第八話「非公認大会当日! そして現れる意外な人物!?」
もえは自信に満ち溢れていた。
九割九分しずくの勝利で終わったヒカリのマンションでの練習試合。だが、もえはしずくから押された太鼓判により手ごたえを感じており、今なら誰にも負ける気がしないのだった。
……前述のとおり、しずくにはボコボコにされたのだが。
しずくが押した太鼓判とは、もえのデッキ改造に対してのもの。
もえは葉月が得意とするカード同士の組み合わせ――コンボを自分のデッキに組み込んだのだ。
カードショップに行くたび、気まぐれで購入していたカードパックによってデッキに入らないカードがかなり溜まっていたもえ。
自宅でそのカード達の能力を読んでいる内に思いついた組み合わせをデッキに搭載したのだ。
それを予め話してから練習試合をしたため、デッキレシピの提案者であるしずくには最初、懸念があった。
コンボというのはパズルのようなもので、ピース一つでは何を描いているのか分からない。つまりはきちんとピースを揃え、初めて絵が浮かび上がる。
ジグソーパズルで遊ぶ時、ピースの山から二つを取り出したとしよう。その二つが隣同士ピッタリはまる確率を思えば分かると思うが、デッキの中に眠るコンボのパーツを揃えるというのは運が必要となる。
葉月はデッキの構築に関してかなりの切れ者で、コンボの部品を素早く集めるように組み上げる技術がある。
対して、デッキを組むことに関して初心者のもえでは、ピースが揃わないパズルに立ち往生して勝ちを逃してしまうのではないか。
つまりは、そんなに都合よくコンボが決められるとは思えないから、変な改造をする必要がないのではないか……しずくはそう思いもえの構築に不安感を抱いていた。
しかし――そこで発揮されるのがもえのスキルとも言うべき運だ。
小細工などなく、運によってあっさり手札にコンボのパーツを運び込む。
もえの編み出したコンボは「揃えられれば」強力なものになっており、それを運であっさりと完成させる彼女なら、としずくはデッキ改造の意味を認めたのだった。
そのようにデッキからドローしてあっさりとコンボを揃えられるのは、麻雀やポーカーならば役を完成させる才能と言えるものであるため、もしかするともえはそっちの方面のゲームに素養があるのかも知れない。
……そんなわけでしずくは自分の信頼するレシピが改変されたことによる寂しさを感じながらも、自主的に成長していくもえが何よりも嬉しくて。
だからこそ、彼女の運を信じて太鼓判を押したのだ。
ちなみにそんなもえの成長に対して葉月は――、
「おぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉー! もえ、とうとうコンボの魅力に気付いたんだねー!」
目を輝かせながら葉月は、もえが自分と同じ遊び方に挑戦したことを祝福した。
「手札に揃って炸裂すると気持ちいいですね! ハマる理由が分かりました!」
「そうでしょ、そうでしょ? 最高の気分だよ~! さぁさぁ、師匠と呼んでごらん?」
「あ、それはないです。どっちかというとしずくさんの方が師匠ですかね」
「し、しずくぅー!」
葉月が恨めしそうにしずくを見ると、珍しくいつものポーカーフェイスが崩れて優越感に浸ったしたり顔になっていた。
笑顔を浮かべている葉月だが、ピキッと激怒する効果音が聞こえた気がした。
――さて、そんな自信に満ち溢れたもえはとうとう非公認大会の当日を迎え、その会場までやってきていた。
主催は多目的に利用される会館をレンタルしたようで、会場の規模はもえの想像以上。小規模なコンサートくらいなら出来そうな空間。そこに大会用の椅子と机がずらりと並ぶ。
ヒカリから聞いていたとおり数多の参加者が集まっており、その人数は百人にのぼるようだ。
主催からのアナウンスがあり、参加登録を行うべく数多の人間が列を形成してネットで登録した名前を名乗っての確認作業。参加費となる千円を支払って登録が完了となる。
プレイしない幽子もこの空間に身を置く以上は当然の義務だと語って支払う。対して、プレイするはずの葉月は涙目で千円札とお別れを告げた。
登録が完了すると大会開始までしばらく時間がある。
試合用に設置されたテーブルと椅子は開始まで自由に利用できるため、対戦を行っているグループもあった。
(大会このデッキで行くんだー、とか言ってプレイしてる人いたけど……あれも心理戦なのかなー? みんなが見てる前でプレイしてるんだから、バラす意味ないもんね……)
もえはショップ大会以上に賑やかな雰囲気が生む、落ち着かない気持ちの言いなりとなって、せわしなくあちらこちらへ歩み寄っては試合などを覗く。
葉月とヒカリに幽子は、以前の非公認で知り合ったらしい人と再会したようで、弾んだ声で楽しげに会話をしていた。
(なるほど、ショップでも色んな人と仲良くなれるけど、こういう場所でさらに繋がりが広がるんだなぁ。幽子ちゃんは大会というより、オフ会って感じで参加してるんだ)
広い交友関係を見せる三人を見つめながら、もえは納得したように頷く。
するともえ、そして近くでボーっと何を見ているのか分からないまま佇んでいたしずくに対して、聞き馴染んだ声が……、
