第五話「カード同好会の夏休み! 幽子編」
「オッス、おらリア充っ! 最近、彼女が出来ちまってよぉ……おら毎日ワクワクすっぞ!」
――という挨拶でショップへ入っていこうかとヒカリは思ったが、流石にはしゃぎすぎかと思って止めた。
もえに告白し、オーケーをもらえた日からはしゃいでいたヒカリ。
とにかく何にでも幸福感が伴う。もえのことを考えれば白ご飯だけでも美味しく食べられてしまうし、白米なしでおかずを頂いても満たされる。
ただでさえドMで重篤なものを患っていたヒカリ。もうこれ以上ないと思われるくらいの壊れっぷりだというのに、まさかまだ伸び代があると誰が考えただろうか。
そんなわけで歳も考えず、スキップでカードショップまでやってきたヒカリ。本当はもえとデートしたいところではあったが予定が合わず、平日で大会はないが暇を潰すべく訪れたのだ。
さて、自分達が務めるお店の社長令嬢が来店した従業員たちは驚愕する。
異様と言える幸せオーラを纏ったヒカリは、比喩ではなく輝いていたのだ。
(……ひ、ヒカリさん、名前のとおり……光り輝いて、る! ……あまりにも輝き過ぎて……太陽が二足歩行で、来店したのかと思った!)
目を細め、両腕で眩い後光を遮りながらヒカリの来店を迎えた従業員一同。
これこそリア充……それほどまでに輝いているのなら、爆発するのも納得だ。
……さて、ヒカリは来店すると早速、自分の立場を幽子にどう示すか考える。
(今思えばカード同好会のメンバーに私達の関係性って、説明するべきなんでしょうか? もえちゃんに確認は取ってませんし、今日は秘密にするとして……あ、秘密って何だか素敵ですね!)
この夏はおろか、クリぼっちも確定であろう同好会メンバー三人をひっそりと高みの見物できる優越感でヒカリはさらに愉快な気分となる。
一方、来店後ずっとニヤニヤしているヒカリに話しかけるのを躊躇してしまう幽子。
しかし、せっかくこうして会ったということで、世間話として先ほどあったことを口にする。
「……いらっしゃいませ、ヒカリさん。……さっきまで、もえちゃん……来てました、よ?」
何気ない会話のつもりだったが、ヒカリは「もえちゃん!?」と目を輝かせて反応する。
「何時に来ました? 何分に帰りました? 何秒居ました? 私のことは何か言ってましたか? ――あ、いえ。私ともえちゃんはその……何でもないんですけどね。えへへ、えへへへへ」
ついさっきまで犯人がいたと言われた刑事のように問いただしてきたかと思えば、急に照れるヒカリ。
仄かな恐怖心を抱き、幽子は怯えた表情でヒカリを見つめる。
「……もえちゃんは午前中……いて、デッキに使うカード……買っていきました、よ? ……コントロールデッキのパーツ、買ってましたけど……あれヒカリさんのレシピです、か?」
「も、もえちゃんが……私のデッキを!? 嬉しいっ!」
今度は弓のように体をのけ反らせ、身を抱いて喜びの絶頂に打ち震えるヒカリ。
優しいはずの先輩が情緒不安定すぎるので、怖くて仕方ない幽子だが……しかし、もう少し勇気を振り絞って付き合ってみることに。
ヒカリは荒くなった呼吸が整うのを待ってから語り始める。
「昨晩、私のデッキレシピを教えて欲しいと言われまして。デッキを並べて写真を送ろうと思ったんですが、ついピースして映り込んじゃったんですよね。そうしたらカードが見えないと言われちゃって」
「……まぁ、そりゃそう……でしょう、ね。……っていうか、そのエピソード……必要なんです、か?」
「とりあえず、もえちゃんが買っていったコントロールデッキのレシピは私があげたものです。……そうですか、もえちゃんが私のデッキを!」
ヒカリも昨晩、レシピを要求された際には何に使うのだろうかと考えた。対戦する際の攻略のためだろうか、などと予想していたが……。
(お、お、お、お揃いのデッキを持ってるとか……これもう実質、結婚なんじゃないですか? 広義的に捉えたらもう籍入ってますよねぇ? でも、もしもえちゃんが私のデッキを使いこなしたらお株が奪われる……あぁ、それもいいかもぉ~♥)
宝くじが当たった時の自分を想像しているような、だらしなく欲望に爛れた表情のヒカリに、とうとう幽子は逃げ出したくなる。
(……きょ、今日はヒカリさん、調子……悪いのかも? ……もうすぐバイト終わるし……ヒカリさんには悪い、けど……直帰しよう)
そう心に決めた幽子だったが、
「あ、そうだ! 私、暇で来たんですよ。バイト終わるまで待ってますから、遊びましょうか」
「……え!? あ……はい」
どうやらそういうわけにもいかず、おかしくなったヒカリと仕事が終わっても付き合うことが決まった幽子は表情を引きつらせて嘆息するのだった。
○
プレイスペースにて片肘をついて「えへへ」とニヤつき、妄想を繰り返すヒカリ。
幽子は何とか残業できないものかと画策するも、店長の「お嬢様待ってるし、あがっていいよ」の言葉で業務から解放されてしまった。
まぁ脳内に永久機関の暇潰しがあるため、ヒカリは何時間だって待てたとは思うが。
……ちなみにもえとの件はカード同好会メンバーには内緒にすると決めたヒカリ。先ほどはもえの話題になったため盛り上がってしまったが、そもそも自らその話を振るつもりはない。
なので幽子がバイトを終え、プレイスペースに向かうとヒカリは見るぶんには平常どおりになっていた。
恐る恐る椅子へと腰掛ける幽子。
「それにしてもほんと幽子ちゃん、仕事に慣れたみたいですね」
