第八話「同好会製カードゲームは好調! そしてあの人物が……!」
土日の二日間で開催される文化祭初日――校舎内、そして部活棟にも客が足を踏み入れ、それぞれの教室にて催されるお店や展示は賑わいを見せていた。
そして学校の敷地を上空から見下ろしたなら、生徒が出展する屋台が並び、それ以外の空間を人が群れを成して動き回る光景が確認できるだろう。
客は主に生徒の保護者だったり近所に住む人、もしかすると他校の学生も休みということで訪れているかもしれない。
一般客が多いほど生徒も忙しく動き回ることになり、学園祭独特の段取りの悪さによって人の流れは渋滞気味と言えるだろう。
そんな忙しく動き回る生徒の内の二人がもえとしずく。カード同好会の出し物を広めるべく、ビラを配っているのだ。
――さて、一方でカード同好会の部室。
決して広いわけではない部室にて行われるオリジナルカードゲーム体験会。部室の前にはそこそこの待ち客が並んでいた。
客に対戦をしてもらうため回転率が良くない出し物であり、そもそも待ち客を作りやすいというのもあるが、事実として人は集まっていると言えるだろう。
教室内にて数組がカード同好会の作ったゲームをプレイし、盛り上がりを見せていた。
このカード同好会の発表――例えばペアで訪れた場合はその二人で対戦することとなる。しかし、一人でやってきた場合には同じく相手のいないお客、もしくは奇数で並んでいるグループに声をかけて知らない人同士でプレイしてもらう。
この部分、一人の客は同好会メンバーが相手するというアイデアもあったのだが、カードゲーム特有の知らない人とプレイする機会の多さも含めて体験してもらうことに。
ビラ配りに出ているしずくともえを除いた三人がお客にルールをティーチングしながら対戦のサポートをする。その後、各々の判断でもう一戦自由にプレイしてもらい、二戦で待っている客へ交代となる。
ゲームは大味な展開にならないように戦略性を考慮しつつ、運で劣勢を覆せる可能性も持たせている。この辺りはかなりの対戦数を繰り返して調整した。
その甲斐もあって各テーブルで時折、逆転劇が生まれて思わず盛り上がりに声を上げてしまう人も少なくない。
さらに意外な効果を生んだのが、葉月の仮装したカリスマ「バトルマスター・ハズキ」である。
仮面舞踏会にでもつけていくようなマスク、シルクハット、そしてマントをひらめかせる。首から下は葉月の思うヒーロー像だという、少し機械的な近未来を思わせる衣装。
そして、ブーツの爪先に至るまでそれら全てのパーツが蛍光の黄緑色に統一されている。
そんなイロモノの葉月……もといバトルマスターだが、テーマパークにおける着ぐるみのようなマスコット感が一見の客にとっては効果的だった。
年上や年下、異性だとかそういった人間味を一切感じさせない「あからさまに変なやつ」であるため、どんな人にも対応できるのだ。
そして葉月のヒーロー然としたクサい演技も愛嬌となっており、来場者間のクチコミで広まったのか、このカリスマ見たさに訪れる人も現れた。
そんなカード同好会のオリジナルカードゲーム体験会には見知った顔も訪れている。
新井山ひでりである。
しずくに誘われて来たのだと思われるひでりは列に並び、貧乏ゆすりをしながら自分の番を待つ。
そして番が回ってくると同好会製のカードゲームをプレイ。シンプルながらも丁寧に作られたゲーム性を意外と素直に褒めた。
さらにひでりは昼からの大会、ショップでもトップクラスの実力である自分が優勝すると豪語した。
何度も列に並んでこのカードゲームの最適なプレイを模索するひでり。
待ち客用に準備されたカード一覧を並んでいる間ずっと睨み、プレイ三回目に臨む際には「もうこれ、確実に優勝だわ」などと上機嫌に語っていた。
だが、その三回目の対戦。ひでりは、同じく一人で訪れていたプレイヤーと戦い――あっさり敗れた。
「おや! ひでり君、負けてるじゃないか! さっきの自信はどうしたんだい!」
