第一話「冬の団体戦! もえにちょっとした変化が……?」
カード同好会メンバーの意識は冬の団体戦、その地区予選へと向いていた。
十二月上旬――三年生である葉月とヒカリは文化祭で部活引退だが、そんなことはお構いなしでカード同好会の部室にいる。
彼女らに同好会を引退したつもりはなく、受験を控えている身でありながら何よりも団体戦のことを優先するつもりらしい。
部室内ではヒカリが夏季に持ち込んだ灯油ストーブが正しく使用されていた。椅子に腰かけるのではなく、五人はしゃがんでストーブを囲んでいる。
さて、冬の団体戦は三人一組での出場。先鋒、中堅、大将を決めての戦いとなり、そのメンバーは自ずと決まりそうなものだったが――意外とそうでもなかったのだ。
「葉月さんとヒカリさんは同好会として最後の大型大会だし、本人がオーケーなら出場確定。だからあと一人だよね」
チームの核とも言うべきカード同好会のエースしずくがあろうことか「あと一人」を議題にかけた。
幽子は非プレイヤーであるため、この質問は実質「もえはどうしたい?」に言いかえられるものだった。
後ろ頭を掻き、もえは困った表情を浮かべて語る。
「確か権利はしずくさんが優勝して手に入れたものですよね?」
「ん? それは関係ないよ。権利を取った人が出なきゃいけないルールはないから。駄目って言われてないだけでグレーかもだけど」
しずくの語ったルールはもえも分かっていた。
団体戦の店舗代表決定戦を勝ち抜いたしずくにはシリアルコードが記載された紙が賞品として渡されている。
それをカードゲームの公式サイトにて入力し、参加するメンバー三人を申請する形となるため、確かに権利取得者がチームに含まれている必要はない。
それどころか、この権利はフリマアプリで転売されていたりもする。
「うーん。でも誰が権利を取ったかを抜きにしても、やっぱりしずくさんが出るべきだと思うんです」
「何かそう思う理由があるの?」
「やっぱりしずくさんの方が強いですし……チームに貢献できる人を優先するべきかと」
「もし強さ順でチームを組むなら葉月さん、要らないよね?」
「えぇー!? 何で私に飛び火するのー?」
灯油ストーブの熱に手の平をかざして和んだ表情を浮かべていた葉月は過敏に反応し、チーム最後の席を話し合う二人へ交互に視線を送る。
「まず今回は強さ順でチームが組まれてないんだよ。ヒカリさんとバトルマスター(笑)は今年度で卒業だからこそ出場確定なんだし」
「え、今間違いなく鼻で笑ったよねー? 私の世を忍ぶ仮の姿を馬鹿にしたよねー?」
「なるほど。ヒカリさんとバトルマスター(笑)に花を持たせるってことで出場確定なんですね」
「もえまでー! 文化祭以来、私のカリスマとしての姿を馬鹿にする流れ、そろそろ飽きてもいいんじゃないのー!?」
全く自分の言葉に耳を貸さない失礼な後輩二人に、泣きそうな表情で嘆息する葉月。
「……私はどちらかというと……ヒカリさんが、名付けた……怪人レタス野郎の方が気に入ってます……けどね」
「あれから全身黄緑のご当地ヒーローが文化祭に現れたって、校内でも話題になってましたしね」
「文化祭に現れたってまるでどっか他所から来たみたいな言い方だなぁー。れっきとしたこの学校の生徒のもう一つの顔なんだけどー」
逸れた話題を軌道修正すべく、しずくは咳払いをする。
「とりあえず今回の団体戦は優勝することを目的としてチームを組んでるわけじゃないから、気軽に出たいなら申し出ていいわけ」
何故かもえの遠慮という退路を断って、きちんとチーム参加について考えさせようとするしずく。
出たい意思があるならば、遠慮せずに挙手していい状況が整った。
つまり今回の団体戦、そのチーム編成は葉月とヒカリの思い出作りみたいな部分があって。
(……なら、私は遠慮した方がいいんじゃないかな? だって、私は――)
――と、そこまでもえが思考したところで葉月が「ちょっと待ったー」と言って会話に割り入る。
「私は確かにしずくから誘われて団体戦に出ることを決心したけど、でも優勝を放棄するとは言ってないよー? 私を擁するチームで出場して、でも優勝は目指していくつもりだからねー?」
意外にも勝つことに対し、前向きな姿勢を見せる葉月。
他の三人からしてみれば、団体戦参加に前向きとなったことも驚きだ。
だというのに、負けても笑えるエンターテイナーであり、そしてみんな大好きエスカレーターな葉月が勝つことにまで向き合っている。
その光景があまりにも異様で、三人は驚きを隠せない。
そして、この葉月の発言はもえにとって助け船でもあった。
「やっぱり勝ちにいくんじゃないですか……じゃあ、しずくさんがチームに入った方がいいですよね?」
