第七話「料理当番決め! カギを握るのはさしすせそ!?」
とある建物――そのベランダからは、見る者の心を奪い言葉を失わせるほどの夜景が望めた。
ビルが立ち並ぶ都会の夜景。
星屑のように輝くビルの明かりが無数に散らばり、地上に夜空を敷き詰めたようだった。
「見てごらん、この夜景を。これほどの絶景に釣り合うものなど、きっと世界中のどこを探しても見つからないだろう……君というダイヤモンドを除けば、ね」
「え~、マジ~? ヤバ~い! 私というダイヤモンド、マジヤバ~い☆」
「本当に綺麗だよ。君はまさに……えー、その……アレだ。都内に舞い降りた妖精? 的な? なんかそういうやつだよ」
「キャ~!? 表現が激寒だけどう~れ~し~い~☆」
――と、明らかに温度差の違うカップルが夜景を眺めながら盛り上がっているが、その二人とは葉月ともえである。
場所はヒカリのマンション。三代で住んでも十分なほどに広い間取り、そのリビングへと通されたもえは、絶景を望むベランダを見つけると何を思ったのか早速、カード同好会の面々に対して寸劇を仕掛けた。
すると葉月が乗っかり、このようにアンバランスなカップルが成立したのだった。
ちなみにヒカリの父親が所有しているのは高層マンションの最上階。ベランダにてノリノリで夜景のくだりを持ち出すキザ男を演じたもえだが、ふと見下ろしてみれば遥かに遠い地面に背筋が寒くなる。
……というわけでカード同好会のメンバーは集合してヒカリのマンションへ到着していた。
内部は確かに普段から使用していないという言葉どおり生活感がなく、不動産屋から鍵を借りて空き家を内見しているような感じだった。それでも寝泊まりするための最低限は揃っているらしい。
はしゃぎ終わってベランダから戻ってくる二人。
葉月がもえと恋人役を演じたということで、ヒカリはちょっと面白くなさそうだった。
「葉月……そもそもあなたは一体何を演じてるんですか」
「現代の女子高生だけどー?」
「あなたがまさに現代の女子高生なんですけど……」
「……もう少し、寸劇が続いてたら……私が男のもう一人の女役として、参加。……修羅場にするつもり、だった」
「あはは。幽子ちゃん、意外とノリいいよねぇ!」
「なるほど。じゃあ私は何の役をやったらいい?」
「しずくちゃん! もう寸劇は終わりですっ!」
ヒカリはベランダへ通じる戸を閉じてカーテンを閉め、強制的に寸劇の続行を不可能にする。
そして、咳払いを鳴らして仕切り直す。
「さて、何となくマンションまでやってきてしまいましたが、夕食の買い物をするのを忘れていました。……というわけで、今から買い出しにいく必要がありますね」
ヒカリの言葉に一同は不思議そうな表情を作り、一人だけポーカーフェイスなしずくが皆を代表して口を開く。
「ん? どこかで外食とかして済ませるのかと思ってたけど作るんだ?」
「せっかくキッチンもありますからね。自分達で作って食べるほうが合宿っぽくないですか?」
「バリバリの都会、しかも高層マンションの最上階にいて今更合宿っぽさは必要なのかなー?」
「それは仕方ありません。カードゲームの合宿ですから、山や海に行っても仕方ないじゃないですか。とりあえず、夕食の段取りを決めないと」
手を打ち鳴らして相談するように煽るヒカリ。
しかし、互いの顔を見合わせて様子を伺う者が数名。
「……でも私、料理なんて……できません、よ?」
「私もカップ麺くらいですね。作れるのは」
「じゃあ、もえちゃんは多少料理ができるってことですか?」
「カップ麺が料理、ねぇ……面白いことをおっしゃる」
ゆっくりと吐く息を絡めながら気だるげに語ったもえ。ヒカリは本人が言うところの「胸がキュンとする」感覚を得る。
「私も料理はできないけど手伝うよ。この際だし、手伝って覚えるのもいいかもね」
しずくは小さく挙手しながら助力を申し出た。
だが、相手はあの青山しずくである。
四人はしずくが料理と手伝った場合を想像し、引き攣らせた表情をお互いに見せつけ合う。
皆の不安そうな顔に葉月は嘆息して口を開く。
「オーケー、オーケー。私が料理できるからまず安心しようかー。両親が共働きのせいで夕飯とかよく作ってるし、任せてよー! ヒカリも料理できるんだよね、確かー?」
「ええ。お恥ずかしながら家のお夕飯だと少なくてですね……自分で作るんです。一日何度食事をしているのか……」
「太りますよ」
「やんっ、直球……♥」
「……一体、何なの……そのやりとり、は」
「とりあえず料理はヒカリと私の二人でやるよー! いいよね、ヒカリー?」
見悶えていたヒカリはふと我に返る。
「……そ、そうですね! 五人でキッチンに入っても狭くなるだけですから!」
「じゃあ決まりだねー! やるぞー!」
ぐっと腕を曲げて浮かんだ薄い力こぶを掴んで、頼もしそうに語る葉月。
面白怖いトンデモ料理が夕飯になる可能性を阻止した葉月の姿に、もえと幽子は思わず両手を合わせて拝み倒す。
しかし――、
「二人で大丈夫? やっぱり私も手伝うよ。料理覚えたいし」
絶望的な一言だった。
「……い、いやいや、しずく大先生は休んでていいよー。それに、初心者をゆっくり教える時間も今日はないと思うしー……」
「初心者……? 家庭科で料理実習とかやってるけど?」
なかなか引き下がらないしずくと、「ぐぬぬ」と言いたそうな表情を浮かべる葉月。
「ぐぬぬ……じゃあ、料理のさしすせそを言えたら手伝ってもらおうかなー。基本だしねー。まず『さ』はー?」
「砂糖」
「次、『し』はー?」
「塩だよね」
「じゃあ『す』はー?」
「酢かな」
「そんじゃあ、ちょっと難しいよ? 『せ』はー?」
「醤油だっけ?」
「えぇ……? そこは間違えるとこでしょ、君のキャラはー。最後『そ』はー?」
「そばつゆ」
一同硬直、目を丸くしてしずくを見つめる。
ん、そばつゆ……?
