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24-5 夜のパリの空気のせい

(かど)くん……?」


 ぽかんとしたわたしに向かって駆けてきた角くんは、わたしの前で止まると、ほっとしたように笑った。


「良かった、瑠々(るる)ちゃん。俺、取り残されて、心配してて……瑠々ちゃんが一人で不安になってないかって……怖い思いしてないかって、心配で……なんとか中に入れないかって、俺……」

「わたしのこと、追いかけてきてくれたの?」


 帽子を押さえて見上げれば、角くんは当たり前のように微笑んだ。


「それはだって……心配だったから」

「どうやって……?」


 目の前に角くんがいることがまだ信じられなくて、瞬きをして見上げる。

 角くんはわたしの質問に、気まずそうに目を逸らした。


「えっと、それは……いろいろ試してみて……ごめん」

「ちょっと待って、なんで謝るの? 何したの?」

「変なことはしてない! と、思う……けど、ちょっと……」


 目を逸らす角くんの耳が赤くなって見えた。それは、街灯の光のせいだけじゃないと思う。

 それで角くんがいったい何をしたのか、わたしはとても不安になったのだけど、角くんはそれ以上何も言ってくれなかった。


「後でちゃんと謝るから……その、今は……」


 それだけ言って、目を合わせてくれないものだから、それっきりだ。わたしは納得してないのだけれど。




 角くんが、わたしに向かって手を差し伸べてくる。

 ドレス姿のわたしはその手を取って、角くんを見上げる。


 角くんはいつも通りの制服姿なのだけど、背が高いし、姿勢も良いから、なんだかこんなときでも様になって見える気がする。

 わたしはどちらかといえば背が低い方だから、そういうところはちょっと羨ましいな、なんて思ったりして。

 それで、手を引かれて二人で歩き出した。


「それで、ゲームはどんな状況?」

「後は点数計算だけ」


 角くんはびっくりしたようにわたしを見下ろして、それからいつもみたいに穏やかに笑った。


「そっか……一人で大丈夫だった?」

「一度遊んだことがあるゲームだからかな。一人でも遊べたよ。それに、楽しかった」

「楽しかったなら、良かった」


 わたしも笑って、角くんより二歩先に進む。

 角くんが、わたしの歩調に合わせてついてきてくれる。


「こっちに考える人の像があって、それはわたしの点数なんだ。六点。悩んだんだけど、建物タイルよりもポストカードを優先してね」


 そうやって歩くわたしたちの影が、街灯に照らされて長く伸びる。


「それからあっちにはムーラン・ルージュがあってね、それで九点になって」


 指差した先に、足を高くあげて踊る踊り子さんの姿が見えて、わたしは慌てて角くんの手を引っ張る。


「あ、角くんは見ちゃ駄目」


 角くんは何度か瞬きをした後、頬を染めて目を伏せた。


「いや、前だって、あれは不可抗力だから……俺は別に、見たいってわけじゃないからね」


 なんだかわたしも恥ずかしくなって、角くんの手を引いて歩き出した。

 角くんもそれ以上は何も言わずについてきてくれた。


 海の噴水を見上げて、それは相手プレイヤーの点数なのだと話す。六点。

 それから、近くの植物園も、相手プレイヤーのもの。こっちは四点。

 画家はわたしの点数で、六点。


 わたしの建物の点数は三十九点。青のプレイヤーは四十四点。

 大きな建物は十三マスで十三点。青のプレイヤーは十七点。


 合計すれば、わたしが五十二点で青のプレイヤーは六十一点。

 これだけだとわたしの負けだけど、ポストカードの点数を加えたら、わたしは七十三点。青のプレイヤーは六十七点。


 わたしの勝ちだった。


 夜に輝く街灯に照らされて、わたしは手を繋いだまま、角くんを見上げる。

 角くんはわたしの顔を覗き込んで微笑んだ。


「おめでとう、瑠々ちゃん。勝ったのもそうだし、一人でプレイしたのも」

「うん、ありがとう。でも……でもね」


 わたしの言葉を待つように、角くんが首を傾ける。


「わたし、ずっと角くんに助けられてたと思う。角くんが隣にいたら良いのにって、ずっと思ってて……こういうとき、角くんだったらなんて言うかなって思って、それで、一人でも遊べたんだと思う」


 わたしはずっと混乱していた。角くんとどんなふうに顔を合わせたら良いのかって思っていた。どんな顔をして話せば良いのか、わからなくなっていた。

 でも、今はなんだかとても素直に言葉が出てきた。

 それは、夜のパリの空気のせいかもしれない。柔らかな街灯の光のせいかも。あるいは、ゲームが終わった高揚感のせいって気もした。


 わたしの言葉に、角くんはちょっと戸惑うように視線を揺らしたけど、でも静かに小さく頷いてくれた。

 こうやって角くんと話せるのが嬉しくて、言葉がどんどんあふれてきた。


「わたし、本当はずっと、角くんと一緒にボードゲームを遊んでいたい。それだけじゃなくて、角くんと、ずっと一緒にいたい。このままボドゲ部が終わって、それで何もなくなって、離れ離れになるのは、嫌だ」


 わたしが言葉を続けるうちに、角くんの表情から笑みが消えた。

 今は妙に真剣な顔で、角くんがわたしの顔を覗き込む。


「瑠々ちゃん」

「あの、あのね、わたし、角くんのこと」

「待って」


 角くんが、わたしの言葉を遮った。その指先がわたしの唇に触れて、わたしは口を閉ざす。

 真面目な顔のまま、角くんはまっすぐにわたしを見て、言った。


「話の続きは、ゲームが終わったら」


 角くんの指先が下ろされても、わたしは口を開けないまま。角くんもそれ以上何も言わなくて、わたしたちはそのまま黙って見詰めあって──気付けばゲームは終わって、いつもの第三資料室に戻っていた。







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