「あーら、偶然っ! また会ったわねー、青山しずくと赤澤もえーーーーーーっ!」
今回は会場のサイズが大きいのでそこまで響き渡るものでもないのかと思いきや、ハコに合わせてしっかりと声を張り二人を呼ぶ人物。
見下げてみれば新井山ひでりが二人をビシっと指差し、得意げな表情で視線を送っていた。
「えーっと……誰だっけ?」
「新井山ひでりよ! 忘れてんじゃないわよ!」
「ごめんごめん、久しぶりに会ったもんだから」
もえの扱いにひでりは不機嫌そうに口をへの字にするが、実際に久しぶりなので仕方ないのかもしれない。
実はもえが初めてひでりに勝った日から、週末の大会には今日まで一度も姿を見せていなかったのである。
「来週こそは勝つ」という宣言は何だったのか……そのように思うもえだったが、そのうちひでりの存在すら忘れかけていたので気にしていなかった。
「……にしてもひでりちゃん、どうしてここに?」
「ひでりはどこにでもいるから珍しくないよ」
「だ、台所に出てくるアイツみたいに言ってんじゃないわよっ!」
「それだとひでりちゃん、あと三十匹はいそう」
「まぁ、この非公認は大きいからひでりが知ってても不思議じゃないけど。でも偶然だね」
ひでりは「ふっふっふ」と何やら勿体ぶる笑いを漏らすと突如、離れた場所で談笑する幽子を指差した。
そのひでりの挙動に気付いた幽子はこちらを向き、ビクっと体を揺らす。
「あそこのちっこいのを買収して、あんた達がこの非公認に参加することを聞きだしたの。ちょっと前に遠征するって話をショップでしてるの耳にしてね」
「……え! 盗み聞きじゃん、それ。しかも買収って……ひでりちゃん、汚いことばかり! あと、背はひでりちゃんの方が小さいよ!」
「う、うるさいわねー! とにかくあいつはあんた達を私に売ったのよ! レアカード一枚でね! ショックでしょ!? 裏切りよ!?」
ひでりの喚くような意地の悪い物言いにとりあえずは従い、面倒くさそうにもえは幽子の方へ視線を送る。
すると顔から滝のように汗を流す幽子はカクカクとぎこちなく首を動かし、こちらから顔を背けた。
(……あ、ほんとに買収されたんだ。まったく……別にひでりちゃんも素直にどこへ遠征するか聞けばいいのになぁ。来ちゃ駄目なわけじゃないんだし。ひねくれてるなぁ)
――と、そんなタイミングでヒカリと葉月が知り合いとの会話を終えてもえとしずくに合流する。
そして、小学生のような背丈のひでりがいることに数秒のラグをもって気付いたヒカリは歩み寄っていく。
「ひでりちゃん、来てたんですね。今日こそは負けませんから!」
どうしようもないひねくれ者にも優しく接するヒカリ。
しかし、ひでりのことなので乱暴に言葉を返すのだろうともえは予想した……のだが。
「あ、その……白鷺、ヒカリさん。ど、どうもです」
ヒカリから目線を逸らしてガチガチに緊張した表情を浮かべ、たどたどしく語るひでり。
「……おや? あらあら、非公認で緊張してるんですか?」
「い、いえ……そんなことは」
「本当ですか?」
「あ、はい。……大丈夫ですんで。それでは」
ひでりは短く話を纏めると会釈し、足早に去っていく。
人混みの中へ意図して入っていくように消えるひでりを見送って、もえは眼前の現象に首を傾げる。
すると葉月が耳打ちで理由を説明してくれた。
「ひでりのやつ、ヒカリに対しては噛みつかないんだよー」
「あー、言われてみればひでりちゃん、ヒカリさんとは確かに絡まないですよね」
もえがショップでひでりを見かけた回数は、彼女の謎の大会不参加によって少ないのだが……それでもヒカリと絡む光景は見たことがない気がする。
ヒカリもショップでは強力なプレイヤーであるはずなのに。
「実はヒカリってショップの一部プレイヤーに陰で『女王様』って呼ばれてるんだよねー。耐久して相手が成す術がなくなるまでいたぶり、それを楽しんでるんじゃないかってさー」
「だからひでりちゃんはヒカリさんを恐れてるってことですか?」
「そんな感じなのかもねー。ヒカリに対しては対戦中も敬語だしさー。一応、二人の戦績はひでりの勝ち越しだと思うんだけどねぇー」
誰に対しても無鉄砲にツッコむイメージがあっただけに、ひでりの弱点ともいえる存在がヒカリだというのが面白く感じるもえ。
(……だけど、ヒカリさんはいたぶられる方が楽しいし、きっと対戦相手のことこそを女王様だと思ってるはずなんだけどなぁ)
やはりヒカリのドMは露見していないようで、もえは誰かと事実を共有できないもどかしさを感じる。
「そういえばひでりちゃん、葉月さんにも絡まなくないですか?」
「んー? まぁ、それはヒカリと同じく威厳が……」
「葉月さんはひでりの眼中になくて、相手にされてないんだよ」
「事実でも言っていいことと悪いことがあるぞ、しずくー!」
「あ、事実なんだ……」
葉月に対して慰める言葉も思いつかず、もえは引き攣った表情で佇むことしかできなかった。
――などと談笑していると、いつの間に大会開始の時刻となった。
主催から非公認大会の第一回戦の開始がアナウンスされる。主催の指定に従ってプレイヤー達は席に着き、いよいよ非公認大会が始まる!




