第六話「もえの宣戦布告! 団体戦を賭けた挑戦状!」
「しずくさん! 私、団体戦に出て戦いたいです!」
団体戦のメンバー登録を前日に控えた日、もえは部室にて全員が集まったところで出した答えをカード同好会のエースに向かって告げた。
そして、しずくはその言葉を待っていたとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「そっか。でも、私も団体戦には出たいんだよね。……さて、どうしよっか?」
どこか挑発するようなしずくの物言い。
その言葉へ返事する前にもえは改めて自分が今日までに悩み、そして乗り越えてきたものを一つ一つ確認してみる。
――疎外感。それは皆との交友歴を思って得た感情。
しかし、ヒカリに言われたとおり人間関係は時間じゃなくて。
今日までに勇気付けてくれた幽子や葉月の言葉を鑑みても、自分が輪の中から浮いていたなんてことはなかった。ずっと前から一緒にいたかのように、五人で一つのカード同好会だともえは感じられている。
――劣等感。それは自分には一筋になれる確固たる「何か」がないというコンプレックス。
でも、言い換えれば一つの型にはまらないという柔軟性だった。
器用で、フットワークが軽くあらゆる分野に適応できると気付かされた今のもえに、皆と比べて自分が劣っているなどという感情は微塵もない。
――焦燥感。それは将来の夢や目標を持てない自分が置いていかれているという感覚。
だが焦っても仕方がない。いきなり何かの目標に出会うという都合のよいこともあるはずがなく、まずは出来ることを一つずつやっていく。
葉月から与えられた目標――カード部の部長となるために焦らず、目の前のことへ真剣に。
――そして、敗北感。カードゲームへの情熱が皆と比べ、全然適わないと感じていた。熱中できないことに関する無力感とも言えるもの。
(……そんなもの、あるはずがない! 私が今から戦いを挑もうとしてるのは全国レベルの強豪プレイヤー、青山しずくなんだから。そんな人相手に勝とうとしてる時点で、冷めているはず……ないっ!)
だからこそ、もえはしずくへと申し出る。
「団体戦の出場をかけて私と戦って下さい! 勝ったほうが葉月さん、ヒカリさんと一緒に地区予選へと出場します。……それでどうですか?」
不敵な笑みを浮かべていたしずくは僅かに目を見開かせ、どこか表情に興奮を忍ばせる。
「いいよ。登録の期限に合わせて試合は明日にしよっか。私もきちんとデッキの調整をしてこなきゃだしね」
しずくの了承によって団体戦の出場権を賭けた戦いが決まった。
とはいえ、どうしてももえはしずくに対して申し訳なさを感じてしまう。
「すみません……権利を取ったのはしずくさんなのに、勝負で争うなんて」
「それは関係ないって言ったじゃない。それにこうして挑んでくれたのが嬉しいよ。同じ熱量でカードゲームやってるんだなって思えるから」
しずくはそう言ってもえの肩を軽く叩き、スクールバッグを肩にかけると「デッキ調整」のために今日は部活を早退することに。
もしかするとショップにてひでりを呼び出して調整を行うのかも知れない。
そんな後ろ姿を見つめて、もえは思う。
(しずくさん、もしかしたら最初からこうして挑んで欲しかったのかな? だとしたら、そんなに情熱的な人に同じ熱量って言ってもらえて嬉しいな)
○
「……で、どうやったらしずくさんに勝てますかね?」
もえの質問に三人は回答できず、各々が困った表情を浮かべる。互いか視線を送りあい、回答を他人任せにしようとする意図が交錯していた。
やがてそんな空気に痺れを切らした葉月が口を開く。
「正直、答えがないというのが現実なんじゃないかなー」
「……個人戦、地区予選は駄目だった……けど、あの時のスイスドロー、予選一位通過は……やっぱり異常」
「去年の個人戦は決勝大会まで進んでますし、ショップの大会も九割九分しずくちゃんの優勝ですからね」
早速、絶望を叩きつける三人の言葉ではあるが、もえも納得せざるを得ない部分があった。
ショップ大会において稀にヒカリがしずくを下して優勝することがある。しかし、その理由は大抵、しずくの方に実力以外の要素で問題があったということになる。
しずくが必要なカードを引けていなかったり、逆にヒカリが完璧な引きを出来た時など、運によって実力差が埋まることが前提条件。
何せしずくは――、
「まるで機械かよ、って思うくらいミスをしないからねー」
この葉月の言葉に一同は頷き、それ以上の思考を無意味としてしまう。
最適解を外さない完璧なプレイをするくせに、相手の僅かな仕草や思考時間を計算に入れた読みまで行う「機械以上」のパフォーマンスは無敵に近い。
そして、圧倒的なしずくの実力を前に誰もが一度はこのように考えるのである。
「何か弱点を突いたり、予想外の手段で倒すってことはできないですかね?」
