第七話「夏の個人戦! しずく、いよいよ戦いの舞台へ!」
「……なんで、しずくさんが……ここに、いるん……です、か?」
幽子は顎をガクガクと震わせながら、眼前の信じられない光景へ声をかける。
駅のホームにて文庫本を開き、興奮気味に文字を追っていた幽子。
目的地とは逆方向の電車が入ってきたことに反応して、何となくそちらへ視線を滑らせると、中からしずくが降りてきたためにこのような反応となったのだ。
「あれ? 今日って前乗りする日じゃなかったっけ?」
「……そう、ですけど……」
「だからまずは集合しないといけないでしょ?」
「……もちろん……です」
「到着というわけ」
しずくの言葉で背筋に悪寒が走る幽子。
今日はしずくの出場する地区予選大会の前日である。大会が行われる街へと前乗りしておくため、まずはこの朝早い時間からカード同好会のメンバーが集まる集合場所へと向かわなければならない。
それはしずくの言うとおりなのだが……、
「……非公認に、出た時と同じく……逆方向に来てます、よ?」
「ん? またそうなってる?」
幽子はまだ集合場所に向かう電車を待っているところ。そんな彼女の前にしずくが現れるところまで全て、非公認の時と同じである。
臆した表情を浮かべつつ、幽子は語る。
「……あの、前回の反省……踏まえて、とか……そういうのはないんでしょう、か?」
「そのつもりだったんだけどね。……今回は失敗したつもりはなかったし、幽子もホームで待ってるからちゃんと到着したと思ったんだけどなぁ」
探偵が悩むようなポーズを取るしずくだが、幽子はさらに呆れが増したのか嘆息する。
「……私がホームで待ってる時点で、アウト……じゃないですか。……電車に乗るから、待ってるん……ですし」
「それもそうだね。まぁ、三度目の正直って言うし」
「……その言葉、二回まで間違えてもいい、って意味じゃ……ないです、よ」
頭を抱え、また深い息を吐く幽子。
ここから集合場所に向かうまでにヒカリが電車に乗り込み、呆れる人間が二人になることは容易に予想できた。
とりあえず集合場所に向かう電車を二人で待つことに。
しずくには乗り間違えと切符の買い直しを駅員に申告させ、幽子が責任を持って彼女を送り届ける。
やがて電車が到着した。時間帯のためか他にほとんど乗っている人間のいない車内、幅の長い席から端を選ぶ幽子の隣へしずくは腰掛ける。
幽子は先ほど読んでいた文庫本を開き、しずくはスマホでもいじって到着までの時間を潰す……という光景になるはずだった。
しかし――。
「それ、何の本? 面白いの?」
横から本の中身を覗き込み、質問してくるしずく。
迷惑そうな表情を浮かべて幽子は答える。
「……ファンタジーものの……ライトノベル、です。……結構、いいところなので……まぁ、面白いですかね」
「そうなんだ。誰が犯人か分かった?」
「……犯人が分かるのって……読み終わる時ですよね、普通」
「それもそうか。じゃあ分からないんだ」
「……というか、ファンタジーと……ミステリーの区別、ついてます?」
「ファンタジーって何?」
「……しずくさん……みたいな感じ、です」
「そうなの?」
「……ミステリーも……しずくさんみたいな……感じです、けど」
興味津々に問いかけてくる割には終始、無表情なしずく。
その表情は相変わらずだけれど、こうして頻繁に会話を続けようとしてくるのは珍しいことだった。
(……考えてみれば、私としずくさんのツーショットって……あんまり、ないのかも? ……しずくさんなりに……気を遣ってるの、かな。……あ、そうだ。せっかくだし……伝えておこう、っと)
表情に読み取れる情報を持たないしずくを見つめ、幽子は文庫本を閉じる。
「……それより大会……頑張って下さい、ね」
「うん、頑張るよ」
「……正直、自分の身の回りの人間から……全国優勝とか出たら、誇らしいです」
「ん? そっか。そういえば幽子は姉さんと会ったことがないんだもんね」
「……しずくさん、お姉さんが……いるんです、か?」
幽子の問いかけに、どこかしずくは機嫌のよさそうな表情を忍ばせながら「そうだよ」と首肯する。
「うちの姉さんは全国優勝してるんだよ。明日出る個人戦で、私と同じ十七歳の時にね」
「……そうだったん、ですか。……それがしずくさんの……強さの秘密、だったんですね」
「そうかもね。カードゲームも姉さんから教わったわけだし」
「……じゃあ、お姉さんと同じく、全国優勝……しないといけません、ね!」
