第二話「団体戦に向けた大会! 結果は意外なものに!?」
団体戦の地区予選は個人戦と同じく、まず店舗代表者を決定する大会を優勝しなければならない。
この権利の争奪は普通の大会形式で行われるため、チームを組んでの戦い自体は地区予選から始まることとなる。
代表の権利を手にした人間が他のプレイヤー二人と共に地区予選への出場を応募することになるのだ。
よって、週末の店舗代表決定戦はいつもの大会のような感覚で開催される。
そんな大会は当然のように準決勝を制してしずくが決勝戦へと駒を進める。トーナメントにおけるもう一方のブロック、準決勝ではもえとヒカリの対戦となった。
この大会でもえは速攻デッキの中身を、しずくに教えられた時のものに戻していた。
パックを度々購入して手にしたカードで色んな能力を知り、非公認の際に編み出したコンボを一つのデッキとして昇華させたもえ。
そのため、組み込んでいたコンボの抜けた速攻デッキは元の形に戻っていた。
デッキの数が増えるのが嬉しくて、分散させて数を作るのはカードゲーム初心者にはよくあることだったりする。
……さて、ずっとヒカリの耐久戦術に辛酸を舐めさせられてきたもえだったが、彼女と同じタイプのデッキを手にしたことで「されたら嫌なこと」を理解し、攻略の糸口を掴んでいた。
コントロールデッキを使うようになって初めて大会でヒカリと戦うもえ。
的確にヒカリの苦手な一手を打ち込み、彼女の「やっ……♥」とか「だめぇ……」という艶めいた言葉を手応えとして模索するように戦う。
速攻デッキの得意なターンを捌き切られてはしまったが、そこからどうやって相手の僅かな隙に戦力を叩き込むか見定め、相手に主導権を取られることがないよう立ち回る。
そして――大会という場で初めて、もえはヒカリに勝利した。
とてつもない強運で勝利を手にしてきたもえだったが、今回に関しては完全に知識と判断の勝利。上達したプレイと研ぎ澄まされた読みで、とうとう上級プレイヤーの一角であるヒカリを打ち倒した。
そんな達成感に気が抜けたのだろうか……もえは決勝戦、しずくにまるでドリブルされるボールであるかのように扱われ、あっさりと敗退。
結局、店舗代表戦の優勝はしずくがもぎとっていくこととなった。
まぁカード同好会が団体戦への切符を手にしたことになるので、結果としてはもえとしずくのどちらが勝ってもよかった。
ルール上、仮に最終的な出場チームの中にしずくが含まれている必要はないらしい。
――というわけで大会は終了。
しずくには惜しくも……ということもなく負けてしまったが、大会の順位として初めて二位に食い込んだので、もえの中には着実に上達している手応えがあった。
と、そこで「二位」でもえは思い出す。
このショップには決勝でいつもしずくに敗れる、準優勝大好き芸人がいるはずなのである。
「二位と言えばひでりちゃん、どうして大会に出てなかったの?」
ショップには来ていたのに大会に出場せず、観戦に徹していたひでりへと歩み寄ってもえは問いかけた。
「二位と言えばってどういう意味よ! あんた、その発言に至るまで頭の中で何を考えてたのよ!」
ムッとした表情で噛みつくような物言いを繰り出すひでり。
「ひでりは団体戦のメンバーが集まらないから、店舗代表の権利を取っても仕方ないんだよ」
「ちょっと、青山しずく! 私に友達がいないような表現はやめなさい。私と釣り合う実力を持つプレイヤーがいないから出ないだけなの!」
「何なの、その自分に合う仕事がないから働かない、みたいなのは……」
「う、うるさいわね、赤澤もえ! あなた、私に一回勝ったからってもの凄く上から言うわね! そもそも私はあんたより年上なんだけど!」
苛立ったような口調ではあるが、本気で怒っている感じはまったくないひでりの口調。
……まるで、あの日の彼女とは別人であるかのように、どこか無邪気な態度が見え隠れしている。
あの個人戦以後――ショップでの大会にてひでりとしずくは再会。
お互い気まずいものを感じながらも、まずはしずくがひでりに謝罪。すると、ひでりの方も言い過ぎたと気にしていたようで、彼女の高らかに誰かを呼ぶ声量はどこへ行ったのかと思うほどの小声で謝った。
ひでり自身、あの時の本気じゃないプレイを「自分にはいつも勝っているから楽に通過できるだろう」と手を抜かれた――そのように受け止めていたらしい。
なので、しずくからプレッシャーなどに押し潰された感覚があったことを話されるとあっさり和解に至ったのだ。
やはり、ひでりもしずくに緊張でプレイがぶれるイメージはなかったらしく、だからこそ彼女が被害妄想で激怒したのも仕方ないと言えるだろう。
ついでにひでりが地区予選大会に出場していたのは、しずくを倒すべく修行のためあらゆる地方の店舗に出向いていた最中に権利を取得したかららしい。
ひでりを見なかったと非公認の際に話していた裏では、そのようなことがあったのだ。
ちなみにその後、ひでりとしずくは以前よりも仲が良くなった。
