第九話「プレゼント交換! 喜ぶ者のいない地雷原に!?」
ローストチキンまで手作りされたクリスマスらしい食事を終え、パーティーはいよいよメインイベントとも言えるプレゼント交換へ。
しずくの連絡ミスによってみなみはプレゼント交換があることをついさっき知ったらしく、何とか手持ちのもので繕って参加。
六人は定番の歌を口ずさんで交換を進めていく。そして、歌唱の終わりと同時に持っていたプレゼントを自分のものとする。
プレゼントの交換が終わったとなれば当然、お楽しみの開封なのだが――、
「……なんか、ヒカリさん……目が死んでません、か?」
「私のプレゼントが……もえちゃんのところに行かなかったんです」
そう言ってヒカリが視線を送ったのはみなみが抱えているプレゼント。クリスマスらしい柄の袋、その口をリボンで絞ったものだった。
先ほどから恨めしい感情を抱いていたみなみが、ヒカリのもえへ贈りたいプレゼントを手にしてしまうという皮肉な状況。
「ん? アタシがもらうことになっちゃった感じ?」
「もえに渡したいなら交換に出しちゃ駄目でしょー」
「いえ、きっと私の愛の力があればもえちゃんの手に渡るはずだったんです」
赤い糸を信じた結果、見事に裏切られてうな垂れるヒカリ。
(……あ、愛の力? ヒカリちゃん、私が知ってた頃に比べるとだいぶ変わったなぁ)
引き攣った表情で過去のヒカリと比べつつ、みなみはプレゼントを開封してみることに。
中から出てきたのはマフラーで、作りから見てヒカリの手編み。しかも、もえに渡すことが前提だったらしくイニシャルが編み込まれてる。
(うわぁ、ダサいなぁ……。正直、もらったら使わなきゃいけないから、なんかセーフだって感じてる自分がいる)
もえはほっとしているが、複雑なのはみなみである。
「困ったな。偶然にももえちゃんとイニシャル一緒だから使えちゃうのか……」
「本当だ。姉さん、よかったじゃない」
「よくないですよ! 私は『青山みなみ』のつもりでイニシャル入れてないですから!」
「……でもヒカリさん、逆に……もえちゃんのプレゼント……引き寄せてる可能性が、まだあります、よ?」
「はっ! それです!」
幽子の言葉に落ち込んでいた表情やテンションの全てを払拭し、自分の元に流れてきた円柱系の包まれた何かを愛おしそうに見つめるヒカリ。
しかし――。
「あ、それ私のだよ」
しずくの言葉でヒカリは心を金槌で砕かれ、顔から感情の一切を消失させる。
まるで心底つまらないものをもらったような表情で。
(……まぁ、いいでしょう。プレゼントで恋愛の全てが決まるなんて誰が言ったんですか。それに、しずくちゃんからのプレゼント。つまらなさそうな顔をしていたら失礼ですよね)
首を横に振って気を取り直し、しずくは包みを開ける。
プレゼントは、ほぐし焼き鮭のビン詰めだった。
「それ、美味しいんだよ」
しずくが言うように、ほぐし焼き鮭は確かに美味い。
白米にもピッタリである。
……だが、そういうことではない。
本当につまらないものをもらったヒカリは再び一切の感情を閉ざし、輝きの失せた目でお歳暮としか思えない聖夜の贈り物を眺める。
「ワァ~、ウレシイナァ~! アハハ、クリスマスニピッタリ~!」
「ヒカリが壊れちゃったよー!?」
「しずく……アンタ、クリスマスに出すプレゼントじゃないでしょ、アレ」
「……でも、ヒカリさん……大食いでしたよ、ね? ……食べ物をもらったのって……悪くないのでは?」
遠回しに「腹ペコキャラのお前にお似合いだ」と言う幽子。
「ホントウニソウカナァ~?」
「まぁ、美味しいことは間違いないでしょうし、アリじゃないですか?」
「そうですか!? もえちゃんがそう言うなら……アリ、ですかね!」
人が変わったようにほぐし鮭のビンへ頬ずりして、ニヤニヤと笑うヒカリ。