「うん。今年は何がなんでも勝たなきゃいけないから」
拳をギュッと握って、いつものポーカーフェイスに真剣なものが混じるのを幽子は見た気がした。
そんなしずくの横顔を頼もしく感じながら、幽子は再び文庫本を開く。
だから幽子が見ることはなかった。
……しずくの握った手が震えているのを。
○
カード同好会のメンバーは一つの駅に集合すると、電車で県をまたぐ大移動。非公認の時にも訪れた街に到着すると、ヒカリのマンションへ。一晩を過ごし、そして翌日――地区予選大会の日を迎えた。
地区予選大会の会場は非公認で使用した場所など比べものにならないほど大きい。それは、とてもカードゲームの大会が行われる場所とは思えない規模だった。
内部では地区予選大会の他にも物販コーナーがあり、先行販売のカードパックや会場限定となるスリーブなども販売される。
さらには、地区予選と関係ないプレイヤーが参加できる対戦イベントも行われるので、応援に来た人間も遊べるし、そもそも地区予選が行われると知らずカードゲームのイベントとして訪れている者もいるだろう。
流石はカードゲームのメーカー主導なだけあり、まさにお祭りといった感じの賑やかな企画が盛り沢山のイベント。
……とはいえ、まだ内部は準備中。
数多の人が会場の前でイベントの開始時刻を待っている状況。
そんな光景をバックに、カード同好会はしずくへ一人一人激励の言葉を送ることに。
……というわけで、まずはもえから。
「ほんと月並みな言葉ですけど……頑張ってください! 普段は見ていて不安になりますけど……カードゲームする時のしずくさんだけは安心して見ていられますから大丈夫! 勝ったら胴上げしましょうね!」
さらりと失礼なことを織り交ぜるスタイルは崩さず激励の言葉を送ると、もえはしずくと固い握手をする。
「ありがとう、もえ。胴上げしようね」
「しずくさんも参加したら、誰が胴上げされてるんですか……」
次は葉月が「私だねー」と小さく挙手して口を開く。
「もしも全国優勝なんてことになったら、是非とも私の動画に出演してもらいたいねー。ここは何としても肩書きを手に入れてもらわないとー。これはカード同好会部長からの命令、勝ちなさーい! あっはっはー!」
乱雑にしずくの肩を叩きつつ、いつもの陽気で歌うような口調で言った。
ちなみにあれから葉月は自分のスマートフォンで撮影した動画をアップロードしている。幽子の動画編集がない分、クオリティは下がるが本人は楽しみが増えて満足げだった。
「命令なら頑張らないとね。でも、そうなったら出演料もらわなきゃ」
「えぇー? 金取るのー……?」
しずくがいつもの無表情で冗談を言うため、葉月は「いくら出せばいいのかなー」と本気に受け止めてしまった。
さて、続いて幽子の番である。
「……もう、何度言ったか、分かりませんけど……本心ですから、もう一度……頑張ってください、ね! ……あと、本当に気になるんなら……昨日から読んでる本の第一巻……貸してあげます」
もえと同じく握手を求めた幽子に、しずくは応じる。
「ありがとう。絶対勝つよ。あと本は読んでると眠くなっちゃうから私には向かないかな」
「……じゃあ、どうして、読書を妨害してまで……色々聞いてきたんです、か」
さて、最後はヒカリ。
いつぞやショップにて見せた、眩いほどの輝きは未だに纏ったまま。
光のオーラに包まれた彼女はゆっくりと両手を広げ、しずくへと一歩ずつ歩み寄り……そして目を閉じ、どこか神秘的な雰囲気を湛えたまま告げる。
「今、まさに戦いへと赴く者……しずくよ。現在の私は歩くパワースポットと呼べる存在となりました。持つ者は持たざる者へ施しを与える責務があります。さぁ、遠慮は要りません。与えましょう、与えましょう。はぁ~っ! 開運パワー……注入ですっ!」
しずくの額に手をひらをかざし、カッと目を見開いて謎の念を注入するヒカリ。
三人がきょとんとした表情で眼前の光景を見つめるのに対して、注入される側のしずくは表情をピクリとも変えずに開運パワーを受け入れた。
リア充も行き過ぎると、こんな新興宗教の教祖みたく間違った悟りを開くという一つの例だと言えるだろう。
ヒカリの激励には特にコメントせず、しずくは会場となる建物を望む。
(鼓動が高鳴るし、手は震える。何だか体も宙に浮いた感覚。……緊張してるのかな? 去年とは――何もかも違う感じ)
そんな違和感を携え、しずくは会場へと歩き出した。




