第七話「秘密のデッキ炸裂!? 団体戦の出場メンバー決定!」
――翌日、しずくともえの団体戦の出場を賭けた戦いが行われた。
カード同好会の部室にて、三人が見守る中しずくともえが向き合うように座って互いのデッキをシャッフルする。
二人の間に流れる緊張感は大会の時と全く同じ。
一本勝負の戦いはもえの先攻で始まった。
速攻デッキが得意とする先攻を取られたしずく。
だが、序盤からカードをどんどんプレイし、早期の決着を狙ってくるもえの戦術は今日までに何度も見たもので、
(もえ、無駄のない引きができてるな。……でも、この手札なら十分捌ききれるかな)
苛烈なもえの攻撃を何とか捌き、得意な中盤戦へと繋げていくしずく。そこまで逃げ切れれば速攻デッキは持ち味を失い、どんどんと息切れしていく。
昨日、安定して速攻に対応できるデッキ構築へ調整したため、しずくは数ターンを防御に費やしてやり過ごした。
――そして、中盤戦。
しずくの操るミッドレンジタイプのデッキが最も力を発揮する時間帯となった。
もえのように息切れしないようカード能力で手札を増やしつつ、もえのカードを除去、そして攻めていくための駒を用意していくしずく。
ミッドレンジデッキではカード一枚一枚の質が優先される。
質というのは、もえのように序盤を苛烈に攻めるため、軽さを優先したカードに比べて一枚一枚のパフォーマンスが高いということ。
その分、軽さがないため序盤で力を発揮できず、得意な時間帯が中盤戦となるのだ。
しかし、奇妙なことが起こる。
質の高いカードで突貫工事のように試合を行ってくるもえの速攻デッキを駆逐していく――そんな反撃のターンになるはずだった。
だが、もえはここに来て唐突にミッドレンジタイプのデッキで採用されるパフォーマンスの高いカードを、しずくと同じくプレイしてきたのだ。
(……速攻デッキが中盤を意識したカードを採用してる? 序盤で攻め切るコンセプトだから、そんなカードをデッキに搭載すれば動きが鈍るんだけどな)
序盤にはもちろん、序盤から動けるカードを引きたい。
それは当然のことで、中盤以降にピークを持つカードは速攻デッキには投入されない。序盤に引けば速攻デッキの持ち味である前半戦に使えないカードを抱えることになるからだ。
(最初から軽量のカードをガンガンと切って速攻デッキの動きをしてきた。……ということは今まで引かず、そして中盤になって引いてきたということ?)
だとしたら、随分と都合の良い話だとしずくは思う。
そこからもえのカードプレイはしずくやひでりにイメージが重なる、ミッドレンジスタイル。
相手の攻め手を崩しながら、こちらからの攻撃も疎かにしない。そしてきちんと手札を作り、バランスよく対応して戦う。
本来ならば逆転の場面であるはずのしずくが今、同じミッドレンジデッキ同士で拮抗してなかなか主導権を握れない状況が続いていた。
(だけど、そもそもミッドレンジ前提で組まれているこっちのデッキと、速攻が片足を突っ込んでいるようなデッキじゃ纏まりが違う。中盤、後半で、速攻デッキに使われるパフォーマンスの低いカードを引いて差が出るはず)
しずくがそのように読んだ後半戦――またもや、もえのデッキは動きを変える。
ミッドレンジタイプのデッキは序盤を凌げれば、終盤もそこそこに戦える。バランスよく組まれていることが幸いし、ロングゲームもそれなりに対応できるのだ。
しかし――そんなミッドレンジを鼻で笑うような、終盤戦を支配するデッキがある。
(……え? う、嘘でしょ!? そんなの滅茶苦茶じゃないか!)