そんな、もえの言葉一つで豹変するヒカリを見つめ、みなみはようやく小さな頃から知っている後輩が今、どんな感情を有しているのか理解する。
とりあえず、しずくのセンス皆無なプレゼントはなんとかヒカリに受け止めてもらえた。
だが、ヒカリにはまだ気がかりなことがある。
「さてさて、私のプレゼントはみなみさんに。そして、私はしずくちゃんからお歳暮をもらいましたけど……もえちゃんのプレゼントは誰が?」
鋭い眼光で一同を舐めるように見つめ、確実に存在する裏切り者へ威圧をかける。
とはいえ、もえのプレゼントを受け取った人間に自覚はない。
お互いが顔を見合わせる中、あっけらかんともえが口を開く。
「あ、私のプレゼントは幽子ちゃんのところにいったよ」
裏切り者だと告発された幽子は目を見開き、青ざめた顔で震える。
そして、ずっしりとした重みのある枕くらいの大きさの包みを抱きながら震える幽子に、ヒカリは無理な笑みを浮かべる。
「……あの、ヒカリさん……怒ってます、か?」
「怒ってませんよ」
「……まさか、バイトの減給とか……あったり、します?」
「減給しませんよ」
「……じゃ、じゃあ……クビ、とか?」
「クビにもしませんよ」
「……なら、何を……されるん、でしょう、か?」
「何もしませんって」
ヒカリが怖い笑みを深めるたび、幽子の顔から血の気が引いていく。
……まぁ、流石のヒカリもプレゼント交換の結果だけで幽子に危害を加えるような人間ではない。
だが、嫉妬や苛立ちは隠しきれていないようだった。
とりあえず貰ってしまったのだから仕方ない。葉月がめんどくさい女を宥めること十分――幽子はようやくもえからのプレゼントを開封する。
中身はアニメのDVD-BOXだった。
正直、今のところぶっちぎりで高価なプレゼントである。
「……もえちゃん、これってカードゲーム……題材にした、アニメ?」
「うん、私が入部する前から見てたアニメのDVD! お年玉全力解放して買ったんだけど、十分に繰り返し見たから他の人にも視聴して欲しいなって」
「……でもいいの? ……これ、結構……高いんじゃない、の?」
「大丈夫だよ。これでアニメを見てくれて、同じ話題ができるならプレゼントに出した意味があったってものだし。それにね」
と言い、もえは言葉を一旦切って幽子の抱えるボックスの中から第一巻を取り出して開く。
ディスクが収められた面とは向かい側、冊子が収納される部分――そこに一枚のカードが入っていた。
「それ、カードゲーム始める前はスルーしてたけど、おまけで付属してたんだよね。それも含めてのプレゼント!」
「……こんなカード、初めて見た。……お店でも……買い取ったこと、ない!」
コレクターとしてあらゆるカードを手に入れ、お店ではショーケースに買い取り品を並べてきた幽子にとっても、目を輝かせて見つめるほどの希少性。
実はこのカード――能力としては強いわけではないため、まずプレイヤーがどうしても欲しがるものではない。
そして、アニメだけが好きでボックスを購入した人からすれば、実用性のないグッズとなってしまうのでなかなか需要に合わない。
幽子も自分の集めているカードゲームがアニメになっているのは知っていた。しかし、そもそもアニメを見る趣味がないため、作品がDVD-BOXとなった際に限定のカードが付属するという情報はなかなか入ってこない。
そのため、アニメ好きのカードゲーマーとなったもえによって、ようやくコレクターである幽子の目に触れることとなったのだ。
「……ありがとう、もえちゃん! ……アニメ見るし、カードも……大事にする、ね!」
ギュッと目を閉じ笑みを浮かべて感謝する幽子に、もえも同じく表情を緩ませる。
ようやくプレゼント交換で笑顔が生まれることとなった。
ちなみにその時ヒカリは、
(あのDVD-BOXを購入して、幽子ちゃんと同じもの同士で交換してもらう。それも広義的に捉えればプレゼント交換ですよね?)
