12.スペシャルゲスト
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ちょうど音楽が佳境にさしかかったころ、二人が乗ったレンタカーはFM香川本社裏にある屋外駐車場に入り、駐車スペースに停めたところだった。
スタジオへは三村だけが行くことに決めていた。
真智子を同行させるわけにはいかない。
真智子とは30年ぶりに再会し、なかば強引にドライブに付き合わせた。
彼女としては、浦島太郎状態の三村を哀れに思い励ますつもりで、呼び出しに応じてくれた。それが30年経った今も変わらぬ優しさだった。
とはいえ、夫には不貞を働いたと思われかねない。
職場の送迎会に出かけると口実を作って出かけていた。万が一、夫をはじめ家族、職場にも知られたら大事になる。
そのかわり、車のエンジンはかけたままにしておいて、と頼まれた。
今から三村がスタジオ入りし、失踪事件にまつわる話をぶちまけるという。懺悔の告白とやらを車中で、カーラジオから聴くことにするから、と言い、三村を送り出してくれた。
26歳の若者はこうしてFM香川の正面玄関をくぐり、スタジオに招待されたのだった。
――結局、真智子にとって、それが三村を見たのが最後の姿となった。
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アシスタントディレクターの先導でオンエアスタジオに通された三村は、ついに『大泉 仁志のミュージックG-LOC』の関係者らと顔を合わせることになった。
大泉と桐島アナが立った姿勢で迎えてくれると、盛大に拍手をされた。
ガラス張りの副調整室でも、大石ディレクターたちが手を叩いている。そして口々に来てくれてありがとう!と歓迎してくれた。
――歓迎か。そういや、妣島の山頂で見つけた集落でも、あの女たちから熱烈に迎えられたっけな。
大石に口説かれ、生出演することに了承したが、本名の公開を伏せることが条件だった。
声はボイスチェンジャーで加工しようかと提案を受けたが、それは断った。
ブース内の三人は挨拶もそこそこに、各自席に着いた。
じきに音楽が終わろうとしていた。
大泉がテーブルのカフボックスをオンにする。これでマイクの声を拾ってラジオに流れるだろう。
「さて、今夜はスペシャルゲストをお招きしました!」と、大泉がまくし立てた。「さっきまで話題にしていた妣島サバイバル研修集団失踪事件ですが、そこから30年ぶりに生還したお一人の男性が、急きょ飛び入り参加してくれることになったんです! 紹介しましょう、M君です!」
ふたたび拍手がパラパラとくり返された。
三村はマイクの前で簡単な自己紹介をした。
ラジオなのでいくら顔が暴露される心配はないとはいえ、いざ本番がはじまると、緊張しないわけにはいかない。3カ月前、テレビの記者会見で世間の眼にさらされたときは、他に55人いたうえ、ひな壇の最上段隅にいて、しかもマイクを向けられなかった。なにしろ今度は三村だけに注目が集まる。
今おかれた現状と心情について、静かな口調で話した。
しゃべり通しではなく、大泉と桐島アナがうまく合いの手を入れて、潤滑油の役目を果たしてくれた。
おかげでそれが呼び水となり、三村は長丁場の一人語りであるにもかかわらず、徐々に舌が滑らかになっていった。
加えて、さっきまではラジオ局に抗議してやるという怒りさえ、いつの間にか消し飛んでいた。
胸の内に溜め込んでいた感情が、それこそダムが決壊したようにあふれ出たのだ。吐き出した時点で烈しい感情も萎んでいった。
かわりに、今まで胸につかえていた恐怖の根源をさらけ出すことで、自分はきっと浄化されるとさえ信じていた。
アクリル板の向こうで、しだいに大泉たちは、思わず聞き入ってしまうほどの絶妙な語り口。
大泉だって黙ってばかりはいられまい。
トークのプロとしての矜持があったし、そもそも時間も押していた。
番組終了の21時55分まで、40分しか残されていないのだ。なんとしても、時間内に事件の真相まで引き出したい野心にかられていた。
三村はこう強調した。
――周囲の人間から異物を見るような、それでいて好奇の眼差しには耐えがたい。それを中立・客観的な立場を保たなくてはならないラジオ番組までが、あることないこと憶測でものを言うのはいかがなものか。マスメディアにも反省すべき部分があると痛烈に批判すると、大泉たちは申し訳なさで肩を窄めた。
「とにかく、陰口叩かれるのはこりごりなんです。おれたち生還者にだって名誉がある。今日は真実を語りにやってきた。こちらに還ってきてから、おぼろげながら記憶が甦ってきたのでそれをしゃべりたいと思います。しゃべるかわり、もう二度と事件のことは蒸し返さないでいただきたい。放っといてくれという思いです」
「なるほど、当事者ならではの苦悩だよね」
「56人の代表というのもおこがましいかもしれない。みんな我先に語りたがらないことだし、おれが先陣を切ってもいい。ただし、これを口にするのはすごく恥ずかしいんです。というのも、おれたち研修参加者の男どもは欲にかられ、のこのこ島の秘密に足を踏み入れた。これを語ることで、世間から後ろ指さされても仕方がない」
「後ろ指さされると?」
と、桐島 佳南が身を乗り出した。
大泉はひとしきり謝罪の言葉を述べると、むしろ三村を質問攻めにしたのだった。
「M君、いったい熊本のあの無人島でなにが起きたんだい? なんらかのアクシデントが発生したんだな? なんで還ってきたのが30年後なのか。なぜ記憶を失ったんだ。3カ月前の記者会見じゃ、みんなうつむいて、首を横にふるばかりだったじゃないか。君なりにどんなことだっていい。断片的でもいいから、憶えていることをしゃべってくれないか」
「だったら、恥を忍んで懺悔します」
「いったい、どんなやましいことをしたってんだ?」
大泉の単刀直入の質問に、三村はひるむことなく洩らした。
「おれたちは――罰を受けた」
「罰」と、桐島アナ。「ちょっと意味がわからないんですけど……。でしたら、生還者56人の身体検査の結果、失踪前と帰還後の異なる身体的特徴という点についても、教えていただけたら嬉しいのですが」
「少なくとも、M君のぱっと見た目は健康そうな若者に見えるけど」
大泉はアクリル板越しに三村を凝視した。正確には大泉よりも7つ年上の1966年生まれのはずである。見た目は26歳、髪型や服装もそれ相応だった。それ以外に、どんな罰を与えられたのか推し量ることができない。
「異なる身体的特徴か。それも含めて順を追って説明します」と、三村が暗い顔で言った。「あいにく今は、その部分を見せるわけにはいかない。ひとつだけヒントを言っておきましょう。身体じゅうの隅から隅まで調べられたとき、56人おおかたの男たちに、大なり小なりの同様の傷――つまり、欠損が見られた」
「欠損」
「これはなんらかの組織に拘束されて、拷問を受けた痕じゃないか。政府関係者にそう追究されたのは事実です。――ですが、拷問ではなかった。おれたちは異様な龍宮へ足を踏み入れ、そして異様な乙姫たちと契りを結ぼうとして、とんだとばっちりを受けた。それが罰だった」
「ちょっ……。いったい、なんのことやらさっぱりなんだけど」と、大泉。眼を見開き、口のまわりをひと撫でした。「龍宮って、あの浦島太郎の龍宮城? 乙姫だって?」
「とにかく――話を聞いてください」




