第二十一話「全国優勝のその後! さよなら切り札!」
「えぇ――――っ!? よりによってこれが制限カードに指定されるんですかぁ!?」
もえの叫びがショップ内に響き渡り、店員や客が一斉に振り向く。
三月――葉月とヒカリの卒業が目前となり、カード同好会が団体戦全国優勝を果たした後となるこの日、もえにとって衝撃的なニュースが飛び込んできた。
「……あぁ、やっぱり規制を喰らう形になっちゃったねー。でも、もえが言うとおりこのカードが制限に指定されるんだー?」
「ちょっと私も以外だったかな。……いや、考えてみれば当然な気もするんだけど」
「でも、しずくちゃん。今回速攻デッキが猛威を振るったのは追加されたカードが問題で、ずっと前からいたこのカードのせいではないはずですよね?」
「……逆に考えれば、新しい、カードのせいで……元々あった、このカードの……ポテンシャルが引きだされた……という感じ、でしょうか? ……私、プレイヤーじゃない……ですけど」
スマホを片手に震えるもえに集まった四人が口々に語る――あのカード。
それはもえが四月、カード同好会に入って初めて手にした速攻デッキにおけるフィニッシャー。
フィニッシャーとは文字どおりゲームを終わらせる役目のカード。
つまりは切り札の位置づけとなっていたカードである。
「これ、かなり速攻デッキは弱くなっちゃうんじゃないかなー?」
「だろうね。速攻デッキは序盤からの数押しで相手にダメージを与えて、最後にフィニッシャーを投げつけるのが流れだから」
「制限指定……ですか。一枚しかデッキに入れられなくなっては詰めのタイミングで引けない可能性もありますね。……もえちゃんなら引けそうですけど」
「……なるほど。速攻デッキって……逆に考えれば、そのフィニッシャーの、射程圏内に……入れるよう、戦うのが……戦術なんですね」
「幽子ちゃん、その『逆に』っていうのハマってるんですか……?」
放心状態となっているもえを他所に、制限カードとなった後の速攻デッキを語る四人。
――そう、カードゲームにおいて禁止制限でカードを取り上げられ、デッキが使えなくなるのは珍しいことではない。
慣れているからこそ、四人は平然としている。
しかし、もえはカードゲームアニメの主人公に憧れて同好会に入ったからこそ、大きなショックを受けていた。
(カードが制限や禁止になって使えないデッキが生まれるのはもちろん知ってた。しずくさんがそれでデッキを変更するのも見てきた。でも、何だか自分の身に降りかかるとすごく理不尽に感じる……)
アニメのキャラクター達が制限、禁止によって切り札を取り上げられることはない。
しかし、現実は制限カード指定。
主人公たちの追体験に楽しみを見出していたもえは現実に戻された感覚がし、興醒めしていたのだ。
もえが四月のあの日、手にした速攻デッキ。
そのフィニッシャーに据えられているのは竜騎士のイラストが印象的なカード。風の如く竜が空を駆け、騎士が携える槍で敵に決定的な一撃を入れる様を能力に落とし込んだ、まさに切り札。
デッキというのはある意味で物語なのである。
そして、切り札は主人公なのである。
戦いの流れを描いた物語。だからこそ幕を下ろす時にこの竜騎士のカードがなければ――主人公不在では終われない。
そして以前、幽子が制限や禁止に指定されたカードをまるで逮捕だと比喩していたことを思い出す。
自分のカードがまるで罪人のよう。悪だとメーカーから判断されたかのような感覚がもえには耐え難かった。
さて、もえがそんな気持ちを唐突に宿したまま、ショップは今日開催予定の大会を行う流れとなった。
ちなみに禁止、制限の施行は四月から。
三年生の卒業も踏まえれば、速攻デッキを無制限のまま同好会メンバー相手にで振るえるのは――今日が最後だった。
○
もえの速攻デッキが強化されたのは――十二月下旬のこと。
新しく発売されるパックに収録されたカードの中で同好会メンバーのみならず、全世界のプレイヤーが注目したのが速攻デッキを強化するカード群。
圧倒的なカードパワー、そして他の追随を許さない速さ、動きを安定させるドロー能力と至れり尽くせりの強化を受けて、結果――竜騎士のフィニッシャー性能はメーカーとしても見過ごせないものとなった。
――そもそもの話をしよう。
もえの速攻デッキはしずくの姉――みなみが使用するくらいには四月時点でも強いデッキだった。
しかし、しずくやひでりが使用していたミッドレンジデッキの強い環境が長く続いており、速攻を捌く性能に富んでいたこともあってゲーム環境のトップには昇れなかった。
だからこそもえは比較的安くデッキを組めた。
だが、あの時に支払った五千円ほど、その内訳のほとんどが実は竜騎士だったのである。
当時から一定の評価を受けていて、そこそこの値段はしていたのだ。