「……そうでしょうか。……まだ接客、得意じゃなくて……声もあんまり大きく、ないし」
「それでも仕事が続いているというのが大事だと思いますよ。どうでしょう、このショップでのお仕事……楽しいですか?」
「……それは……もちろんですっ!」
普段から幽子と接していないと分からない差異ではあったが、少し溌剌とした返事にヒカリは「よかったです」と優しく笑みを浮かべる。
そんな彼女を見て幽子も、
(……あ、いつもの……ヒカリさん、だ。……さっきは、心の中で避けること……ばっかり考えて、ごめんなさい)
と、安堵で胸を撫で下ろすのだった。
「私としてはこのままこのショップでバリバリと働いて、店長にでもなってくれたら嬉しいなぁと思ってたんですけどね」
「……じゃあ、今の店長……どうなるん、ですか」
社長令嬢の何気ない一言ではあるが、もし会話が聞こえていたなら現店長は気が気でなかっただろうと思われる。
とはいえ、そんな店長の未来が脅かされることはない。
「まぁ、幽子ちゃんは夢がありますもんね」
「……私としては、ヒカリさんが逆に……このカードショップだったり、お父さんの仕事……継ぐようなことになるのかなって……思ってました、けど」
「お父さんには昔から仕事を継ぐなんて考えず、自分のやりたいことを見つけなさいって言われてましたからね」
だからこそ、ヒカリは自分で夢を考え……そして辿り着いたのが「カードゲームを自分で作る」というもの。
それを聞いた時、幽子は「凄いなぁ」と感心していたものの、徐々に考えていくとその夢のスケールに打ちのめされる気持ちとなっていた。
そんな胸中を幽子は、せっかく二人っきりであるため曝け出してみることに。
「……この前、聞いた……ヒカリさんの夢、正直……ビックリしました。……カードゲームを作るって……なんか私のイラストレーターの夢なんか……脇役みたいで」
「あ! なんかすみません! 私の夢、そういう風に聞こえちゃいましたか! 違うんですよ!」
ヒカリは驚いた表情を浮かべ、両手を振って否定を体現する。
確かにカードのイラストを描くことは、カードゲームを作ることの中に入ってしまっている。
対して、幽子も自分の意図と違う伝わり方をしたらしく焦燥感に目をぐるぐると回す。
「……ち、違いますっ! ……そういう文句とか、言いたいんじゃ……なくて。何ていうか、ヒカリさんの夢……ちゃんと自分が主人公だな、って。……やっぱり、目標ってそうじゃなきゃ……ダメなのかなって」
言っていて虚しくなってしまったのか、語る最後には俯いて声も小さくなる幽子。
幽子の言っていることは正直、間違っている。
誰かを支える脇役的な仕事を誇りに思う人も世の中には沢山いて、それを目標にしてはいけないわけがない。
……ただ、幽子は常に自分を脇役だと思って過ごしてきたのだ。
カードゲームと出会ったのも友達がやっているのを横で見ていたから。
昔から誰かがプレイするのを眺めるのが好きで、ずっと見ているだけ。
そんな自分が選んだ夢は、やはりどこか脇役っぽくて……成長していない自分に不甲斐なさを感じたのかも知れない。
幽子の言葉にヒカリはくすりと笑う。
「そもそも私はカードゲームを作るノウハウも道筋も見えてません。ただ理想を語ってるに過ぎない私こそ、幽子ちゃんみたいに日々積み重ねをする人に夢を語るのは恥ずかしいくらいなんですから」
「……いえ、私はただ絵を描いてるだけで、積み重ねてるつもりは……。わざわざカードゲームのイラスト……描きたいっていうのも……本当は、自分の絵だけで勝負するのが怖いから……絵が主役じゃない媒体に、載せて欲しいの、かも――」
「――幽子ちゃん!」
強く咎める口調でヒカリは名前を呼び、幽子は体をビクッとさせて背筋を伸ばす。
「そんな風に悪く捉えちゃ駄目です。私たちは結局、カードゲームが好きで……大人になってもカードと一緒がいい。それだけでしょう?」
「すみません。それは……確かにそうです」
「カードを作るという夢を抱く私が主役であるなら、イラストレーターになりたい幽子ちゃんだって主役です。同じくカードを作り上げる目的に、主人公が二人いちゃいけないなんて、誰が決めたんです?」
ヒカリの言葉で気付かされ、目を見開く幽子。
誰だって主役――世の中は群像劇。
幽子は当たり前のことに気付いただけ。
だが、彼女はどうしたって自分を脇役へと追いやり、自信を発揮できない思考の檻に閉じ込めてしまう。なかなか、前向きに考えられない。
もしかしたら幽子の思考は一生、このままなのかも知れない。
ただ、これもまたカードゲームは一人ではできない、ということになるのだろうか?
――自信をもって自分の道を、主役として進め。
そんな単純で飾り気のない言葉でも、自分の中から捻りだすのではなく誰かに言われて信じられる……そういうこともあるのだ。
誰かに手を引かれて一人前、だって悪いことじゃない。
だから、ちょっと幽子は前向きになれる気がした。まるで胸の中に火が灯ったみたいに熱くなって、胸が高鳴るのを感じる。
幽子の表情が明るくなるのを感じ、ヒカリはそこで一つの提案をする。
「それで幽子ちゃん。私、ちょっと思いついちゃったんですけど……」
「……え? ……何です、か?」
幽子の問いかけにヒカリはしたり顔を浮かべる。
「秋には文化祭があるじゃないですか。カード同好会も何か発表できるわけなんですけど……そこで私たちの夢、その予行演習みたいなことをするって、どうでしょう?」




