第八話「地区予選大会開始! しずくを待つ運命は――!?」
地区予選大会の対戦形式は、カード同好会が出場した非公認大会と同じだった。
予選はまずスイスドロー。決勝トーナメントへ進む上位八位が決定するまで対戦を繰り返す。
出場者は当然、各店舗で代表者を決める大会を優勝した実力者ばかり。非公認大会では葉月とマッチングする実質シードというラッキー枠もあったが、今回の大会に関してそんな可能性は期待できない。
まぁ、しずくがそのようなラッキーを頼る軟弱者であるはずもなく、毎試合きっちり勝利を収めて結果――予選スイスドローを一位で通過。
決勝トーナメントへの進出を決めた。このトーナメントで優勝すれば、全国大会本選への出場が確定する。
ちなみに去年、その切符を手にしているおかげで「青山しずく」の名前は当然ながら有名。
「いやー、凄いねー。しずくがいるからこの地区予選に出場しなきゃよかったって言ってるプレイヤーまでいたよー」
敗退したプレイヤーの会話から、葉月はそのような声を拾っていた。
予選スイスドローを終え、休憩を挟んでから決勝トーナメントが開催されるためプレイヤーが一旦解放される。
しずくもカード同好会のメンバーと合流。
……ちなみに、物販で息を荒くして先行販売や限定商品を購入すべく、行列に並んでいる幽子はまだ戻ってきていないが。
「え、地区予選の出場先なんて選べるんですか?」
「最寄りの地区予選に出なきゃいけないわけじゃないんだよ。自分の好きな地区に応募できるから」
「まぁ、ここでしずくちゃんを避けて他で地区予選を突破しても、結局は決勝大会で当たるんですけどね……」
「強い相手から逃げての優勝が出来たとして、それってどうなのーって感じもあるしねー」
カード同好会としていつもどおりな会話。
それは敗退したプレイヤーが帰路へついたり、物販に並ぶため人の流れが活発になってきた中にあって行われている。
そのためしずくを擁するカード同好会はやはり注目されているようで、すれ違う人の視線が頻繁にこちらへと飛んできた。
そんな人混みを掻き分けて幽子が戻ってくる。
手には戦利品ともいうべき商品の数々が大事そうに抱えられ、ほくほくとした表情。しかし、しずくと目が合うとその高揚したテンションはみるみる萎んでいく。
「……すみません。……応援に来ているのに、物販に……熱を上げてしまって」
「別にいいよ。スイスドローは観戦できるわけじゃないから、退屈だろうし」
しずくの語ったとおり、予選の試合を観戦することはできない。選手以外の立ち入りが禁止された区間で、何十人というプレイヤーが対戦している光景を傍から見ることしかできないのだ。
テーブルの近くまで行って観戦できたりすると、第三者が助言する不正も起こるので当然だと言える。
先ほどまでもえと葉月、ヒカリは参加できる対戦イベントもそっちのけで遠目からしずくの勝利を信じて見守っていた。
「まぁ、でもトーナメントの最終戦……つまり、決勝は確かネットで配信されるんだよねー?」
「その映像は会場のモニターで上映されるはずですから、しずくちゃんの試合が見られるのはそこくらいですかね」
「それじゃあ退屈じゃない? 対戦イベントとかあるし、行ってきなよ。私は勝手にやってるし」
「そんなわけにはいかないよー。対戦イベントで用意されてる景品のカードがかなり高く売れるけど、でもやっぱり応援しないわけにはいかないってー」
欲望だだ漏れな葉月の発言にもえとヒカリ、幽子はジト目で彼女を見つめる。
とはいえ、応援している思いは四人とも同じだ。
「しずくさんが戦ってる間はみんなで見守ってますから!」
「景品の価値とか関係なく応援するよー! いや、本当に!」
「……私も、決勝トーナメントからは……しっかりと、見守ります!」
「というわけで残りの試合も頑張って下さいね、しずくちゃん」
掛けられた言葉で口元を少し緩め、
「うん。頑張るから……みんな、ありがとう」
と、しずくはゆっくりと頷きながら四人の言葉を受け取った。
「……さーて、決勝トーナメントまでは時間もあるし、どこか座れる場所で休憩しよっかー」
葉月の先導で各々は休憩する場所を求めて動き出すことに。
しかし、ヒカリはしずくの「ある光景」を不意に見てしまったため、反応が遅れて立ち止まったまま。
(……あれ? しずくちゃんの手がさっき震えていたような?)
何かとても嫌な予感がしたヒカリ。
「あの、しずくちゃん」
「ん? 何?」
先へ歩き出していたしずくは立ち止まって振り返る。
「……もしかして、緊張してます?」
「まぁ、してる……かな? でも、当然かもね。今年は何がなんでも勝たなきゃいけないから。緊張しないはずがないよ」
そう言い残し、また向き直って歩き出すしずく。
(今年は……? それってつまり、あの時のみなみさんと同じ年齢だからってことでしょうか? だとしたらしずくちゃんは……?)
