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私たちカード同好会ですっ!  作者: あさままさA
⬛特別編その一「新井山ひでりのひねくれな日々」
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第十五話「突然のお泊まり会! ひでりが語る決心!」

「あー、すみません。アレを貰えますか? って、日本語じゃ駄目だよね。ブリッジじゃないし……えーっとなんだっけ、そうチョップスティック、プリーズ」

「ちょ、チョップスティック……ですか!?」


 予定どおり新井山邸へとやってきたしずく。


 すぐさま夕食ということで、専属シェフによる高級レストランばりの豪華なディナーが運び込まれ、それに対してしずくから出た言葉がそれだった。


 一家族が暮らせてしまえそうなほど広い食堂に通されたしずくはハウスメイドによってテーブルに並べられていく豪華な食事をナイフとフォークで食べることに困った表情を浮かべる。


 出された料理はひでりがシェフに予め注文をしておいた最高級の牛肉を使用したステーキ。


 分厚い文庫本ほどある重厚な一枚肉でありながら、ナイフが抵抗なく通る完璧な焼き加減で提供されたそれをひでりは上品に口へ運ぶのだが、そんな光景を見つめてしずくは両手に握った銀食器を僅かに震わせる。


 自宅でナイフとフォークを使用して肉料理を食べる、それは各家庭にもよるが珍しいというほどではないだろう。


 青山家でも特別な日にはステーキを焼き、出番をずっと控えていたナイフとフォークが日の目を見るのだが……そんな時でもしずくは銀食器を頑なに拒否。


 ナイフとフォークのガチャガチャと鳴る音が苦手であり、しかし静かに食べられるほどの教養もない。


 なので雑に箸で分厚い肉を掴んで食べる野性味あふれるスタイルを貫き、何度も母親と姉に指摘されてきたのだ。


『アンタ……この先、超がつくようなお金持ちが出来たとして、その子の家に呼ばれて自力じゃ一生食べられなさそうな肉出された時困るよ』

『そんな機会こないって。あと、超がつく金持ちの友達ならヒカリさんがいるじゃない』

『あ、確かに……ってそうじゃなくて!』


 そんな過去のやり取りを思い出し、しずくが思うのは「姉の言うとおりマナーをないがしろにするんじゃないかった」ではなく「チョップスティック、プリーズ」なのである。


 しずくに外国人扱いされて唖然とするハウスメイドの女性。

 無論、バリバリの日本人である。


 新井山邸にやってきてからしずくは三人の使用人と顔を合わせている。


 燕尾服の運転手、名前どおりの服装をするハウスメイド、そして漫画でしか見ないような長いコック帽を被るシェフ。


 そんな洋装の三人にしずくは相手が日本人だとは微塵も思わなかったらしい。


 結果――受け取った箸で豪快にステーキを掴んで頬張る姿にひでりを含めて新井山邸にいた人間、全員が目を丸くすることとなったが、しずくはお構いなし。


 それしきのことで動じるようなら、それは青山しずくではないだろう。


 この日、ひでりの両親は家を留守にしており、だからこそ気兼ねなく友人を呼べるということでお泊り会を企画したのだが……もし、しずくと顔を合わせることがあったら、自分の娘が付き合っている人間をどう思っただろうか?


 そんな疑問にひでりは予想を抱く。


(凄く豪快な食べっぷり……お父様とお母さまが見たら大物が現れたってちやほやされそうね)


        ○


 夕食を終えて一息つくと、ハウスメイドからお風呂が沸いていると告げられて二人は浴室……というか、規模的には浴場というべき空間へ。


 内部は暮らしている人数と明らかに比例していないことだらけで、壁際に設置されたシャワーの数がそもそも新井山家で働く人間と家族の合計を越えている。そして、浴槽も近所に建っているような銭湯を鼻で笑う広大さ。


 そんな大きさのせいで混乱したのか、


「あ! そうか、プールの水を沸かしてお風呂にしてるんだ。なんか贅沢でいいね。小さい頃、浴槽に水入れてプールって言ってたけどアレの逆か」


 意味不明な着地点で納得し、感嘆の声を挙げるしずく。


「何を言ってるのか分からないけど、プールは別個にあるわよ」

「ん? じゃあここはそもそも何なのさ。……生け簀?」

「そんなわけないでしょ……。お風呂よ、お風呂。ウチのは確かに馬鹿デカいけど、あんたの家だってこれの半分くらいはあるんでしょ?」

「確かに私の家はこれの半分くらいかも知れない……」


 ひでりは青山家の浴槽の大きさを言っているのだが、感覚が麻痺しているしずくは自宅の敷地面積に自信を持てなくなっているようだった。


 そんな広い湯船に浸かり、今日一日遊び倒した疲れが解けていくような感覚となる二人。


 だが、その面積にどうしてもプールのイメージが拭い去れなかったのか、しずくは泳ぎ始める。そして、それが背泳ぎだったためにひでりは両手で目を覆いながら、少し隙間を開けて恥ずかしそうに眼前の光景を見つめた。


 女同士であるので堂々としていればいいのだが、こういった挙動を取るとひでりがどこか危険人物のような感じがするから不思議である。


 さて、お風呂から上がるとあとは眠くなるまでひでりの私室でカードゲーム三昧。


 ……ひでりは本来、完徹なのでかなり眠いハズなのだが、今も一切の眠気を感じない覚醒状態だった。


 ちなみにひでりの私室は天蓋付きのベッドが部屋面積の半分を占めており、あとはカーペットの上に置かれたテーブルとクローゼット。やはり一般的な高校生の私室としては広い方だが、今までの規模を思えば常識的で落ち着く感覚をしずくはこっそりと得ていた。


