第五話「明かされる同好会発足の真実! そしてもえは決心する!」
「ぶっちゃけカード同好会ってさ、私たちにとってなくなっても困らない部活なんだよねー」
カード同好会発足のためもえを勧誘し、部長の座について今日まで皆を引っ張ってきた葉月の口からは、間違っても出てはいけないセリフだった。
葉月にとって最初の一歩だと語ったカード同好会の発足。それを全否定するような発言ではあるが――しかし、カード同好会不要論はヒカリが葉月に語っていたり、もえも活動初日にちらっと思ったことではあった。
「カードゲームする部室が欲しくて同好会を作ったのかなと思ったら、ショップでの活動が中心ですからね。……要らないとは思いませんけど、どうして設立したのか考えたことはありますね」
「カード部を設立する高校自体は増えてるらしいんだけどねー。ただ、ウチは他所と違ってみんなで一つの目標目指してるわけじゃないからなぁー。全国目指してたのもしずくだけだしー」
葉月はあっけらかんとカード同好会不要論を語り連ねていき、あまりにも説得力が深まっていくので、きちんとひっくり返るのかもえは心配になってくる。
(逆に考えてみよう。どうしてカード同好会を作る意味があったのか? 学校にグループを設立してカードゲームをやる意味があるのか?)
それを考えた時、今ではカードゲーマーとなったもえだが、そもそもはアニメ好きだったことが影響したのかある答えへと行き着く。
「え、もしかしてウチの学校……廃校になるんですか?」
「どんな思考したらそんな答えが出てくるのー!?」
葉月からすれば素っ頓狂なことを言われたように感じるが、もえとしては「部活を立ち上げて結果を残し廃校阻止」というアニメにおける定番を踏まえた発言だった。
「でも葉月さん、今回の団体戦は勝ちたいって言ってましたよね?」
「言ったけど、それと廃校って関係あるー?」
「きっと部活動で結果を残し、その話題性で入学希望者を集めて廃校を阻止する。そんなシナリオで動いてたんですよね?」
「全然、言ってることが分からないよー。なんか変な漫画でも読みすぎたのー?」
もえを案ずるようなイントネーションさえ含ませ、葉月は言った。
まぁ、変かどうかはともかく漫画やアニメの見過ぎは否めなかった。
「……でも、今回の団体戦で勝ちたいっていうのはちょっと関係あるかなー。しずくが個人戦で優勝するんでもよかったんだけど、カード同好会に活動の成果みたいなのが欲しくてねー」
「え? 廃校は阻止しないんですよね? ……じゃあ、何のために成果がいるんですか?」
「それはもちろん、カード同好会がカード部へと昇格するためだよー」
「カード部、ですか?」
思わず葉月の言葉を繰り返すもえ。
カード同好会に所属して間もない頃、クラスメイトと会話した中でもえは聞いたことがあった。
同好会は活動の成果を認められることで、正式な「部」として昇格するということ。
つまり、葉月はそれを狙って団体戦で全国優勝という結果を出そうとしているのだろう。
「カード同好会を部にしたいっていう意図は分かりましたけど……そもそも、カード同好会不要論を語ったばかりじゃないですか。なのに部へ昇格って……」
もえの不思議そうな表情と口調に、葉月はもっともな反応だと何度も頷く。
「そこで私がカード同好会を発足した理由が出てくるんだよねー。確かにカード同好会はあってもなくてもいい、存在意義の危うい部活。でも私個人にとってはちゃんと意味があるんだよー」
「私個人にとっては、って……なんか葉月さんの一存で発足した感じの言い方ですね」
「いや、私はそのつもりで言ってるよー? カード同好会は私の自己満足と、そして方向性だけは何となく掴めてた自身の目標の一歩だった。……さて、私の目標って何だっけー?」
「カードゲームを広めることをやりたい……でしたよね?」
それが何か関係あるのか、と思ったが――しかし、考えてみればその答えに一番近い場所にいるのが自分ではないかともえは自覚する。
寧ろ、答えそのものと言っていい。
なぜなら、カード同好会を発足しようと葉月が動いていなければ少なくとも――もえにカードゲームが広まることはなかった。
そう。学校に部活動として存在していれば、それだけで知らない世界が新入生に毎年、開かれ続けるのだ。
カード同好会は、存在すること自体にそもそも意味がある。
もえが答えに至ったことを察したのか、葉月は笑みを深めて語る。
「これはね、恩返しなんだよ」
「……恩返し?」
「そう。私は高校に上がってから時間に余裕を持った。でも、友達がいなかったんだよねー。で、弟達から引き継ぐ形で趣味になったカードゲームのショップがあるらしいってことで、ある日そこへ行って……ヒカリやしずく、幽子と出会った」
「なるほど……。そういう意味の恩返しなんですね」
「そう。カードゲームは私に友達をくれたんだよねー」