○
しずくは決勝トーナメントでも圧倒的な強さを見せていた。
どんどんとトーナメントを駆け上がっていき、その勢いはとどまることを知らない。勢いに乗っているのか一戦の決着もかなり早く、あっという間に決勝戦へと駒を進めた。
八人が競う決勝トーナメント、視界としては随分としずくを捉えることがしやすくなったものだが、そんな光景の中でもえはある人物を見つける。
その人物は同じく勢いに乗っているようで、勝利を重ねて決勝戦へ進んだ。
(……あれ? なんでここにいるの? 地区予選大会だよね、これ?)
もえは疑問に思いながらその人物を見つめたが、その答えは自分の中からは出てこなかった。
そして――いよいよ決勝戦が始まる。
ここからは運営による実況を交えて、会場に用意された特大モニターに盤上が映し出されて試合は大衆の眼前に。
決勝戦特有の緊迫感と最高潮に達した盛り上がりの中、画面の中では二人のプレイヤーがデッキを相手へと託してシャッフルを求める。
先攻、後攻が決まると試合開始――。
今日、初めて見ることになるしずくのプレイ。いつもの機械を思わせる最適な選択でカードを切る光景が大画面で見られると、カード同好会のメンバー誰もが疑わなかった。
――しかし。
「……え、何ですか、これ。あそこでプレイしているの、しずくちゃんなんですよね?」
「その感覚……なんか分かります。いつものしずくさんと違いますよね?」
「……どう、表現したらいいか……分からない、けど……思考が早い?」
口々に語るように、しずくのプレイは見ていて違和感を感じるものだった。
まず自分のターンにおいてたっぷりと用意されているはずの思考時間、それをしっかりと使うことを拒否しているかのように、即決即断でカードをプレイしていく。
そして――、
「何だろうね……えらく攻撃的なプレイって感じがするー。しずくがいつも選ぶ選択肢じゃない気もするねー」
「もしかして……これって、焦ってるんでしょうか?」
「え!? しずくさんがですか?」
ヒカリのそっと置くような物言いに、もえはしずくのイメージと合わないため信じられないと声を上げる。
しかし、ヒカリの中には予感があった。
あの時の嫌な予感の正体がこれだったとしたら――?
「しずくちゃんって内面が読めない、よく分からない子ですけど……でも、もしも――もしも、自分と同じ高校二年生で全国優勝を果たした姉、青山みなみに追いつこうとしてプレッシャーを感じていたとしたら……どうでしょうか?」
出来れば杞憂であって欲しい、自分だけが抱いた思い違いであってくれればと思うヒカリだが――他の三人は彼女の推測を否定できないだけの光景を目の当たりにしていた。
その推測が正しいと言わざるを得ない言動を――耳にしていた。
(カードゲームのことを考えてするサイクリングの頻度が上がったって話、もしもそれがプレッシャーによるものだとしたら……?)
もえはそのように推測し、
(いつだったか、不安だと言って私を呼び出した。その不安がデッキ構築じゃなくて、個人戦で勝つこと自体だったとしたらー……?)
葉月はいつかのしずくを思い返して、
(……何度も、私の読書に興味を持って……話をしようとしてきたのが、無言だと……落ち着かないからだと、したら?)
幽子は伏線が回収された気持ちとなり、
(あのしずくちゃんの手が震えるほどの緊張……間違いない。もっと早く気付いてあげるべきでした。しずくちゃんは言ったんですから――何がなんでも勝たなきゃいけない、なんて!)
ヒカリは三人の血の気が引いたような表情で確信を得た。
攻撃的にプレイするしずくに対して、相手は慎重に対応していく。速さを重視してプレイしたためにしずくは少しずつ息切れ、主導権は相手が握ることとなる。
だが、しずくに緊張があったとして、体に染みついたプレイが致命的なミスだけは避けて通る。首の皮一枚繋がったという状態、綱渡りのような延命で必死に食らいついて戦いは長期化。
まるで、いつか見た鍔迫り合い。
だが、拮抗した戦いは先にミスをした方が――小石に足を引っかけた方が負ける。
青山しずくはそんなミスをしない。
機械のように正確なプレイを得意とする。
……だが、心まで機械ではない。揺さぶられた心が軸をぶれさせれば――ボロが出る。ミスをしたのだ。
しずくは一手の躓きで転ぶ。
視線が焦燥感に駆られて俊敏に手札の上を滑り、震える親指を噛みながら軌道修正を図るも、一度傾いた自分の身を起こすことなどできない。相手もその隙を逃すはずはなく――決着。
敗北のショックで握っていた手札を盤上に落とし、恐怖にも似た表情で硬直しているのはしずくだった。
優勝という栄光を手にした人物は表情を喜びに満たすこともなく、まるで眼前の少女がいつも浮かべるようなポーカーフェイスで敗者を見つめる。
勝ったのは――新井山ひでりだった。




