第十二話「試合開始! 思いをぶつけ合うタッグバトル!」
「葉月さん! 合体ですよ、合体っ!」
タッグバトルを行うということで、二人ずつ並んでテーブルへと腰掛けた四人。
そんな中、試合を見届けるべくテーブルの脇にて立ち尽くす四人の中からもえは葉月に対し、まるで番組後半を迎えた赤いレンジャー的なことを言い出す。
明らかにピンときておらず頭上に疑問符が浮かぶ葉月と、親友を見つめて恨めしそうに「合体……?」と呟くヒカリ。
「葉月さん、何で頭に疑問符なんか浮かべてるんですか。合体ですよ、合体。カード同好会フュージョンフォームのために葉月さんの力が必要じゃないですか!」
「え、えぇー!? って……あぁ! この間の理論上最強デッキのためにミッドレンジ部分のパーツを貸してくれって言ってるのかなー?」
ようやくピンときたようで古典的に手をポンと叩く葉月。
先日しずくを倒した夢の最強デッキは、葉月の持つミッドレンジタイプのデッキからパーツを拝借して完成する。
今回ももえはそのデッキを使用するつもりらしい。
「今こそ合体です、葉月さん!」
「葉月! 私を差し置いてもえちゃんと合体なんて許しませんよっ!」
「……ヒカリさん、落ち着いて……カード貸すだけ、ですよ?」
「そういう意味なら私も合体できるよね。今回は私が力を貸すよ」
葉月よりも素早くカバンからデッキケースを取り出し、カードをもえに手渡すしずく。
カード同好会の力が結束したデッキの内、葉月はコンボを担当しているためミッドレンジ部分は確かにしずくが協力したほうが綺麗ではある。
前回は敵側だったので、しずくとしてはもの寂しい感じがあったのだろう。
「いやー、合体って何のことかと思ったよー。日曜の朝にやってるレンジャー的なやつの話してるのかとー」
「もし葉月さんのロボットが合体するなら右足とかそんな感じでしょうね」
「ひどくないー!? 部長なんだから顔に決まってるんじゃないー!」
アニメ好きなためついでに特撮もチェックしているもえと、弟達が欠かさず視聴しているおかげで日曜朝の番組に詳しい葉月。
意外な接点による会話だった。
一方、対戦の準備をしながらカード同好会のやり取りを見ていたかなでと美麗。
「あたし達といる時、もえってあんな表情してたっけ……」
「きっとしてたと思う。でも、もえちゃんを裏切った私達には思い出せないのかも知れないね……」
「ま、許されるかは分からないけど……でも、分かり合えたら思い出せるといいよな」
「笑って過去に触れられるようになれば、きっとね」
互いを安心させるように微笑みかけ、もえと向き合う決意を確かめ合った二人。
そんな後輩達の想いが届くことを祈りながら、ひでりは手を打ち鳴らしてもえの準備を急がせる。
さて、ここからカード同好会のさらなる馬鹿話に付き合わされて試合開始まで数十分の時間を要し、そして――いよいよ今度こそタッグバトルが開始される!
○
試合開始――まず動いたのは、速攻デッキの部分を持ち合わせるもえ、そしてカード同好会結束デッキだった。
青山みなみ製の速攻デッキを思わせる速度重視のカードをテンポよくプレイし、かなでと美麗へ均等に攻撃を仕掛ける。
幸先よいスタート……なのだが、そんなプレイを見つめひでりは腕組みをし、思案顔。
(……なるほど、これが青山しずくに打ち勝った例のデッキ。最初は速攻デッキの顔をしながら、中盤、そして後半で顔を変える。こんなのを回すなんて最早オカルト……だけど、赤澤もえ。その戦い方では――マズいわよ?)
