏な指の動きでスマホのボイスレコーダーを起動する。
「お、お姉ちゃん……い、今……何て言った!?」
そして、焦燥感がもたらした荒い息遣いを絡めて姉に詰め寄り、一方で妹の謎の剣幕にたじろぐ葉月。
「え、えーっと……初芽しか頼れる人はいない、って言ったけどー?」
「よっしゃぁぁぁぁああああ!」
ボイスレコーダーの録音を完了させ、天に拳を突き上げて感涙しそうな表情で目標達成を歓喜する初芽。
状況が飲み込めず、混乱する葉月に対して初芽は満面の笑みで告げる。
「お姉ちゃん、動画撮影手伝うよ!」
対価を貰ってしまっては協力しないわけにはいかない――初芽の気の変わりよう、その理由は欲しかった姉の音声の取得だった。