……ちなみに速攻デッキを強化するカードパックが発売されてからは一枚の値段が五千円になった。
さて、そのような経緯で規制されることが決定した速攻デッキ。
無論、それだけの強さなので速攻デッキはゲーム環境のトップに位置し、団体戦やショップ大会でも高い使用率となっている。
当然、しずくやひでりも使用しているわけなのだが……、
「――っくぅ! ……流石ね。流石と言うしかないわ、赤澤もえ。あんたに同じ速攻デッキで挑んでもやっぱり練度の差が明確に出るわ。……私の負けよ」
――と、大会で対戦することになったひでりに実力で勝利。
もえはこの一年で速攻デッキのプレイングを最高水準に高めていた。
そう、これが団体戦でカード同好会が優勝できた大きな要因。
そして、ひでりに勝利したことでもえはしずくと決勝戦で戦うこととなった。
無論、しずくが使用するのももえと同じ速攻デッキである。
テーブルに向かい合って座り、互いのデッキを相手にシャッフルしてもらう。
「速攻デッキがこんなにすぐ規制を喰らうとは思わなかったよ。もう価値も下がってるだろうし、今回は完全に売るタイミングを逃したよ」
「そういえば、しずくさんが速攻デッキのカードを揃えようとした時にはもう高騰してたんでしたっけ。……そうですか、今はもうそれだけ価値のないカード扱いされてるんですね」
シャッフルしてもらったデッキを受け取り、もえは自分のカードにつけられたスリーブが摩耗して傷だらけになっているのを見る。
ボロボロになっては新しいスリーブに変えた。
これで何回目だっただろうか?
デッキを複数所有するもえだが、やはりこの速攻デッキが一番使用率が高いのだ。
(初めて手にしたデッキだった。ひでりちゃんに白目を剥かせたデッキだった。メアリーと出会うきっかけになったデッキだった。そして、団体戦全国優勝を――カード同好会を部に昇格させる決め手になった、デッキだった)
それがもう今の形では使えなくなることにもえは身を裂かれるような苦しみを感じた。
それほどにもえはカードに熱中していて。
続かなかった数々の趣味を越えて、真剣になっていた。
だから、今は裏切られたような気持ちになっている。
そんなもえの気持ち、積み重ねた想いはしかし――捉え方を変えると意外な形で昇華していたのである。
「思ってたんだけど……私がこうしてカードの売り時を見誤ったのは正直言ってもえのせいだよね」
「…………はい? 何を言ってるんですか、しずくさん?」
いつもとは毛色の違う天然発言に軽く恐怖していたもえ。
だが、しずくはお約束の天然を発揮したわけではなかった。
「だってさ、これってもえが結果を残したから運営が速攻デッキを危険視して制限にしたとも言えるよね? じゃあ、制限カード送りにしたのってもえなんじゃない?」
「……ん? いやいや、ちょっと待ってくださいよ。たかが私の影響でそんなことにならないと思いますけど」
「いや、そんなことはないよ。大会の結果はメーカーがゲーム環境を知る一番の資料だからさ。全国優勝デッキに輝かせたもえが、制限化のきっかけと言えるんじゃないかな?」
「私のせいですか!? ……でも、私じゃなくても結果は同じですよ。あの団体戦、どのチームも速攻デッキ使いがいましたから」
「だけど、もえが使ったからこそ最大限まで可能性を引き出せた。速攻デッキの理解が深いからこそ、その全てを余すことなくメーカーに伝えてしまったんじゃないかな?」
しずくは常に意味の分からない発言をする。
しかし、意図したボケをかますことはそれほど多くない。
カードゲームならば尚更である。
だから、もえにはしずくの本心からの言葉が心に響く。
(なら……私が速攻デッキを終わらせちゃったってこと? トドメをさしたって、こと? だとしたら――自業自得?)
罪人は竜騎士ではなく、自分だった。
そのように言われた気がしたもえだが――そうではない。
しずくが言いたいのは、そういうことではなかった。
「もえ、実は制限カードって他のカードゲームだと違う呼び方をしたりするんだよ。知ってた?」
「え、そうなんですか? 他のカードゲームはよく知らないですけど……」
「その中にはね、規制を受けたカードを『殿堂カード』って呼ぶタイトルもあるんだよ。こう表現すると、もえが制限化させた意味も変わってくるんじゃないかな?」
対戦の準備を終え、積まれたデッキに軽く触れながら語ったしずく。
その言葉で、あっさりともえの捉え方は反転してしまった。
そう、しずくが語るとおり――意味が変わったのだ。
(私が、殿堂入りさせたってこと……? 強さを認めさせたって……しずくさんはそう言ってるのかな? だとしたら、もしかしてこれは……誇れることでもあるんじゃない? そう、思っていいんじゃないかな……?)
