第十話「大会終了! そして語られるみんなの夢!」
非公認大会を終え、カード同好会のメンバーはヒカリのマンションへと戻ってきた。
夕食は昨晩、ヒカリと葉月が大量に作ったカレーがあるため、今日も三年生二人に料理を押し付けるという展開にはならなかった。
そして食後にはしずくが獲得した非公認の優勝賞品、最新のゲーム機を用いてのゲーム大会が行われる。
ソフトや人数分のコントローラーは葉月が用意していた。本人曰く「緑川家の持ち物」らしく、持ち出すのにはかなりの説得が必要だったのだとか。
さりげなく葉月、しずくが優勝することを前提として荷造りをしている。
そんなゲーム大会はまず、説明書を熟読するヒカリ以外の四人で行われた。葉月以外はテレビゲームには疎かったようで、慣れない操作が逆に各々の実力差を拮抗させる。
だが、最終的に慣れてくると一番上手かったのはしずくや葉月ではなく、もえだった。
絶えず笑いが生まれ、ひたすらに遊びまくった五人。
やがて日付が変わるような時刻になると、明日また早朝の電車で地元へと帰るため就寝することに。
まだ遊びたい気持ちを抱えながらも、非公認大会ではしゃいだ体はクタクタで睡眠を求めていた。
というわけでリビングの家具をどかし、布団を並べて敷く。
ヒカリの提案で他の部屋は使わず、リビングで全員が眠ることになっている。ヒカリ的には合宿っぽいらしく、それは昨晩も同様だった。
消灯し、目が少しずつ暗闇になれる感覚を伴いつつ天井へ視線を預ける。
疲れて眠たいけれど、すぐに寝るのはちょっと惜しい。
そんな五人の想いを汲み、代表して葉月が口を開く。
「さてさて、せっかくだから非公認がどうだったか感想でも聞いていこうかなー。じゃあ、まずは優勝者であるしずくからー」
「ん? 非公認の感想?」
「何でもいいからさー。チャンピオンからどうぞー」
葉月の非公認インタビューが始まった。
「うーん……まぁ、楽しかったかな」
「優勝すりゃ当たり前だろー! 当然のこと言ってんじゃねー!」
「無茶苦茶だなぁ……」
理不尽なキレ方をする葉月に、流石のしずくも僅かに困った表情を浮かべる。
「そういえば葉月さん、私と戦績真逆だよね」
「いらんことに気付かんでよろしいー! はい次いこ。えー……じゃあ幽子ー」
「……何ていうか、一生分……誰かと喋った気が……しま、す」
「そっかー。プレイヤーじゃない幽子にとって非公認大会ってオフ会にしかならないし、どうかなと思ってたけど……楽しめたみたいでよかったよー」
「幽子ちゃんと話してた人、饒舌になってるのを微笑ましそうにしてて、こっちまでほっこりしちゃったなぁ」
「……もえちゃん、何で……そんなとこまで、見てるの」
もえの嬉しそうな口調で語った言葉に、幽子は恥ずかしそうに掛け布団で顔を覆う。
「さてさてー、お次は三位だったヒカリだよー」
「私は……そうですね。ひでりちゃんに負けたのが悔しかったです」
「お互い手を知ってるだけに違った読み合いがあったよねー、あの戦いはー」
「そういえば今日のひでり、ヒカリさんに勝って謝ってたよね」
「……やっぱり、女王様って……呼ばれてるだけ、ある」
「えー、私そんな風に言われてるんですか? そんなことないですよ」
「本当にそんなことはないと私は思いますけどね」
さらりとヒカリへ「陰で女王様と呼ばれている事実」を漏らしてしまった幽子。今度のショップ大会ではヒカリが皆の噂話に聞き耳を立てるかもしれない。
「そんじゃあ次、もえはどうだったー? 予選突破には一歩及ばなかったみたいだけどー」
「そうですね……もっとカードゲームがやりたくなりました! プレイも上達して、次に参加することがあれば決勝進出したいです!」
「始めて一か月くらいにしては、十分上達してると思うよ」
「確かにー。次は決勝進出はあるかもねー」
「……ショップでも、実は期待の新人として……注目されてる、よ?」
「非公認大会は各地で開かれていますから、また大きな休みがあれば参加しましょうね!」
次こそは、という思いをぶつけられる場所が沢山あるカードゲーム。大会が盛んに行われているため、もえのリベンジは遠くないだろう。
