第二話「ヒカリともえのデート!? そして吐露される胸中」
――週末、もえはヒカリからデートに誘われた。
文化祭にてヒカリから告白され、返事を保留としているもえ。関係性は恋人に発展したわけではないし、かといって今までどおりというわけでもない。
気持ちを知ってヒカリがどのように立ち回るのかと思っていたもえだが、文化祭からしばらくは平常運行。
まるで告白なんてなかったかのように日々を過ごしていた二人だったが、ここにきてヒカリがわざわざデートという名目でもえを遊びに誘った。
もしかすると今までどおりの日常にかまけて、自分の告白を忘れるなというヒカリの意思表示かも知れない。
もえの方もヒカリへの返事を考えていないわけではなかった。それどころか、自分の気持ちをきちんと確かめるための「ちょっとした実験」をこっそりと日々行っている。
返事はそれほど遠くないだろう。
さて、もえとしても遊びに誘われて断る理由はない。
デート当日――まずは週末ということでカードゲーマーとしてショップ大会に参加。
ちなみに今日の大会、葉月は団体戦に向けての練習でしずくからアドバイスを受け、環境で流行しているデッキを組んで望んでいた。
環境デッキは高額カードを多量に採用するため、葉月には無縁のように思える。
しかし、錬金術以外でカードを売らない葉月は、大量のカードを所有していた。なので、今までに集めたカードの中から使わないであろうものを一気に売却することに。
勿体ない精神の擬人化たる葉月は水溜りができる勢いで涙を流して別れを告げたが、そのおかげで強力なデッキを完成させた。
このデッキに、コンボで培った卓越したプレイングが重なって大会ではいきなりヒカリ、もえにひでりを打ち倒して決勝戦まで駆け上がった葉月。
ショップのプレイヤー達からも「今日のエスカレーターは下りだから上がれない」などというよく分からない称賛がされていた。
流石にしずくには勝てなかったが、葉月はカードショップに通い始めて初の準優勝という成果を叩き出した。
ひでりからもようやく名前を聞かれ、今度からはショップで「緑川葉月」と大声で呼ばれる光景も見られるだろう。
そんな葉月は勝つことの楽しさを理解し始めたようで、いつもと変わらぬ笑顔で普段と違う層から対戦を申し込まれていた。
さて、大会が終わればヒカリともえのデートがようやく始まることに。普段は他のプレイヤーと対戦して過ごす週末だが、今日は二人で早い時間にショップを出る。
ちなみに葉月が死ぬほど冷やかしてくるので、もえはショップのプレイヤー達にバトルマスターと化した本日の準優勝者の写真を見せびらかしてから外へ出た。
というわけで今、もえとヒカリは商店街を歩きながら行き先を思案している。
吐く息が白く染まり、日が落ちる時間も随分と早くなった十二月。今日は天気もよく空は透き通るような青色だが、コートを身に纏わなければ体が寒さで震えるくらいに気温は下がっていた。
「それにしても冬ですね、ヒカリさん」
「ですね。リア充爆発しろーって感じの季節ですよね」
商店街にはあちらこちらでクリスマスモチーフの装飾がされ、お店によっては日中であるため点灯してはいないがイルミネーションがすでに準備されていた。
まだ十二月になったばかりとはいえ、街はもうクリスマスムードだった。
(まぁ、申し訳ないけど流石にクリスマスに返事をするのは無理かなぁ……)
いつぞや、ヒカリはカード同好会の三人をクリぼっちだと見下せる優越感にワクワクしていたが、どうやら彼女の自身も今年は独り身のようだ。
そんな聖夜に一人、ということに対して思うことがあったのかヒカリは、
「早く爆発したいですねぇ」
「そんな表現初めて聞きましたよ」
「爆発するなら標的はもえちゃんですかね」
「テロ予告!? でも、それ不発弾ですよ」
「返事もらえたら結果はどっちでも爆発しそうです」
牽制するようにもえに告白を意識させてくる。
それだけもえのことを今も想い続けているという証でもあった。
そこに関しては焦らされても困るもえ。自分の中で納得がいかない段階で答えは出せないし、彼女の中には他にも悩むべき事柄が心を埋めてしまっているため……何というかいっぱいいっぱいだった。
それが表情に出ていたのか、ヒカリは何かを察して話題を変えることに。
「そういえば団体戦、どうするんですか?」
ヒカリの質問は気を遣って話題を変えてくれながらも、再びもえのデリケートな部分を突いてしまっていた。
表情を曇らせつつ、答えないわけにもいかないので口を開くもえ。
「わざわざ私が出る理由って何かありますかね?」
「私としては高校生活における最後の大会ですし、好きな人と一緒に出たいですけど」
「そ、それは……どうもです」
はっきりと気持ちを告げられ、ちょっと恥ずかしくて目線を逸らすもえ。
そんな挙動が可愛らしく思えたヒカリは愛おしそうに笑みを浮かべる。
「でも、しずくさんに出てもらった方がいいはずですよ」
「強さ順じゃないってしずくちゃんは言ってたじゃないですか」
「それは分かってますよ」
「じゃあ、どうしてですか? 葉月が狙ってる優勝はもえちゃんを含めたチームでもきっと狙えますし、望めば出場できる状況のはずですけど……」
おそらくあの場でもえの言葉を聞いていた全員が内心、腑に落ちなかったであろう疑問。
つべこべ言わずに出たいなら手を上げろ、と……要約すればしずくはそう言っていた。
