第六話「カード同好会の夏休み! 葉月編」
「っ……やぁ……もう無理ぃ……♥ ほんとダメなのに……嫌なのにっ! とまんないっ……手が、全然とまんないよぉ~~~~♥」
だらしないトロ顔を晒し、本能のままに欲望を貪る葉月。ひたすらに欲しがる手が理性の枷を外し、乱雑な手つきでそれを求める。
……高額買い取りのレアカードを。
カードショップのプレイスペースにて、花も恥じらう女子高生が大衆に晒してはいけない表情をためらいなく浮かべる葉月。
幸い、他にお客がプレイスペースを利用しているようなことはないが、金欠でまともな思考を失った葉月なら、誰かがいようと錬金術を執り行っただろう。
ちなみに今日は葉月一人で錬成を行っている。
……まぁ、店員として幽子がおり、いつものことだとばかりに仕事をしながら時折は横目で、体をのけ反らせたりと反応豊かな葉月を見つめてはいるが。
営業妨害スレスレではあるが、買い物をしたりカードを売っている時点でお客さんなのである。
プレイスペースに貼られた利用マナーにも「パック開封をしてトロ顔を晒してはいけません」などとは書かれていない。
騒いではいけない、と記載されてはいるが……。
カードを買い取りに出すべくレジへとやってきた葉月。高額買い取りのカードを手に入れたためか、表情は大きなことをやり遂げた達成感に満ちていた。
買い取りはまだ幽子に扱える業務ではないため、他の店員が受け持つ。必要書類に署名して、カードを売却した代金を受け取る葉月。
そんな彼女に幽子は、返事が分かっていることを敢えて提案してみる。
「……葉月さん、ウチ……バイト募集してますから、よかったら……どうですか?」
それは幽子から先輩に対する「更生しろ」という優しさだった。
葉月のようなカードに知識が深く、誰に対しても明るく接することができる人間はカードショップにおいて――いや、そもそも接客業全般において願ってもない人材である。
しかし――、
「錬金術を覚えると働く気力がなくなるんだよねー」
葉月は今までから働くことを勧められ、決まってこう答えてきた。
当然である。働かなくても一時の不安定な人格のブレを通り過ぎれば、葉月が今握りしめているように諭吉一枚が手に入るのである。
今回は財布に四百円しかなかった。
二パックから売り買いが連鎖し、結果として諭吉まで辿り着いた。
ちなみに、わざわざ両替をして一万円札にした葉月。意味はないが、彼女はやたらと諭吉を持ちたがる。
(……葉月さん、将来……どうなっちゃうん、だろう?)
誰もが懸念することではあるが、葉月がもしもギャンブルに手を染めて一発目で勝ったとしたら……それを思うと先輩の将来が不安になる幽子。
ここは自分が力になるべきだ、と幽子は意を決する。
「……そうだ、葉月さん。……働きたくないのなら、遊びながら……稼げばいいと、思うんです。……ちょっと私に、アイデアがありまして」
不思議そうな表情を浮かべる葉月だが、耳を傾けてみることに。
○
葉月は幽子の自宅へと招かれた。幽子にとって誰かを自宅に招待すること自体が今までにないことであり、葉月は記念すべき一人目となる。
そんな幽子の自宅――葉月の自宅とは真逆の方向に位置しており、ショップからも距離がある。数駅なら節約で歩く葉月も、流石に電車を利用した。
……まぁ、葉月は財布が温かくなったところなので、電車賃はあまり気にならない様子だったが。
そんなわけでやってきた黒井家――綺麗な洋式の一軒屋を前にして葉月は羨ましそうに、そしてどこか恨めしそうに眼前の建物を見つめた。
(いいな、いいなー。きっと畳じゃなくてフローリングなんだろうなぁ。引き戸じゃなくてカギがかかるドアなんだろうなぁー)
実は自宅が年季の入った日本家屋である葉月にとって、コンプレックスを抉られる建物。だが、そんなことに文句も言っていられないので内部へ。
幽子の部屋はベッドと机が接する部分以外の壁全てが本棚と言っていいほど、収められた書籍で埋め尽くされていた。
……何というか幽子らしい部屋。カードのファイルや画集に小説などが几帳面に収納されており、彼女の性格が出ている。
さて、幽子が葉月に提案したお金もうけ。
それは――動画投稿である。
動画サイトにて広告収入で生計を立てる人間が現れて久しいが、それはカードゲームを題材にしても可能なのである。
例えば対戦やパックの開封を撮影してアップロード。その内容が面白ければ再生数が伸び、お金にもなるというわけだ。
……まぁ、お金を得られるというのは話の入り口に過ぎず、幽子は何よりも葉月が純粋に向いていると前から思っていたのだ。
カードゲームを広めたいという葉月の目的とも合致する。
しかし葉月は動画編集に使うパソコンを持っていない。なので今回は撮影と動画編集からアップロードまでを幽子が代行するため家に招かれ、チャレンジしてみることに。
さて、幽子が葉月にこのような提案をした理由。