終盤戦に至って、もえがプレイし始めたのはヒカリと戦闘イメージが重なるコントロールデッキに使用されるカード。カードのパフォーマンスはバランスを求めたミッドレンジとは非にならない。
終盤にしか使えない代償を持つため、その効果は強力。一撃で相手のカード全てを葬ったりと豪快な能力が目白押しなのだが、問題は序盤と中盤にかけて使えない取り回しの悪さ。
……そう、もえはこの終盤に至るまでコントロールデッキに採用される核弾頭のような破壊力を持つカードを、デッキから引かずに立ち回っていた。
そして、序盤と中盤を速攻やミッドレンジの戦術でしずくと拮抗したために戦いは終盤へともつれ込んだ。
だから終盤のカードを持ってきました、と言っているようなもえの凄まじい引き。
となると、もうしずくのカードではもえがプレイしてくる破壊力に富んだカードに対応しきれない。カードパワーが違いすぎるのだ。
(間違いない……もえのこのデッキ、速攻にミッドレンジ、コントロールのカードが全部入ってる。……で、それを必要な時間まで引かず、ピークを迎えたらデッキから取り出してるんだ!)
このしずくの読みは正しく、もえのデッキはカード同好会の皆が得意とするデッキタイプの全てを合体させたもの。
ちなみにミッドレンジのカードパーツは最近、しずくと同じタイプのデッキを組んだ葉月からレンタル。
もえの強烈な引き運を利用し、全ての時間帯において得意なデッキタイプの顔をするという滅茶苦茶なデッキを組んだのだ。
それを平然とした顔で動かしてくるもえに、しずくは珍しく状況に対する厳しさを表情に浮かべる。
ただ、コントロールデッキのカードパワーにただやられるだけなら、しずくは今までずっとヒカリに負けていることになる。
そう、攻略法はある。
……あるのだが、序盤の猛攻を捌き、中盤で拮抗したカードの切り合いを行ったしずくには圧倒的に手札――戦力が足りない。
最初からガンガン攻めたけど勝てないからじわじわ戦います、とでも言われているような理不尽にしずくは戦慄する。
だが、所詮はあらゆるコンセプトをごちゃまぜした無理のあるデッキ。
ヒカリのコントロールデッキのようにカード能力で手札を潤沢に増やし、後半でも溢れるばかりの選択肢で相手の場を蹂躙するようなあの絶望は……流石に、存在していなかった!
もえもまた、しずくと同じく息切れを起こし始めていた。
手札は何枚も抱えているもえだが、毎ターンカードを一枚ずつしかプレイしてこないのだ。
(高いカードパワーを毎ターン引いては叩き付けられるのがキツイけど……でも、もえのあの手札。アンバランスなデッキ構築のせいで不要なカードが溜まって、決め手が欠けてる。まだ諦める場面じゃないな)
お互いに肩で息をしているような疲弊した盤面だが、デッキ全体で調和が取れていることをアドバンテージとし、しずくは希望を捨てていなかった。
(速攻、ミッドレンジ、コントロールのカードをごちゃまぜにしているなら、やはりどこかで不要な引きをするものか。もし単純に四十枚のデッキを速攻で十枚、ミッドレンジで十枚、コントロールで十枚としているなら……なら、あれ? あと十枚は何?)
そのように思考した瞬間、しずくは血の気が引く感覚がした。
まぁ、綺麗に十枚ずつデッキのカードを速度で分けているとは限らない。しかし速攻で攻めきれなかったためにミッドレンジ戦術で中盤を繋ぎ、コントロール戦術の到着点である強力なカードのラッシュ。
それを経て、もえが最後の一手を用意しているとしたら――?
しずくは瞬間、思い出す。
カードゲームにおいて終盤戦を支配するのはヒカリが使うコントロールデッキ。しずくはそれに何度も勝ってきたが毎度、苦戦を強いられてきた。あの強固な牙城を崩すのは並大抵なことではないのだ。
だが一人だけ――カード同好会にはヒカリのコントロールデッキ、その性質である終盤戦前提の戦い方を利用してあっさりと、その牙城を一撃でねじ伏せるデッキの使い手がいる。
終盤戦を得意とする――もう一つのデッキタイプ。
もえのデッキは、まるでカード同好会メンバーの力を結集したような形をしている。
なら、この終盤において一撃必殺を企てる「コンボデッキ」の要素も搭載されていたとしたら――?
