第四話「葉月の私生活が明らかに!? もえの動画出演!」
「葉月っ! もえちゃんに手を出したら許しませんからね!」
「だ、出さないよー」
「何で出さないんですかっ! 魅力に気付きなさい!」
「どういうことー!?」
五人揃っての活動を終えて部室から出る最中、ヒカリは葉月へ必要のない釘を刺す。
今日、これからもえは葉月の家へと向かう。用件はカード同好会のメンバーに一人ずつ出されていた動画出演のオファーである。
動画撮影自体は部室でも可能なのだが、葉月曰く「たまにはもえと二人きりになりたくてねー」ということらしく、この発言がヒカリにとっては面白くないのだ。
「私でさえまだもえちゃんを自宅に招いたことないんですから……。葉月、あなたに先を越されること、一生根に持ちますよ」
「ヒカリが思うようなことは何もないってー。ただ、もえとちょっと話したいこともあるから我が家に招くのであって」
「あ、そうだ。今から父に頼んで葉月の家を買収しましょう。そうして、我が家にすればもえちゃんは私の家を訪れたことになりますし」
「そんなことで私をホームレスにしないでよー……」
輝きを失った瞳でぶつぶつと物騒なことを企むヒカリを何とか宥め、納得させるのに葉月は骨を折りながら――カード同好会は今日の活動を終えて解散。
もえと葉月は、刺すような視線を背で受けながら駅にてヒカリ、幽子と逆方向の電車に乗って別れた。
本来もえが降りる駅を通り過ぎて到着した電車を降り、歩くこと数分。葉月の「着いたよー」という言葉と指す手で示された一件の建物――そこは少し年季の入った日本家屋だった。
「なんか恥ずかしいねー。こんなボロい家に招待しちゃってー」
後ろ頭を掻きつつ引き戸をガラガラと開き、中へともえを導く葉月。
すると、引き戸の音に呼応して家の奥からドタドタと足音がいくつも連なる。それはこちらへ向かってくるようで、ビクついて身構えるもえ。
玄関までやってきたその足音の持ち主は葉月と同じく緑の髪をした小さな男の子三人と、女の子二人。
上は小学生高学年から、下は幼稚園くらいだろうか。
そんな五人に遅れて、落ち着いた足取りで葉月の中学校時代みたいな感じの少女がやってくる。
「姉ちゃん、おかえりー」
「葉月、帰ってきたー!」
「お姉ちゃん、お友達連れてきてるー!」
「緑川お帰りー!」
「すっげー、姉ちゃんよりおっぱいでけー!」
「こらこら、お客さん来てるんだから騒がないの!」
口々に騒ぎ、好き勝手に言葉を発する五人を何とか取りまとめようとする中学生くらいの少女――そう、この六人は全て葉月にとっての弟や妹なのだ。
まさかの大家族で呆気に取られるもえ。
(えぇ!? 葉月さん、六人の長女なの!? っていうか……どの子か姉のことを苗字で呼んでたような)
騒がしく姉の帰宅を迎える子供達に、葉月は鬱陶しそうに「はいはい、ただいまー」と返事を返し、もえを中に通して玄関の戸を閉める。
珍しいと思われる姉の友人の来訪に盛り上げる五人。
だが、葉月は来客を紹介することもなく、次女と思われる中学生の少女に「この子達、何とか抑えといてねー」と頼み、そそくさと二階にあるらしい自室へともえを誘導する。
階段を上がって葉月の部屋へと向かう途中、下から子供達の声が響く。
「葉月ぃ! あのお尻で踏んでも壊れないメガネのやつやってよー」
「……葉月さん、メガネのやつやらなくていいんですか?」
「い、いいからー! 早く行こ! あと、メガネのやつとか知らないしー!」
弟達に日常を曝け出されまくっているせいか、顔を真っ赤にして階段をずんずんと上がっていく葉月。
遅れてもえも続きながら、振り返って階段の下で不思議そうにこちらへ視線を送る子供達を見返す。
(葉月さん、普段はきっと面倒見いいんだろうなぁ……。それにしてもメガネのやつって、あのCMのやつだよね?)
