第四話「カード同好会の夏休み! しずく編」
夏休みのある日、葉月はカード同好会の部室にて持参したうちわを仰いで何とか涼を獲得していた。
教室にはクーラーが設置されているのだが、古い建物なためこの部活棟には冷房機器が行き届いていない。
学校の備品としての扇風機もこの季節だと数がないらしく、最悪活動はショップでできるカード同好会がそのあたりを強く言うのは気が引けた。
(正直、ヒカリが冷房機器を取り付けてくれたりしたらいいんだけど……やっぱ抜けてるのか、石油ストーブなんか持ってきてるし)
部室内に鎮座する石油ストーブ。一度、起動することがあれば今の葉月など秒殺だと思われる夏季における一種の兵器。
無論、ヒカリは抜けているからこんなものを部室に設置したのではない。猛暑が続く日々でこれを持ってきたことは、ヒカリからすれば激辛料理にタバスコを追加するようなもの。
つまりは平常運転である。
さて、何故葉月が学校にいるのか……それはしずくから呼び出されたためである。
葉月の家からはショップより学校の方が近いため、しずくが呼び出す立場として気を遣ったのだと思われる。
……だが、冷房の効いているショップに赴く方が葉月としてはありがたかった。
ちなみに用件は個人戦に向けてのデッキ調整。
(私を選ぶあたり、夏の暑さでしずくのやつ壊れたんじゃないかなー……)
というわけで指定された時間より少し早く到着したため、テーブルにベタっと体を預け、だるそうにうちわを扇ぐ葉月。
そこからしばらく待つとこちらに向かって響く足音――入ってきたのは葉月を呼び出した張本人、しずく。
カードゲームをするということでいつもの大会に赴くようなカバンでやってきた葉月に対し、何故かしずくは登校するために用いるスクールバッグ。
そんな違和感はすぐに払拭される。
「先に来てたんだ。……遅れてないよね。補習は時間きっかりに終わったはずだし」
「そもそも補習で学校にいるから私をここに呼んだんかーい!」
気遣いなどではなかったことが発覚し、暑さに耐えていた心が爆発するように叫んだ葉月。
「いや、デッキ調整するために呼んだんだけど」
「知ってるよー。そういうことじゃなくて……あー、別にいいやー」
逐一説明するのも面倒だったために、一切合切を放り投げることに。
(それにしてもこの子は何で一滴も汗をかかないのかなー? どうして涼しそうな顔をしていられるんだろう……)
椅子へ腰掛けるしずくを、葉月はジト目で観察する。
一方、そんな視線など意に介さないしずく。
早速本題に入ることに――。
「それでデッキ調整の相手をしてもらおうかなと思うんだけど……」
「うん。それは分かってるんだよー。でもさ、まずはしずくから呼び出しって驚きだよねー」
「まぁ、色々と不安な部分もあったからね」
「なるほど……まぁ、カードゲームは一人じゃできない。大抵それは良いことだけど、デッキ調整も一人じゃできないからねー。とはいえ、私でいいのかなー?」
葉月は自分の大会での戦績やプレイスタイルを思いながら言った。
するとしずくは「問題ないよ」と即答し、カバンからデッキケースをいくつも取り出して机の上に並べる。
「おやおやー? 凄い数だねー。流行のデッキを一個しか持たないのがしずくだと思ってたけどー」
「そのとおりだよ。これは全部、プロキシで出来ているデッキ。そして、私が使っているもの以外の現環境で流行しているデッキを揃えてある」
しずくの言葉で葉月は自分が、今から何をさせられるのかを理解したようだった。
ちなみにプロキシというのは、実物のカードがない場合に使用する代用品のことだ。持っていないカードの能力を紙に書いて使わないカードに貼ったり、印刷したものを切り抜いて本物そっくりに仕上げることもある。
もちろん大会では使えないが、金銭的に手が出ないものや発売前のカードなどの動きを確認するためには最適だと言える。
葉月はデッキケースの内の一つを手に取って中を見る。
ネットで拾ったであろう画像を印刷して切り抜き、要らないカードに貼ったなかなか丁寧な作り。
(へぇ、しずくって結構器用なのかなー? ……というか、こういうのできる設備が家にあるって羨ましいなぁー)
プロキシは金欠気味の葉月にとって願ってもない手段である。
……まぁ、彼女の中にはやり過ぎてカードを買わなくなる懸念もあるのだが。
「なるほどね……つまり、これを使って私は相手をすればいいんでしょー?」
「うん、そういうこと。お願いできる?」
「もちろん協力できることだし、やるけど……でも適任が他にいるんじゃないー? もえやヒカリとかさー」
「まぁ、確かにそうとも言えるんだけどね。だけど、葉月さんには葉月さんのプレイの傾向とかあるだろうし。何より葉月さんって使ってるデッキが勝つためのものじゃないだけで、プレイ自体はかなり上手いよね」
しずくは抑揚ないいつもの語り口調の中に、葉月への評価を忍ばせる。