バトルマスターであるため、口調も勇ましい戦士をイメージしたものになっている葉月。
キャラ設定と誠実かつ熱血な言い回しとは裏腹に、煽る煽る。
しかし、ひでりはそんないじりに対して怒るどころか戦慄していた。
手が震えて、表情が強張っているのだ。
「……違う、本当に自信があったのよ。でも、何ていうか……相手してくれた人、尋常じゃないくらい強かったんだけど」
「ひでり君と対戦してもらった人はまだ一周目のプレイだよ! 偶然じゃないのかい?」
「そう思いたいけど……何ていうのかしら。カードゲーマーとしての本能が感じ取ったのよ。この対戦相手、只者じゃないぞって……!」
「ははっ! ひでりくんが只者だっただけじゃないのかい?」
「あんた普段はショップで、勝たせてくれるから皆にこっそり『エスカレーター』とか言われてるくせに、何を強気でいじってきてんのよ!」
「あっはっは、武装すれば誰だって強気になるもんさ!」
皆を導くカリスマとしては最低の発言しか繰り出さない葉月に、ひでりは怒りを通り越してジト目で視線を送る。
というか地味に貴重な、葉月とひでりの絡み。
ちなみに葉月、強気にしてくれている衣装を脱げばエスカレーターの件をすぐにでもひでりに問い詰めるだろう。
――と、そんな会話がおかしかったのか笑い声を上げる人物。
それは先ほどひでりの対戦相手をしていた――ハンチングを深く被った長身の女性だった。
「いやぁ、アンタ結構鋭いよ。カードゲーマーとしての本能、か。へぇ……アタシがいなくなったあとも結構、カードゲーム盛り上がってんじゃん」
ハスキーな声で上機嫌に語りつつ、ハンチングを少し持ち上げて葉月とひでりを見下ろす人物。
鷹を思わせる、強烈な目力に二人は萎縮する。
そして、露わになったその女性の素顔を見て葉月は何とも思っていないようだったが、ひでりは彼女の中で最大限と思われる驚愕を顔に浮かべて震える指で相手を差す。
「な、な、なななな、何でここにプロプレイヤーの青山みなみがいるのよっ!」
「おー、顔見て分かるんだな。アタシも有名になったってことかな」
快活に笑みを浮かべるのはしずくの姉――青山みなみ。
しずくと同じく空のように美しい青髪。肩を少し越えるくらいの髪を後ろで一つに纏め、前髪は中心で二つ分け。スレンダーな体型に加えて、印象的な目力のせいで妹と違い、本当にクールなイメージだった。
「しずくのお姉さんだねっ? 初めまして! 私はバトルマスターのハズキだ!」
明らかに年上なので敬語を使いたい所だが、何とかキャラクターを維持して片手を上げ、挨拶する葉月。
握手を求め手を差し出すと、快く応じてくれる。
「ん、初めまして。しずくがお世話になってるね。えーっと、カード同好会だっけ?」
「そうだよ! 妹さんはウチのエースでね、よくやってくれているよ!」
「エースねぇ……。でも、しずくのやつ抜けてて頼りないでしょ?」
「それは……えーっと、まぁ否めないね!」
「あはは、はっきり言っていいよ。姉の前だからって遠慮しなくていいから!」
豪快に笑い、遠慮してしずくをディスれないバトルマスターの背中をバシバシ叩くみなみ。
一方、ひでりは言いたいことが沢山あって口をパクパクさせていた。
「い、いや、ちょっと待ちなさいよ! あ、青山しずくの姉が……青山みなみぃ!? た、確かに同じ苗字だけど、まさか姉妹だったなんてぇー!?」
「ひでり君、同じ青山なのに気付いてなかったのかい?」
「いや、普通考える……? 青山って珍しい苗字じゃないわよ?」
試合配信にて画面の向こう側で戦っている人物が知り合いの姉だったということで、さらに驚きを深めるひでり。
すると、お客へのティーチングを終え、自由にプレイしてもらう段階となったのかヒカリがこちらに気付いて歩み寄ってくる。
「あら、みなみさん。いらしてたんですか、お久しぶりです」
「お、ヒカリちゃんもやっぱカード同好会のメンバーなんだ。久しぶり」
「ヒカリ君はみなみさんと面識があるんだね!」
