第三話「幽子の受難!? またもや思い出話に花が咲く!」
一階へ降りると今度は幽子と鉢合わせした葉月とヒカリ。
しかし、幽子は困った表情で立ち尽くしており、目には涙が滲んでいた。ただ、その涙はしずくのように卒業生二人に対してではなく、足元に散乱したカードに対する困惑のせいだった。
大量のレアカードが廊下中に散乱する異様な光景。
そんな中にあって、幽子は慌てふためいてあちらこちらを見渡すばかりで行動できずにいた。
彼女は中身がほとんど入っていないと思われるカードファイルを胸に抱いており、葉月とヒカリは大体の事態を把握しつつ、まずは話しかけることに。
「どうしたのー? 幽子ー?」
「……あ、葉月さん。……それに、ヒカリさんも。……さっき転んで、カバンからファイルが……飛び出して、しまって。……中身も、こんな風に」
「あらあら大変ですね。大丈夫ですよ、手伝いますから」
幽子はパニックになっていたところに頼れる先輩がやってきてくれたからか、安堵に涙腺を緩ませる。
「幽子ちゃん、大丈夫ですから……泣かないで下さい」
カードを拾い集めようとしたヒカリだが、まずは幽子を落ち着かせるべく彼女の頭を優しく撫でることに。
(何故、さっきから立て続けに後輩の頭撫でてるんでしょう、私。……まぁ、こういう役目って葉月にはできませんし、仕方ないですけど)
一方、しゃがんで散らばっているカードを眺める葉月。
「すごいなぁ……まるでお札が散らばってるみたいだねー」
「葉月、馬鹿なこと言ってる暇があったら拾ってあげて下さいっ!」
母親に細かいことを叱られた子供のように葉月は表情を歪め、散らばるカードを慎重に拾い集める。
しずくほど盛大に泣いていなかった幽子はすぐに指で涙を拭い、ヒカリと共にカードを拾い集めていく。
どうやら幽子は宝物であるカードがファイルから一気に放出されて、まともな思考ができなくなってしまったようだ。
調味料のビンなんかを落として、床がガラス片と内容物だらけになった時のすぐ処理に取り掛かれない感じに近いと思われる。
さて、一枚一枚が確かに葉月の言うとおり、お札と言えるほど貴重なカードたち。それらを拾い集める中で葉月は一枚を見つめ、「懐かしいなぁ」と言って幽子に見せる。
「幽子、このカードのこととか覚えてるー?」
「……もちろんです。……それ、確か葉月さんが、錬金術して当てたの……私が欲しかったから……売ってもらったんでした、よね?」
「よく覚えてるものですね。ここに散らばっているだけでも数百枚近くありそうですけど」
「……多分、手に入れた時のこと、覚えていないカードはない……と思い、ます」
幽子も拾うカード一枚一枚を見つめ、その出会いを思い返してか愛しそうに笑みを浮かべる。
その後、三人の助力もあってすぐにカードは集まり、束にして幽子へと手渡す。
「……本当にありがとう、ございます。……部室に行って、ファイルに……入れ直さないと」
カードの束を崩さないよう大事に抱えながら、幽子は深々と頭を下げて心からの感謝を込めてお礼を口にした。
「それにしても幽子、ほんと沢山集めたよねー」
「……そうですね。沢山ありますけど……どれも大切な一枚、です。……優勝賞品を、しずくさんからもらったり……ひでりちゃんから、買収で握らされたり……もえちゃんからの、クリスマスプレゼント……どれも思い出深いなカードですから、ね!」
「そういえば幽子ちゃん、コレクターですから同じカードを複数枚持たないんですよね。だから思い出もそれぞれ覚えてるんですね」
「……まるで、アルバムみたいで……眺めてても、楽しいんです、よ?」
そうご機嫌に語りつつ、両手にカードの束を抱え、脇に中身を吐き出して痩せたファイルを挟んでいる幽子。ファイルの変わり果てた姿を見つめ幽子は表情を曇らせ、嘆息する。
本来、ファイルにカードを収納する作業というのは模様替えのように楽しいものだ。しかし、今回のこれは模様替えではなく散らかった部屋を片付ける作業としか言えないだろう。
痩せていることに目が行くが、よく見ると年季の入ったファイル。それを見つめ、ヒカリは遠い過去の記憶に触れる。
「そういえば幽子ちゃん、そのファイルってウチのカードショップに初めて来た時に買ったものですよね?」
「……確か、そうですね。……集めてたカードを、きちんと収納できるグッズ……欲しくて初めて、ショップに行ったので」
「へぇー、結構珍しいんじゃないのー? カードショップに初めてやってきて、カードやスリーブ、デッキケースとかじゃなくてカードファイルを買っていくって」
「そうですね。だからこそ印象深かったのかも知れません」
本来ならばもえとの約束のため、この辺で話を切り上げて体育館裏へと向かうべきなのだが……こういう日だからなのか昔話に花が咲いてしまう。
「幽子ちゃんは確か、みなみさんが卒業したあとぐらいからショップに来るようになったんですよね」
「……中学に、入学した年……だったと、思いますね」
「私がショップに通うようになったのはその一年後ってことになるわけかー」
「でしたね。そういえば幽子ちゃん、私を含めみんなと仲良くなるのも結構苦労しましたよね」
「……すみません。……あの頃は、今よりも……誰かと話したりするの……得意じゃなくて」
「あぁ! そんな責めてるつもりはないんですよ!」
申し訳なさそうに目を伏せる幽子に、ヒカリは慌てて両手を振って誤解を解く。