 実際は寝室であり、ひでりはこの家の中に複数部屋を持っているのだが……。


 ちなみにしずくへ部屋が割り当てられていない。


 ひでりはしずくに対して「客間に使える部屋がない」と言ったのだが、実際は一学校分の修学旅行は受け止められるほど部屋が空いている。


 ただ、自分の部屋に泊めたい思いがあったので、使用人と口裏を合わせて客間がないことにしているのだ。


 というわけでテーブルを挟んでカードゲームでの対戦を繰り返す二人。


「なんかいいね、こういうの。姉さんがまだ家にいた時のことを思い出したよ」


 あっさりとひでりから勝利をもぎ取りつつ、しずくはしみじみ語った。


「なら、また泊まりにくればいいんじゃないかしら? 私は大歓迎よ」

「本当に? 嬉しいなぁ」


 いつものポーカーフェイスを崩し、柔和な笑みを浮かべて語ったしずく。


 そんな笑顔を見せられ、ひでりは照れた表情を浮かべて視線を泳がせる。



「カード同好会でそういうお泊り会みたいなことってないのかしら?」

「大会前だとあるよ。非公認や地区予選の時はヒカリさんのマンションに泊まって合宿みたいな感じで夜遅くまでカードゲームやってた」

「みんなで泊まって賑やかに、っていうのも楽しそうね」

「まぁね。だけど、今日みたいに実力がある人と集中して戦えるのは二人きりの強みだよね。だから姉さんといた時を思い出したのかも」


 しずくの憧れである姉――青山みなみ、彼女といた時間と同等に今を捉えてくれていることがひでりは嬉しく、はにかんだ表情で「そっか」と小さく口にする。


 さて、そんな風にしてひでりが会話にピリオドを打ってしまったため、改めて始まったしずくとひでりの対戦はしばらく無言のまま進む。


 しかし、そんな静寂をしずくは温めていた疑問で崩すことに。


「そういえば考えておくって言ってたこと……つまりはプロを目指すって話。あれからひでりは考えたりした?」

「もちろん考えたわ。……というか実は、あんたとあんな話をする前からこっそりと考えてはいたの。自分はカードゲームと将来、どんな距離で付き合うのかって」

「ひでりはどうするつもりなの? これだけ真剣にカードゲームをやってきて……趣味で終わらせちゃうって選択肢、あったりするの?」


 手札のカードをプレイしつつ、淡々と語ったように聞こえたしずくの言葉。


 しかし、その表情は少し強張っており、望まない答えを聞きたくないがためにこのような問いかけになったことが見え透いていた。


 そんなしずくの言葉でひでりは妙に嬉しくなる。


「青山しずく、あんたはどうしてプロプレイヤーになりたいのよ? お姉さんみたいになりたい……そんな憧れ一つで即決したの?」

「そうだよ。私は姉さんがカードゲームを仕事にしてて羨ましい。好きなことを仕事にするって、それはもう遊んで暮らしてるよね。どうせ生きていくなら、私はそんな風がいい」


 無邪気な表情で楽しげに語りつつ、確実にひでりが苦しむ一手を打ち込んでくるしずく。


(マズいわね……ここで負けたら、十連敗なんだけど――ってそんなことはいいのよ!)


 ひでりの中にはプロを目指すと明言できない迷いがあった。


 彼女は青山しずくに勝てないからこそカードゲームに燃え、その背を追いかけて突き進んできた。


 そんな背を追っていく内に辿り着きたい場所がプロであるというのなら、それはあまりに自動的で――自分の意志で決めた夢だと言えるのか?


 夢というのは誰かが進むから自分も、などという意識で決めるようなことなのか、と。


 だが、憧れという言葉は結局、感化されてしまえば自動的なのである。


 全ての意志を他人に決定されるように支配され、もうどうにもならなくなる。それほどに誰かの背中を追いたくて、一緒にいたくて仕方ないと望むのなら――それを自分の意志と呼ばずして何と言うのか?


 だからこそ、ひでりは心に決めたそれを口にする。


「私はあんたと――しずく、あんたと同じ道へ行きたい。心が望むことに正直になって問いかければ簡単なこと。私はプロにでもならないと、遊んでは暮らせないわ」

「本当に!? ならプロになっても今みたいな日々が続いて……ずっと一緒にいられるんだね。それってすごくワクワクしちゃうよね!」


 上機嫌な口調と心底嬉しそうな笑みを浮かべて、最後の一手でまたもひでりから勝利をもぎ取っていくしずく。


 そんな圧倒的な強さを前にしてひでりは嘆息しながらも、困った笑みを浮かべる。


(まったく、これだけやっても勝てない私がプロを目指すなんてね……正直、自分でも馬鹿な決断だと思うわ。でも、この夢は私が決めたのよっ! なら、他の誰でもない私が叶えてあげなくちゃね! しずくと……この先も一緒にいるために)


 しずくに勝てないからこそ燃えるというひねくれたモチベーション。


 それは今も彼女が二位に甘んじるからこそ消えることはなく、延長戦へともつれ込みそうな気配は夢へと変わった。


 新井山ひでりは憧れを追い、常に自分を負かしてくれる最強プレイヤーを望みながらも、こよなく愛する頂きのためにプロプレイヤーを目指すこととなった――!


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