常にメーカーは完璧なゲームデザインをしようとしながら、規制せざるを得ないカードを作りだしてしまう。
そして、そのせいで愛着のあるデッキと別れることになったプレイヤーも少なからず存在する。
カードゲームをプレイしていれば、この現象には段々と慣れてくる。
しかし、一方でカードゲームを辞めてしまうきっかけを生むのも事実。
そんな中でもえは希少な経験をした。
――確証はない。しかし、おそらくもえの残した結果が速攻デッキを殿堂入りさせたのだ。
功績殿堂入りという形でカードは封印される。以降、もえと同じデッキを使って同じ結果を残すプレイヤーは必然的に現れず、このデッキの使用者の頂点にして終止符となった。
それは――名誉なのである。
「……そう考えれば速攻デッキからカードが規制されていくことも、ちょっと受け入れられるような気がしてきました」
「そう? だとよかったよ。私も初めてデッキが規制を喰らった時はショックだったし、気持ちが分からないわけじゃないんだよ」
「いつも環境が変わる度に平然としてるイメージでしたけど、やっぱり最初はショックなんですね」
「そりゃそうだよ」
しずくが僅かに微笑むのを見て、もえも自然と同じ表情になった。
そして、もえは全国優勝をしておきながらまだ一つ達成できていないことを思い出し、それを今――この場で宣言する。
「そういえば私、まだショップ大会で優勝したことないんですよね」
「確かにそうだったね。で、どうするつもり?」
「もちろん、今日私が勝って初のショップ優勝を飾ります」
「……へぇ。させると思う?」
「やりますよ。それくらいできないと、このデッキもゆっくりとお休みできないですからね!」
その言葉を合図としたように互いはデッキからカードをドロー。
手札を作り、幽子の対戦開始の声がショップに響き渡る。
最後の舞台は団体戦の決勝戦ではなく、いつものカードショップ。
しかし、対戦相手は文句なしの最強プレイヤー、青山しずく。
初めてカードを手にした日から一年――積み重ねた研鑽と、持ち前の幸運、そして全国の舞台で手にした経験と自信の上に立ってこの日、ようやく街の小さなカードショップで開かれる大会にてもえは初めての優勝を果たした。
○
四月――カード部として活動が指導する日の朝。
もえは自室にて施行された制限によって使えなくなった速攻デッキを眺めていた。
(デッキの中身を組み替えたらまだ使えなくはない。それに、一枚しかない竜騎士も引けばどうにかなる。……でも、このデッキは置いていこうかな)
もえはアニメの主人公に憧れ、追体験を楽しみとしてカードをプレイする。
ならば、そんな主人公たちが新しい切り札やデッキとの出会いで使うデッキを変化させていくような……そんな出会いが、自分にもあるのではないか?
そう思い、もえは一年間共に戦ってきたデッキをあのお菓子の缶に入れ、大事そうに蓋を閉じた。
机の引き出しに仕舞い、戦ってきた日々を思い返す。
(さよなら、私の初めてのデッキ。……でも、お別れじゃないよね。また一緒に遊べる日が、きっと来るから)
穏やかな笑みで別れを告げ、引き出しを閉める。
そして心機一転、新しい生活へと跳び込むように軽い足取りで部屋を出て、学校へ向かった。
今日から赤澤もえは――カード部の部長なのである。
速攻デッキのフィニッシャー、そのイラストが竜騎士だと描写したのは初めてだったと思います。本作はこういう部分を基本的にボカすのですが、今回はどうして明言したのか自分でも不思議でした。
ちなみに連載前、作者の速攻デッキにおけるフィニッシャーのイメージは某DCGのダークド○グーン・フォ○テという竜騎士。つまり、そのイメージが今さらになって出てきたわけです。
敢えて描写したのは、もえの愛着を表現したかったから?
だとしたら、四章の画力チェックで竜騎士を描くくらいもえはこのカードに愛着があったのかも知れませんね!
……さて。カードゲームは好きなカードで勝てると楽しいですが、好きなカードが使えなくなるととても悲しいです。
規制じゃなくとも、カードパワーが追い付かず時代の流れで自然と消えるデッキもたくさんあったり。
好きなデッキが使えれば、勝ち負けは関係ない人もいるでしょう。
でも、作者は好きだからこそ勝たせたいと思いますし、勝てなくなるほど時代や環境が変わってしまうことが寂しいとカードゲームによく感じます。