それは幽子の中に、ヒカリから背中を押された日の温かさがずっと胸の中にあって。それをリレーのように誰かへ、後押しとして繋げたいという気持ちがあったのだ。
そして、その手伝いが幽子には出来る。
さて。まず今回は対戦動画を撮影するため、部屋にあった本やスマホスタンドを使って高さを確保しつつ、テーブルを上から撮影できる準備を行う。
幽子はパソコンを持ってはいるが、撮影機材は持っていないためあるもので代用していくしかない。
カードゲームの盤面、そしてプレイヤーの手が映るように調整する。
撮影はスマホのカメラで行う。幽子は本格的なカメラなども持っていない。しかし、最近のスマホのカメラならば最低限の画質は出せるので問題ないと判断した。
いよいよ動画の内容を決めていく。
葉月の中で会心の出来だというコンボデッキを紹介することに。デッキのカードを並べてレシピ公開と、解説のパートを踏まえて対戦へと移る構成。対戦の相手役は幽子が務める。
プレイヤーではないが、対戦のルールくらいは幽子も知っているのである。
ここまでは順調――だが、ある意味で動画撮影が難しいのはここからだ。
カメラの前で喋るということ。
誰かに対して訴えるということ。
これが慣れていない人間には意外と難しい。不自然な喋り方になったり、気付けば抑揚のない緊張した口調が続いていることも。
一度でも間違えてしまうとボツになるプレッシャーもあり、ミスを重ねやすい……と幽子は思うのだが。
ここで発揮されるのが、葉月の能力とも言うべき凄さ。
緑川葉月は――緊張を知らない。
……まぁ、錬金術の際は別だが。
しずくとは違った意味で肝が座っており、誰かと打ち解ける早さもこの部分が大きく起因しているのだが……それにしても普段の話し口調と変わらず、饒舌に自分のデッキを語るのは明らかな才能だった。
撮影された解説パートでは情感たっぷりに語り、それが行き過ぎたことを自分で恥じたり……表情もコロコロと変わって。
楽しげな動画が出来上がる確信が幽子の中に生まれた。
対戦パートに関しては、台本を用意しての八百長で理想的な動きを作る動画投稿者もいるが、今回は実戦の生々しさを重視することに。
数戦で良いものが撮れた。ここでも葉月は無意識だと思われるが語りに緩急を作り出しながら、華麗にコンボを披露した。
そして撮影が終わると幽子が動画編集のやり方をネットで調べながら、解説パートと対戦パートの動画を繋げたり、字幕を打ち込む作業に入る。
フリー音源の効果音や音楽を使って雰囲気を演出し、初めてにしてはなかなかのクオリティのものが完成。
それを二人は期待と不安の入り交じった気持ちで動画サイトにアップロード――全世界へ公開された。
○
動画サイトにて公開された葉月と幽子のコンボ紹介動画は一週間で3000再生を記録。無名の新人が突然、宣伝もなく発表した動画にしては十分過ぎる成果だと言えるだろう。
どこから火がついたのか、葉月の斬新で視覚的に面白いコンボが話題になったようだ。
そんな結果を踏まえて後日――ショップにて幽子と葉月は叩きだした結果に盛り上がっていた。
「……凄く…伸びてます、ね!」
「コメントでも『天才の発想だ』なんて褒められちゃってー……なんかこういうの気持ちがいいねー。嬉しくなっちゃうよー」
「……パソコンがあれば……編集して、投稿まで自分で……できます、よ?」
「そうだねー。なーんかパソコンとか、動画配信の機材をしっかりと揃えてやりたくなっちゃうなー」
カードゲームを広める何かをやりたい……漠然と考えていた葉月にとって初めて具体的な行動となった。
(そっかー。カードゲームの魅力を誰かに伝えるって……こういう方法もあるんだなー)
そのように葉月は新しい方向性を見いだし、
(……私も、葉月さんみたいに……自分の好きなことやアイデア……晒け出したら何か、変わるのかな?)
幽子はヒカリとの「ちょっとした約束」を思いながら、上機嫌な葉月を見つめる。
さて。誰かに見てもらえている、知ってもらえているという手ごたえを感じて葉月は満たされていた。パックを開けてレアカードを引く時のような不純なものではない、もっと清々しいものによって。
――そこで葉月は思い出す。
「で、でさー……その、今回の動画のお金ってー、どういう感じになってるのー?」
葉月のためらいがちな質問に、幽子はバツの悪そうな表情を浮かべる。
「……そういう手続きを、踏んでいないので……あの動画でお金は入らない、です。……というか、高校生で……広告収入……得られるんでしょう、か?」
「え、えーっ!? ……そ、そっかぁ、今回はお金にならないのかぁー……」
一気に葉月はテンションを下げ、枯れていく。
責任を感じて、目をぐるぐる回して慌てる幽子。
「……す、すみま……せん!」
「あははー、いいよー。……まぁ当分は錬金術師だね、私は」




