第三話「画伯は誰だ!? カード同好会メンバー、画力チェック!」
――予告されていた画力チェックの日がやってきた。
文化祭で発表するオリジナルカードゲーム制作――それは当日、文化祭にやってきたお客さんに同好会が制作したカードゲームをプレイしてもらう体験型の発表である。
そのためには最低でも二人分のデッキが必要となる。
同じ内容のデッキ同士で対戦してもらうのであれば、予定されているデッキ四十枚のカードを制作すればいい。だが、せっかく作るのであれば対戦するデッキの内容は別にしたい。
そういうわけで制作カード枚数は倍の八十枚に。
となると、幽子が今日まで描き溜めたイラストのストックにも限界がある。そこでカード同好会のメンバーの中にそこそこでもいいので絵が描けて、幽子の手伝いができるような人材がいないかチェックすることに。
放課後、部室にてカード同好会のメンバーが全員集合して着席。
スケッチブックが一冊ずつ配られ、ヒカリが概要を説明する。
「はい、スケッチブックは行き渡りましたね? 前に幽子ちゃんがちょっと言ってましたが、画力チェックを行っていきます」
「何かお題に沿って書くのー?」
「お題はありません。強いて言えば、カードイラストのアイデアや世界観を深めるような設定が欲しいので、中身のあるキャラクターを新たに作り出して下さい!」
各々はヒカリの言葉に従ってカバンから筆記用具を取り出し、普段はあまりやらないであろう、絵を描くということに挑戦していく。
黙々とシャープペンシルが紙の上を滑る音が室内に響く。ただ一人、そもそも学校で使用する筆記用具にも鉛筆を用いる幽子だけが例外だが。
ちなみに幽子が空想上の生き物を好んで描いているため、世界観的にそういった生物がわんさかいるということが確定事項。
そんな世界観を作り、好む幽子のイマジネーションを刺激するようなアイデアをプレゼンできればグッド。
その上、絵がそれなりに描けていれば最高だが……正直、アイデア出しが主な目的で、描き手探しは副産物的なもの。
……さて、各々のイラストは小一時間ほどで全員が完成に至った。設定を自分の中で決めて書くことが義務付けられているので、それを説明しながらのイラスト公開。
では、まずはしずくから。
「え? しずくさん。それ何ですか?」
「……足が生えた……キノコ、ですか?」
「うん。まぁ、雑魚モンスターって感じ」
あまりに奇怪なものを見せられ、一同の表情が引き攣るもしずくは涼しげな表情。
しずくが描いたのはキノコに足が生えたモンスター。某有名なアクションゲームの雑魚的を参考にしたと思われるが、やたら美脚なのである。
――美脚なのである。
二度言わざるを得ないほど大事な要素といえるその美脚。
上からイラストを見下ろしていけば、なかなかに写実的なエリンギに修羅のような顔が描き込まれている化け物だが、下から見上げていけば途中までは美脚の女性。
ご丁寧にハイヒールまで履いているので尚更だ。
正直、場数を踏んだ赤色の配管工もこのキノコは踏めないだろう。頭身が高いというのもあるが……アンバランスな気持ち悪さがそこにあった。
「微妙に絵上手いですね。しずくちゃんって壊滅的な画力してるキャラだと思ってましたけど」
「ちなみにそのキノコ型のモンスター、設定あるのー?」
「うん、あるよ。特技は胞子を撒き散らして相手を眠らせる」
「それ雑魚じゃなくないですか!?」
「そして眠った相手を踏み砕き、柔らかくしてから食べる」
「設定怖いなぁー!」
「あと元人間」
「……尚更……怖い、ですね」
普段何を考えているのか分からず、クールながらも不思議なイメージがあったしずくの心の闇を見た気がして、四人は何だかコメントに困ってしまう。
とりあえず、しずくはそこそこに絵が描けることが分かった。
次はもえの番である。
「騎士って感じですかね……ちょっと鎧とか細かい部分は描けないんですけど」