「ただ、出会った頃に比べれば幽子ちゃん、見違えるように誰かと打ち解けるのも早くなったなって言いたくて。……非公認の時なんかも色んな人と話してましたもんね」
「……昔から、引っ張ってくれる友達についていくばっかりで……そんな子とも中学で別れて……気付いたら自分から話すって……どうしたらいいのか……分からなくなってたんですよ、ね」
「それを思えば随分と明るくなったのかもねー。私がヒカリから幽子を紹介された時は、怯えた表情してたから流石にショックだったよー」
今となっては笑って語れる思い出に、一同が同じ表情を浮かべる。
初めてショップを訪れた時には、ヒカリに話しかけられて逃げ出してしまったりと臆病な小動物のような反応を見せたこともあった幽子。
何とかヒカリと打ち解けると今度はしずくを紹介され、あの強烈なキャラに幽子はこれまた随分と苦戦した。
そのような過去を経て、葉月はヒカリからしずくと幽子を紹介されたのだが、その時にはまだまだ幽子は引っ込み思案な少女という印象だった。
だが、まだもえがいない頃に参加した非公認大会で幽子は同じ趣向の人間を見つけ出し、仲良くなったりと……少しずつ成長していったのだ。
そして、何より幽子を強くしたのが――、
「もしかしたら幽子ちゃんの性格を変えたものの一つにはウチのショップでのバイトもあるかも知れませんね」
大会運営が店員の病欠で困難となったある時、幽子が手伝わせて欲しいと申し出たことによって彼女はショップに関わるようになった。
その申し出はカードショップへの興味はもちろん、少しずつ誰かと関わることに慣れてきた幽子にとっての挑戦だったのだろう。
これがきっかけとなって幽子はちょくちょくショップの仕事を手伝い、高校生になってからは正式にバイトとして働くことになった。
「……接客なんて、私にできるかなって思いましたけど。……でも、少しずつ最近は……できるようになってきた、かな?」
「大会のアナウンスは相変わらず聞こえないけどねー」
葉月の意地悪そうな笑みと口調で語った言葉、それに幽子はムッとした表情を浮かべる。
「……もう、葉月さんに……一回戦が終わって『残念でしたね』って……言いながら、参加賞を渡すことも……なくなるんですね」
「こらこら、いつも一回戦敗退みたいに言うんじゃないよー」
「……この一年は、私が参加賞……渡してたんですから、間違いないですよ。……団体戦意識するまで……ずっと初戦敗退でした、って」
「一回くらい、コンボデッキで二回戦進出とかなかったかなぁー? …………あぁ、なかったかもねー?」
難しい顔をして悩んでみるも自分の流儀を貫いての勝利のなさに悲しくなる葉月と、その様子を面白がる幽子。
そんな二人を傍から見つめてヒカリは、
(こんな風に葉月に軽口を叩けるようになったのも成長ですかね。出会った頃の自信のなさから、本当に進んだものです)
そのように、どこか感慨深いものを胸に秘め――その感情に満たされたヒカリは思わず幽子をギュッと抱きしめるべく両手を広げ、自慢のワガママボディで後輩を包み込もうとする。
そんな時、不意に葉月が「あっ!」と叫ぶものだから、ヒカリは驚き硬直――結果、唐突にすしざ○まいのポーズを取っている奴になってしまった。
ヒカリの奇行に葉月は「あっ!」と叫んだ二の句に「んっ!?」と親友を凝視することになるのだが、それはともかく――、
「ヤバいよー! もえ、待たせてるんだから早く行かないとー」
その言葉にハッとしてヒカリは目を見開き、抱擁がキャンセルされた恥ずかしさを咳払いで払拭。
「すみません、幽子ちゃん。私たち、用事があったんでした」
「あとで部室行くから先に向かっててよー」
そのように幽子へ告げ、二人は慌ててもえの待つ体育館裏へと向かおうと歩み出す――その時だった。
「――葉月さん! ヒカリさん!」
一瞬、誰に呼ばれたのか分からなくなるほど、はっきりとした声に引き止められて、二人は振り向く。
もちろん、そこにいたのは幽子である。ちょっぴり自信がなくて、でも意外とノリの良い一面を持ち、おどおどしたしゃべり方が印象的な幽子。
そんな彼女が、ギュッと拳を握ってまっすぐな瞳で語る。
「ご卒業、本当におめでとうございます! それから、今までありがとうございましたっ! カード同好会で過ごした一年間……本当に楽しかったです!」
廊下のずっと奥まで響き渡るような通りのよい声で、幽子は卒業する二人へと言葉を贈り、照れた笑みを逸らさない視線のまま浮かべる。
目を見開いて彼女のはっきりとした物言いに驚きつつ、次の瞬間には表情を喜びで満たす二人。
「ありがとうございます、幽子ちゃん」
「幽子、ありがとねー!」
ヒカリが優しく笑みを浮かべて会釈、葉月が手を振りながらその言葉を受け止め、再び歩み出す。
……のだが、一つ気になることがあって葉月がまたもや振り向く。
「そういえば幽子、どうして転んだのー?」
「……なんか凄い、スピードで走ってきた人に……ぶつかって」
口調がすっかり元に戻った幽子の言葉に、二人は顔を見合わせる。
先ほど、自分たちの元から走って逃げていったやつが――そういえば一人いる。
引き攣った表情を浮かべ、葉月はスマホを取り出しつつ口を開く。
「幽子、部室に犯人を向かわせるから、そいつにカードをファイルに戻すの手伝ってもらいなー?」
「ええ、手伝わせるべきですっ!」
誰かに対して怒りを露わにしつつ去っていく二人に、懐疑的な表情で幽子は首を傾げた。