必要枚数は膨大で、後半にしか使えないカードも盛り込まれたその「コンボ」は、もし完成すれば一撃で勝利を決する最終兵器のはず。
普通に考えれば完成は絶望的。そして、そもそもデッキに組み込むこと自体が危険。
だが、それを序盤からこの局面までで無理なく一枚ずつ、強運によって揃えてきていたとしたら?
(あの――あの不自然に抱えた手札……まさか!? 嘘でしょ!?)
しずくの嫌な予感は的中――もえは突如として葉月のようなカード捌きで複数枚のカードをプレイし、能力を連鎖させてコンボを編んでいく。
そして、コンボにおける最後の一枚――主役としてプレイされたカードは幽子が託したお気に入り。
イラストとフレーバーテキストが好きで能力はおかまいなしの一枚だが、そのカードには途方もない手間を踏むことで相手を一撃で沈める浪漫砲というべき能力が備わっている。
相手が眠ってでもいない限り実戦では使えないと言われていた、ストレージ三十円コーナーの常連。
しずくのミッドレンジとヒカリのコントロール戦術によって繋いできたバトンを受けて、コンボの魔術師葉月に息を吹き込まれ、カード同好会のエース――青山しずくに引導を渡す。
団体戦、地区予選大会――葉月、ヒカリと共に戦う最後の一人は、もえに決まった。
○
観戦していた三人はまるで、奇跡でも目撃したかのように口をポカンと開けていた。
あのしずくに一本勝負できちんと勝利を収めたのもそうだが、カード同好会メンバー全員の得意分野をごちゃまぜにしたようなデッキを、もえが完璧な動きで回してみせたことも衝撃的だったのだ。
そして、その衝撃を一番受けているのは敗北したしずくである。
「凄いね……カード同好会の全員と戦ってるみたいだった」
「そういうコンセプトで組んだんです。皆の力を結集してぶつけてみました」
照れたように後ろ頭を掻きつつ語るもえ。
以前ならば嫌がったかも知れない一貫性がなく、皆の真似をひたすらに行ったようなデッキ。
だが、今の彼女には「これこそ自分のためのデッキだ」と思うくらいに受け入れられる、大事なものとなっていた。
「凄まじいね。こんなデッキを使いこなすなんて……」
「……もえちゃんの器用さ……前面に出た、デッキだったね。……私の好きなカードも……活躍したし」
「もえちゃんの運を信じて組んだ、私の考えたさいきょーデッキでしたけど……」
「これは運が良ければ回せる、回せたら勝てるってものでもないかもねー」
仮に同じ引きをしていたとして、自分だったら使いこなせただろうかと……各々は考える。
眼前で起きた奇跡の大きな要因が運であることは認めつつ、もえの器用さが決して少なくない勝因だと確信した。
そして、敗北したしずくはどこか「後輩が自分に抗って勝利をもぎ取った」ことが嬉しかったのか、笑みを浮かべて立ち上がって握手を求める。
「私の負けだね。団体戦は葉月さんとヒカリさん、そしてもえに出てもらう。二人の卒業、優勝で飾ってあげてよ」
「……はい! 頑張ります!」
しずくの手をギュッと握り、そして互いの健闘を湛えるように見つめ合う。
「さてさてー、頑張ってよー! 将来の部長ー!」
「あれ、もえちゃんが次期部長なんですか?」
疑問を口にしたヒカリだけでなく、しずくと幽子もそれぞれの驚愕を表情に浮かべる。
「そうだよー。まぁ、適任かなってー」
「……まぁ、私としずくさんは……部長って、タイプじゃ……ないですしね」
「でも、もえは『カード部』に任命したんであって、同好会の部長は私が最初で最後のつもりだからねー」
「そっか。団体戦で優勝したら成果が認められて、カード部になるんだ」
もえが団体戦に挑む決意をした理由が分かり、納得した様子のしずく。
そんな彼女の言葉に溌剌と「そうですよ」と返事をして語る。
「だからカード同好会のメンバーは私たちが最初で最後になるんです。私たちだけがカード同好会なんですよ!」




