第七話「文化祭間近! 形になりつつあるオリジナルカード!」
文化祭一週間前――カード同好会の文化祭準備は早くに着手したこともあって順調。
例の一件でハンバーガーを食べたり、情緒不安定なヒカリを観察していたイメージしかないかも知れないが、カード同好会はきちんとオリジナルカードゲーム制作を進めていたのだ。
イラストとテキストを擁したカードデザインがデッキ枚数分完成し、それを印刷して切り抜く。同じくデッキ枚数分作ったカードの裏面と重ねてラミネートしたものをスリーブに入れれば、実際のカードと見紛うほどのものが完成する。
事前に白黒印刷で作ったものを使い対戦を繰り返したので、カード能力やルールのバランスも整っており、カードゲームとしての質はなかなかに高い。
というわけで、カードゲーム制作はそういった実物を加工していく段階に入っており、部室ではフルカラーで印刷したカードの切り抜き作業やラミネートが行われていた。
「いや、まさか皆の考えたカードが……そして私のキノコが採用されるとはね」
しずくは切り抜いたカードのイラストを見つめながら、どこか感慨深そうに言った。
その手にあるのはもちろん、しずくのデザインした例のキノコである。幽子がしずくのデザインを参考に改めて書き直し、不気味な雰囲気が誇張されていた。
「カード能力もしずくさんの設定を反映してものになってますけど、結構強いですよね」
「プレイした時に相手のモンスター一体を攻撃不能……使いやすい能力ですね。胞子で眠らせる部分を反映してみましたが、やはり雑魚キャラとは言い難い感じです」
「……フレーバーテキストにも、元人間って設定……盛り込んだから、再現度は……完璧!」
満足げな表情で幽子は言った。
ちなみにヒカリはあの一件以後、曇った表情を見せることなくいつもの微笑を湛えた面持ちで日々を過ごしている。そこに無理した感じはなく、やはりあの決心によって少し気持ちが楽になったようだった。
「幽子ちゃん、全カードにフレーバーテキスト書いてたけどノリノリだったね」
「……竜騎士の女関係も……ばっちり盛り込んだ。……お客さんで気付く人、いたら……嬉しい」
「とはいえ対戦するのに精一杯だろうから、フレーバーテキストを読むのは難しいかもね」
作り込みが気付かれない可能性に、ちょっぴり寂しそうにする幽子。
(……フレーバーテキストも、そうだけど……イラストとか、ちゃんと……見てもらえるのかな? ……感想、聞きたいような……聞きたくないような)
すると、したり顔でヒカリは「ふっふっふー」と笑い、後ろ手で隠しているものを皆の眼前に晒す。
「じゃんじゃじゃーん! そう思ったのでカード画像を並べた一覧表も用意してますよ! 順番待ちが出るようならお客さんに予めカード能力を確認してもらうためのものですが、これでフレーバーテキストやイラストもチェック可能です!」
ヒカリが手に持っているのはカード一覧を印刷してラミネートしたもの。
料理屋でテーブルの上に置いてあるメニューのような感じで、裏表で二デッキ分のカードが紹介されている。
ちなみにデッキのカードは一つのカードが三枚ずつデッキに投入されて十三種類、三十九枚。そこに切り札となる強力なカード一枚を含めて合計四十枚、十四種類となる。
「ヒカリさん! いいじゃないですか、これ!」
「これがあればお客さんがプレイ中に、カードテキストをゆっくりと読んで試合が滞ったりするのも軽減できるかもね」
「……あと、印刷物で言えば……ビラも作る……んですよ、ね?」
「そうですね。当日は前半戦を体験会、後半戦となる昼下がりからはお客さん同士での大会も予定してますし、それら予定を記載したものを配るべきかと」
そう言ってヒカリはビラのデザインも取り出し、皆に見せる。
当日は同好会のメンバーでビラ配りを交代しながら行い、なるべく多くの人にカードゲームを体験してもらう。
そして、体験したお客の中から時間に余裕がある人には、午後から開催予定の大会に参加を促すのだ。
ちなみに文化祭は土日の二日間行われるため、大会も当然二度ある。
「そういえば大会って賞品とか出すの?」
「その予定ですよ。大きなものは出せませんが、ウチのカードショップの商品券を出そうかと。ここでカードゲームを触ることで、もしかしたら貰って困るものではなくなってるかも知れませんし……」
「じゃあ賞品はヒカリさんのお店が負担ってことですか?」
「……新規開拓ってことで、損はないから……お店としても協力、してくれるみたい」
文化祭の準備は提案者である責任もあってか、かなりヒカリが忙しく動いていたイメージがあった。なので、もえは賞品まで負担することにちょっと懸念を抱いていたのだ。
お店としても意味があるなら問題はない。
最初は可能なのかと心配されたカードゲーム制作ではあるが、ヒカリの段取りと幽子が順調に仕上げていったイラストにより、余裕を持って完成を迎えつつあった。
――と、そんな時にもえは気付く。
「そういえば葉月さんがいませんね」
「……もえちゃん、今まで気付いて……なかった、の?」
「もっと葉月に興味を持ってあげて下さい……」
いないことに気付かれていなかった葉月に同情するような表情を浮かべる二人に対して、後ろ頭を掻いて照れた風なもえ。
「葉月さん、被服部に行ってるんだっけ?」
「被服部……? もしかして金欠過ぎて着る服もなくなったとか?」
「……もえちゃん。……流石に、葉月さんも……制服は持ってる、から」
「幽子ちゃん、そのフォローは正しいんでしょうか……。葉月は被服部にカリスマの衣装を受け取りに行ってます。サイズの最終確認などで時間がかかっているのかも知れませんね」
先ほどから引き攣った表情を浮かべっぱなしのヒカリ。
本来はボケ担当であるはずだが、葉月が不在の空間ではツッコミの役割を代行するのかも知れない。
一方、もえはカリスマの衣装と言われて想像してみる。
個人戦にいたカリスマと呼ばれるメーカーの広告塔は顔をマスクで隠したヒーローのような見た目だった。マントを翻し、マジックでも披露しそうな感じ。
……それを被服部に依頼?
