第一話「カード同好会、早くも文化祭に向けて動き出す!?」
「いよいよやってきましたよっ! 秋の代表的な学校行事、文化祭っ!」
いつぞやのようにホワイトボードに書き殴られた「文化祭」という文字を手で叩きながら、得意げな表情でヒカリは談笑する同好会メンバーの注目を集める。
九月――夏休みに対して抱く名残惜しさも、少しずつ薄れてきた時期。まだ夏の残滓とも言うべき日差しが地表を焼くが、秋の先達はすぐそこまで訪れている。
そんな季節の変化を感じる九月中旬ではある。
――が、この学校の文化祭は十一月だ。
「ん? ちょっと気が早いんじゃない? 文化祭の準備って十月に入ってからで間に合う気もするけど」
「そもそもカード同好会に文化祭って関係あるかなー?」
「あ、葉月さん生きてたんですね。ヒカリさんが仕切ってるから前みたいに部屋の隅で死んでるのかと」
「さらっと酷いこと言うねー!?」
不服そうに叫ぶ葉月。彼女はお小遣いが最近入ったのでしばらくは活き活きとしているだろう。
さて、確かに文化祭を意識するには少し時期として早いと言える。
しかし各々の疑問が心地よいのか、ヒカリはしたり顔。
「まぁ、色々と疑問はあると思いますが……まずはこちらを見てもらいましょうか」
そして、いつものように恰好をつけて指を弾く。
その後、手動でホワイトボードを回転させるいつもの情けない光景がそこにある――と思いきや、今回は本当に自動で裏表が転換したのである。
鉄棒でくるっと前転でもするように俊敏に。
呆気に取られる一同。
ヒカリはますます気持ちよくなり、腰に手を当てて胸を張る。
「父に頼んで白鷺グループの開発に携わる部署へ圧力……いえ、お願いをして自動回転するホワイトボードを開発、そして学校へ納入してもらいました。指を弾く音一つで裏表が自由に変わります」
「し、白鷺グループの力をそんな無駄なことに使ったのー!?」
「文化祭の発表、このホワイトボードを展示したらよくない?」
「……どんな理屈で……できているか……まったく想像できない、です」
ヒカリが言いかけた不穏な言葉も含めて、呆れ返る一同。
そんな中、もえだけが何やらご機嫌な表情を浮かべていた。
「いやぁ、これは凄い発明ですね。すごいすごい……というわけで私もやってみよ」
もえは指をぱちんと鳴らし、弾く音に呼応して回転するホワイトボード。
すると、ちょうど前に立ってしたり顔を浮かべていたヒカリの後頭部を回転するボードが強打――鈍い音を奏でながら持ち主を目の前の机へと豪快に叩き付ける。
瞬間、三人の脳裏に同じ言葉が過ぎる。
『――死んだ!?』
立ったまま机の上に上半身をベタっと預け、車に轢かれたカエルのようになっているヒカリ。
しかし、数秒後には体をピクつかせてのっそりと起き上がり、後頭部を押さえながらニヤけた表情で「えへへ……えへへ」と嬉しそうにする。
顔面を机で強打したからか鼻血も出ていた。
「あ、生きてた。葉月さんに続いてヒカリさんまで逝ったのかと思ったよ」
「おーい、しずくー? さっきもえと生きてたってやりとりしたよねー?」
「……三年生が……全滅したら。……カード同好会……どうなっちゃう、の?」
「君たちー? どうして私の話を聞かないのかなー?」
「しかし、ここまで威力が高いとは……流石に申し訳なくなるなぁ」
さらっとヒカリが頭を打つまでが意図的だと告白するもえ。
物理的なダメージでも喜べるタイプのドMだったらしいヒカリ。とはいえ、流石に血が流れるのはアウトなのでもえは謝罪。
この件は終了となり、閑話休題。
「……はい、というわけで文化祭に話を戻します。今年の文化祭に関しては私――いえ、私たちにアイデアがあります」
ティッシュを詰めているため鼻声のヒカリ。しかし、いつもの清純で柔らかい笑みは絶やさず、ヒカリは話の本題を進める。
「私たち……って、他の誰かと出したアイデアってことですか?」
「ええ。どうやらカード同好会で文化祭の発表予定もないようでしたので、私と……そして幽子ちゃんから提案させて頂きます!」
名前が出たからか幽子の背筋がピンと伸びる。
「へぇ、そうなんだ。幽子、文化祭で何するの?」
「……それは……えーっと……ヒカリさん、そろそろ……発表してください」
自分から口にするのは恐れ多いということなのか、体をもじもじとさせながらも結局はヒカリへと振ってしまう幽子。
そんな前振りを受けて、いよいよヒカリは「分かりました」と言って文化祭のテーマを発表する。
ちなみに現在、ホワイトボードはもえが指を鳴らしたため、描き殴られた「文化祭」の面だ。
ヒカリは殴打されたトラウマなのか主導で回転させ、そして書かれた文字を手で叩いて告げる。
「それでは提案します! 私と幽子ちゃんの夢の予行演習という意味合いも含めて――カード同好会はここに書かれているように『オリジナルのカードゲーム制作』を行いたいと思います!」
堂々たる態度と口調、そしてキメ顔を浮かべて提案したヒカリ。
(……ふっ、決まりましたね。バッチリとカッコよく決まりました!)
