『ツォルキン:マヤ神聖歴』
伊佳瑠兄さん視点。
『ブーメラン・オーストラリア』よりは前かな、と思います。
「今日の『ツォルキン』ていかさんの持ち込みでしたよね」
もういつものになりつつあるボドゲ会の帰り道、カドさんにそう尋ねられて俺は頷いた。
「そうです。あの歯車が好きで」
「あ、わかります。あの仕掛け、すごく面白かったです」
カドさんはボドゲを遊んでるときと同じ笑顔になった。自分の好きなボドゲをこうやって面白がってもらえるのは、やっぱり嬉しいことだ。
「歯車、インパクトあるだけじゃなくて、あの動きを読んで何手先まで考える感じというか」
興奮した面持ちで、カドさんが語る。
話題に出ている通りに『ツォルキン:マヤ神聖歴』というゲームは、ゲームボード上に大きな歯車が付いている。一つの大きな歯車に噛み合う五つの小さな歯車。
その大きな歯車が暦──つまりはゲームの進行状況を表している。小さな五つの歯車に自分の駒を置いて、大きな歯車が動いて日が進むと小さな歯車も動く。そして、歯車が進んだ先の行動を実行できる。
つまり、歯車がどう動くのか、自分のやりたい行動は何手先なのか、暦が進むまでに何をしなければいけないのか、そうやって何手も先を見通して動かないといけないゲーム。
納得の重量級。遊び終わった後は脳みその疲労感が心地良い。
そんな気持ちで、俺は深く頷いた。
「わかります」
「ボドゲ部だと今はどうしても軽めのゲームが中心なので、こうやってボドゲ会で重ゲー遊べるのめちゃくちゃ嬉しいんですよね」
ボドゲ部という言葉を聞いて、俺は隣を歩くカドさんを見上げた。
カドさんは高校に入ってボドゲ部を作った。そして、部員として俺の妹の瑠々を誘った。俺と瑠々が兄妹だというのは、カドさんは何も知らなくてただの偶然だったらしいけど。
俺が気になっていたのは、どうして瑠々だったのかということだ。
瑠々は基本的にゲーム的なものが嫌いだ。これまでずっと、ゲームから距離を取っていた。だから普通に考えれば、ボドゲ部に誘うには不向き、不自然。
ただ、瑠々にはボードゲームの中に入ってしまうという体質がある。俺から見たら羨ましくもある体質。ゲーム嫌いの理由もその体質のせい。
その体質のことをカドさんはそもそも知っていたんじゃないかと、ふと、そう思い付いた。その体質でボドゲを遊びたいから誘った、という理由は自然に思えた。
これで不自然さは一つ解決。では他の不自然さは?
例えば、ボドゲを遊びたいと言う割に瑠々以外に増やさない部員。それから、瑠々のために用意しているらしいボドゲ。ボドゲを遊ぶだけでなく二人で出かけたりしていること。
それってつまり──。
「変なこと聞くけど、カドさんと瑠々って付き合ってるんです?」
「……え?」
俺の質問に、カドさんは立ち止まってしまった。二歩進んでから俺も立ち止まって、カドさんを振り返る。カドさんはびっくりした顔で俺をじっと見ていた。
目が合うと、急に顔を背けられた。その耳が、赤くなっているのが見えた。
「ち、違います! 全然っ! そういうのじゃなくて!」
カドさんがあまりに慌てるので、なんだか俺の心は逆に静かになってゆく。違うなら違うで、別に普通に否定してくれたら良いんだけど、と思っている間にも、カドさんの言葉は勢いよく続いてゆく。
「全然そういうことは考えてなくて、その、俺はただ大須さんと楽しく遊べたら良いなと思ってるだけで、それはあの、体質のこともあるんですけど、でもそれだけじゃなくて楽しく遊びたいなって、あの、ボドゲを! ボドゲを遊べたらそれで良いんです俺は!」
「え、あ、はい」
縮められたバネが飛び跳ねるような反応に、俺は困惑を取り繕うこともできないまま、とりあえず頷いておいた。
ひょっとしたら何かこう、面倒くさい状況になってたりするのだろうか。と、俺はそのときに気付いたのだった。
『ツォルキン:マヤ神聖歴』
・プレイ人数: 2〜4人
・参考年齢: 13歳以上
・プレイ時間: 90〜120分




