第一話「卒業式! 葉月とヒカリの思い出話!」
ゆるやかな風に乗って、桜の花びらが舞い上がる。
凍てつく寒さに震える季節を越えて、少し暖かくなった気温と桜並木が春の訪れを告げる――三月、卒業式。
証書の授与を終え、ホームルームの後――最後の放課後とでも言うべき時間。
別れを惜しむ三年生が涙ながらに再会を誓い、そして少しずつ教室から出ていって。クラスには今、葉月とヒカリの他には数組のグループがいるのみ。
そんな教室にて、窓際にあるヒカリの席。葉月は遠慮する必要もなくなった誰かの椅子を借りて、ヒカリと向き合うようにして窓の向こうの景色を見つめている。
今日、葉月とヒカリは高校を卒業した。
胸に花飾りを湛え、三年間世話になった学び舎と別れの日を迎えたのだ。
そんな特別な一日だからか……片肘をつき、物憂げに嘆息する葉月。
「結局、三年間ずーっと同じクラスだったよねー」
「そうですね。中学は別だったはずなのに、三年も一緒だと幼馴染のような感覚さえしてきます」
「入学してしばらくは絡みなかったけど、私が一人でカードショップに来たのを見て『同じクラスですよね』ってヒカリが話しかけてくれたんだったよねー」
「同じクラスにカードゲーマーがいるっていうのが嬉しかったので」
「ほんとにありがとね。あの時、私が逆にヒカリを見つけて声をかけることが出来てたかって考えたら……ちょっとどうだったかなって思うし」
さらりと感謝を口にされて気恥ずかしいのかヒカリは頬を染め、しかし微笑む。
「きっと葉月のほうから話しかけることだって出来てましたよ。葉月は誰とでも仲良くなれる才能を持ってるじゃないですか」
「あはは、そんな才能ないよー。私にあるとすれば、ピンチを何とかできる才能じゃないかなー?」
「あら? そうですか?」
「そうだよー。友達がいなくて困ってたらヒカリと出会ったり、カード同好会の発足に必要な最後の一人としてもえを見つけたり。その他、錬金術の成功もそうだけどさー、本当に引きがいいのって実はもえというより私だよねー」
葉月の言葉に納得したのか「あー」とヒカリは感嘆の声を挙げる。
「つまり、本当に必要なものを引き寄せる才能ってことですか」
「そんな感じなんじゃないかなって私は思ってるけどねー。だから、そういう窮地を救ってくれた人との出会いにはちゃんと感謝しなきゃだよねー」
「……そうやって感謝を忘れないから誰とでも仲良くなれるんですよ」
呟くように語ったヒカリの言葉に葉月は、
「え? なにか言った?」
「何でもないですよ」
ヒカリは意地悪に笑んで、先ほどの言葉をうやむやにした。
そこから唐突に会話が途絶えてしまい、二人は暫しの沈黙――の後、そんな間でさえおかしいのか、どちらからともなく噴き出してしまう。
お腹を抱えて笑うくらいに、何がおかしいのかも分からず笑って……そして同じように二人で大きく息を吐く。
「楽しかったなぁ……今日までの全部が満たされてた感じがします」
「私は錬金術で月一ペースのギャンブル地獄があったから何とも……」
「だからいつも必要なカードがあったらあげるって言ってたじゃないですか」
「いや、それはやっぱり駄目だよー。友達は常に対等じゃないといけないからさー」
はっきりとした口調でヒカリの言葉を遮り、そんな葉月を彼女は「やっぱりそうなんだ」と再確認する気持ちで見つめる。
ヒカリは単純に、その言葉が嬉しいのだ。
中学時代、お金持ちということで恩恵目当てに近づく人間がいた過去がヒカリにはある。
優しげな笑みと態度で近寄り、実家が裕福なヒカリとの付き合いをステータスにしたり、遊びのスポンサーにするなど人間の闇をまざまざと見せつけられた。
誰にも話したことはない、ヒカリの過去。
カードゲームで生まれた人間関係に逃げ込めたから早くに断ち切る決断が出来て、深い傷にならなかった嫌な思い出。
だから友人には財産でなく、自分自身を見てくれる人間を選びたいとヒカリは考えていて。しずくや幽子はもちろんだが、葉月は対等という部分にこだわるため、ヒカリは親友と呼べるほど信頼をおいていた。
葉月には例えストレージにて三十円で売られているようなカードでも他人から無償で受け取ることはせず、施しを受けないという精神がある。
彼女はせっかく出来た友人を大切にするため、一方的な貸し借りを嫌うのだ。
そんな葉月が率いるカード同好会だったからこそ――逆にヒカリは気持ちよく活動に自分の実家が持つマンションなどを提供することもできた。
つまりお嬢様であることを抜きにして、付き合ってくれた葉月だからこそ親友になれて、