そのことに対して、それでもやはり強いしずくの方が――なんて遠慮がもえにあるわけではない。
もえの中で疼くのは――疎外感だ。
普段のもえなら分かるはずのこと。
皆はきちんと自分を仲間として認めてくれているはず。ただ今は落ち込んでいるから、付き合いの長さを見て勝手にいじけているだけなのだと。
だが、もえの中で劣等感や焦燥感、敗北感が絡み合っているせいで、単純に答えが出せる疎外感までもが複雑に結びつき、解けなくなっている。
ネガティブスパイラル。
何を考えても後ろ向き。
なら、一つずつ解いていくしかない。今のまま悩んでいても変わらないと、もえは意を決して胸中を――ヒカリにぶつけてみる。
「……なんていうか、私って同好会でちょっと浮いてるじゃないですか?」
「あー、そうかも知れませんね」
「えぇ!? 嘘でしょ!?」
あっさり肯定され、心臓が破裂しそうな気さえするもえ。
ただ、ヒカリの言葉には続きがあった。
「私の目にはもえちゃんが他の同好会メンバーと同じようには映りませんし、それはやっぱり浮いてるんじゃないでしょうか」
「ひ、ヒカリさん視点の話ですか……びっくりしたぁ」
恋愛脳のヒカリは常に「もえちゃん大好きフィルター」なるものを通して考えるのだ。
ショック死しそうなくらいに心臓が跳ね上がったもえは深呼吸して、まずは正しい心拍数に戻るのを待つことに。
「あら? もえちゃんが言う『浮いている』とは、また違った意味なんですか?」
「そうですよ。……その、なんていうか私って他の四人とは付き合ってきた歴が違うじゃないですか? だから、浮いてるのかなって」
「……あれ。もしかして、だから付き合いが長いしずくちゃんと私たちの三人で団体戦に出た方がいいって――そう思ったんですか?」
ヒカリの言葉はいつもの穏やかなものから次第に、どこか咎めるようなものを帯びていく。彼女にしては珍しく怒っていることが、そのイントネーションから受け取れた。
とはいえ、ヒカリの言うとおりであるため首肯したもえ。
すると――、
「歯ァ食いしばれっ、この馬鹿やろぉぉぉぉおおおおっ!」
――と叫びながら、ヒカリは手の平でもえの頬を力の限りひっぱたく。
何気に食いしばれ発言の時点ですでに殴打されていたもえ。その衝撃たるや、一瞬「表情筋全部持ってかれた!?」と思ったほどである。
突然の闘魂注入に理解が追い付かないもえ。
叩かれた頬をゆっくり手で撫でると、その部分がジンジンとまだ痛みながら熱を持っていた。
「え……えぇ!?」
「本当なら正座もさせたいところですが、外ですので勘弁してあげます。……それにしても、私がさっき言ったこと聞いてましたか?」
「……え? 何のことでしょう?」
「高校生活における最後の大会ですし、好きな人と一緒に出たい――と言いました。この意味が分かりますか?」
頬を手で押さえながら、直球な感情表現に照れつつもそのようなことをついさっき言われたことを思い出す。
その意味――少し考えれば分かることだったのかも知れない。
「私はもえちゃんを好きな時点で最も仲の良い人に、付き合いでいえば一番短い人を選んでる……なら、人間関係は時間じゃないです!」
「それは……! 気付かず本当に……すみません」
「そうですよ! 私の告白が伝わってないのかなって思いました。……それに、もえちゃんはカード同好会の皆に愛されてます!」
「……そうなんでしょうか?」
ヒカリは拗ねた表情を浮かべ、腕組みをしながら「そうです!」と言い聞かせるように言って続ける。
「幽子ちゃんは同級生の友達ということで、私たちよりも楽しそうにもえちゃんと話してます。葉月はもえちゃんが同好会に入ってくれたこと、本当に喜んでました。しずくちゃんだって大好きなお姉さんのデッキを使わせるくらい、もえちゃんのこと気に入ってます!」
捲し立てるようなヒカリの物言いに、思わず閉口してしまうもえ。
そんなものはお構い無しにヒカリは続ける。
「気持ちは分かります。私たち四人の関係に後から加わったんですからね。でも私たちは疎外感なんて感じず輪に入って欲しいんです。信じて下さい。いや、信じなさい! みんな、もえちゃんが……大好きなんですからっ!」
そう言ってヒカリはギュっともえの体を抱きしめる。
ヒカリはちょっと「ドサクサに紛れてやったった」と思いつつも、自分一人で四人分の想いを伝えようとすると、気づけば行動となっていたのだ。
誰かの体温に触れ、凍てついたネガティブな心がじわっと溶けていく感覚がして……もえはほっとした気持ちで満たされる。
論理ではなく、体当たりで理解させられていく。
それは今のもえにとっての特効薬。
「すみません、ヒカリさん。そうですよね……みんな私を昔から五人でいたみたいに仲良くしてくれたのに、ネガティブに考えちゃって」
「分かってくれたならいいんです。もえちゃん、そんな疎外感……感じなくていいんですからね?」
いつの間にかヒカリは感極まったのか、その声を涙に濡らしていた。
(まだ私の中にはモヤモヤしてることがあって……だけど、それはこうして思い切って話すことで案外と解決したりする? なら他の人にも相談してみようかな)
ヒカリのおかげでもえは少しだけ前を向くことができた。
……のだが、まだ抱きついたままのヒカリ。
「あの……道のど真ん中ですし、ヒカリさん。もういいですよ」
「いや、もえちゃんはまだ落ち込んでますから、こうやって励まさないとっ!」