ちなみにマジックで書いた文字を叩きまくって、ヒカリの手のひらは真っ黒である。
さて、予想だにしなかった提案に三人は目を丸くして驚く。
「……す、すごい提案だねー。ただ、カードゲーム制作って可能なのー?」
葉月は驚きを表情に浮かべつつ、皆の疑問を代弁して問いかける。
「決して不可能ではないと思ってます。まず私がカード能力やルール設定を担当して、幽子ちゃんが世界観とイラストを作り上げます。この時期から始めていけば不慣れな作業でもきっと完成しますよ」
「なるほど、それでこんな早くから文化祭の話をしたんだ。発表ってどんな感じにするの?」
「文化祭に来たお客さんにプレイしてもらう体験型ですかね」
「でも、カードとして形にするのはどうやってやるんですか?」
小さく挙手して投げかけたもえの質問には、幽子が答える。
「……イラストとカードテキスト……含んだ、一枚のカードとして……ビジュアルを完成させて……印刷。……それをラミネート加工。……言ってみれば、プロキシの要領」
「印刷業者に頼めば恐らく素人でもかなりの高いクオリティのカードを作ることもできると思いますが、そこは学生の活動としてお金がかかりすぎないやり方でいきたいので」
段取りは二人の間で相談されているようで、三人の質問に詰まることなく返答がされた。
カードゲームには欠かせないイラストを描ける幽子と、そもそもルールやカード能力に詳しくゲームデザインにも意欲的なヒカリ。
この二人の存在と説明によってオリジナルのカードゲームを作るという突飛な提案が少しずつ現実味を帯びてきたようだ。
概要を説明したところで……、
「正直、私と幽子ちゃんのやりたいこと全振りな感じですけれど……でも、もしよければ文化祭という機会と力を貸して欲しいです!」
「……どうか、よろしく……お願いします!」
幽子も起立してヒカリと一緒に頭を下げる。
カードゲームをプレイすることが同好会の主な目的であるなら、これはヒカリと幽子の恣意的な提案に過ぎない。
しかし、そんな二人の「やりたい」を否定するものなどおらず、
「まぁ、いいんじゃないー? カード同好会で何かする予定はなかったしー」
「楽しそうですし、私は賛成ですよ」
「私も機会を有効に使えるならいいと思う」
好意的な三人の受け入れで、文化祭の発表が決定した。
「……しかし、となると私たちは何をすればいいのー? 幽子とヒカリが何を担当するかははっきりしてるけど、私たち三人に何か手伝えることってあるのかなー?」
「……絵に関しては、一応……後日、手伝える人がいるか……全員の画力チェック……するらしい、です。……あと、カード能力に関して……ヒカリさん一人じゃ手におえないかもなんで……そこら辺を」
「なるほどねー。カード能力かぁ……バランス取るの難しそうだねー」
「でも、なんかカードゲームの能力考えるって楽しそう! やっぱり幽子ちゃんとしてはカード能力やイラストでキャラクターの設定とか世界観を表現したい感じ?」
「……もえちゃん、語っていいの?」
「ん? もちろんいいよ!」
もえの言葉に、幽子はスイッチを入れていつものように目を輝かせ、うっとりとした表情で「もちろんだよ~っ!」と語り始める。
「今までずーっとフレーバーテキストを読み解いて、想像するしかできなかった立場としては、逆の位置に回るってだけでワクワクするよねぇ~! 宝探しにおける隠す側というか、そういうポジションってやっぱり憧れてたからっ! あ~! どんな世界観設定にしようかなぁ~♥」
陶酔している幽子の話へ、丁寧に相槌を打ちながら楽しそうに聞いているもえ。
一方でしずくはヒカリ、葉月と別の話題を広げていた。
「幽子の絵、私は見たことないんだけどやっぱり上手いの?」
「この間、幽子の家に行って見せてもらったけど……正直、アレは金が取れるレベルだね。確かにカードのイラストに組み込まれてても違和感ない感じ」
「私は二人で話している際にいくつか見せてもらいましたけど、成功する確信みたいなものを与えられるほどでしたね。もっと色んなところで公開すればいいのにと思いましたよ」
「ん? 公開とかしてなかったの? でも、今回は人の目に触れるわけでしょ?」
首を傾げ疑問を体現するしずく。
「ちょっとした心境の変化じゃないでしょうか。自信がなかったみたいで。今回も誰かに絵を見せるってことにちょっと不安はあるみたいです。でも、やらなきゃ始まらないとも思ってるみたいで」
「そんでもって、誰かに曝け出した自分を受け入れられたら……きっと幽子、やめられなくなるだろうねー」
「なるほどね。……そっか、そうでもしないと自信って手に入らないよね」
しずくは自分が初めてカードゲームの大会に出た時のことを思い浮かべ、理解を図っていた。
自信――それは失敗を顧みずに進んだ先にしか手に入らず、がむしゃらにやっていればいつの間にか掴んでいるもの。
トップクラスのプレイヤーとして場数を踏んでいるしずくと同じく、幽子も画力は成熟しきっている。何かを極めるということでは似た二人だが――両者には決定的な差がある。
それは表立った舞台に出た経験の有無、ということになるだろう。
今回、そんな一歩を踏み出す決意をした幽子だが、きっかけは個人戦で見せたしずくの涙と再起の姿だったりする。
失敗にだって意味があると思えたから、踏み出せたのだ。
「なら、今回を何とかきっかけとして頑張って欲しいよね」
最近、随分と表情が柔らかくなった印象のあるしずく。薄っすらとではあるが優しげな笑みを浮かべて幽子を見つめた。
「さてさて、文化祭はそんな感じで活動するにしても……私たちはまずやらなきゃいけないことがあるでしょー? 今週末は団体戦の店舗代表戦、気合い入れなきゃねー!」
葉月が発破をかけ、手を打ち鳴らす。
するとホワイトボードがその音に反応して回転――葉月の頭頂部に強烈な一撃をお見舞いする。先ほどのヒカリと同じように机の上へ身を叩き付けられ、葉月は苛立ちのままに叫ぶ。
「センサーガバガバかぁー! 部長、命令ー! ホワイトボード、撤去ーっ!」