「は、は、はい、アウトー! やったぁ――じゃなくて、残念だったねー」
「あ、不正解なんだ」
「正解はみそだよー。そういうわけで今日は申し訳ないけど、ヒカリと二人で料理するねー。料理はまた今度、みんなの覚悟が整ったら教えるからー」
間一髪セーフとばかりに葉月は額の汗を拭いつつ、しずくが正解を重ねる度に荒くなっていた呼吸を整える。
そんな時、ヒカリはリビングから出ていたようで……何かを手にして戻ってきた。どうやら何かの冊子を持っているらしい。
「ヒカリさん。今から買い物行って料理っていう話なのに一体、何を持ってきたんですか?」
「あ、これはキッチンに使われているIHや食器洗浄機、その他この部屋に設置されている空調などの説明書なんですよ。きちんと目を通しておかないと」
「え、ヒカリさんって説明書見ながら機械とか触るタイプなんですか? 珍しいなぁ……大抵の人って触って分からなかったら開くものじゃないですか?」
もえだけでなく、幽子としずくもヒカリのそういう性格は知らないらしく、ピンときていない感じだった。
ただ一人、葉月だけが「びっくりするよねー」と言って語り始める。
「ヒカリは説明書を見ながら触るタイプじゃないよー。完全に読破してから初めて触るタイプの人間だねー」
「え……何ですか、その新種の人間は」
「なんといいますか……物事の構造をきちんと理解しきってからじゃないと、触ると気持ち悪くなってしまうというか。あんまりブラックボックスを許せないタイプなのかも知れません」
「あー、だからルールとかカードの能力処理にひたすら詳しいんだ」
「……コントロールデッキ、使ってる理由……なんか納得、した。……相手の手、出し尽くさせるまで……耐久するの、そういうことなんだ」
同級生の葉月しか知り得ないヒカリの隠れた癖のようなものだったらしく、しずくと幽子は好奇の目を向けながら腑に落ちていた。
(コントロールデッキ使ってる理由は、そういうことじゃないと思うけど……)
ヒカリはその癖を早速発揮すべく説明書を開いて読み込もうとし、冊子を葉月に取り上げられる。
「こらこら、説明書を読むのは帰ってきたからにして、まずは買い物でしょー」
「あ、すみません……つい。そうですね、まずは買い物に行きましょう」
「料理する私たちで買い物に行ってくるねー。三人はゆっくりしてていいからー」
「あ、すみません。お願いします」
――というわけで料理をしない三人はその言葉に甘えることとし、葉月とヒカリが買い出しに行くのを見送った。
さて、しばらくは室内にて自由な時間が生まれた。
このタイミングをもえは絶好の機会と捉え、しずくに対して申し出る。
「しずくさん、ちょっと相手してくださいよ。明日の大会に向けて練習したいです」
「ん? いいよ。私も丁度、デッキを回したかったところだし」
しずくの了承を得て、二人はダイニングのテーブルに腰掛けてカバンからカードを取り出す。
もえの隣には幽子が座り、一冊だけ郵送せずに持っていた画集に施されたフィルムをビリビリと上機嫌に剥がし始める。
さて、しずくにこうして勝負を挑んだのはもちろん、彼女がカード同好会最強のプレイヤーであり、胸を借りて練習する目的もある。
だが、もう一つ――もえは自分なりのアイデアで初めてデッキを改造してきていたので試したかったのだ!