「さて、最後は葉月ですよね。非公認大会、ワースト一位さんのご感想は?」
ヒカリの意地悪な問いかけに、葉月は怒りだすことなく無邪気な笑みを浮かべる。
「やっぱりカードゲームって最高だよね。楽しすぎて時間を忘れたよ」
「全敗でそれ言えるって、葉月さんやっぱりすごいですよね!」
「む。馬鹿にしてるなー?」
「きっと馬鹿にする人なんていないよ。葉月さん、誰にもできない楽しみ方ができるって、それ特技だよね」
「そうー? そうかなー? まぁ、たまには素直に褒められとこっかなー」
照れたように頬をポリポリと掻きつつ、葉月はまんざらでもない表情でメンバーたちの尊敬を受け入れた。
……さて、そのように葉月の司会進行によって行われた各々の非公認レポートが語り終わると、一同は閉口して静寂が空間に横たわる。
まだ眠るには惜しいが、話題が出てこない。
そんな状況に痺れを切らして、葉月がまたもや口を開く。
「諸君ー、もっと学生のお泊りらしくこう……青春っぽい感じの話はないのかねー?」
「葉月さん。何ですか、その青春っぽい話って……」
葉月の言葉へどこか茶化したように返したもえ。
しかし、ヒカリが真面目なトーンで「あ、一ついいですか」とまさにその「青春っぽい話」を持ち出す。
「ちょっと聞いてみたいなって思ってたんですけど……みんなって夢とかあります? 目標でもいいと思いますけど」
少し恥ずかしそうに問いかけたヒカリ。
問われ、各々は答えを考えてみることに。
ただ、もえだけは……曇った表情で不安感を抱いていた。
「私はあるよ。……プロプレイヤーになること。それ以外、考えられない」
まず最初に語り出したのはしずく。
「あー、何か分かるなー。実際になれそうな気がするからかなー」
「……カード同好会の、エース……ですもん、ね?」
「しずくちゃんは昔かはずっとその夢ですよね」
「うん、まぁね」
迷いないしずくの返答に、ヒカリは「やっぱりそうなんだ」と再確認した。
カード同好会の中でヒカリとしずくは最も付き合いが長く、それだけに他のメンバーの知らないことが沢山あるのだ。
そして幽子が「あのっ!」と暗闇の中、意味もなく小さな挙手をして語り始める。
「わ、私はカードゲームのイラストレーターとかやれたら最高だなって思いますっ! ……どうやったらなれるとか全然分からないけど、もし自分のイラストが形になったらきっと幸せだろうなって~♥」
自分の好きなことを語るということで、幽子はすでに暴走状態だった。
「お、饒舌になってますねー。ただ幽子ちゃん、すごく絵上手いですからなれそうです」
「……すみません。……ちょっと、落ち着き、ます」
「何を謝ってるのさ……。でもカードゲームのイラストレーターってなんかピンポイントじゃない?」
「……それは、色んなところで……自分のイラストが使われたら、それは素敵だと……思うけど。……何より、カードになって欲しいって……強く思う、から」
「しずくー、カード同好会のメンバーなんだから当たり前だってー。まずはカードなんだよ、私達はー」
「そっか。言われてみれば当然だよね」
ちなみに幽子はこの時、始めて自分の理想のようなものを口にしたため、内心で鼓動が高鳴るのを感じていた。
彼女はいざ自分の好きなことを語る時、その出力を調整できず暴走気味になってしまうのだが……そうなった時のどの瞬間よりも、幽子は気持ちが大きく揺れていたのだった。
想像力豊かな幽子はもし自分が――という空想をし、それに胸をときめかせてしまったのだった。
普段しない、自分を主役とした妄想によって。
とはいえ、幽子は自分を曝け出すということに慣れていない。描いたイラストもどこかで公開したりせず、自分で楽しむのみ。コンクールで賞を獲る時、作品を応募するのは決まって幽子以外の誰かだった。
つまり、夢を叶えるためには自分を曝け出す一歩、それをどこかで踏み出さなければならない。
さて、幽子に続いて今度は葉月が口を開く。
「私はとにかくカードゲームを広めるようなことをやりたいかなー。みんなと違って漠然としてるんだけど……でも、カードゲームに関わって生きていけたら、それって最高だよねー」