名前繋がりでそのような持ちギャグがあるのなら、今度絶望的な場面でネタ振りしてやろうと心に決めたもえだった。
さて、通された葉月の私室。入り口はドアではなく襖で、内側からは後付けの金具で鍵がかかるようになっており、それによって葉月は弟達の侵入を未然に防いだ。
室内は勉強机にベッド、中央にテーブル。本棚には同じ漫画本が複数冊収められており、おそらくは書籍に付属しているカード欲しさに購入したのだろう。
机とテーブルの上には大量のカードが山積みになっており、女の子の私室というよりはカードゲーマーの部屋だった。
二人は床へと腰を降ろし、葉月はようやく落ち着ける場所に来られたからか大きく息を吐く。
「そういえば話したことなかったけど、ウチが大家族ってビックリさせちゃったよねー?」
「正直、驚きましたね。遠征の時に沢山料理作ってた理由は分かった気がしましたけど」
「両親が共働きだから私が作ること多くてねー」
「確かに今思えば、葉月さんって大家族顔ですよね」
「どういう意味なのさ、それー」
もえの失礼なのかイマイチよく分からない発言に表情を困惑させながら、葉月はテーブルの上に積まれたカードの束を少しずつ片付けていく。
そんな光景を見つめてもえは何となく疑問を口にする。
「もしかして弟さんや妹さんもカードゲームするんですか?」
「うーん、やってたが正解かなー。あの子達が始めたカードゲームの相手をさせられてて、いつの間にか私がハマった感じー。あの子達はもう飽きちゃってるんだけどねー」
「あ、家族きっかけでカードゲーム始めたんですね」
「そうなんだよー。でさ、今はカードもそれなりに揃ってるけど、当時は下の子達が持ってるものしか家にないわけ。だから家にあるカードで組み合わせて遊んでたのが、コンボにハマったきっかけでもあるかなー」
懐かしむように話しながら葉月は、テーブルの上のカードを全て勉強机の上に移動するという何の解決にもなっていない片付けを終えた。
すると襖をノックする音が響き、葉月が戸を開けると次女が二人分のお茶とお菓子を差し入れる。
ありがたく受け取り、温かいお茶を啜ってほっとするもえと葉月。
「いやぁ、何も出してなかったね。気が利かなくて申し訳ないー。悪ガキ共から逃げるのに意識が集中しててー」
「とはいえ出来た妹さんじゃないですか。下の子達もあの子が面倒を?」
「高校に上がるまでは私の役目だったんだけどねー。あの子が中学生になって、その役目を継いでくれてるんだよー。下の子も結構大きくなってきたし、来年はあの子も子守から解放されるかもだけどー」
「え? ってことは葉月さんが中学生の頃なんかは遊びに出られなかったんじゃないですか?」
「そりゃもう、遊びに出るなんてあり得ないよー。それに放課後はすぐ家に帰るものだから、教室で話すくらいの浅い付き合いな友人しかいなかったしねー」
テーブルの上、肩肘をついて溜め息混じりに語った葉月。
つまり高校に上がって子守を次女に代わってもらえたからこそ、カードショップに顔を出せたり、カードゲーム自体にも打ち込めるようになったのだろう。
そのように少し過去に触れたところで、葉月は手を打ち鳴らして「さて」と本題に入る。
「それじゃあ動画撮ろっか」
○
外へ出れば空には星屑が輝き、すっかりと陽は落ちていた。
動画を取り終えたもえと、駅まで送ると言う葉月の二人で家を出て、住居が立ち並ぶ路地を歩いていく。
ちなみに今回の動画はもえが考えたコンボデッキを紹介するという「葉月が主役ではない動画」である。もえの毒舌が今までにない切れ味をもたらし、葉月は公開後の反応を楽しみにしていた。
さて、駅まで歩んでいく道中――葉月ともえの間に会話はなかった。
気まずい空気が流れているとかではなく、もしかしたら葉月の方が語っていた「話したいこと」のタイミングを見計らっているのかも知れない。
そんな静寂、もえはせっかくなので抱えている悩みに対する葉月の意見を聞いてみたいと思った。
一人で抱えていても解決しなくて、だからこそ仲間の力を借りる。
ヒカリや幽子に助けられたように、葉月からも何か悩みを解決するヒントがもらえるかも知れない……だからこそ、思い切って投げかけてみることに。
「今日の動画撮影、あれも葉月さんの夢の一歩だったりするんですか?」
「んー、まぁそうなるのかなー。私はみんなと違って明確に目的が定まってないからねー。ゆっくりと一歩一歩やるしかないんだよ」
「でも、方向性は見定まってるってことですよね。……私はそんなのも見えなくて、ちょっと焦りすら感じちゃって。葉月さんはそういう目標……どうやって見つけたんですか?」
もえの質問に対して葉月は返答を思案し、両手を頭の後ろで組みながら「そうだねー」と言って自分の中にある意見を纏めていく。
「なかなか難しいことを聞いてくるねー。……でも、もえは夢とかまだ見つけられてないって、合宿の時に言ってたもんねー。やっぱり焦っちゃうー?」
「そうですね。……みんなが何らかの目標を持って行動してるのに、自分はそういうのがないから。このままじゃマズいのかなって」
「そっかー。まぁ、私も方向性は見定まっているとは言うけど、でも幽子やヒカリ、しずくみたいにはっきりと夢があるわけじゃないから……ちょっとだけ、もえの気持ちを理解してあげられるかもねー」
いつもの楽観的で、歌うような口調でもえの気持ちに寄り添う葉月。
葉月は自分に重ねてもえの悩みを考え、そしてどうすれば打開策を得られるのか……それを思案した。
結果、奇しくも彼女が「今日、もえに語ろうとしていたこと」に帰結することが分かり、思わず笑みを浮かべる。
だからこそ、葉月は得意げな表情で語る。
「私の場合はできることをただやってて、その中で何か明確な目標に至れないか模索してる感じなんだよね。だから僅かでも一歩を踏み出すのが大事。でさ……そんな最初の一歩ならもえにあげられるかもねー」
「最初の一歩、ですか……?」
「うん、そうだよー。順に話していく必要があるね……色々と語っていないことも沢山ある。今から話すのは私がカード同好会を発足させた理由になるのかなー。そんなに大それた理由があるわけじゃないけど……でも、あれが私にとって最初の一歩だったのかも」