「葉月、その口調なかなか慣れないので部員には普通に喋ってもらえませんかね……」
「それはできない! 今の私はバトルマスターなのでね!」
「なんかムカつきますね……怪人レタス野郎、みたいな外見してるくせに」
ジト目で見つめつつ、ヒカリは咳払いして話題を戻す。
「で、みなみさんとは結構昔からの知り合いですよ。確か初めて会った時は、私としずくちゃんは小学生でしたね」
「そういえばそうだっけ。あの時からしずくはボーッとしてたよね」
「あはは、でしたね」
懐かしみ、楽しげに言葉を交わすヒカリとみなみ。
とりあえず客の順番待ちもあるため、昔話に花を咲かせながら部室を出るヒカリとみなみ。
一方――そのあとを追って部室を出るひでりは不意に葉月の肩を掴み、耳打ちをする。
「ちょっと。マジックあったら貸してくれない?」
「いいけど……何に使うんだい?」
「サイン貰うに決まってんでしょ! あの青山みなみよ!?」
「あぁ、そういうことかい。でも、何にサインを貰うんだい?」
「これよ!」
そう言ってひでりが葉月に提示したのは一枚のカード。
それはひでりが現在使っているデッキで核となるもの。
ショップで買えば五千円ほど。
しずくと同じくゲーム環境で強いとされるデッキを用いる彼女は、高額カードを当然ではあるが複数枚デッキに搭載している。
……そう、ひでりはそのカードにサインを貰うと言っているのだ。
ちなみに、ひでりはどこへでもカバンにデッキケースを入れて歩くタイプのため、カードを持っていた。
「ちょ、ちょっとひでりー! そんな高額カードをサイン色紙にしちゃうのー?」
驚きのあまり口調が戻っている葉月。
プロプレイヤーみなみの存在より、高額カードにサインを欲しがるひでりに驚くあたり葉月らしい。
「安いカードにサインとか失礼でしょ! 考えなさいよ!」
「いや、でもそのカード高いじゃんー!」
「……はぁ? 何言ってるの、また買えばいいだけでしょ?」
ひでりの言葉に葉月は修羅のような表情を浮かべる。
まぁ、ひでりはお嬢様学校に通うような人物。決して安くない学費を払える家の娘であるため、五千円するカードをそこまで高額とは思っていないのかも知れない。
というわけで、ひでりがサインを求めると決意し、高鳴り始めた鼓動に何とか抗いつつみなみに声を掛けようする。
そんな時――、
「あ、姉さん。来てくれたんだ」
ビラ配りを終えて戻ってきたしずく。いつものポーカーフェイスをかなり崩し、上機嫌な表情と声の弾み具合で姉に声をかける。
「オフだったし、帰省も兼ねてって感じ」
「そうなんだ。ウチのカードゲームはもうやった?」
「ん? やったよ。よく出来ててビックリした。さっき話聞いてたけど、ヒカリちゃんがルール考えたんだってね。ほんと驚いた」
「私もカードのアイデアとか出したんだけど……」
後ろ頭を掻きながら目線を泳がせしずくが言うと、みなみは不適な笑みを浮かべて答える。
「わかった、あのキノコのやつでしょー?」
「うん、そう! 分かった?」
「そりゃね。なんかアンタっぽいし」
自分のデザインしたカードを姉に見抜かれ、しずくは嬉しそうに照れて視線を逸らし頬を掻く。
しずくの登場でサインをもらうタイミングを完全に逃したひでり。
その後――みなみは葉月から許可をもらって、しずくを文化祭の案内役として連れ出す。
自分がいるとヒカリが雑談に興じ、幽子が客の対応で忙しくしてしまうので配慮したのだろう。
というわけで、ひでりは憧れのプロプレイヤーからサインを貰うことができなかった。
なので――。
「はぁ……せっかくだし変態仮面からサインでも貰おうかしら」
「ひでり君! 私は断じて変態などではない」
「……本当かしら? 私、あんたが時々ショップで変な顔してパック開ける癖があるの知ってるんだけど」
「ぐっ……最早、拳でしか分かり合えないようだね、ダークバトラーヒデリっ!」
「あんたの世界観に巻き込まないで頂戴!」