心底嬉しい思い出であったように、葉月は弾んだ口調で言った。
カードゲームは一人ではできない。
もえがカード同好会に入ったあの日、そう語った葉月でさえも最初は一人ぼっちで。
だが、人が集まる場所に赴いて沢山の友達に恵まれた。
カードゲームは人と人を結びつけるコミュニケーションツールであり、葉月にとっては出会いをくれた恩人とも言えるもの。
広めることで還元したい、恩を返したいと……そう思うくらいに、感謝しているもの。
「カード同好会が部になれば競技性や人間的向上がきちんと伴う、遊びに留まらない文化だって証明になる気もしてさ。なんとか昇格できないかなって思ってたんだよね」
「でもしずくさんは残念ながら個人戦優勝を逃してしまって……だから、今度は団体戦で結果を残すべく戦うんですね」
「そうだよー。最初はしずくともえ、それにヒカリで出場してもらおうと思ったんだけど……発起人が戦わないのは筋が通ってないよねー。そう思ったから……私も自分の領域をちょっと飛び出して戦うって決めた!」
そう語り、まるで無謀な全国優勝という夢と重ねたように星屑へ手を伸ばす葉月。
彼女は曇りなく、まっすぐに希望を湛えた瞳で空を見上げていて。
学校にカード同好会を作り、あわよくば部へと昇格させて残す。それが葉月にとってカードゲームへ何かしたい夢であり、一歩だった。
そんな葉月の理想を聞いて、もえは遠慮など抜きにしてしずくから答えを出すように言われていた団体戦の件に対しての心が決まる。
「なら、やっぱり団体戦はしずくさんに出てもらうべきですね。きちんと優勝を狙う理由があるなら、より強い人が出て確率を上げるべきです」
明確に団体戦出場への答えを出すことができたもえ。
四人の仲に遠慮するという馬鹿な思考を振り払った今のもえにとって、それは曇りなき本心だった。
だが――。
「残念ながらそうもいかないんだよねー」
「……え?」
呆気にとられ言葉を漏らしたもえ。
しずくに出場を譲る正当な理由が提示されたように思ったが、葉月は首を横に振る。
……そう、葉月はまだ肝心な「今日、もえに話そうとしていたこと」に触れていない。
「もえ、カードゲームは好きになれた?」
「……え? あ、はい! それはもちろん」
「で、まだ将来の夢とか目標みたいなのは見つけられない……そう言ってたよね?」
「そうですね……」
「よろしい。なら、この私が君に夢というほど大きいものじゃないけれど……でも、何かの目標にはなる小さな一歩を与えてあげようー。そもそも今日、この話をしようと思ってたけど意味を持たせられてよかったよー」
得意げに語り、葉月はもえの数歩前を軽いステップで歩み出して、くるりと踵を返し向き合う形に。
二人の足が止まり、そして――葉月はもえを真っ直ぐに指差して、語る。
「それじゃあカード同好会部長である緑川葉月が任命します。
来年度、カード部の部長は赤澤もえ――君に決めたよっ!
とまぁ、そういうわけだから頑張りたまえー。あっはっはー」
かしこまって語ったかと思えば、ふんぞり返って上機嫌そうな葉月。
一方で、突如として部長に任命されたもえは頭の中が真っ白になる。
「え? え? 私が部長……ですか?」
「そうだよー。しずくは部長って感じじゃないし、幽子は恥ずかしがる。それに何より、柔軟性があって色んな人に合わせられるもえが適任だねー」
「部長……私にできるんですかね?」
「でも勘違いしちゃいけないよ? 私が任命したのはカード同好会じゃなくて『カード部』の部長だからねー。この意味、分かるかなー?」
顎に手を触れさせ、もえは思案顔を浮かべる。
カード部の部長――それは、ボーっとしていれば来年度、自動的になれるものではない。
結果を残し、部へ昇格しなければ現状維持となってカード同好会のまま。そして、もえは同好会の部長には任命されていない。
――つまり、カード部の部長になるための努力をしなければならない。
それはもえにとっての目標であり、夢や目標がなく、皆と自分を比べて焦燥感を抱えていたもえにとって、まず一歩を踏み出せる指針。
ならば、葉月がカード同好会の部長として団体戦で戦うように、もえもカード部の部長という未来を――他力本願にしていていいのか?
(そんなわけ……ないっ!)
「……私、どうやら団体戦に出なくちゃならないみたいですね。カード部の部長になるため、勝たなきゃいけない大会があります。だから葉月さん、ヒカリさんと一緒に団体戦へ出る最後の一人……しずくさんには譲れないです!」
決心したもえの表情を見つめ、葉月は安堵したものをその顔に浮かべる。
団体戦出場を決める理由を手にしたもえ。
しかし、しずくだって出場する意欲を示していた。
だから――もえは葉月に与えられた目的のために。どこへ至るのかも分からないけれど……しかし前へ進む一歩のために、カード同好会のエースである青山しずくとぶつかる決意を固めたのだった!