もえの言葉に各々は表情をさらに曇らせる。
「それは難しいかと。……まずしずくちゃんは流行しているデッキを使ってます。その時点でカードパワーが非常に高いので、半端な奇策は跳ね返されますね」
「……でも同じデッキで、戦うと……ミスをしない、しずくさんに勝てない……ってどうしたらいいんですか、これ?」
「しずくは流行しているデッキの中でも基本、ミッドレンジを選ぶから目立った弱点がないんだよねー」
戦う前から負けが確定しているような空気に一同は嘆息する。
ちなみにミッドレンジというのは中速度での決着を目指す、もえの使う速攻デッキとヒカリが愛用するコントロールの中間に位置するデッキタイプ。
速攻デッキのように苛烈に攻めないため息切れせず、コントロールデッキのように防御に徹することなく、攻守一体でバランスよく戦える。
目立った弱点がないとされるが特別得意な相手もおらず、試合展開の速度が速攻やコントロールのように極端ではない。そのためバランスが良いという扱いやすさの反面、プレイヤーの地力が出やすいとも言える。
そんなデッキをしずくが使うものだから弱点をつくのが難しいとも言える。
となると、しずくから勝利をもぎ取るのはヒカリを例にしたように運を味方につけるしかないのかも知れない。
もえもしずくに今まで一度も勝ったことがないわけではない。
……まぁ、通算勝率で言えば絶望的ではあるが。
ただ、勝ちたい時に勝つとなると難しいのだ。
勝率が絶望的な相手に対して、運一本で勝利を祈るのは最終的な手段として仕方ないのかも知れない。だが、仮にしずくの引きが悪かったとして、それでも勝ちきれず敗北に至ったという経験もヒカリにはある。
小学生の頃から姉の圧倒的な実力に憧れ、ひたすら何年も「勝つためのカードゲーム」を繰り返したしずく。彼女はもちろん一種の天才なのかも知れないが、それ以上に今日までの期間で繰り返した失敗の数がもえとは違いすぎる。
沢山の経験を持っているからこそ、最適解を打ち損ねない強靭なプレイヤーに成長しているのだ。一朝一夕で追いつけると思うのは失礼というものだろう。
なら、どうすればいいのか?
――と、そこでヒカリが手を打ち鳴らして閃きを口にする。
「どこまで行ってもカードゲームは運が絡むんですから……もういっそ、何もかもを運に任せてしまうというのはどうでしょうか?」
「んんー? しずくの手札が悪いのを祈るってことー?」
「そうではなくて、理論上ちゃんと動けば最強のデッキを作るんです。理想的な動きをすればしずくちゃんがどれだけ強くても対処不可能なデッキを」
「えぇ!? そんなデッキあるんですか!?」
もえはテーブルを手で叩きつけ、驚愕を口にする。
正直、そんなものがあるのならどうして使わないのか――と、言いたげな表情を浮かべるもえではあるが、現実はそれほど甘くない。
あくまで理論上、だ。
ピンと来ていない他の二人にも理解してもらうべく、ヒカリは説明する。
「カードゲームのデッキには得意な時間が存在します。そうですね……もえちゃん、速攻デッキの得意な時間帯ってどこだと思います?」
「それはもちろん……最初の一ターンから中盤に至るまでですよね? 中盤で相手の動きが固まってきたら、捌かれて攻撃が通らなくなっていきますし」
「そうですね。そんな風にミッドレンジは中盤、コントロールは終盤。葉月の使うコンボデッキはパーツが揃うまでを考え、なるべく試合は長引いた方がいいでしょうし……それぞれが得意な時間というものが存在します」
「……それは何となく……私も分かるんですけど、それが……最強のデッキに関係……あるんですか?」
カードゲームのデッキには得意な時間帯があり、逆に言えば苦手も存在する。その弱点となる部分を突かれることで相性が成立する。
だが、ミッドレンジはそういった相性の影響を受けにくいという話をした所だった。
まったく話が読めない一同だったが、ヒカリは得意げな表情で立ち上がって――そして、最早カード同好会の様式美となった指ぱっちんを行う。
自動で回転するホワイトボード。
両面何も書かれていないので回転させる意味は皆無。
「え!? 撤去って言ったじゃないー!」
後頭部の痛みを思い出し、叫ぶ葉月。
そして何も書かれていないホワイトボードにヒカリは「私の考えたさいきょーのデッキ案」と記入し、デッキコンセプトを書き連ねていく。
その内容はあまりにも現実味がなく、たしかに「理論上最強」ではあった。
葉月と幽子はヒカリが悪ふざけをしているのだと思ったが、もえはそのあまりにも割り切ったデッキコンセプトに感動する。
「ヒカリさん、いけますよ! これ! 私、このデッキで戦いたいって思いました! 使いこなしたら格好いいし……なんか私っぽいかも!」
こうして明日、もえがしずくと戦うために用いるデッキが決まった!