もえの猛攻にかなでと美麗は苦悶の表情を浮かべる――も、ひでりが「マズい」と評したその戦い方のせいか、二人には「捌ききれる予感」がじわじわと、雲間から差し込む光のように見え始めていた。
そして、まずはかなでがそのデッキ内容を少しずつ露わにし始める。
しずくとヒカリ、葉月は対戦中であるもえと幽子に聞こえない大きさの声でかなでのデッキを考察。
「ヒカリさん。多分、アレ……ランプデッキだよね?」
「でしょうね。準備をしているようですから立ち上がりは遅いですが、もえちゃんがあの戦い方をしてしまっては……」
「変則的なルールだから仕方ないよねー。でも、これだとランプは力を発揮しそうだよー」
ランプデッキ――それは多くのカードゲームで採用されるカードに支払われるコストとなる「マナ」、「PP」、「コア」などの数を増やし、本来ならば後半にプレイするカードが使える時間帯へジャンプする戦術のこと。
ぶっちゃけて言えば、ヒカリが後半に使用するカードをプレイするために勝負を引き延ばすのに対して、かなではカードの効果を使って必要な時間をカットしているのだ。
そして、ランプ戦術には準備段階があるので、序盤は盤面での戦闘を放棄することが多い。
なので、速攻デッキは天敵と言ってもいいのだが……しかし、もえはこのルールにおける致命的なプレイミスを犯してしまっている。
(赤澤もえ、ランプ戦術をどうやら知らなかったみたいね。あんな風に準備を進めているかなでを見たら、美麗を放置してでも集中して一人を叩かなきゃダメよ。じゃないと――かなでのデッキは準備を終えれば手をつけられなくなる)
タッグということで二人を相手にしているのだから、分散させて攻撃していく……それはやはり悪手と言わざるを得ない。
分散すればそれだけ一人当たりの受けるダメージが減り、猛攻と言える速攻戦術の意味が消失してしまうからだ。
とはいえ、もえのデッキは中盤になれば速攻戦術を捨てる。なので、このタイミングで決めきれないことが敗北に直結することはない。
一方、幽子の盤面。
あれほど大見得を切って相方を申し出たが、所持しているデッキは自分の大好きなカードを詰め込んだ、戦うことに適していないデッキ。
普段、大会では見ることのないパワーの低いカードを少しずつ並べていく。
そんな幽子を置き去りにするように、美麗も使用するデッキの力を少しずつ見せ始める。
「おぉー! 懐かしいデッキだねぇー! 私がショップに通い始めた頃、流行ってたんじゃないかなー?」
「トークンを主軸にした無限リソースにパンプアップを絡めて盤面を構築するタイプのデッキだったよね」
「あの頃は苦しかったです……。除去カードが有限なコントロールデッキからしてみれば地獄のデッキタイプなんですよね。……ただ、どうして最近は見かけなくなったんでしたっけ」
しずくが語った「トークン」、それが美麗のデッキの主軸である。
カードゲームの中には一枚のカードで複数枚のカードを生み出す……というか、存在することにしてプレイさせるものがある。
そういった能力で生み出されたカードは実体が存在しないため、いらないカードを裏向きにして置くなどして分かりやすく表示する。
そういった疑似カードをトークンと呼び、こういったカードはゲームデザイン的にガラクタやハリボテを再現するために用いられ、とにかく数を並べることに向いている。
能力はなく、攻撃性も皆無だがとにかく沢山数が湧く。カード能力によっては自分のターンになると勝手に一体ずつ沸いてくるなど、とにかく数を出すことに長ける。
RPGなどで何体敵を倒してもエンカウントする感じに似ているだろうか……。
そんな横並べ戦術を主とする美麗の行き着く先は、カード能力の一つであるパンプアップである。
カードゲームでは珍しくない自軍のステータスアップ。ガラクタ同然のトークンをいくつも並べる美麗だが、その全てのパワーを上げるカードが使用されたらどうなるだろうか?
壊しても壊しても終わらないガラクタが力を少しずつ伸ばし、やがては無視できないサイズと数になって襲い掛かってくる……それはなかなかに絶望的な構図。
かなでの「ランプデッキ」のように明確な名称はないものの、カードゲームにおける戦術の一つとしてそれなりにメジャーなものである。
さて、これをもえは中盤に入って除去能力の高いカードを獲得し始めたために処理してしまう。
(翻弄されてるわね……破壊しても延々と美麗はトークンを生成し続ける。それは赤澤もえとしても分かってるでしょうけど、除去しないわけにはいかないか。……でも、そこで足を取られていると)
ひでりの予想どおり、かなでが十分なランプ戦術の準備を完了し――ヒカリを思わせる破壊力抜群の大型カードを、本来ならば後半で登場するタイミングを先取りして登場させる。
それはもえと幽子の盤面を一撃で崩壊させる強烈な一枚。
中盤域のカードしかプレイできない状態で後半戦さながらの戦闘を強制してくる。それがランプデッキの恐ろしさであり、速攻デッキに瞬殺される隙を見せてでも準備をする価値はここにあるのだ。
そして、かなでが大暴れする隣で美麗は着々と並べたトークンを育て、サイズを大きくしながら攻め込んでくる。
大量展開と、強大な一撃。
そして、細々とした戦術と荒々しいカードプレイ。
二人の性格を表したような対照的なカードプレイだが、ゆっくりと準備、そして積み重ねを必要とするのは共通している。
それは、それぞれの分野で努力によって実力を磨いてきた経歴と重ねるデッキ選択のようにも思えた。
そして、積み上げて構築した盤面に気持ちを重ねるようにかなでは口を開く。
「あたしも、美麗もずっと努力してさ……そんでもってやっとできるようになったことが沢山あるんだよ」
「でも、もえちゃんは飲み込みが早いのかすぐに上達したよね……私やかなでのやってる絵や音楽に触れても。正直、最初は嫉妬したよ?」
二人が語り始めたことで、もえも中学時代の自分を思い返す。
絵と音楽に触れ、やっては見たけれどすぐに辞めたこと……それはもえにとっても決して明るい過去ではないので覚えている。
とはいえ、嫉妬という言葉にもえは驚く。
どうして――二人の方がそれを言うのか、と!