将来の夢という意味では結構、頻繁に考える葉月。
ただ明確な目標は決まっておらず、方向性だけを思い切って語る形となった。
「葉月さん、誰かと仲良くなるのは早かったりするし、何かできることがあるのかもね」
「しかし、葉月もちゃんとそういうことを考えてるんですね……話を振った人間ながら、ちょっと答えが返ってくるとは思ってなかったです」
「ヒカリは私のことを何だと思ってるのさー」
「……でも、カードゲーム……広めるって、何があるんでしょう、ね?」
「あはは。まぁ、ゆっくりと考えるよー」
いつもの軽い葉月のノリで締めくくり、三人が自分の将来を語った。
そして一時の沈黙――そこから語り始める者がないことを確認してか、今度はヒカリ自身が口を開く。
「私……実はカードゲームを作りたいと思っているんです」
「え!? カードゲームを新しく作るってことー?」
ヒカリの予想していなかった夢に三人はざわついた様子を見せる。
「はい。既存のもので遊ぶのも楽しいですが、私は作るあちら側に行ってみたい……最近はそんな風に思うんです」
「でも考えてみれば、確かにそれってヒカリさんっぽいかもね」
「……そうなん、ですか?」
幽子が不思議そうな表情なのに対し、しずくと葉月はヒカリの夢を最初驚きながらも今は「らしい」と受け止めているようだった。
「意外とヒカリってひねくれてるんだよねー。流行のデッキは使わず、コントロールデッキにこだわったりー。デッキも誰かのレシピを真似とか絶対しないんだよねー」
「ルールに詳しいところから『自分だったらこうするのに』って思ったりする部分もあるんじゃない?」
「……『ないから作りたい』とか……『こうだったらいいのにな』って、思う気持ち……私、分かります」
「まぁ正直、何からやっていけば辿り着けるのか想像もつかないですけど……でも、自分が好きだったものを作る側に立つって、すごく楽しそうですよね!」
実はヒカリ、自分の夢を決意表明として語りたい衝動がずっと胸中にあり、今日のこの質問にかこつけて想いを吐露したのだった。
だが、予想以上に皆の目標も聞けて……カードゲームと将来を歩みたいのが自分だけではないことに安堵もした。
――いや、正確には一人だけまだ語っていないのだ。
語り出さないどころか先ほどから閉口しているもえを思い、ヒカリは表情を曇らせる。
(もえちゃん、眠ってるんでしょうか? だとしても……もしかしたら誰かにとって、答えづらい質問だったかもしれない。私、自分が語りたいばかりに……)
ちょっとの後悔も携えつつ、まずはもえが起きているのか確認してみることに。
「もえちゃんはその……将来の夢とか、考えたりします?」
「え? あ、わ、私ですか……?」
不意の質問に慌てた様子のもえ。
眠っておらず、そして話が振られるのも分かっていた。ただ、分かっていても自分の番がくれば鼓動は高鳴る。子供の頃、病院で名前を呼ばれた時に伴うような緊張が、もえにはあった。
もえは暗闇で見えないのに、必死で困った笑みを浮かべて語る。
「う、うーん……私はまだそういうの、とかはない……ですかね?」
歯切れの悪いもえの返答。一同は触れてはいけない何かを感じた気持ちを共有する。
「まぁ、焦る必要はないよね」
「そうだねー。もえは一年生だし、ゆっくり考えればいいんだしー」
しずくと葉月はフォローの言葉を入れる。
その優しさは理解出来るし、もえは嬉しいと思う。
だけど――だけど。
焦らずにはいられない。
もえはこういう場面になると思ってしまう。
(カードゲームにみんなと同じく――もっと昔から出会っていたら何か違っていたのかな? 同じように何かカードゲームの夢を、持っていたのかな?)
今まで色んなことにチャレンジし、続かなかったもえには夢がなかった。そのことが今、もえはどうしようもなく悲しい。
掛け布団で口を覆い、何だか一気に疲れたような気持ちを抱いて目を閉じる。
(きっと今の私ぐらいにはみんな、漠然と目標を抱いてたんじゃないかな? 幽子ちゃんなんか同級生だし。みんな夢があるんだ……羨ましいな)