そもそも仲良くしたがっていたひでりは表情が読めず得体の知れないしずくに対してアプローチの仕方が分からず、だから今まで噛みついていただけだったりする。
九月の上旬に行われた決勝大会にしずくはひでりの応援をしに駆けつけたらしく、ベスト8で終わった彼女が健闘していたことを同好会メンバーにも話していた。
……そんなわけでひでりはしずくをショップで見つけると、いつものように高らかに名を呼んだ後は、和気藹々と会話をするようになった。
「大会には出なかったけど、カードはもちろん持ってきてるわ。青山しずく、相手をしてあげる!」
「ん? いいよ」
「え? えぇ~!? そ、そんなこと言わずに……対戦しなさいよぉ!」
「いや、だから別にいいよって言ってるんだけど」
「一回でいいからぁ~!」
抑揚なく喋るしずくのせいなのか、対戦の申し込みを受けているのに拒否されていると思い込んでいるひでり。しずくの袖を掴んで揺すり、不安そうに表情を崩す。
(日本語って難しいなぁ……。それにしてもひでりちゃん、丸くなった気がする)
……さて、ひでりとしずくが対戦するともえは余ることになる。
葉月はいつものように大会を初戦敗退して、今はコンボ好きのグループでいつものように盛り上がっている真っ最中。幽子はバイト中だ。
というわけで、
「また一人なんですね」
ポツンとプレイスペースに腰掛けていたヒカリに歩み寄り、向き合うよう席に座ってもえは辛辣な言葉を投げかける。
……まぁ、もえも同じくぼっちだからここに来たのだが。
「そ、そうなんです。……ほんと、お恥ずかしながら」
確かにどこか恥じらいの表情を浮かべてはいるが、それはもえにぼっちを指摘されて心が高ぶったからであり、彼女は孤独に羞恥心を抱く人間では断じてない。
「まぁ、一人ぼっちの割には嬉しそうですけどね」
「そ、それは……まぁ、もえちゃんも来てくれましたから」
「なるほど、ね。……へぇ、だいぶ欲しがりですね」
もえは蔑むような視線と言葉をヒカリへと供給し、需要側は胸をキュンとさせる。
ちなみにヒカリの「もえが来て嬉しい」という発言、根本的に二人の間で認識が違う。
ヒカリは「好きな人がやってきて嬉しいです!」と思っているのに対して、もえは「鞭くれる人が来て喜んでるとか、本当にドMだなぁ……」と解釈。
とはいえ、会話は何となく成立しているようではあるが。
「……そういえば私のデッキ、使っててどうですか? 所持しているだけあって、今日は攻略されちゃいましたけど」
「相手の動きを捌いて耐えて、成すすべなく負けていく相手を眺めるのが楽しいですね」
「あ、そういう風に捉えるんですか」
「ヒカリさんはきっと耐えて捌いている時が楽しいんですよね?」
もえはヒカリの胸中を想像して語った。
すると、彼女が抱えているものに合致したからかヒカリはパァっと明るい表情で手を擦り合わせながら、愉快そうな笑みを浮かべる。
「そうなんですっ! あの責められて『もう駄目かも~』って思う感じと、それを乗り越えて苦難が去っていく感じが気持ちよくて……」
「お腹痛くてトイレ我慢してる人みたいなこと言いますね」
「あ、それです! 私、お腹が痛くなると本当に我慢できなくなる限界まで耐えてしまう変な癖がありまして……」
「確かに変な癖だとは思いますけど、ヒカリさんの癖という意味ではおかしいと感じませんよ」
「あと膝を打った時の話なんですけど……」
「痛みが徐々に快楽へ変わるシリーズはさっきのトイレ我慢で十分です」
もえに話を遮られ、ヒカリは不満そうに頬を膨らませる。
そんな一方で、もえはコントロールデッキが持つ魅力の受け止め方がヒカリと自分で真逆であることを考えていた。
同じデッキでありながら、相反する性癖を持つ二人が好むという現象の不可思議が面白かったのかも知れない。
「なるほど……まぁ、SとMは表裏一体って感じなんですかねぇ」
そのように結論付けた言葉を独り言気味に呟いたもえ。
しかし、目の前にいるヒカリはもちろん反応する。
「え? 何ですか、そのSとMって? あとLがあるんですか?」
「あはは、なんかしずくさんみたいなこと言いますね。……しかし、コントロールデッキってドMなヒカリさんのためのデッキって思ってましたけど、私も結構ハマっちゃいましたねー」
ヒカリにしては珍しい発言だと思いながら、愉快そうに受け止めたもえの言葉。
その中で聞きなれない言葉――そう、お嬢様として大事に大事に育てられたために知らない言葉が含まれていたおり、ヒカリは懐疑的な表情を浮かべて首を傾げる。
(……ん? 今、もえちゃんは何と言ったんでしょう? ド……ド、なんでしょうか?)
疑問に思ったなら解決に至らないと気が済まないヒカリ。
問いかけようとするも――その瞬間、しずくと戦って盛大に負けたひでりが、今度はもえと対戦するべく彼女の名前を呼んだ。
そして、その誘いに乗ったもえは「すみません、行きますね」という言葉を残して席を立つ。
そのため、ヒカリの中にモヤモヤとしたものが残ってしまった。