「ただ、それ自体はお前の才能だからさ……悔しいとは思うけど、でも仕方ないのかなって納得できる」
「でもね、そんな豊かな才能を持ちながら『自分には才能がない』なんて言いながら投げ出されたら、私達はどうなるの? ……そんなことを言われた私達の気持ち――考えたことないでしょう!」
普段はおしとやかで物腰も柔らかい美麗だが、ここにきてずっと抱えてきた気持ちを吐き出すようにぶつけ、それと同時に決め手となるカードを盤面に叩き付ける。
それはトークンのステータスを一気にパワーアップさせるカード。
沸くように増えたトークン一体一体がもえの中盤戦にてプレイするカード一枚と同等の強さを持って並ぶ。
一斉攻撃を受ければ一気にゲームエンドとなるし、処理してもまた次のトークンが生まれ、育てていかれる。
持っていたカードをとにかく使用して美麗の猛攻をギリギリの所で抑えたもえ。
美麗は攻撃の全てをもえに注ぎ、幽子を無視していた。それは、この中盤戦においても大したカードをプレイしてこない幽子よりも、もえをさっさと倒してしまった方が早いと考えたからだろう。
――絶望的な盤面。
そんな劣勢に加えて先ほどの言葉もあるからか、もえの中の戦意は少しずつ減退していく。
(……そっか、私の言ったことって二人を傷付けることなんだ。……考えてみれば分かったことなのに、何でかな? どうして気付かなかったんだろう? それじゃあ、私を捨てて別の学校にいかれるのも当然だよ。誰が私なんかと一緒に――)
と諦めかけたその時、幽子の手番で誰も予想しなかったことが起きる。
「……あの、このカード……多分ですけど、使ったらトークン……全滅しますよ、ね? あと、このゲーム中……プレイすることすら……できないか、と」
幽子が場に提示したカード、それはフレーバーテキストとイラストが好みでデッキに投入していた一枚。
能力は「場のトークンカード全てを破壊し、このゲーム中トークンカードの一切をプレイすることができなくなる」というあまりにも都合がよすぎる一枚。
「え、えぇ!? な、な、な、なんで、そんなものがデッキに入ってるのよ!?」
対戦中は部外者を貫くつもりだったひでりが血相を変えて叫ぶ。
一瞬、ひでりは相手のデッキを知った上で対策カードを入れていたのかと思った。ショップ店員である幽子ならそれは可能だと考えたのだ。
いや――しかし、それは考えがたい。
ショップで三人が練習試合をしていた時に幽子が覗きにきたことはなく、何より――対策しているのなら幽子がさっきまでやっていたような、趣味全開のカードを並べるようなデッキにはならない。
つまり――、
「……まさか、こんな所で……お気に入りのカードが、とんでもない活躍……するなんて……カードゲームって、分からないものだ、ね?」
幽子は不敵に笑んで青ざめる美麗を見つめる。
カードゲームには時折、こういったピンポイントでデッキを詰ませる対策カードが存在する。
その理由は、このカードに関して言えば「過去にトークンが流行ったことがある」と葉月が言ったが、その時は手が付けられないほど強いデッキタイプであり、そのためメーカーが対策カードを作ったのだ。
ただ、このカードはトークンを使用しない相手にはひたすら必要ないカードになってしまう。なのであまりデッキに入れたいカードではないため採用率は低い。
……だが、こういったカードが「存在はする」ということで抑止力となってトークンデッキの使用者が減るのも事実。存在することに意味があり、実戦にはあまりお呼びがかからないカードなのだが……そんなことはおかまいなしで幽子は採用していた。
さて。この瞬間、美麗のデッキが完全に機能を停止し――勝負は実質、かなで一人に対して幽子ともえという構図に!