それが葉月の中でかなり衝撃的だったのか、きょとんとした表情を浮かべてしまう。
「……そ、そんなことないでしょー」
「いや、プレイの精度で言えばヒカリさんも越えるんじゃないかな」
葉月は過大な評価を受けたと思っており両手を振って謙遜するが、しずくの表情はポーカーフェイスながらも真剣さを感じさせる。
実際、カードを組み合わせる発想、実現するデッキの構築力、コンボに至る段取りをきちんと行う理路整然としたプレイ……それらを持ち合わせる葉月。
しずくの評価は正しく、カードゲーマーとしての実力は文句なしに高いと言える。
先ほどプロキシの質を確認するため手元に引き寄せたデッキを、葉月は確認してみる。
(勝つための最適解を打ち出したような構築。私の分野じゃないけど……うん、でも確かに最低限の動かし方は分かる気がするなー)
「でさ、葉月さんとしても冬季の団体戦は勝ちにいくでしょ? ならこういう勝つためのデッキを動かす機会があってもいいんじゃないかなって」
しずくの言葉に葉月は「確かにー」と思いかけ、待ったをかける。
「いやいや、団体戦って出場は三人だよー? じゃあしずくとヒカリにもえで確定でしょ、普通はー」
「そうかな? 卒業を控えてるんだし、ヒカリさんと葉月さんこそ確定だと思うんだけど」
「うーん、そういうものかなぁー……?」
「だと思うよ。だから今年は団体戦、出て欲しいな」
「うーん。まぁ、しずくがそう言ってくれるなら……そっかー。うん、分かった。前向きに考えておくー」
しずくの卒業生へ花を持たせる意外にも粋な提案。葉月はとりあえずイエスの方向性を示しておくことに。
すると、そんな葉月の返事にしずくは意外そうな表情を浮かべるのである。
「渋るのかと思ってたけど、意外だね」
「何さ、渋って欲しかったのー?」
「そうじゃないけど、今までのことを考えたらね」
しずくが葉月の返事に驚くのも無理はないのである。
――過去に二度、しずくは葉月へ団体戦出場を打診した。
だが、葉月は自分の勝ちを二の次にするスタイルが邪魔になるからと団体戦を断り続け、そして――他のプレイヤーを誘ってまで出る気がなかったしずくとヒカリはこの二年、出場を見送ってきた。
そんな過去を踏まえての驚き。
理由をようやく察した葉月は語る。
「心境の変化があったとしたら、もえの影響かもねー」
「ん? そうなの?」
「私たちって今まで自分の領分を決めて、その中でプレイしてた感じがあったじゃないー?」
「意図してるわけじゃないけど、そうかもね」
葉月がコンボを極める研究家で、しずくが勝利を追求するアスリート、ヒカリはコントロールだけを突き詰める職人、そして幽子はカードを集め楽しむ収集家。
まるで担当するかのように、領分は存在していた。
――例えば、しずくと葉月のやり取り。
コンボを決められれば負けてもよいという葉月。しかし、大会では毎回初戦敗退し、ちょっと悔しそうにしているため「勝つためのデッキも触ってみたら?」としずくは提案した。
だが、その度に葉月は難色を示してきたのだ。
自分の領分じゃない、と――でも、今は違う。
「そんな私達と違って、もえはその垣根を飛び越えてどんどん新しい場所に行くんだよねー」
「確かに今のもえのデッキって私が勧めたものと、葉月さんのデッキのハイブリットっぽいよね」
「それだけじゃないんだよー。今度はヒカリのコントロールデッキに挑戦するんだってさ」
「そうなの? でもヒカリさんのデッキって結構高いよね?」
「そこでちょっと前に当てたエラーカードがあるでしょー? やり方を聞かれたから教えたフリマアプリでアレがかなりの額で売れたらしくてー。それを元手に組んでみるんだってさー」
フリマアプリと出品、それをキーワードにしずくはもえと迷子の果てに会ったことを思い出す。
(……なるほどね。あれは新しいデッキを組むための元手を作る出品だったんだ)
「もえはどんどん吸収して、新しい領域へと踏み込んでいくじゃないー? それを見てたら私もそういう挑戦? やってみてもいいのかなってー」
「なるほどね。だとしたら納得できるよ。葉月さん、そんな風に影響受けてたんだ」
葉月は後ろ頭を掻きながら「えへへー」と照れた表情を浮かべる。
「ま、乗り気ならまずは個人戦の練習に付き合ってよ」
「そうだね、できる限りやってみよっかー。カード同好会としても個人戦優勝が部員から出たって実績も欲しいし、頑張ってもらわないといけないからねー」
「優勝はもちろん目指すよ。二年生の今年は何がなんでも勝たなきゃだから」
「頼もしいねー。なら、まずは伝説の剣を持った平民的な私を倒してもらわないとねー」
そう言って葉月はプロキシで作られたデッキをシャッフルし、テーブルに置く。
この日――環境で高い立ち位置にあるとされるデッキを用いてプレイした葉月はしずくの予想通り、的確にカードを切ってプレイヤーレベルの高さを見せつけた。