葉月とヒカリは卒業だから出場確定。だが優勝を目指していくなら、最強戦力であるしずくで補うのが適当。
最早、チームはそれで確定と思われ、もえは安堵しかけていた――が。
「それでも、もえに出たいって意思があるなら私を優先する意味はないよ。もえが出たら優勝がなくなるとは思わないし」
何故か折れることなく、もえに出場の可能性を残すしずく。
「え、どうしてですか? しずくさん……もしかして出たくないとか?」
「出たいよ。大きな舞台だし、葉月さんやヒカリさんとは一緒に出られる最後の大会になるかも知れないわけだし」
「じゃあ、もう答えは出てるじゃないですか」
「いや、もえが答えを出してないんだよ」
ピリついた空気と静寂が部室内を満たしていた。
確かにもえは明確に返事をせず、それは聞いていたらイライラするものだったかも知れない。
……まぁ、しずくは相変わらず何の感情も露にしていないが。
「……そうだな、今ここでは答えは聞かない。団体戦の登録期限である一週間後まで、まずはゆっくり考えてよ」
どこか突き放すようにも聞こえるしずくの言葉で、もえは団体戦への出場を一週間かけて検討することになった。
浮かない表情を浮かべて首肯したもえ。
実は最近のもえ、今日までの日々で詰み重なった思い出によって――ちょっとした心境の変化がもたらされていたのだ。
○
自宅に帰ってくると食事もあまり喉を通らず、お風呂ではいつもの倍の時間を湯船の中で過ごした。そして鉛のように重くなった体をベッドに預け、天井から釣り下がる蛍光灯に目を細めながら考えるのである。
実はもえ――カード同好会で自分は浮いている、と感じ始めていた。
それは最近、もえの中で形を得た感情。今日まで四人と過ごし、感じてきた「自分と彼女らの差」であり、いくつもの要因が重なってもえの心に絡み付いている。
――まず四人の仲に対する、疎外感。
これは団体戦で葉月とヒカリに花をもたせる意味合いがあることを聞いて感じた、もえの悩みの中では割と新しいもの。
葉月とヒカリがカード同好会として最後の活動、その団体戦への出場をするのなら、共に戦うのはしずくの方がいい。
しずくは、葉月やヒカリと長い付き合いなのだから。
皆は自分と出会う前から仲が良くて……なら邪魔をするべきじゃない。私は後からあの輪に入ったのだから、と。
だから団体戦は遠慮するべきだ、と考えてしまうのだ。
このように歪んだ思考をするようになったのは、もえがあらゆる「皆との差」によって気分を沈めたから。
――その一つがまず、劣等感。
他の四人には譲れない個性があって、皆が自分のスタイルを持って一貫性がある。
四人が揺るぎない核のようなものを持ってデッキやプレイで自己表現をするのに、もえは皆のデッキを真似したり、自分の色がないと感じるのだ。
あらゆるデッキを触ることも、今まで趣味をコロコロと変えてきた過去をカードゲームでまた繰り返しているような気がして。
相も変わらず自分を持たずフラフラしていることにもえは苛立ち、皆と比べて確固たるものがないのを劣っていると思ってしまうのだ。
――そしてもえの中で大きい、焦燥感。
非公認へ遠征した時に感じたみんなにあって自分にはない、夢。
皆が何かの目標を掲げ、必死に歩んでいるのを今日まで眼前で見せつけられ続けた。
しずくの個人戦も、文化祭でのカードゲーム制作もそう。自分の目標のために必死になる姿が自分にはなく、遅れているのだと焦りをかんじてしまうのだ。
――最後にそれらを包括したような、敗北感。
みんなのようにカードゲームが大好きだと、本当に言えるのだろうか?
同じ熱量で四人に並ぶことができるだろうか?
葉月とヒカリは受験勉強の時間を削っている……というより、捨てているに近い勢いで今もカードゲームに向き合っている。団体戦を勝ちに行くなら、時間はどんどんカードに投資されていくだろう。
そんな熱量が自分にもあると言えるだろうか?
いつだったか学校の成績が芳しくないと語っていた四人に対して、もえは自分が間違っていると感じたように。
熱量で皆に敵わないなと思ってしまうのだ。
つまり――仲良し四人組の中に一人遅れて入ってしまったために、今日まで皆が作り上げてきた絆、それぞれが持つ個性や、将来に描く目標、趣味に対する情熱、それらに少しずつ打ちのめされて。
気付けばいつの間にか、ネガティブな感情のスパイラルにもえは飲み込まれていたのだ。
だからこそ思う。
カードゲームに――そして、みんなに、
(もっと早く出会っていたら、何か変わってたのかな? こんな風に浮いてるなんて思うことなく、団体戦にも出たいって申し出ることができたのかな?)
憂鬱な全てから目を逸らすようにもえは、重たい瞼を閉じた。