「……え!? 何なの、その驚く画力はー!?」
「あらら……まさか、カード同好会にこんな逸材がいるなんて」
もえが描いたのは騎士……正確には竜騎士のイラスト。本人が語るとおり、鎧など普段目にすることはない衣装に関してはあやふやに描かれているが、騎士本人のイラストに関しては漫画に登場しても遜色ない綺麗な線で描かれていた。
「私、アニメが好きなんで……昔はよく描いてたんですよ。そこまで長く続く趣味じゃなかったですけどね」
「……びっくりした。……私、そういう漫画やアニメ……みたいな画風で描くの……得意じゃないから……素直に凄いって、思う」
「その騎士はどんな感じの設定なの?」
しずくの問いにもえは思案顔で描きながら膨らませていた設定を頭の中で整理し、語り始める。
「そうですね。まずこの人は竜騎士なので竜と共に生きる者。竜の言葉を理解し、騎乗して戦います」
「……あ、そういうの……いい。……私、結構……好き、かも」
「さっきがはちゃめちゃだっただけに王道で良い感じだねー」
「あと女癖が悪く、甘やかしてくれる女を見つける天才です」
「謎設定でしずくちゃんに対抗しだしましたよ!?」
「だが、相棒の竜に食われてその一生を終える」
「言葉理解してるのにー!?」
「騎士としては超一流だったんですけどね」
「まぁ世の中、そんなものなのかな」
バリバリに活躍しているスポーツ選手が超プレイボーイ、みたいな感じで各々は竜騎士の設定を何とか「人間味」として飲み込んだようだった。
しずくともえがふざけ倒したので次に期待がかかる。
そのためヒカリの指示で、安牌として幽子がイラストを開示することに。
「うわぁ、凄い! 同じ時間で描いたんだよね、幽子ちゃん!」
「これは驚いたね……なんか今回の企画が上手く行くってヒカリさんが感じた理由、分かった気がする」
「……家には沢山……空想上の生物のイラスト……あるので、人を描いて……みました。……魔女、です」
幽子のイラストは小一時間で描いたとは思えないほどに動きがあり、大胆な線を軸として細やかな書き込みがされた妖艶な魔女のイラスト。
もえのように漫画チックな画風ではなく、リアル志向でありどこかセンスが日本人離れしていた。
邪悪で、蠱惑的で、気まぐれや興味本位で残酷な所業も厭わなさそうな……そんな雰囲気がイラストから見て取れた。
正統派のイラストなだけに一同は安心。
胸を撫で下ろす思いだった。
しかし――。
「……すぐに駄目男を……引っ掛ける。……口癖は『この人には私がいないと駄目だから……♥』……だよ」
「あ~、幽子ちゃんのノリの良さを忘れてました」
「っていうか幽子ちゃん、その魔女のセリフ演じる時だけは普通に喋るんだ」
「……自分を捨てた……男に、魔法で……竜をけしかけて……復讐した過去、あり」
「さ、さっきの竜騎士、魔女に手出してたー!」
「……あ、泣きボクロ……追加で」
「すごくリアルになったね」
幽子が魔女の目元にほくろを描いたため、一気にダメ男を捕まえそうな女感が加速した。
さて、最早誰もが悪ふざけをするため真面目なイラストのプレゼンは望めない空気。ここでふざけないほうが、逆に不真面目と言えるだろう。
しかし、そんな空気を葉月は変えようとする。
「さてさて、次は私だねー。ここらでほんとに真面目なの一個入れとこうかー。私も人型なんだけど、ちょっともえや幽子とは趣向が違うかなー。とりあえず、絵はこれねー。じゃんじゃじゃーん。さてさてー、これはピエ」
「――いや、ちょっと待って下さいよ。それ……何ですか?」
今まさにもえの指摘を説明しようとしていただけに、遮られて葉月は不服そうにする。
しかし、他の三人も葉月の絵を見て堪えきれない笑いをくすくすと漏らしていた。
……そう。しずくが該当するのだと思われた絵が壊滅的に下手な「画伯枠」は葉月だったのだ。
乱暴に轢かれた線、理由不明にいくつも描かれた丸や、塗りつぶす勢いで描き込まれた大量の斜線、それは全体図として見ればペンの試し書きをしたようにしか思えない。