(それどころ裕福な家庭環境をいじり倒して、私を対等どころか辛辣な言葉で痛めつけてくれたもえちゃんのこと、好きになったんですよね……)
ヒカリの中で自覚したもえへの恋愛感情は彼女の過去に起因していたとも言える。
自分のコンプレックスを笑い飛ばすような豪快さ。
ならば、もえの辛辣な言葉一つ一つが彼女を好きになる要因であり、ある意味では勘違いなどなく、最初からヒカリは恋をしていたのかも知れない。
そのようなことを考えていたヒカリの表情を見つめ、葉月はニヤニヤとする。
「あ、もえのこと考えてるなー?」
葉月の指摘でヒカリは体をビクつかせる。
「……えへへ、分かりました?」
「まぁねー。だらしない顔してたしー」
「恋する乙女の表情ですよ!」
「……いや、男子中学生が女湯想像してるような顔してたけどー?」
「私の純粋な恋心に変なイメージを付与しないで下さい」
咎めるような口調で指摘するヒカリ。
そんな中、葉月はもえの話題から連想したのか「あ、そうだー」と膝の上に置いていたカバンをガサガサと漁り、中からあるものを取りだす。
それは一枚の写真だった。
「あら、現像できたんですね」
「もえの話題が出たから思い出したよー。今日までには何とか現像しないとって思ってたから、ギリギリだったねー」
一枚の写真に二人は視線を注ぎ、懐かしむように見つめる。
その写真はもえを中心として、両脇に葉月とヒカリ。そして、両端をしずくと幽子という風に五人が輝くような笑みを浮かべて並び、そしてもえがトロフィーを抱えている写真だった。
「団体戦、全国優勝……すごいなぁー。本当に優勝しちゃうなんてー」
「なんでそんな他人事なんですか。私と葉月も出てたんですから」
その写真が撮られたのは割と最近で、葉月が語るように――団体戦の優勝後である。
あれから――地区予選を突破し、そのままの勢いで決勝大会へと進んだカード同好会。
実力者揃いのプレイヤー達をヒカリのコントロール戦術で制圧し、葉月がしずくに肉薄するほどに成長した正確無比なカードプレイで勝ち、もえが持ち前の運量と速攻デッキで培った前向きなプレイを用い、チームの勝利を揺るぎないものにする。
そして、カード同好会は見事団体戦で優勝し――来年度からは全国優勝の成果を認められて「カード部」への昇格も決定した。
「決勝戦では葉月が勝ったあとに私が負けてちゃって……ヒヤッとしましたけどね」
「でも、もえが勝って優勝に導いてくれた。正直、もえはあそこで一生分の運を使ったよねー」
「あの強烈な引きはネット配信されてましたし、きっと伝説になるでしょうね」
ヒカリが語ったとおり、もえの決勝戦での引きはカードゲーマーの間で伝説となっていた。
絶体絶命の状況、手札もなく、盤面には相手のカードがひたすらに埋め尽くす最悪な場面。
試合はネット配信されており、コメント欄には「今年の優勝決まった!」「この状況覆ったら主人公でしょw」「負けそうな方の女の子萌えるw」など大会の結末が確定事項として語られていた。
しかし、葉月と出会ったあの時のように――もえは覆す。
諦めず、最後まで自分のデッキを信じたもえが逆転の一手を引く。もえはカードゲームと出会ったあの時と同じように輝く瞳で、最高の瞬間を楽しんでいた。
「団体戦優勝でカード部への昇格も決まって……これでもう思い残すことはないよねー」
「じゃあ、もう悔いなく死ねますね」
「なにをもえみたいなこと言ってんのさー……」
「あ! そうですよ! もえちゃんですよ!」
突如スイッチが入ったように語気を強くして語るヒカリ。
「私は思い残しがあるんですから! まだもえちゃんのことが終わってないですっ!」
「そういえば返事が保留なんだっけー?」
「今日、返事をくれる予定になってるんですけど」
と、ヒカリが語った瞬間――タイミングを見計らったようにヒカリのスマホから着信音が鳴る。
それはもえからの連絡で、ただ一言「体育館の裏で待っているから来て欲しい」ということだった。
要件は分かっているだけに、ヒカリは緊張した面持ちでもえから送られてきたメッセージを見つめる。
「どうしたのー?」
「もえちゃんに呼び出されまして……葉月、一緒に来てくださいよ」
「え? それって私が同行していい案件なのー?」
「途中まででいいですから」
葉月は困惑した表情を浮かべながらも、ずっと教室にいるわけにもいかないので立ち上がってヒカリに同行することに。
ヒカリはいつもの優しげな微笑みを消し、真剣な表情をしていた。