「ヒカリさん、被服部も文化祭で忙しいでしょうによく引き受けてくれましたね?」
もえの問いかけにヒカリは「そうなんですよ」と言って嘆息し、頭を抱える。
「葉月ってば、カリスマになる決意をしてから被服部に頼みに行きまして……演劇部の依頼もあるので忙しいと断られたんですが、そこから玩具を買ってもらえない駄々っ子のように粘って」
「それで作ってもらえたと……」
「そんな感じです。何か被服部に埋め合わせをしないと……」
この前とは違った意味で憂鬱な表情を浮かべるヒカリ。
もえも葉月のお願いの仕方には流石に呆れるも、十八歳の女が駄々っ子のように物をねだる光景が見たい気もしていた。
だが見ることは出来ないため、もどかしさを感じるもえ。誰かのみっともない姿を見たがるあたり、なかなか嫌な性格をしている。
見られないならせめて詳細だけでも知りたいと思い、その時のことを問いかけようとするのだが――そのタイミングでもえのスマホに電話がかかってきた。
その対応のため、もえは部室を出て静かに電話できる場所へと移動を余儀なくされる。
――というわけで部室内にはしずくと幽子、そしてヒカリ。
この構図に、ヒカリは意地悪な笑みを浮かべる。
「この前、私を省いてカード同好会の四人で――ハンバーガー食べてましたよね?」
ヒカリがボソッと投じた一言に、幽子としずくは時でも止まったかのように硬直する。
それぞれが手に握っていたハサミの動きが止まり、切り抜いたカードがひらひらと宙を舞ってテーブルの上に落ちる。
二人が恐る恐る視線を送ったヒカリの表情はしかし、別に怒っている風ではなかった。
「き、気付いてたんだ……?」
「気付いたというか、四人で食事をしているのが外から見えたのでお店に入ったんですけどね」
「……す、すみません。……仲間外れにするつもりは……なかったんです」
「分かってますよ。あの時の私はちょっと変でしたから……。きっとそういう話をしてたんですよね?」
「まぁ、そんな感じ。そこにヒカリさんが触れてきたってことで聞くけど……悩みはもう解決したの?」
しずくはどこか躊躇いがちに問いかけた。
葉月がもえに一件を委託した翌日――ヒカリはいつもどおりに戻っていたため、しずくと幽子は悩んでいた彼女のことを忘れて接することにしていた。
とはいえ、こうして自ら振ってきたのならとしずくは聞いたのだ。
「解決はしてません。……でも、自分の中でモヤモヤとしていたものが腑に落ちたから、スッキリしたのかも知れませんね」
ヒカリは穏やかな笑顔で語り、幽子としずくはその表情に安堵する。
もえに好意は伝わっていなくて。
でも、好きという気持ちは何だかんだで本物だった。
なら、今度はちゃんとぶつければいい……だから、ヒカリはいつもどおりに戻れたのだ。
そして、自分の感情に確信を持てたからこそ、ヒカリはためらいなくその続きを語る。
「私、もえちゃんに告白するんです……後夜祭の時に。好きって伝えて、自分の気持ちに決着をつけようって決めたんです。それが私の悩み……って言われても驚きますよね?」
「いや、驚かないけど」
「えぇ!? 驚かないんですか!? 逆に驚きなんですけどっ!?」
目が飛び出しそうな勢いで見開き、さらりと自分の爆弾発言を不発にしたしずくに対して驚きを叫ぶヒカリ。
とはいえ、どうやら幽子にはしっかりと着弾しているようで「え? え?」と呟きながら混乱を表情を浮かべていた。
「一緒にいたら分かるよ。もえと喋る時に声が弾んでるの何でかなって思ってたし。バーガーショップで『失恋』って言葉が出てたのが繋がって、やっと今そういうことだったんだって。だから驚く必要なくない?」
抜けているイメージのしずくが、割と論理的にヒカリの気持ちを考察していた事実。
(……いや、でもしずくちゃんだからこそかも知れませんね。深い思慮を持つトッププレイヤー。僅かな物事の変化を見逃さず、考察する力があるのですから当然ですか)
どこか驚かせるつもりがあったヒカリ。逆の立場に立たされた衝撃もあって肩を落として嘆息する。
「まぁ、何て言えばいいのか分からないけど、頑張ってね」
「……わ、私、まだ頭の中……整理ついてないです、けど。……でも、いざとなったら……みんないます! ……辛くなったら……言ってください、ね!」
幽子としずくの思いやる言葉にヒカリは胸が暖かくなり、嬉しい気持ちが体中に溢れる感覚を得る。
とはいえ、もえに優しくされたような幸福感はなく、それによってまたヒカリは自分の気持ちへの確信を深めるのだが――それはともかく。
「二人共……ありがとうございます。頑張りますねっ!」
そう言って、ヒカリはどこか無邪気に笑うのだった。
「とはいえ、ハンバーガーが三つじゃ少ないって発言はズルかったよね」
「しずくちゃん笑いを堪えたりはしてなかったじゃないですか」
「実はめっちゃ口の中噛んでた」