ただ、葉月はそれを堂々と意図して描いた「イラスト」だと言うのだ。
しずくは淡々とそのイラスト見つめていたが、三人は手で口元を押さえて必死に笑いを堪える。
それはもう目が血走るほどに我慢していた。
「えー? 何でみんな笑ってるのー? まだ設定とか説明してないんだけどー……」
「葉月さん、シャープペンの耐久テストでもしてたの?」
「しずくー、何言ってるのー!? これはピエロのイラストだよー! 誰かを楽しませることを喜びとして旅をする愉快なやつでねー……って、ちょっとみんな聞いてるー!?」
ポーカーフェイスで躊躇いなく質問を投げかけたしずくが止めとなって三人の手は口ではなくお腹に添えられ、その身が捩れるほど笑い声を上げる。
どうやら自分の絵を笑っているらしいということが分かってきた葉月。むくれて腕組みをし、そっぽを向いてしまう。
そこから五分ほど笑い続け、三人の呼吸も整ってきたところで葉月のイラストに向き合う。
しかし、葉月が真面目枠と自称してイラストを出したこと、しずくに耐久テスト呼ばわりされたことを思い出して笑いが再燃――追加で三分、腹筋が崩壊することに。
他人の苦手を笑う最低な奴らだった。
そして、ようやくイラストの説明が再開される。
「機嫌直してくださいよ、葉月。私たちが悪かったです」
「……まぁ、話が進まないから今は気にしないことにするけどさー。ただ、今回の件はずっと忘れないからねー?」
光を失った目で無理矢理に笑む葉月。
流石に三人も申し訳なく思ったのか、萎縮した態度となる。
「ほんとすみませんって! ……で、ピエロでしたよね。そのイラスト」
「……そういう子供にも……優しそうなキャラクター……アリ、かも?」
「楽しませるのが好きだけど、自分が楽しむのが好き。他人の不幸が大好物」
「葉月が笑われたショックで悪ノリし始めましたよ!?」
「ある者の乱れた女性関係をその男の女に吹き込み、竜を惑わす手引きをした」
「く、黒幕ーっ! 幽子ちゃんと私のイラストに繋げてきたー!」
「実は寂しがり屋だねー」
「まぁ、ピエロってやっぱそんな感じだよね」
何とか葉月のイラスト公開と説明を終えることができ、怒らせておきながら一同はほっとした。
さて、最後はヒカリである。
「私は天使を描いてみました。神に遣える存在という感じでしょうか」
「……可愛いイラスト……ですね。……天使ってなんか……ヒカリさんに……ピッタリです」
「そうですね。確かに可愛いイラストですけど……」
もえはヒカリのイラストを見ながら思う。
(確かにパッと見て天使って分かるけど……でも、この画力で葉月さんを笑ってたのかぁ)
ヒカリの絵は確かに天使の特徴である翼や、輪っかは描かれているが、そもそもの画力が小学生レベル。立体感、陰影に強弱……そんな段階の話ではない。
そして雑な曲線で描かれた笑顔。
美術の授業に果たして意味はあるのか。
「慈愛に満ち溢れ、悩める人々に施しを与えます。しかし、その一方で悪人に罰を与えることも」
「ふむふむ。それでー?」
「それで、とは?」
ピンときていないヒカリに、もえは肩を落として嘆息する。
「当然じゃないですか。この流れですし、何か一癖あるはずですよね?」
「……ここ大事……ですよ。……今までの流れの……オチになる……わけですから」
「さぁ、ヒカリさん。どうするの?」
悪ノリには否定的だったヒカリだが、多数決的に自分が異端だと自覚して考え込む。
そして――。
「悪を罰する存在です」
「それはさっき聞きましたね」
「ですから……他人の不幸を喜ぶピエロにももちろん罰を与えます。……例えば、キノコの怪物に変えちゃうとか?」
ヒカリの言葉に瞬間の沈黙――の後、急激なテンションの高ぶり。
「「「「つ、繋がったーっ!」」」」
脱線しまくったけど、ものすごく盛り上がった!