――と、あまり行儀のよろしくないことを考えていた。
さて、ヒカリの私怨が絡むプレゼントは消化しきったため、ここからは平和な開封が行われていく。
「じゃあ、次は私が開けるね」
ベタに白い正方形の箱を赤いリボンで括ったプレゼント、それを開封するのはしずく。
その箱から出てきたのは大量のレタスだった。
……いや違う。
バトルマスター・ハズキの衣装一式。
「あー、しずくが引いたかぁ。じゃあ来年のカリスマはしずくだねー」
ニヤニヤと笑いながら、仮面舞踏会でつけるような緑色の仮面を不思議そうに見つめるしずくに言い放った葉月。
バトルマスターをしこたまいじられ歪んでしまったのか、葉月は地雷枠としてカリスマ衣装をプレゼントに仕込んできたのだ。
しかし――。
「そっか、分かった」
「えぇ!? バトルマスター・ハズキになる気なのー!?」
「装着すると名前まで変わるんですか……もはや魔具ですね」
被服部徹夜の結晶を呪われた武具扱いするヒカリ。
「まぁ、確かに葉月さんじゃなきゃ素面で着られる衣装じゃないけど」
「おい」
「一人だけオイシイ思いしてズルいとは思ってたし、よかったかな」
「しずくさんは生きてるだけで常にオイシイ思いしてると思いますけど……」
「アタシ、絶対来年の文化祭見に行くわ……」
「……これ、カード部の伝統に……なっていくんでしょう、か?」
謎の好感触で葉月のプレゼントを受け止めたしずく。
特にドヤ顔を浮かべることもなく、自然な動きで仮面を顔に当てることで一同の腹筋を容易く崩壊させる。
葉月が同じことをすればスベって皆が引き攣った表情を浮かべるに留まったと思われるあたり、キャラ的にしずくの方がバトルマスターの適性があるのかも知れない。
まぁ、別にバトルマスターは笑いを取る職業ではないのだが。
続いては地雷を交換に出した葉月がプレゼントを開封する。
「私のは誰からかなー?」
「……それ、私のです」
「幽子のかぁー。さてさて、中身はなんだろなぁー」
「……プレイマット、ですよ」
「何で開ける前にバラすのー!? まぁ、金欠で今までマット買えなかったから凄く嬉しいけどさー」
嬉しさ半分、楽しみを奪われた悲しさ半分といった感じの葉月。
ちなみに開封したプレイマットは真っ白な柄のないものに幽子がバトルマスター・ハズキのイラストを描き込んだもの。
さらに筆で「怪人レタス野郎」と書き殴られており、葉月は衣装を交換に出して別れを告げたもう一人の自分とあっさり再会を果たした。
(幽子ちゃん、面白いと思ってあんなプレイマット作ったけど、渡すとなると不安になったからプレゼント交換に何を持ってきたか聞いてきたんだ)
ここまで幽子が受け取ったDVD-BOX以外、素直に喜ばれるプレゼントがない混沌とした交換会。
最後はもえであり、プレゼントを用意したのはみなみ。
性格なのか、割と雑な包装を解いて出てきたのはデッキケース。
ヒカリが使用しているような高級な革製のもので、みなみのサインが入っている。
「ほんとしずくが今日になってプレゼント交換あるっていうから、とりあえず持ってたケースにサインしただけになっちゃって……ごめんね」
「いえいえ! 実は私、デッキケースを持ってなくて。だから凄く嬉しいです! サイン入りなのもいいですよね……これから団体戦に望むのに、心強い気がして」
未だにお菓子の缶を使用しているため、ピッタリのプレゼントに声が上ずってしまうもえ。
プロを応援しているわけではないもえには、本来のサインの価値を受け止められてはいないのかも知れない。だが、カード同好会の力を結集したデッキを収めるケースとしては最高の一品だと言えた。
「姉さん、私もああいうサイン入りのが欲しいんだけど」
「はぁ? アンタ、実の姉のサイン貰ってどうすんのよ……」
呆れて嘆息しつつ、妹の額を指で弾く。
「とりあえずもえちゃん、団体戦頑張ってね! 青山しずくの姉として応援してるから!」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
そう言ってもえはギュッとデッキケースを抱きしめる。
クリスマスパーティーはこの後も続き――そして、やがては終わって。
時は過ぎ、年をまたいでカード同好会はいよいよ団体戦の地区予選大会へと挑む!




